24 3月 2010

完全閉じ込め症候群

Author: もん太 | Filed under: ラピンのそんなバナナ★

復活・ラピンです。

もう忘れられたと思いますので、完全に路線変更させていただきます。

3月21日放送のNHKスペシャル命をめぐる対話“暗闇の世界”で生きられますかで、完全閉じ込め症候群(TLS)というものを知りました。全身の筋肉が動かない閉じ込め症候群。頬のわずかな動きでパソコンを使い意志を伝えることができるその方は「完全な“閉じ込め状態”になったら死なせてほしい。闇夜の世界では生きられない。人生を終わらせることは“栄光ある撤退”であると確信している」と要望書を提出されたといいます。取材に訪れた柳田邦男さんとの対話を軸に、生と死の問題が問われていました。

医療機器

番組では、もう一人の閉じ込め症候群の方の意見として「生きたいと望む人が呼吸器をつけることがうしろめたくなるような社会になってほしくない」という声を紹介し、二人の考え方はまったく違うと論じていましたが「いのちは自分のものであり、自分で決断したい」という立場においては、それほど違うとは思えません。というのも柳田さんは、「いのちはだれのものか」を問いかけられていました。

生きていることそのものに家族は励まされる。だから、いのちは自分だけのものではないのではないか、という考え方をどう思われるかの問いかけに「理解できません」との回答。構造的には自殺しようとする人に「大切な人が悲しむじゃないか」というのが生きる理由になりえるのか、ということと同じと思います。そもそも「おれが悲しいから苦しくても生きてくれ」というのは「私」の欲求を満たしているだけでないかというおそれがあります。そして励ましているその人もやがていなくなる。いや無常の世ですから先に逝くことだってあります。だれのものか、ではなく、一人一人に一大事があるのではないでしょうか。

番組では「人は何があれば生きられるのか」と問いかけていましたが、それは「ゴール」だと言いたいです。番組を見ていると、ちょうど、ゴールなき円形トラックにほうりこまれたランナーたちが、デッドヒートを繰り返し、傷つき、ぼろぼろになったとき「もうちょっと倒れるまでがんばるのがいいのか」「そうそうにリタイアするのがいいのか」「一緒に走っているあの人のためにがんばるべきなのか」という問題を解こうとしているようでした。

問題の根本はそこではなく、生きる「ゴール」が明らかにされていないところに、流転輪廻の苦しみがあるのではありませんか。ラピンは、そのゴールを親鸞聖人によって知らされた者の一人として、親鸞聖人の平生業成の教えを一人でも多くの人に知ってもらいたいと思わずにおれません。人間に生まれて果たすべき「目的」があるからこそ、弥陀のご本願を聞き、生き抜きたいのです。

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One Response to “完全閉じ込め症候群”

  1. のほほん Says:

    全く、私も同感です。

ツッコミ大歓迎!