もん太@射水市民です。
未だに、テレビも新聞も東北地方太平洋沖地震の報道一色で、改めて今回の大地震が観測史上世界最大である実感が出てくる。
情報社会と言われて、いつでもどこでも必要な情報がすぐに手に入る世の中になりながら、未だに安否確認ができないという話も珍しくない。親鸞会の東北地方の法友で安否不明だった方が、やっと昨日、無事に避難所にいらっしゃったという話を聞き、何はなくともよくぞ無事でおられた……と嬉しく思った。
同じ人間として、同じ日本人として、被災地で頑張っておられる皆さんの役に立ちたいと、義援金を届けたり、物資を届けたり、ささやかながらも節電に心掛けたり……という助け合いの精神に、海外メディアが大絶賛するように、何と日本は素晴らしい国なのか!世知辛い世の中になったと言っても、日本人のDNAに組み込まれているのではないかと思う程の、利他の精神に感動を覚える。
そんな東北地方の皆さんが頑張っていらっしゃるんだからと、もん太もできる限りの義援金を出させていただきたいと思うし、節電にも心掛けて、何らかの形で役に立ちたいと思っている。
ただ、どうしても新聞などで目にする壊滅状態の市街地の写真が脳裏に焼き付いて離れない。阪神大震災も大変な地震であったけど、市街地の写真を見れば、全壊なり半壊なりの家屋は見受けられても、もともと家があったところに壊れているだけなので、元の市街地の様子は容易に想像できた。
だが、今回の地震はまるで違う。大津波がすべてを飲み込み、跡形もなく洗い流してしまった。どこに何があったのかすら分からない。ここは畑だったのか住宅地だったのか。これは、国道だったのか農道だったのか……。説明がなければ全く分からない。この写真をモノクロにすれば、原爆投下直後の広島市街とか、東京大空襲直後の焼け野原と言っても気づかないかもしれないとも思った。
まず、この瓦礫の山をどこから手を付けて片付けていくか、ということから復興そのものに絶望感を感じてしまうが、なかなかポジティブに考えられず、他人事と思えずに苦しむ。
祖師・親鸞聖人なら、どうなされるのだろうか……。
地震ではなく大飢饉ではあるが、親鸞聖人もまた同様のことで悩まれ、高熱を出されて寝込まれるほど苦しまれた。
その時のことが、親鸞聖人の奥様であった恵信尼の手紙に記されている。
せんしんの御房
くわんき三年四月十四日
むまの時はかりより かさ心ち すこしおほえて そのゆふさりよりふして 大事におハしますニ こしひさをもうたせす てんせい かんひゃう人をもよせす たた おともせすしてふしておはしませハ 御身をさくれハ あたたかなる事 火のことし かしらのうたせ給事もなのめならす さて ふして四日と申あか月 くるしきに まハされあらんとおほせらるれは なにことそ たわこととにや 申事かと申せハ たわことにてもなし ふして二日と申日より 大きやうをよむ事ひまもなし たまたまめをふさけハ きやうのもんしの一時ものこらす きららかにつふさにみゆる也 さて これこそ心へぬ事なれ 念仏の信しんよりほかにハ なにことか心にかかるへきと思て よくよくあんしてみれは この十七八ねんかそのかみ けにけにしく三ふきやうをせんふよみて すさうりやくのためにとて よみはしめてありしを これハなにことそ ししんけう人しん なんちうてんきやうなむ とて 身つから信し 人をおしへて信せしむる事 まことの(佛おんを)佛おんをむくゐたてまつるものと信しなから みやうかうのほかにハ なにことのふそくにて かならすきやうをよまんとするやと思かへして よまさりしことの されハなほもすこしのこるところのありけるや 人のしうしんしりきのしん よくよくしりよあるへし とおもひなしてのちハ きやうよむことハととまりぬ さて ふして四日と申あか月 まハさてあらんとハ申也と おほせられて やかてあせたりて よくならせ給て候し也
三ふきやう けにけにしく千ぶ よまんと候し事ハ しんれんはうの四のとし むさしのくにやらん かんつけのくにやらん さぬきと申ところにて よみはしめて 四五日はかりありて 思かへしてよませ給はて ひたちへハおはしまして候しなり
しんれんはうハ 日つしのとし 三月三日のひるむまれて候しかハ ことしハ五十三やらんとそおほえ候
こうちやう三ねん 二月十日 ゑ信
親鸞聖人は、高熱を出して寝込まれるほど苦しまれた。お手紙の中では、火のようだったとある。私も今回の地震で何とか……と思ったが、この聖人ほどの思いかと聞かれれば恥ずかしい有り様だ。
そして、親鸞聖人は善導大師の『往生礼讃』のお言葉を思い出しつぶやかれた。
自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩
いざ臨終となっても崩れることのない幸福にしてみせると誓われた阿弥陀仏の本願をお伝えする以外の仏恩報謝はないのだと、改めて知らされ、聖人はご布教に立たれた。
一瞬にして、生涯かけて築き上げた家を失い、家族を失って、生きる希望を失って、これから何のために生きればいいのだろうかと苦しまれる方が現れるに違いない。阪神大震災がそうだったのだ。
親鸞聖人のみ跡を慕う親鸞学徒もまた、有縁の方に、なぜ生きるの解答があることを明示せねばならないのではないか。それが、仏教者の役割だろう。
ではでは。
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