11 5月 2011

六角堂対決!【親鸞会 vs 頂法寺】

Author: monta | Filed under: 親鸞会もん太のどこまで脱線するの?

もん太@射水市民です。

いきなりタイトルから『六角堂対決!』などと物騒でございますが、30歳を超えても若気の至りのもん太の事ですので「ま〜た、アイツ馬鹿やってる」と軽く流していただければ幸甚です。ええ、そりゃもう対決っていうほどの内容じゃありませんからね。皆さんもご承知のとおり、親鸞会の数あるブログの中でも内容が不毛であること最第一のイミズムでございますので、過度の期待はご遠慮いただければ幸甚です。大変お疲れのところ恐縮でございますが、よろしくお願いします。

では、本題です。

親鸞会では親鸞聖人の教えを聞き求めているのですが、そのご一生は宝尋作の『親鸞聖人のお歌』などを通して聞かせていただいているかと思います。その最初の方にこんな歌詞がございます。親鸞会の勤行の本である『正信聖典』でしたらP69から掲載されています。

大曼行の難行は事なく成され給いしも 吾等凡夫のさとりには叶わぬものと百日の

六角堂の観音へ深夜の祈願遂げたまい 四句の御告と吉水の法然房を示さるる

大曼行の難行も、聖人は完全に遂行なされましたが、とても我々凡夫の助かる道ではないと、救いを求めて、六角堂の観音へ百日間、祈願を決行されました。救世観音は、四句の夢告と、京都・吉水の法然上人を示されたのでした

先月の中旬にもん太が京都に行った時、親鸞聖人の出家得度の地「青蓮院門跡」とご修行の地「比叡山」を巡り、当ブログでもレポート致しました。

その比叡山で法華経の教えに従って煩悩と格闘された親鸞聖人は、最も厳しい大曼の難行までも完遂なされました。しかし、

「人間は煩悩に汚れ、悪しか造れない。だから後生は地獄とお釈迦さまはおっしゃる。私の心の中にも、欲望が渦巻き、怒りの炎が燃え盛り、ネタミ・ソネミの心がとぐろを巻いている。どうすれば、この煩悩の火を消し、後生の一大事を解決することができるのか。どうすれば……」

と苦悶されるのでした。9歳で出家得度されてから難行苦行に打ち込まれて17年、26歳になられた聖人は、

「ああ、もう少しも進まれない。こんなことでよいのだろうか。もしかしたら、私は道を間違えているのではなかろうか。一度、慈鎮和尚さまにお尋ねしたい」

と、青蓮院の慈鎮和尚を訪ねられました。

「親鸞この間、全身全霊、修行に打ち込んでまいりました。だがいまだに後生に明かりがつきません。もしかしたら、私のような者は助からないのではないかと、不安でなりません。どうすれば、この魂の解決が、できるのでございましょうか」

慈鎮和尚は厳しく諭しました。

「何を言うか親鸞。後生の一大事は、生涯かけての最大事。だからこそ、我々の先達は、この一大事の解決に生涯をささげてきたのではないか。仏道を求めることは、大宇宙を持ち上げるよりも重いぞと、龍樹菩薩も言われている。10年や20年で解決のできることではないのだ」

意を決し再び比叡山に戻られ、さらに修行に打ち込まれる聖人でしたが、

「果たして、この山に私の救われる道があるのだろうか。煩悩に汚れ、悪に染まった親鸞を導きたまう大徳はましまさんのか……」

と、苦悩は深まるばかりでした。

そして29歳、求道に精も根も尽き果てられた聖人は、20年間の天台法華の教えに絶望なされ、ついに下山を決意されたのです。比叡山を捨てられた聖人は、後生の一大事の解決一つを求めて六角堂に100日間、籠もられました。和国の教主と言われる聖徳太子創建の六角堂で、救世観音に救いの道を必死に尋ねられたのです。

六角堂の山門(Photo by 親鸞会)

京都の六角堂へやって来た。ビル街の中に埋もれていて迷ったぞ

その親鸞聖人が百夜の祈願をされた六角堂にやってきました。

京都市内を自家用車で観光するのは色んな意味で自殺行為でして、車は多いし、各名所の駐車場は有料でいちいち停めていたら出費がかさむし、道路は一方通行が多かったりして面倒くさい。そんなわけで、もん太は京都駅近くのホテルの駐車場に停めたんですが、そこなら1日停めても1000円な上に自転車も無料で貸してくれるんですね。京都市内観光なら自転車に限りますな。

