もん太@射水市民です。
梅雨真っ盛りで、なかなかにみずみずしい日々を送っている今日この頃だったりするわけですが、もう、何て言いましょうか?空気に水分を感じちゃってますね。
みんな、湿気を感じているか~い?
……というわけで、自分でも何を言っているのか分からなくなってきたので、そろそろ本気を出して記事を書こうかと思います。
まあ、何と言いましょうか?「当ブログのライターになれ」と言われて、カテゴリー名からも分かるように、脱線話を脱力系で持っていこうと思いましたが、ついうっかり上越の旅なんちゅうもんをしてしまったので、実に硬~い内容になっています。「絶対に、ためになる話なんか書くもんか!」と思ったんですが、うっかり多少なりともタメになる話があるようでございますので、個人的には不本意でございます。
まあ硬くなったところは、もん太のネタの間にトン子姉さんが癒し系のネタを挿入してくれたので、皆さん、せいぜい癒されてくださいませ。……で、いい加減に癒されたかと思いますので、そろそろもん太の上越ネタに持って行きたいと思いますので、せいぜい硬直していただければ幸甚です。
……で、「居多ケ浜」とか「片葉の葦」ってぇのが終ったので、次は、どんどん内陸に行こうと思いますが、ひとまず、「光源寺」って所に行ってみたいと思います。
居多ケ浜の近くには、非常に多くの親鸞聖人ゆかりの御旧跡がコンパクトにまとまっている。当シリーズ最初の記事で「親鸞聖人ゆかりの地」の案内板があったが、その十字路を中心にまとまっている感じだ。国道8号線から走ってきて、この案内板がある所を直進すれば、居多ケ浜。右折すれば、今回の光源寺といった具合である。
……でやってきました。

親鸞聖人のお弟子「覚円房最信」創建といわれる「光源寺」
周囲を樹木に囲まれた光源寺。うっかり車で通り過ぎてしまいそうになったのだが、幸いにも目の前の道路が工事中だったために、ノロノロ運転となり、周囲を見渡して見つけた……という感じだ。他の御旧跡に比べれば、目だった案内板もないので存在感は薄いが、上越の観光パンフにはちゃんと掲載されている寺院らしい。
近くの空き地に車を停めさせてもらい、いざ境内へ!さっきの道路工事の交通整理のおっちゃんが「あんたも『天地人』の観光かい?」と聞いてきた。光源寺も大河ドラマの「天地人」と関係あるんかいな?と思ったのだが「いいえ、親鸞聖人の御旧跡を巡っています」と答えると「へぇ~……」と不思議そうに見られてしまった。そんなに珍しいかね?御旧跡めぐりが……。
そうして、参道を進んでいくと山門の前に「見真大師御旧跡」の石標が立っていた。

「見真大師御旧跡」の石碑が立っている
どうやら、確かにここは御旧跡のようだ。観光パンフには、
「近くに聖人のお弟子『覚円房最信』の創建による『光源寺』があり『流罪勅免御満悦の御影』が正面に居られる」(『親鸞聖人御上陸の地 居多ケ浜記念堂』より)
とか、
「光源寺は建暦元年(1211)聖人の弟子最信によって開かれたと伝えられ、罪を許された聖人が描いたという自画像『御満悦の御影』を安置して国府御影堂、国府御坊と呼ばれてきました。御影堂と本堂が併設されているのは聖人の旧跡ならではのもの」(『港町、直江津 さんぽ』より)
とのことです。この最信という人は、木曽義仲の家臣が、流刑にあわれた聖人に帰依してお弟子になったらしい。聖人が関東に旅立たれた後も、この地に残って開いたのが、この光源寺だそうな。
ここでは、「流罪勅免御満悦の御影」とか「御満悦の御影」と呼ばれるものを、ぜひとも拝見したい。さっそく、山門をくぐって本堂へ……。

「光源寺」の山門。これをくぐって境内へ
山門をくぐると、一般の寺に比べればやや大きいかな……というくらいの本堂が見える。

山門をくぐれば光源寺の本堂が見える
この参道の真正面に、聖人の御真影があるそうな。では、本堂へ入ってみましょう。

光源寺本堂の内部。中央に親鸞聖人の御真影がご安置されている
本堂へ入って正面に親鸞聖人の御真影が安置されている。そして、その両側に浄土真宗の御本尊「南無阿弥陀仏」の御名号が御安置されている。しかし、浄土真宗の御本尊は御名号なのだから、ここは御本尊である御名号が中心で、その隣に聖人というのが、本来あるべき姿であり、聖人が最も喜ばれることではなかろうか?
ちなみに、親鸞聖人の教えを絶対正確にお伝えすることを使命とする親鸞会では、正本堂のお仏壇中央は、正御本尊である南無阿弥陀仏の六字の御名号であり、その両脇に親鸞聖人と蓮如上人の肖像が御安置されている。また、本館の浄信の間には、大き目のお仏壇の中に正御本尊の南無阿弥陀仏。その隣の一回り小さいお仏壇に親鸞聖人の御真影が御安置されている。
本願成就文の教え以外に教えたことがないと明言される親鸞聖人。だから、聖人の曾孫の覚如上人もまた本願成就文以外に聞いたことがないと断言されます。その本願成就文には「聞其名号」とハッキリとおっしゃって、「其の名号を聞いて」救われるとお釈迦さまは御教導くださっています。なればこそ、浄土真宗の正しい御本尊は「南無阿弥陀仏」の名号であることは明確ですね。親鸞学徒の私たちも、ぜひその通りにさせていただきたいものです。
まあ、厳しいことを書きましたが、意外にもここも、阿弥陀仏の木像や絵像ではなく、御名号が御安置されていることに感心しました。感心も何も当然なんですけどね。
それはそうと、御真影はといいますと……、

中央の御真影は「流罪勅免御満悦の御影」と呼ばれている
ありました、ありました!一応、望遠レンズを使ってアップで撮ってはあるんですけど、ブログにアップするには恐れ多いので、この辺まで引いたのがギリギリラインかと……。
だいぶ黒ずんでしまっていますが、それでも聖人のお姿を拝することができます。無実の罪で法然上人と遠く西東に離れ離れになられ、大変悲しまれた聖人が、無罪放免となって再び京都へ戻って法然上人から教えを聞かせていただける喜びはいかばかりであったろうかと思わせるお姿。
そんな光源寺でした。
まだまだ、続きます。
10月 31st, 2009 at 11:44 AM
こんにちは。
楽しく読ませてもらいました♪
3月 4th, 2010 at 6:57 PM
JJSGさん、コメントありがとうございます。
上越は親鸞聖人の御旧跡が多いので、何とも懐かしい思いになりました。是非とも教えも遺してもらいたいと思います。