今回は、ブンガク的にデビューさせてください。。。
拝啓 アルベール・カミュ 様
あなたの「異邦人」を読んだのは、中学2年のころだったでしょうか。「不条理の哲学」。その妖しい言葉の響きは、14歳の少女をひきつけるに十分でした。
その「異邦人」と時を同じくして、あなたは書かれましたね。
〈真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである〉(シジフォスの神話)……と。
タイトルにある「シジフォス」とは、ギリシャ神話に出てくる最も狡猾な男だとか。度重なる神たちの警告を無視したシジフォスの受けた刑罰は、巨大な岩を山の頂まで運び上げるというもの。ところが山頂に達すると、岩は自然に転がり落ちてしまう。シジフォスは、これを無限に繰り返すんですよね。
「人間の運命は、このシジフォスに劣らず無意味である」というメッセージが、込められているのでしょうか。
暗い……。(ごめんなさい)
でも、こんな気分をひきずって10代を過ごしたラピンは幸いにも、この暗さを抜けだす言葉に出会うことができました。それは、親鸞会館で「人生の目的」を聞かせていただいたから。人生が生きるに値することを、知らされたからです。親鸞聖人はおっしゃいます。
「生きる目的は、金でもなければ、財でもない。名誉でもなければ地位でもない。
人生苦悩の根元を破られ、
〝よくぞ人間に生まれたものぞ〟という生命の大歓喜を得て、
未来永遠の幸せに生かされることである」(教行信証)
「みな人よ、限りなき生命の歓喜を獲て、ただ念仏するほか、
人と生まれし本懐はないのだよ」(歎異抄)
これが親鸞聖人、90年の一貫したメッセージだった、と聞かせていただきました。
私たちからいえば、
「苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たせるか、否か」
どうか自分に、つぶやいてみてください。
「苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たせるか、否か」
あなたもきっと、こういうことを求めていたんですよね?カミュ様。
朝、眠い目をこすりながら電車に揺られて通勤し、クタクタに働いて、帰途に就く。代わり映えのない毎日だから、昨日、何を食べたか覚えていないこともあるほど。
日々の楽しみといえば、夏の夜の冷えたビール、冬は温かい鍋物に舌鼓を打つといったささやかなことです。そうして壮年となり、老いて、やがて人生の終幕となる。
人生のこの基本的なサイクルは、大統領からホームレスまで変わらない。一生懸命生きているのは何のためか。なるほど人間の営みはシジフォスに似ているかもしれません。
火鉢の縁を際限なく回り続け、火中に落ちていく尺取り虫のように、同じところをグルグル回り続ける悲劇を仏教では、「流転輪廻」といわれます。
そんな人生、なぜ生きる。
答えは親鸞聖人の教えにあり。
だから、親鸞聖人の教えを聞いて、
苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たしたい。
10月 13th, 2009 at 10:28 PM
ラビンさん☆はじめまして。。
kittyと申します。
カミュの「異邦人」
そして「不条理」という言葉、
確かに確かに、強い引力でした。
kittyも10代のころ。。
親鸞聖人から、
人生の本当の目的を教えていただいて、
カミュに手紙を書かずにおれないお気持ち、、、
お察し致します。。
苦しみ多き一生が、
生命の歓喜で満たされる。
無上の教えを知らされている身の幸を
改めてかみしめるばかりです。(*^_^*)
洋の東西を問わず、
どんどんお伝えしたいですね☆
10月 14th, 2009 at 12:30 PM
kittyさん、コメント有り難うございました!
「生命の歓喜」って、改めてすごい言葉だな、と思って書いてみました。
kittyさんのように喜びあふれるブログを発信していきたいです!