12 3月 2011

平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震

Author: monta | Filed under: 親鸞会もん太のどこまで脱線するの?

もん太@射水市民です。

昨日、東北から関東地方にかけて襲った大地震ですが、名称は気象庁で「平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震」と決まりました。

今回は、地震による津波などで多くの方が亡くなられたと報道で聞いております。まず、お悔やみを申し上げるとともに、1日も早く復興されることを念じます。

規模はM8.8とのことで、あの阪神・淡路大震災(M7.3)は言うに及ばず、日本災害史上最大の被害があったという関東大震災(M7.9)を遥かに上回り、観測史上、国内最大級の大地震となったそうです。

この地震が起きた14:45頃、もん太は親鸞会の弘宣局ビル3階に居ましたが、射水市でも震度3ほど。弘宣局ビルは鉄骨造なので階が高くなるほど揺れの幅は大きくなり、3階では相当揺れているように感じました。弘宣局ビルには映像撮影用の素晴らしいスタジオが完備されているのですが、この親鸞会のスタジオにも多くの照明が設置されています。

弘宣局ビルのスタジオ照明(Photo by 親鸞会)

親鸞会の弘宣局ビルのスタジオには多くの照明が取り付けられている

地震発生時のテレビ局のスタジオの様子が放送されていましたが、それらのスタジオにも非常に多くの照明機材が吊り下げられています。それらの照明機材が地震が来るたびにゆらゆらと揺れているのが映し出されていましたが、弘宣局ビルの照明も地震のたびに、ゆらゆらと揺れていました。

弘宣局ビルのスタジオ照明(Photo by 親鸞会)

今回の地震でスタジオの照明がゆらゆらと揺れていた

弘宣局ビルが遭遇した地震で大きなものは、親鸞会で教学講義が勤められた日の朝の勤行を襲った「平成19(2007)年能登半島地震」で、射水市が震度5弱でした。今回の揺れはそれに比べれば小さいものですが、それでもかなりの揺れを感じました。宮城県や茨城県からはかなり離れていると思いますが、意外と富山県が揺れることに驚きました。

弘宣局ビルのスタジオ照明(Photo by 親鸞会)

弘宣局ビルは鉄骨造なので揺れが増幅され、更に照明が揺れる

どうしても、東北地方の太平洋側までのアクセスから距離を考えてしまうんですが、案外、宮城と富山って直線距離で近いものなんですね。驚きました。

そして、弘宣局ビルは鉄骨造の高層建築ですので、揺れは「しなる」ことでエネルギーを逃がすスタイルです。これは、弘宣局ビルに限らず鉄骨造のビルディングは、こういうシステムになっています。その為、上の階に行けば行くほど揺れが大きくなります。

今回の東北地方太平洋沖地震が起きる前に、南半球のニュージーランドでも大きな地震が起き、親鸞会のある富山県の外国語専門学校の生徒さんが多数、被災されました。この外国語専門学校には親鸞会の会員さんも通っており、たまたま今回の研修には行っていなかったので被災はされなかったものの、あまりに身近なことで他人事とは思えませんでした。

しかし、身近とは言っても南半球の外国の話で、日本の自分には関係ないと安心し切っていたと思います。まさか、そのニュージーランドの地震とは比較にならない大地震が日本で起きるとは思っていませんでした。そして、いや、あれは東北や関東の話だと思って安心しているもん太に「次はお前の番だぞ」と言わんばかりに、今朝、栃木県や長野県でも大きな地震が起きました。