そんな自転車をチャリチャリこいで烏丸通りを京都駅から北上。言うまでもなく、通り沿いには近代的なビルが立ち並んでおりまして、こんな所にあるものかというような所に六角堂がありました。まあ、烏丸通りの交差点に「六角堂」の表示が出ているので、うっかり通り過ぎるケアレスミスは防げるのですが、かなり細い路地に入って行きまして、とても車が停められるようなスペースがございません。駐輪はできるかと思ったら「駐輪禁止」ということで、どないせいっちゅうねん!とツッコミを入れたくなるんですが、山門の前に有料駐輪場があったので、そこの人に聞いてみたところ「参拝だったら停められると思いますよ。六角堂の人に聞いてみてください」と儲からない話なのに親切に教えてくださいました。誠にカムサハムニダ!

……で、六角堂の人に聞いてみたら「ご参拝なら、そこにどうぞ」と案内してくれましたので、駐輪場の人が儲かることはありませんでした。でも、感謝しているよ!!

そうして、千社札を張られまくった山門をくぐっていくと真正面が本堂だ。

六角堂の本堂(Photo by 親鸞会)

頂法寺が本名。この本堂が六角形なので六角堂と呼ばれるそうな

この六角堂、本名は天台宗の「頂法寺」と言うらしいが、本堂の屋根の形が六角形なので六角堂とのこと。そういや、もん太が富山県立大学に在学中も講堂の形が六角形だったので、親鸞会の先輩が「六角堂」と呼んでいたっけ、と今回の記事の流れと全く関係のないことをつぶやいてみる。

本堂と言っても外陣は畳敷きといったものではなく土足で歩き回ることができる。そして、内陣は周囲にウヨウヨしているハトが入れないように厳重に金網が張ってある。線香の煙がもうもうと立ちこめて周囲の至る所に“おみくじ”が結んである。この六角堂に親鸞聖人は百夜の祈願をされたわけだが、そういうご旧跡ということもあって、天台宗の寺院なれど「親鸞堂」が建立され親鸞聖人との因縁を強調した観光名所となっていた。

六角堂の親鸞堂(Photo by 親鸞会)

境内の隅の小高い所に何やらお堂らしきものが建っている

迷信を一切排除された親鸞聖人ゆかりの地ということなのに、そこへの石段の周囲にも“おみくじ”が結ばれているのが申し訳ない。たまたま、つまみ出した紙切れに書かれていることで自分の運命が決まったら苦労はしない。仏教では運命は因果の道理によって決まると教えられます。善に励めば善い運命がやってくるわけだから、そんな“おみくじ”なんていう迷信に騙されずに本当の仏教を聞いてもらいたいものだ。

親鸞堂(Photo by 親鸞会)

親鸞堂もまた六角形をしている。礼拝している20代女性もいた

この親鸞堂の近くにペットボトルの先に取り付けたコンパクトデジカメを設置しセルフタイマーで親鸞堂に礼拝している自分の姿を撮っている20代の女性がいた。最近はこういうのが流行りなのだろうか?何を礼拝しているのか知らないが、親鸞聖人が祈願された後生の一大事とは全く関係ないようだ。

ちなみに、この親鸞堂の前には親鸞聖人の像が雨ざらしで安置されていた。つくづく申し訳ない思いがする。

親鸞聖人の像(Photo by 親鸞会)

親鸞堂の前には親鸞聖人の像が安置されていた

さて、この六角堂で親鸞聖人が受けられた救世観音の夢告とは、どんなものであったのであろうか?

