15 1月 2011

勝興寺の御満座に見た本願寺衰退の原因

Author: もん太 | Filed under: 真宗十派

もん太@射水市民です。

この週末は日本全国おしなべて天候が荒れ模様のようで、大学入試センター試験を受験される皆さんには特に雪によるトラブルの注意が呼びかけられていますが、そんな荒れ模様の中、富山県高岡市にある本願寺派の勝興寺「御満座(報恩講)」が勤められました。

勝興寺といえば、浄土真宗の中興上人といわれる蓮如上人が越中布教の拠点として設けられた寺院で、富山県では非常に有名です。かつては富山県内はもちろん日本全国から参詣者が群参し、大変な賑わいであったと聞いています。親鸞会の黎明期高森顕徹先生が御満座のご示談の場に乗り込まれて、本当の親鸞聖人の教えをスパッと説かれたこともある所です。

最近の浄土真宗は衰退の一途を辿っていると聞きますが、いくら何でも天下の勝興寺ですから、そんなことはなかろうと足を運んでみました。

雲龍山 勝興寺の提灯(photo by 親鸞会)

昨日から始まった勝興寺の御満座(報恩講)に行ってみました

事前に、親鸞会の法友に「勝興寺に行ったら車はどうしたらいいんでしょう?」と尋ねたところ、「大きな行事だし、人が集まるから伏木駅前の駐車場に停めた方がいいんじゃない?」とアドバイスを頂いた。親鸞会の報恩講では、全国のみならず世界中から参詣者が押し寄せるので、交通整理の係が周囲に立ちます。特に小杉インターから親鸞会館までの道は大混雑するので、その道中は係がたくさん立つのですが、その感覚で行ってみました……が、伏木駅前に行っても、道路は通常と変わらず。

この調子なら、もしかしたら境内の駐車場に停められるかも……と行ってみた(とどのつまり、雪が降っているし、あまり歩きたくないのネ)

勝興寺の門前に並ぶ出店(photo by 親鸞会)

門前に3軒ほど出店が並んでいたが、かつてはもっと多かったそうだ

勝興寺の門前には、たい焼きやたこ焼きの出店が3軒ほど並び、その横には休憩所のテントが用意されていた。しかし、そこに賑わいはなく、屋台の皆さんが寒そうにしておられるのが印象的でした。この出店も、かつてはもっと多く並んでいたそうですが、この現状に寂しさすら感じました(まあ、出店で寂しいというのもなんですが)

上の写真は、この日の午後の勤行の前に撮ったものですが、あまりに参詣者の姿が見えないので、逆に今日は中止になったのだろうかと不安になってしました。

ちなみに、親鸞会の昨年の報恩講の様子は、こちらでリポートしましたので、ご覧ください。

……で、境内の駐車場ですが、

勝興寺の駐車場(photo by 親鸞会)

勝興寺の境内の駐車場もガラガラで拍子抜けした

境内内部の、かなり本堂に近い駐車場で、この状態でした。確かに、伏木駅まで電車で来られたり、地元の方が徒歩で来られて自家用車で参詣されない方もいらっしゃるでしょうが、車社会の富山において、いくらなんでもガラガラすぎないかと思いました。

とは言っても、そんな駐車場の込み具合でグタグタ言っている場合ではありません。肝心なのは教えですから、早速、本堂へと足を運んでみましょう。

勝興寺の唐門(photo by 親鸞会)

勝興寺の唐門の向こうに御満座が勤められている本堂が見える

本堂に入ると、親鸞会の会館に比べ、かなり寒く、参詣者の皆さんはジャンパーなどを着てストーブの近くに陣取っていました。

無断で撮影するわけにもいかないので、係の方に「撮影してもよろしいでしょうか?」と聞くと、笑顔で「どうぞ、どうぞ」と承諾してくれました。近くにどこかのテレビ局のものと思われるビデオカメラも立っていましたし、観光客らしき人がパシャパシャと撮っていたり、参詣者も携帯のカメラで「チャラ~ン♪」とか音を立てて撮影していたくらいなので問題はないのだろう。

……で、本堂の様子はこんな感じでした。

勝興寺の本堂(photo by 親鸞会)

本堂で読経を聞く参詣者。この時が一番多かったかもしれない

これって勝興寺の御満座だよね?

