もん太@射水市民です。
急に肌寒くなったかな……と思いきや、今日は一気に残暑モード。体調がついていかない……と弱音を吐いている場合ではないっっ!!
……ということで、親鸞会の機関誌「顕正新聞」にて前回の記事でも書いたように、私、もん太は同朋の里の二次元アイドル「フランちゃん」と共演しておりますが、一緒に遊歩道を散策していたりいなかったりしているので、同朋の里の植物を見ていたりするのですね。
今日は午前中に遊歩道を徘徊してきたのですが、まず最近できたばかりの東屋への階段脇に強烈な色彩のマツバギクが花を咲かせていました!
いやぁ〜、あまりにも蛍光色すぎて通常の商業用印刷では再現できないカラースペースの花ですね。あまりに鮮やかすぎてチョウチョがばたばたと舞っていましたよ。
それから、個人的にグッと来たのが、
名も知らぬこの実!これまた東屋への階段にある枯山水の所にありました。ぶどう味のこんなつぶつぶのお菓子を幼少時代に食べていたなぁと思いつつ、眺めておりました。
そして、F館前から遊歩道へ入っていく場所に群生していたのが、コレ!
露草(ツユクサ)ですね。
あちこちで見かける雑草ではありますが、この何とも言えない鮮やかな青が気持ちよくて好きな花です。
……で、この草がどうして「露草」というのか、ネット社会のブレーン「Wikipedia」で調べてみたよ!!
すると、朝咲いた花が昼にはしぼんでしまう様子が朝露を連想させるから、という説がございました。そんなところから、儚さの象徴として万葉集にも詠まれているようです。
- 月草のうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ
- 月草に衣ぞ染むる君がため斑の衣摺らむと思ひて
- 月草に衣色どり摺らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ
- 月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後はうつろひぬとも
- 朝露に咲きすさびたる月草の日くたつなへに消ぬべく思ほゆ
- 朝咲き夕は消ぬる月草の消ぬべき恋も我れはするかも
- 月草の借れる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ
- うちひさす宮にはあれど月草のうつろふ心我が思はなくに
- 百に千に人は言ふとも月草のうつろふ心我れ持ためやも
……と9首あるようです(昔は「月草」と言ったようです)。
露草の花の色素は着いても用意に色落ちしてしまう性質があるようで、そういうことからも儚さの象徴として歌われているようですね。
7首目の歌、
月草の借れる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ
は、
月草(露草)のように、この世のはかない命の私たちなのに、どうして、後で逢いましょう、なんて言うのですか。
……という意味らしいのですが、無常を見つめて仏法を求めている私たち親鸞学徒からすれば、
月草(露草)のように、この世のはかない命の私たちなのに、どうして、また聞ける、なんて言うのですか。
……と読み替えたいですね。
仏法は聴聞に極まりますが、1座1座のご縁をどれほど真剣に聞いているか。今日聞けなければ、次……と思っていないだろうかと猛省させられます。
F館に泊まって二千畳でのご法話に向かう時、この露草を見て「今日、聞き抜くぞ」と決意を新たにして聞法に臨みたいものです。



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