親鸞聖人が六角堂の夢告を受けられる前の19歳の頃、大阪の磯長という所にあった聖徳太子の御廟に3日間の参籠をされたことがあった。その時に、聖徳太子より受けられた「磯長の夢告」と呼ばれるものはこのようなものであった。

我が三尊は塵沙の界を化す 日域は大乗相応の地なり 諦に聴け諦に聴け、我が教令を

阿弥陀仏は、すべての者を救わんと、力尽くされている。日本は真実の仏法が花開く、ふさわしい所である。よく聴きなさい。よく聴きなさい、私の言うことを。

汝が命根は応に十余歳なるべし 命終わりて速やかに清浄土に入らん

そなたの命は、後十年なるぞ。命終わると同時に清らかな世界に入るであろう。

善く信ぜよ、善く信ぜよ、真の菩薩を

よく信じなさい、深く信じなさい、真実の菩薩を……

この夢告で最も深刻に受け止められたのが「そなたの命は、後十年なるぞ」という予告であったことは想像に難くなく「命終わると同時に清らかな世界に入るであろう」の意味も時の聖人には不可解な予告であり「よく信じなさい、深く信じなさい、真実の菩薩を……」と言われても真実の菩薩とは誰なのか謎は深まるばかりだった。

その「十年の命」と宣告されてからちょうど十年。激しい無常と罪悪に責め立てられ、聖人の求道は決死であった。厳しい京都の冬、底冷えの本堂で聖人は祈り続けられたのである。

「どのような苦行も厭いませぬ。どうか私の後生の一大事、助かる道をお示しください。天台法華の教えを20年間、求めて参りましたが、知らされるのは『法華経』では救われぬ自己の姿ばかりでありました。湖水の如き心にもなれず、真如の月を拝むことのできない煩悩具足、罪悪深重の親鸞、このまま一息切れたら、後生は真っ暗です。もう私には時間がございません。10年前、聖徳太子さまより『汝の命、あと10年』と予言された親鸞、迷いの真っ只中に最後の年を迎えております。どうか私の助かる道をお示しください」

祈り続けられ95日目の夜明けに、救世観音が顔形をととのえ、立派な僧の姿を現して、真っ白なご袈裟を着て、広く大きな白蓮華の花の上にしっかりと座って、次のように告げられたと聖人自ら記されている。

行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽

行者がこれまでの因縁によって、たとい女犯があっても、私(観音)が玉女の身となって、肉体の交わりを受けよう。一生の間、能く荘厳してその死に際して引き導いて極楽に生ぜさせよう

救世観音は、この文を唱えて言うには「この文は私の誓願である、一切の人々に説き聞かせなさい」と告げられた。この知らせによって数千万の人々にこれを聞かせた、と思われたところで夢が覚め終わった

とある。これを「救世観音の夢告」とか「女犯の夢告」といわれている。

ここで行者とは、真実の救いを求め仏道修行をしておられた親鸞聖人ご自身のことである。

それまでの仏教には、僧侶は一切女性に近づいてはならないという厳しい戒律があった。しかし、色と欲から生まれた人間が、色と欲から離れ切れない絶対矛盾に突き当たって悶え苦しんでおられた聖人に対して「若しあなたが女性の肉体と交わりを結ぶ時は、私(観音)が玉女という女となってあげましょう」と告げられたのは、ありのままの人間として男女が結婚して人生を荘厳できる阿弥陀如来の絶対の救済のあることを、救世観音は夢によって教導されたものである。

「この文は私の誓願である」と断言されたのは、阿弥陀如来の絶対の救済を教えることこそ諸仏菩薩の出世の本懐である、と告白されたものである。

「一切の人々に説き聞かせなさい」と言われたのは「阿弥陀如来の救いを一切の人々に説き聞かせることこそ、あなたの唯一無二の聖使命である」と救世観音が親鸞聖人にさとされたものである。

「この菩薩の教えによって数千万の人々にこれを聞かせた」とあるのは、聖人の開顕なされた真実の仏法によって、どれだけの大衆が人間あるがままの姿で絶対の救いに値っていったかを思えば深くうなずかざるをえない。

しかしこの時、いまだ阿弥陀仏の本願にあっておられない聖人には、救世観音が何を告げられたのか、全く分かられなかったのであろう。

ちなみにこの親鸞堂には、夢告を聞いておられる「夢想之像」と、六角堂参籠の姿を自刻されたと伝えられる「草鞋の御影像」が安置されている。そういうこともあって、浄土真宗の門徒も多く訪れるらしい。

