もん太@射水市民です。
昨日は、もん太宅にて高森恭子先生をお招きして「なぜ生きる」を通して親鸞聖人の教えを学ぶ勉強会でした。高森恭子先生は「浄土真宗親鸞会 親子の集い」の代表をされている高森光晴先生の奥さんで、もん太一家が射水市内に新居を構えてからというもの、いつも招待させていただいています。
もん太宅ができたのが平成17年に勤修された親鸞会の正本堂落慶法要の3カ月前ですから、もう5年になるんですね。時が経つのは早いもんです。5年間も来ていただいていたんですね。
有り難いことにもん太一家は全員が親鸞学徒ですので、新築時に「自宅で御法話が開けるように設計しよう」となりまして、一番こだわったのが無上仏を御安置する仏間ですね。さすがに、2000畳のような威容を誇ってしまいましたら、それこそ破産してしまいますので(まず土地がございませんが)、それ以外にこだわりました。
まず、お仏壇は射水市のこだわりのお仏壇職人である井口製作所さんに依頼。こちらの要望をしっかり聞いて手抜きをせずに作ってくださいました。サービスということで、座布団やらお線香なんかもジャンジャンいただきまして、お値段もいい具合だったんですね。オススメです。そして、畳は親鸞会館と同じダイヤロン畳。5年経った今でも色あせていませんし、カビなんかも発生しません。
さらに、ビデオ御法話が開けるようにスクリーンを常備です。
ヤ○ダ電機のポイントが結構貯まっていたのでタダ同然で設置できた電動式スクリーンです。あまり高いものじゃないですが重宝しています。ただ、天井に埋め込みをする際に現場監督から「ホームシアターはリビングに設置する人は多いけど、仏間に設置するのは初めてだ」と言われてしまいました。まあ、映画を見るためなら我が家の液晶テレビで十分ですからね。
高森恭子先生の勉強会が行われると、もん太の所属する支部だけでなく、海外の方や学生さんなども参詣されるので、仏間とリビングの間の襖を撤去しても入り切らないほどです。ついには、廊下にまで溢れる結果に……。
狭い家ですみません。フローリングの廊下で正座して聞くのはつらいかもしれませんが、案外夏場は快適です。
それはそうと、高森恭子先生より「なぜ生きる」の2部21章「先を知る智恵をもって 安心して生き抜きたい」から「多くのことを知るよりも、もっとも大事なことを知る人こそが智者。智者と愚者は、『後世を知るか、否か』で分かれる」の部分についてお話を聞きました。
蓮如上人は、御文章に、
「八万の法蔵を知るというとも、後世を知らざる人を愚者とす。たとい、一文不知の尼入道なりというとも、後世を知るを智者とす、といえり」
と仰っています。
百科事典を丸暗記している物知りでも、後世(死後、後生)を知らなければ愚者である。しかし、字のタテヨコわからなくても、いつ死んでも浄土往生間違いなしと、行く先の明るい人が本当の智者といえよう。智者と愚者は、「後世を知るか、否か」で分かれる、と蓮如上人はおっしゃっているのだ。
確かに仰るとおりで、確実にやってくる未来に対して全く無関心で何も準備をしない人は愚者と言われて仕方ありません。
学校の卒業が近づいているのに、卒業後の進路を全く考えず遊んでいる学生を見たら、愚か者と呆れるでしょう。
車を買ったり家を建てたりしたら、自動車保険や火災保険に入るでしょう。万が一、事故や火事になったら大変だからです。
やがて来る未来が深刻であればあるほど、それに対して真剣に臨まねば愚者と言われて仕方ありません。
生きている私たちにとって最も深刻な未来は何でしょう?
死ですね。
しかも、深刻であり、更に唯一100%確実な未来なのです。
どれだけ医療が発達しても、こればかりは逃れられません。交通事故や火事にあう人は希です。学校の卒業にしても、卒業する前に死んでしまえば卒業後はないわけです。それでも、不確実な未来に対して、お金や時間をかけて対策をしているのですね。
しかし、自分の死に対して、その後のことを考えている人はどれだけあるでしょう?
考えたところで、墓は、生命保険は、遺産分配は……程度でしょう。死んだ後、自分がどこへ行くのか考えたことがあるのでしょうか?
死後は有るのか、無いのか。有るなら、どんな世界なのか。
未来が暗ければ今も暗い。行く先が分からなければ、今が不安でしょう。
後生ハッキリする親鸞聖人の教えをもっともっと聞かせていただかねばと思いました。
ではでは。



ツッコミ大歓迎!