いくらなんでも参詣者が少なすぎないだろうか。報恩講(御正忌)は、浄土真宗で最も大切な行事です。これに馳せ参じないものは親鸞学徒ではないとも言われます。

たとえ、雪が降っていようと「雨、風、雪はもののかずかは」と蓮如上人が仰るように、ご縁を求めねばならないのではないでしょうか?

時間の午後2時になると、門徒総代の方が前に出てきて挨拶をしました。「昨日は山口県の宇部市からいらっしゃる方もありました」と誇らしげに言われていましたが、親鸞会では、富山県だけでなく、遠く北海道や沖縄県、そして、海外はアメリカやブラジルなどの法友も参詣されるんですけどなあ……と思うのでした。なぜ、海外からも参詣されるのか?それは、本当の親鸞聖人の教えを説いているからに他なりません。

ただ、このことは勝興寺は本山ではないからということもあるでしょうけど、親鸞会の富山県呉西方面を中心とした行事だけでも、もっと参詣されるんです。どうしてかつて、あれほどの参詣者で溢れた勝興寺がこうなってしまったのか……理由を追求せねばなりません。

そうやって考えているうちに、御満座名物の2本の「デカローソク」が灯る中で「読経」が始まりました。

勝興寺のデカローソク(photo by 親鸞会)

御満座といえば「デカローソク」で、2本に灯されていた

勝興寺の住職が赤い衣を着て「読経」を開始。

住職による読経(photo by 親鸞会)

住職や近隣の僧侶によって読経がなされた

この住職の前には、勝興寺の本尊が安置されているのですが、阿弥陀如来の木像でした。さて、浄土真宗の本尊は木像でいいのでしょうか?浄土真宗の正しい本尊は「南無阿弥陀仏」の御名号だけです。その理由は親鸞聖人が、御名号を本尊となされた根拠はあるのか止まらない御名号本尊への流れ“名号本尊”は親鸞聖人のお勧めなどを読んでいただければと思います。改めて、最も大切な本尊から間違っているのですから、教えも間違ってくるのだと知らされるのでした。

さて、「読経」の後に親鸞聖人の御一代が記された御伝鈔の拝読などが一通りなされたんですが、節を付けて有り難そうに拝読するだけで、御伝鈔の解説は全くなく、参詣者はひたすらうつむいて聞いているだけでした。これでは、親鸞聖人がどのようなご苦労をなされたのかが分かりません。

それでは最後の法話に期待してみよう……と思ったら、御伝鈔の拝読が終わったあたりで、参詣者がゾロゾロと帰り始めました。

御満座の法話の様子(photo by 親鸞会)

法話の様子。親鸞会ではあり得ない程、読経の時より参詣者が減った

そして、親鸞会では想像もできないほど、空席が目立ち始めました。

今回は近くの寺のY師と呼ばれる布教使が担当。どんな話が聞けるのだろうかと聞き始めると、どうして自分が布教使になったのかという話を延々と始めました。

それでも、親鸞聖人の教えのどこに感動して、この教えを弘めたいと思って布教使になったという話かなと思って聞いてみたところ、こんな調子の「法話」でした。

私にとっては仏教はあまり馴染みがなかった。ご縁がなかった生活をしていたので、学校(研修施設のこと)はやっぱり厳しかったですね。知らないことばかりですし。まして、周りの方々は若い人だらけで、私みたいな年いった人は、まあ、私は40なんですね。なかなか同い年の人は少なくて、数名しかおりませんでした。まあ、その数名同士がどうしても固まるんですね。皆さん、大体、普通の高校や大学を卒業されて、すぐに来られる。お寺のご子息ばかりなんですね。中身にもついていけません。若い人達との一緒の生活にもなかなか馴染めない。まあ、オジサンばかりが固まって、何とか1年間頑張ってきたということでございます。

想像以上に厳しかったですね、生活が。逆に言うと一番初め思ったのは、サラリーマン終わってからお寺のことやればいいやなんて言っていた自分が恥ずかしくなったりしてですね。これサラリーマン終わってからしていたら、もっと辛かったんだろうなぁと思ったり。それはやっぱり今までとは丸っきり違う生活ですし、違う勉強でしたし、非常に厳しかったことが今でも思い出してしまいます。そんな辛かったですから、1年で何とか住職になるための資格は頂いたわけですから、すぐに帰ってこれば良かったわけですけれども、何を思ったか「もうちょっと勉強してみようかな」なんて思いまして、もう半年勉強させて頂いてきました。そこで私が、実際は3ヶ月くらいなんですけども勉強してきたことというのが、こうやって皆様の前でお話をするための勉強をしてきたわけですね。それが、皆さんがよく聞かれる布教使という資格なわけですね。