仏法を聞かせていただき、無常迅速、後生は目の前であることをいつもお聞かせいただきながら、死はまだまだ先のことと思っている私に対する警鐘としか思えませんでした。

かつて、ガンを宣告された岸本英夫氏(東京大学・宗教学教授)は、死はまさに、突然襲ってくる暴力だと闘病記に残しています。

死は、突然にしかやって来ないといってもよい。いつ来ても、その当事者は、突然に来たとしか感じないのである。生きることに安心しきっている心には、死に対する用意が、なにもできていないからである。(中略)死は、来るべからざる時でも、やってくる。来るべからざる場所にも、平気でやってくる。ちょうど、きれいにそうじをした座敷に、土足のままで、ズカズカと乗り込んでくる無法者のようなものである。それでは、あまりムチャである。しばらく待てといっても、決して、待とうとはしない。人間の力では、どう止めることも、動かすこともできない怪物である。(岸本英夫『死を見つめる心』より)

今回の地震も、突然にやってきました。今日は大切な商談があるから、大学の入試だから、結婚式だから……という事情は全くおかまいなしです。無情にも、押し寄せた津波は、

一生働き続けて建てたマイホームも……、

先祖代々、受け継いできた田畑も……、

漁師の生命線とも言える漁船も……、

まだローンが残っているであろうマイカーも……、

すべてを流し去っていきました。

テレビで中継された津波の映像を見ていると、黒ずんだ津波が港や田畑を覆っていきます。その水面には、川に浮いた枯葉や木屑、ゴミのように、家や車が浮いているのです。わずかな点のように見える家も、1人の人が汗とあぶらで貯めたお金で、やっとの思いで建てたものに違いありません。まだ、ローンが残っている人も多かったでしょう。やっとの思いで手に入れたマイカーもあったでしょう。そんな苦労をして手に入れたものだから……という都合など全くおかまいなしで津波は飲み込んでいきます。テレビを見ている人からは、あの家ができるまでに、どんなドラマがあったのかなど知る由もありません。

仏法では、営々と築きあげたどんな成果も、人生の幕切れでグシャリとにぎりつぶされる。長く大きくしようと努めてきたシャボン玉と同じであると教えられます。そして、サルトルは主著『存在と無』の末尾に「人間は無益な受難である」と言っていますが、最後、壊れるものばかりを求めるほど、悲惨な一生はないでしょう。

地震が来なくても、津波が来なくても、人生の最後には、すべてを失います。そんな壊れるものばかりを求めている人生でいいのかと問われていると思わざるを得ませんでした。

諸行無常の世の中で、絶対に崩れない人生の目的を果たすよう、光に向かって進ませていただきたいと思います。

最後に……、

テレビを見ていたら、地震でまだ揺れているのに、すぐ外へ逃げていく人が多いのに驚きました。

弘宣局ビルの非常口(Photo by 親鸞会)

地震の時には、すぐに外へ逃げないのが鉄則です

もん太は、地震の巣である静岡出身ですので、地震の防災訓練は多くやってきました。

火災と地震では、対応が違います。火災の場合は「すぐに外に逃げる」のが大事です。燃えている家屋の中から脱出する必要があるからです。反面、地震の際は「すぐに外に逃げない」のが鉄則です。

地震で、揺れているのに外に逃げるほどの自殺行為はないでしょう。出た途端に屋根から瓦が落ちてきたり、看板が落ちてきたり、高圧電線が切れて落ちてきたりして、それらによって被害を受ける危険性が大きいからです。地震が起きたら、まず、丈夫な机などの下に隠れるのが大事です。特に頭を入れて守りましょう。

机などがなければ、ソファーが丈夫な家具の側に身を縮めて寄り添いましょう。そうすることで、天井が落ちてきても、床と天井との間にソファーが入ることで空間ができ、圧死から逃れることができるのです。そして、揺れが収まってから、落下物に注意しながら屋外に避難するという流れになります。

地震大国・日本に住む私たちです。明日は我が身ですから、日ごろから対策を立てていきたいと思います。

夜の弘宣局ビル(Photo by 親鸞会)

能登半島地震で震度5弱の揺れでも問題なかった弘宣局ビルです

今回の地震で揺れた親鸞会の弘宣局ビルですが、おかげさまで無事でした。

ではでは。

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