12 10月 2009

カミュへの手紙

Author: もん太 | Filed under: ラピンのそんなバナナ★

今回は、ブンガク的にデビューさせてください。。。

拝啓 アルベール・カミュ 様

あなたの「異邦人」を読んだのは、中学2年のころだったでしょうか。「不条理の哲学」。その妖しい言葉の響きは、14歳の少女をひきつけるに十分でした。

その「異邦人」と時を同じくして、あなたは書かれましたね。

〈真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである〉(シジフォスの神話)……と。

タイトルにある「シジフォス」とは、ギリシャ神話に出てくる最も狡猾な男だとか。度重なる神たちの警告を無視したシジフォスの受けた刑罰は、巨大な岩を山の頂まで運び上げるというもの。ところが山頂に達すると、岩は自然に転がり落ちてしまう。シジフォスは、これを無限に繰り返すんですよね。

「人間の運命は、このシジフォスに劣らず無意味である」というメッセージが、込められているのでしょうか。

暗い……。(ごめんなさい)

でも、こんな気分をひきずって10代を過ごしたラピンは幸いにも、この暗さを抜けだす言葉に出会うことができました。それは、親鸞会館で「人生の目的」を聞かせていただいたから。人生が生きるに値することを、知らされたからです。親鸞聖人はおっしゃいます。

「生きる目的は、金でもなければ、財でもない。名誉でもなければ地位でもない。

人生苦悩の根元を破られ、

〝よくぞ人間に生まれたものぞ〟という生命の大歓喜を得て、

未来永遠の幸せに生かされることである」(教行信証)

「みな人よ、限りなき生命の歓喜を獲て、ただ念仏するほか、

人と生まれし本懐はないのだよ」(歎異抄)

これが親鸞聖人、90年の一貫したメッセージだった、と聞かせていただきました。

私たちからいえば、

「苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たせるか、否か」

どうか自分に、つぶやいてみてください。

「苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たせるか、否か」

あなたもきっと、こういうことを求めていたんですよね?カミュ様。

朝、眠い目をこすりながら電車に揺られて通勤し、クタクタに働いて、帰途に就く。代わり映えのない毎日だから、昨日、何を食べたか覚えていないこともあるほど。

日々の楽しみといえば、夏の夜の冷えたビール、冬は温かい鍋物に舌鼓を打つといったささやかなことです。そうして壮年となり、老いて、やがて人生の終幕となる。

人生のこの基本的なサイクルは、大統領からホームレスまで変わらない。一生懸命生きているのは何のためか。なるほど人間の営みはシジフォスに似ているかもしれません。

火鉢の縁を際限なく回り続け、火中に落ちていく尺取り虫のように、同じところをグルグル回り続ける悲劇を仏教では、「流転輪廻」といわれます。

そんな人生、なぜ生きる。

答えは親鸞聖人の教えにあり。

だから、親鸞聖人の教えを聞いて、

苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たしたい。

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2 Responses to “カミュへの手紙”

  1. kitty Says:

    ラビンさん☆はじめまして。。

    kittyと申します。

    カミュの「異邦人」
    そして「不条理」という言葉、

    確かに確かに、強い引力でした。

    kittyも10代のころ。。

    親鸞聖人から、
    人生の本当の目的を教えていただいて、
    カミュに手紙を書かずにおれないお気持ち、、、
    お察し致します。。

    苦しみ多き一生が、
    生命の歓喜で満たされる。

    無上の教えを知らされている身の幸を
    改めてかみしめるばかりです。(*^_^*)

    洋の東西を問わず、
    どんどんお伝えしたいですね☆

  2. ラピン Says:

    kittyさん、コメント有り難うございました!
    「生命の歓喜」って、改めてすごい言葉だな、と思って書いてみました。
    kittyさんのように喜びあふれるブログを発信していきたいです!

ツッコミ大歓迎!