ところが聖人が六角堂に参籠された目的を誤って伝えられていることが多いようだ。

百夜の祈願の目的は「性欲を克服するため」と決めつめた、あまりにも無責任な暴言もある。『恵信尼公文書』の第3通には、

やまをいてゝ 六かくたうに百日こもらせ給て こせをいのらせ給けるに……

(山を出て、六角堂に百日籠らせ給て、後世を祈らせ給けるに……)

と、親鸞聖人が六角堂に百日間籠られた目的は「後世を祈る」ためであったと記されている。「後世を祈る」とは「後生の一大事の解決の道を求めて」ということである。仏道修行の目的は、いつも親鸞会のご法話でも確認されることだが「後生の一大事」の解決ただ一つであり、何よりも聖人のご一生が、それを雄弁に物語っている。

しかし、この六角堂で後世を祈る人はどれほどいるのだろうか。

さて、本堂の前にはちょっと変わった囲いがあった。

へそ石(Photo by 親鸞会)

本堂の前に京都の真ん中に当たると言われる「へそ石」があった

この中央にある穴の開いた六角形の石は、ここでは「へそ石」と言われているものらしい。

何でも昔の本堂の基礎石らしく、ここが京都のちょうど真ん中にあたるので“へそ”と言われるらしい。境内の中の売店では「へそ石餅」というものまで売っていた。こんな石まで名物にして商売にするとは……すさまじい商魂である。

そのへそ石の横に、ちょっとしたせせらぎがあり、そこには数体の置物のような石像が置かれていた。

十六羅漢(Photo by 親鸞会)

境内の中にあった何やら怪しげな羅漢像

これは「十六羅漢」と言われるものらしく、どの顔を見てもニコニコ顔である。釈迦が多くの善を六つにまとめられ六度万行(六波羅蜜)を教えられたが、その1番目に「布施(親切)」を挙げられている。布施には仏法を伝える「法施」と、物や財産を施す「財施」が教えられるが、金や物がなくてもできる布施行として「無財の七施」を勧められている。心がけ一つでできる布施行である。そこから「和顔愛語」の実践が勧められるのだが、この羅漢はそれを実践しているという。無愛想な表情ではなく、いつも和顔愛語に徹していれば必ず善い結果がやってきますよと教えられているんだとか。

羅漢と邪鬼(Photo by 親鸞会)

ニートっぽい邪鬼とハトに乗られても和顔愛語の羅漢が秀逸だ

ただ、この中にどうも和顔愛語をしていないふてくされがいるようです。これは邪鬼だそうで、仏教をなかなか理解せず、ひねくれて仏教信者とならない人を邪鬼というんだそうです。そんな邪鬼の中でも改心して羅漢の周りで仏法を学んでいる者もいるんだとか……。

どうでもいいような像に思えたが、比較的仏法精神にかなったことを伝えんがために造られたことを思えばまともなものともいえないでもないか……。和顔愛語を心がけたいと思います。

さて、ここの六角堂は親鸞聖人のご旧跡のように言われていますが、完全に現世利益のための寺院となり、観光名所となってしまいました。

六角堂といえば、もん太が勝手にそう呼んでいる六角堂もあります。それが、こちら。

六角堂(Photo by 親鸞会)

もん太が勝手に「親鸞会の六角堂」と呼んでいる「あずまや1号」

親鸞会の同朋の里にある「あずまや1号」ですね。現在、親鸞会にはあずまやが1号から3号までがあるんですが、1号が六角形、2号が八角形、3号が四角形になっています。それぞれに名づけられた数字と屋根の形が合わないので混乱するため、もん太は勝手に1号を「六角堂」、2号を「八角堂」、3号を「四角堂」と呼んでおります。ですから、オフィシャルな呼び方でないので、このように呼んでも通じるのはもん太相手だけと心得てくださいね!

まあ、この親鸞会の六角堂に百夜も通い続けても悪夢はあっても夢告はないものと思われますが、ここに集う親鸞会の法友は皆さん親鸞聖人の教えを語り合います。親鸞聖人が京都の六角堂に籠られたように後生を念じているんですね。そういうことでは、聖人の御心にかなった六角堂は親鸞会にこそあり、と思うのでした。

親鸞会の六角堂は風通しもよく快適ですので、百日でも通って信心の沙汰をしてもいいかもしれませんね!

ではでは。

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