6 12月 2017

シネマ学院の前に見事なクロマツが♪

執筆: もん太 | カテゴリ: 同朋の里, 親鸞会館

もん太@射水市民です。

10月にオープンした同朋の里にあるシネマ学院ですが、早いもので2カ月以上が経ちました。

今日は、射水市でも雪が積もる冷え込みだったのですが、シネマ学院で親鸞聖人のみ教えを映画で聞かせていただこうと、富山県内はもちろん、遠く関東や愛知方面からも法友が来られていました。

親鸞会の法友だけかと思いましたが、シネマ学院の噂を聞いてフラリと来られる方もあり、もん太もビックリでございました。

そんなシネマ学院に行ってみたんですが、あれ?いつもと何かが違う……。

シネマ学院(Photo by 親鸞会)

あれ?いつものシネマ学院と何かが違う?

シネマ学院の正面に、やけに存在感のある何かしらがありますねぇ。

クローズアップしてみましょう……。

クロマツ(Photo by 親鸞会)

シネマ学院の前に立派なクロマツが植えられていました

あらやだ。これはこれは立派なクロマツじゃありませんか!

しかも、富山の雪に耐えるために雪吊りも終えられております。

黒松(Photo by 親鸞会)

横にワイドに拡がった枝が立派なクロマツです

それにしても、横にグィーンと拡がった枝が立派ですねぇ。

あれ?このクロマツ、どこかで見たような……。

C館(Photo by 親鸞会)

少し前までC館の中庭にあったクロマツでした

実は、このクロマツは以前は同じ同朋の里にあるC館の中庭にあったクロマツなんだそうです。

多くの方が訪れるシネマ学院の正面に移植されたんですねぇ。

それにしても、この中庭からどうやって持ち出したんでしょう……と、ハウツーが気になるもん太でした。

皆さんもシネマ学院に行かれましたら、このクロマツをチェックしてみてくださいね!

ではでは。


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もん太@射水市民です。

気がつけば、もん太も人生を40ウン年歩んできました。

ついこの間〝平成〟が始まったと思ったら、天皇が生前退位ということで、その平成も終わりが近づいてきました。

平成っ子に「うっわー、昭和ぁ〜」なんて、一昔前の人種のように言われておりますが、その平成の子も「うっわー、平成ぃ〜」なんて言われるようになるんでしょうね。

そういえば、もん太が小学生の頃(昭和末期)には、祖父母が明治生まれでございまして、2世代前の人種を見る目で見ていたわけですが、平成が終わるまで生きていられれば、平成の次の元号で生まれる子たちには、昭和生まれの私が明治生まれの人を見ていたような目で見られるんだろうな……と思うわけです。

まあ、私の祖父母は明治生まれといっても明治末期でございまして、その明治も初期と末期ではだいぶ違うわけです。そりゃそうですよね。明治も45年まであったんですから。平成より長いんですよ!だけど、明治生まれというだけで「明治維新を生きてきたんだろうな……」みたいなイメージで見ていたんですよね。

そうなると、昭和生まれというだけで、「第2次世界大戦を生きてきたんだろうな……」「玉音放送を生で聞いたんだろうな……」というイメージで見られるのかもしれない。いや、そこまでいかなくても『3丁目の夕日』のイメージで見られるんだろうな……と色々と思っているわけでございます。ハッキリ言っておきますが、私は昭和末期です。

ビデオカメラも存在していましたし、こんな感じで当時の映像も残っているわけです。意外と現代なんですよ!

それはそうと、もん太が昭和を生きていた頃には、やっとファミコンが登場しだした頃でありまして、わが家にあったパソコンはSHARPのX1 turboⅡという8bit機なんですね。「驚異の8bit機」なんて言われたもんですが、まあ、今でも8bit機は〝ある意味〟驚異なんでしょうね。

言うまでもなく、今ほど携帯電話は普及していませんでしたし、平野ノラの持っているようなショルダーホンなんてのを持っている人も見ませんでした。だけど、今は携帯電話は1人1台どころか2台〜3台持っている人も珍しくなく、携帯電話どころかPDAのようなスマホが1人1台の時代です。

しかも、ネットは繋ぎっぱなしで、少し前までモデムでアクセスポイントに電話かけて接続時間を気にしながらネットをしていた頃からすれば夢のような時代です。しかも、それをスマホのようにモバイルでできるようになった。いやぁ、便利じゃないですか。