まあ、今はコレを取って良かったのか、良くなかったのか。まあ、「資格」と言われるものですからね。やっぱり、持っていた方がいいんでしょうけれども、決して私はこうして皆様の前で積極的にお話をしに出かけたいという思いではなかったわけですね、正直。ましてや、他のお寺のご子息のようにですね「ちょっと京都で勉強してきました。その結果として布教使という免許を頂いて帰ってきました」だったらいいんですけれども、私の場合は、その免許が欲しいが為に京都にいるのを延長して勉強してきたわけですね。

なぜ欲しかったのか?まあ、カッコつけたかったんでしょうね。ましてや、連れ合いであります私の妻の方が、私よりももっと先にですね、何年も前ですが得度させて頂きまして、布教使も取って、布教使という免許も持っていたんですね。旦那さんとしてはですね、やっぱり悔しいですね。なかなか頭が上がらないというかですね。僧侶としては後輩な上にですね、更には家に帰ってきても、今で言う上からモノを言われるんですかね。こう言われるんですね。「アンタ、後輩な上に布教使の資格を持っていないじゃないの」ってね。そういうのをチラチラと感じるたりするんですね。それが悔しくてですね「じゃあオレも免許を取りに行ってやる!」と、その思いだけで免許を取りに行ったというのが正直な話です。それで頂いてきてしまった布教使という肩書きなので、正直、今はその重さに潰されそうになっております。

こちらの勝興寺、1度だけ来た事があるんですね。普通にお参りするだけでした。それだけでもスゴイなあって思ったのに、今ではこの場で私がお話させて頂くなんていうのは、本当にこの1ヶ月間、胃が痛い思いでした。私、初めはお断りするつもりだったんですよ。「何で私なの?」なんていう思いもありましたし「いや、僕なんかじゃ、まだまだ、衣を着ているだけの僧侶ですし」ということで、お断りをするつもりだったんですが、それを考えている間に連れ合いの方が返事をしてしまいまして……、で、連れの方が返事した訳ですから連れがやるんだろう、お話をするんだろうと思っていたら「アタシ、この日は他の所で用事があるから、アンタが一つやって」「うん」というようなことがあったんですね。

ですから、難しいご法義とかですね、内容のあるお話というのは、明日の私の連れ合いが話をさせて頂きますので、私は今日、そんなに中身のあるスゴイ話とかイイ話とかいうのは、本当にそういうのはチョット無理です。まだ。40歳にしてこれはどうかなと思うんですけど、それでも無理なものは、無理しすぎることは良くない。私なりにですね、浄土真宗の教えって有り難いなあと感じているところを少し皆さんにお話できればなと思います。

で、この布教使の資格というのは、勉強するのは結構大変で、一般の方々は2通りあります。地元でも取ることもできます。別に本山の近くに行って勉強しなくても布教使という資格は頂けます。まあ、2通りありまして、地元で勉強して試験を受けるか、ご本山の近くで3ヶ月間ですね、毎日合宿生活ですね。それをして、やっと頂けるか、どちらかを選べるわけですね。私はたまたまその時、時間があったので、ご本山の近くで勉強させていただくということになったのですけれども、まず、得度する時もそうだったのですけど、まず正座ということをする機会のない生活をしておりましたので、その辺で足の痛い思いもしました。

更に先生たちはベテランの布教使で、現役の方がやっていらっしゃいます。非常に厳しいです。今でも思い出すのが、そこで先生が言ってたお言葉なんですが、「布教使として人の前で話をする肩書きをもらえたとしても、その中で10年後、同じように門徒さんの前でお話をしている人は、大体10人に1人だろうと、そうやって自然に話のできない、苦手な人は淘汰されていってしまうよ。だから、死に物狂いで頑張りなさい」というようなことを仰られていた先生がいらっしゃいます。今それをヒシヒシと感じております。

布教使という免許を頂いてから、私まだそんなに経っておりませんが、恐らく5年後、10年後にこうやって皆さんの前でお話するということは、多分もうないと思います。布教使としては、そんなに優秀な方ではないと思いますので、だから、皆さん、もう私の話を聞くのは最後かもしれませんので、私も最後のつもりで頑張って話をしたいと思います。