しかし、便利になって、医療なども進歩しているのに自殺者ってなくならないんですよね。

「便利」と「幸せ」は別物のようです。

本当の幸せは「仏教」に「浄土真宗」に教えられているんですが、悲しいかな、これまでの浄土真宗が教えを説いてこなかった為に、現代人に伝わっていないようです。

そこで、幸せになりたい現代人と、本当の幸せを教えられた仏教との橋渡しになる新サイト『くもりのち晴れめでぃあ』ができました。

くもりのち晴れめでぃあ(Photo by 親鸞会)

浄土真宗 親鸞会の新サイト「くもりのち晴れめでぃあ」

時事ネタから、多くの人が悩んでいるテーマなどから、その回答を親鸞聖人のみ教えに求めて分かりやすく解決できます。

アクセスはくもりのち晴れめでぃあからどうぞ。

ほかにも、FacebookやtwitterやLINEなどもありますので、要チェックです!

ではでは。


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4 11月 2017

浄土真宗 観勢寺の報恩講にお参りしました

執筆: もん太 | カテゴリ: 法話, 真宗十派

もん太@射水市民です。

8月にNHKの『ナビゲーション』という番組で〝寺が消える〟という特集がされておりましたが、そこで報道されていたのが、富山県上市町の浄土真宗寺院でした(反響が大きかったのか、今月12日に再放送もされるらしい)。

そこでは、地方で過疎化が進み、門徒や檀家が減少して経済的に困窮している寺院の現状が紹介されていました。本願寺の本山から職員がやってきて対策を立てているものの、なかなか大変なようで、再建どころか解散をどうするかということも真剣に検討されているようです。

その同じ上市町でも、少し前までは廃寺寸前までいった寺院がありました。

観勢寺です。

その観勢寺は、西本願寺の末寺でしたが、離脱して1年前に浄土真宗 観勢寺として生まれ変わりました。

その落成1周年を兼ねて、昨日の11/3に報恩講が勤修されましたのでお参りしてきましたよ!

観勢寺(Photo by 親鸞会)

観勢寺の報恩講の日は快晴の気持ちの良い天気

雲一つない気持ちの良い青空の下、観勢寺に到着すると、既に多くの参詣者が本堂に席を取っていました。途中で、後方の襖を外すほど!

まずは、皆さんと正信偈の勤行。

正信偈の勤行(Photo by 親鸞会)

正信偈の勤行で報恩講が始まりました

そして、布教使の吉村甲子郎先生より蓮如上人の御文章として有名な「白骨の章」について法話があり、皆さんと聴聞させていただきました。

吉村甲子郎(Photo by 親鸞会)

吉村甲子郎先生より「白骨の章」について法話

最初に、

「この寺は生まれ変わりました。建物が美しくなっただけでは、本当に生まれ変わったとは言えません。教えがなかった寺で、この1年、毎日のように親鸞聖人の教えを聴聞できるようになった。これでこそ本当に生まれ変わったといえるのです」

と激励がありましたが、浄土真宗は「聴聞に極まる」と言われます。

聴聞は、親鸞聖人のみ教え、つまり、阿弥陀仏の本願を聞かせていただくのですが、それが説かれなくなったら浄土真宗ではありませんし、寺の存在意義がありません。

NHKの『ナビゲーション』では、驚くほどに、この「教え」という最も重要なキーワードを聞くことができませんでした。寺は「教え」を聞かせていただくところです。

魚屋に行っても魚がなければ、魚屋は廃業します。

ガソリンスタンドに行ってもガソリンがなければ、ガソリンスタンドは潰れてしまいます。

同じく、寺に行って教えがなければ、寺が潰れてしまうのは当然です。葬式や墓番をしていても、それは寺の役目ではないのです。

観勢寺は、まさに、その「教えを説く」という本来の姿を取り戻して生まれ変わったということが分かりました。

法話では、今日とも明日とも知らず儚く終わる人間の実相を明らかにされました。人は何のために生まれてきたのか、後生の一大事を解決し、絶対の幸福・往生一定の身になるためであり、その道を説かれたのが釈迦であり、親鸞聖人であることを聞かせていただきました。

法話の後には、吉村先生を囲んでお斎をいただきました。

お斎(Photo by 親鸞会)

吉村先生を囲んでお斎をいただきました

教えが説かれるようになって生まれ変わった観勢寺には、近所の方もお参りされ、浄土真宗の正しい御本尊である南無阿弥陀仏の御名号に合掌されるようになったそうです。

存続の危機にぶつかっている全国の寺院関係者に、正しい教えを説けば観勢寺のように生まれ変わることを知っていただきたいと思う報恩講でした。

その観勢寺の情報がブログやfacebookで紹介されていますよ!

ではでは。


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