……という調子です。

親鸞会の講師(布教使)は、生涯を親鸞聖人の教え徹底にかけたいと命をかけてなられる方ばかりです。教えを聞きたいという方があれば、「断る」なんてとんでもない。どこでも飛んで行かれますし、三界の大導師の自覚を持って説法されます。招待されて断るのは、先に法話の予定が入っている場合以外はありません。そして、親鸞聖人の教えをそのまま説くのですから「中身のない話」とか「スゴくない話」にはなりません。まして、5年後に布教使を辞めているかもしれないなんていう自覚でやっている方もおられません。これが、親鸞聖人の教えを布教する立場の覚悟です。

今日の「法話」をした人は、その覚悟が全く感じられず、こんな「おことわり」をしてからの話ですから、ここから、そんな「法話」を聞かされる、雪の中を参詣された門徒の方々がかわいそうでなりませんでした。

布教使の資格を取るときに試験をするのですが、その試験のときに説法の実演をするそうです。この時に、この布教使が話したのが、その実演で話をしたことを話すというのです。ということは、本山が良しとした話であるので大いに期待しました。ただ、そんな「内容のない話」で本山が布教使の資格を与えるというのですから、本願寺の程度というものが知らされました。

さて、その「法話」というものは、どういうものであったのか。

冒頭に、親鸞聖人のご和讃の、

「生死の苦海ほとりなし ひさしく沈めるわれらをば 弥陀弘誓の船のみぞ 乗せて必ず渡しける」

を出してきたので、「おっ、親鸞聖人のお言葉を出して話をしようとしているな」と感心しかけたのですが、そのお言葉の話をするのではなく、布教使になる前に僧侶として葬式に行ったときの話しでした。

その葬儀というのが、流産した女性の依頼で、この世に生を受けることができなかったわが子の葬儀をめぐってのやりとりの話でした。その女性が、この世に生を受けることができなかったわが子と浄土で会うことができるんですね……というやり取りなのですが、ここに全く聖人の教えはなく、自分が感じたことなどを並べるだけでした。折角、ご和讃まで示しておきながら何をしているのか……。

そして、和讃を出して、「われらを弥陀弘誓の船に乗せて渡してくださる」と言われているのだから、自分だけでなく全ての人が船に乗せていただいているのだと「味わいました」と、まさしく十劫安心そのものを言ってのけました。

親鸞聖人のお言葉を出して……と言っても、自分の体験談に合わせて「味わい」を語り、かつては念仏のオンパレードだった本願寺の説教でしたが、その念仏も言わなくなっていました。既に、どっかの講演会で語られているような体験談だけで、こんな話を「法話」として聞かされている門徒の方々がかわいそうでなりませんでした。果たして、参詣者はこんな話を聞きに来られたのでしょうか?

親鸞学徒の本道とは、親鸞聖人のお言葉を示して、わかりやすく話をして徹底すること以外にありません。自分の味わいや体験などを聞きに来ているわけではないのです。

この布教使は、この話が自分では今まで作った法話の中で一番いい話と言っていましたが、勝興寺は報恩講でこんな話を依頼し、また本山も、こんな話で布教使の資格を与えているのかと思うと情けない限りです。

本願寺衰退の原因をここに見た気がします。

本願寺は伝統仏教、親鸞会は新興宗教と言う人がありますが、果たしてどうでしょうか?

建造物や教団が昔からあるものなら伝統仏教なのでしょうか?宗教で最も大切なのは「教え」です。その教えをネジ曲げている者こそ新興宗教といえるでしょう。親鸞会は、常に親鸞聖人や蓮如上人などのお聖教のお言葉を出して、そのことについて1つ1つ、自分の考えを一切入れずに伝えています。これこそ本道であり、真の意味での伝統と言えるのではないでしょうか?

こんな勝興寺が約38億5千万円もの税金を使って、本堂以外の建造物の修復作業をしているそうです(参照:修復の概要)。

重要文化財に指定されていることかもしれませんが、何の為の寺の建造物なのでしょうか?目的は本当の親鸞聖人の教えを徹底するためではないのでしょうか?その使命を果たさずに、こんな話をしているだけなのに、これほどの国税が使われていいものでしょうか?それこそ、事業仕分けされるべきものでしょう。

ぜひ、彼らにも本当の親鸞聖人の教えを聞いてもらいたいと念ぜずにおれませんでした。

そして、改めて親鸞会でしか本当の親鸞聖人の教えを明らかにしていないことが知らされます。

ではでは。

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