10 7月 2012

親鸞会の十勝帯広会館が落慶したぞ!(その6)

Author: もん太 | Filed under: 親鸞会館

もん太@射水市民です。

北海道初の親鸞会の会館「十勝帯広会館」の落慶行事のレポートをしておりますが、6回目を迎えて、まだまだ終わりません……。もう暫く、お付き合いくださいませ〜。

前回は6月29日に高森顕徹先生をご招待しての懇談会についてレポートしたつもりでしたが、正信偈の勤行まででしたね。寺では、法話などがほとんどなされず、読経だけで終わるようなことが多いですが、親鸞会はそうではありません。正信偈の勤行の後には、きちんと法施がなされますので、今回の落慶でもそうなされました。

十勝帯広会館(Photo by 親鸞会)

十勝帯広会館の落慶懇談会は気持ちよい空の下で行われました

さて、十勝帯広会館の2階にある講堂に入り切れない懇談会参加者は1階や3階、そして2階の隣室に分散して席を取り、講堂からカメラ映像が中継されるというスタイルで懇談会がスタートしました。かつての親鸞会の法話会場を思い出しますね!

懇談会(Photo by 親鸞会)

2階の講堂を埋め尽くす北海道の親鸞会の法友たち

帯広市は冬はマイナス30度くらいまで冷え込む極寒の地ですが、この日は、全国で一番暑いと言ってもいいくらいの気温でした。まるで北海道の法友の活気を象徴するような気温でしたが、湿度が低いためか富山県で同じ気温の時よりも快適でしたね。扇風機回しておけば、暑さはしのげるという具合でした。

始まって早々、会館が落慶したのだから「北海道の皆さん、落慶おめでとうございます」と仰るのかと思いきや、そんなことを言うと蓮如上人から「ダメやないか、そんなことを言ったら」と叱られてしまうと教えていただきました。そこで蓮如上人の御一代記聞書のお言葉を聞かせていただきました。

蓮如上人仰せられ候、「『宿善めでたし』と云うはわろし、御一流には『宿善有り難し』と申すがよく候」由、仰せられ候。

仏法のことで「めでたし」と言うのはよろしくないとのことです。

確かに世間では、新築祝いなどで「おめでとうございます」と言うのは常識になっていますが、仏教では「有り難し」と言うのが良いようです。「有り難い」というのは字のとおり「有ることが無いことがあった」ということですが、果たして今回の十勝帯広会館の落慶と「有り難い」ということと、どういう関係があるのでしょうか。

十勝帯広会館は、言うまでもなく十勝地方の親鸞会の法友が、自分たちが仏法を聞かせていただき、そして、有縁の方に聞いてもらおうと、ご苦労されて建立された聞法道場です。昔から、欲の為に万金を投げ出すことはヒゲをなでるよりも易く、仏法の為に一銭を投げ出すことは生爪が剥がれるよりも痛い、と言われます。

家を新築したり、車を買ったり、旅行したりするのには大変な費用がかかりますが、どういうわけか、そういうお金はたやすく出せます。しかし、いざ仏法の為となると、生爪剝がれるような辛い思いをします。確かに、今まで何度か真宗門徒のお宅を訪問したことがありますが「寺が、また金を出せと言ってきた」と不満を言っているのを何度も聞きました。そうかと思えば、その方の家の中には立派な調度品があったり、庭には高級車が停まっていたりしたものです。まあ、今の寺は教えが説かれていませんので、その寺の為にお金を出すのは無駄としか思えないのは分かりますが、それでも真実の仏法が説かれているところであってでさえも、なかなか出せないものですね。

そんな中、建立された立派な十勝帯広会館ですから、有り難いことと言うのがよろしいということに納得いたしました。

そこで、さて北海道はどんな所か、ということで特製の北海道の地図を使って、北海道で布教をされている講師の方が説明をされました。地図には、北海道にある大きな拠点と、親鸞会の法友が住んでいる地名が細かく書かれています。

北海道の地図(Photo by 親鸞会)

北海道の地図を使って、全道から親鸞会の法友が集っているとのお話

北海道だけで、人口は550万人ほどいるようで、その中でも最大の都市が、政令指定都市でもあり、北海道庁の所在地でもある札幌市です。何と200万人ほど住んでいるのだとか……。親鸞会のある富山県の総人口のほぼ2倍ですね。恐るべし札幌……。ちなみに、この札幌にも北海道会館を建立している最中ということで非常に盛り上がりました。

他にも、旭川や函館、釧路など大きな都市からも親鸞会の法友が集まっていることが紹介されました。

参詣者(Photo by 親鸞会)

「旭川から来た人〜!」との呼びかけに元気よく手を挙げる法友

いや〜、本当に全道から法友が集まってきているんですね。

こうして、一通りの紹介の後、高森先生が空港から十勝帯広会館までの道中、浄土真宗の大きな寺院が多くあったことを話されました。そんなに大きな寺が沢山あるのに、どうして十勝帯広会館を建立しなければならなかったのかという話になっていきました。

その理由は、ただ1つ。教えが説かれていないからです。

寺は聞法道場と言われるように、教えが説かれる場所であり、門徒も教えを聞きに行く所です。しかし、その寺がいくら立派でも教えが説かれていなければ、教えを聞きに行く人もいないわけですから、寺は無駄です。だから、今回、親鸞会が十勝帯広会館を建立しなければならなかったんですね。

そういえば、もん太が1月に西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要の御正当に行った際、総会所に立った山口県の布教使の説教を聞きました。その布教使が「ある時、門徒の方が私の寺にやってきて、寺に沢山お金出しているけど、1年に寺にほとんど来ない。寺は一番無駄な物だと思う、と言われた」と言っていたのを思い出しました。なるほど、布教使が説教の場で言うほどに寺は無駄な物だという自覚があるのだと思いましたが、無駄か必要かの判断は、正しい教えが説かれているか否かなんですね。それが説かれていなければ、この門徒の方が仰ったように「寺は無駄」と言われても無理はないでしょう。

しかし、そんな無駄な寺を、どうして大事にするのかといえば、大事にしておけば死んだら悪いことはなかろう……、先祖代々の寺だから……、寺に墓があるから……といった理由でしょう。しかし、そういうことは親鸞聖人が最も問題にされなかったことなんですね。聖人が一番に問題にされたことは本師本仏の阿弥陀仏の本願を明らかにすることです。そのこと1つの為に寺はあるはずなのに、それがなされていないわけです。

そういう話がなされていると、十勝帯広会館の功労者であるTさんが「寺は、農家が畑を大事にしているように、門徒の遺骨を大事にしています。その遺骨を人質にしているんです!」と怒りを発表されました。すると、教えを説かない寺に愛想を尽かし、教えが説かれている親鸞会とご縁を結ばれた法友の皆さんが次々と不満を発表されました。

寺について(Photo by 親鸞会)

教えを説かず、葬式、法事、墓番しかしない寺への不満を発表

先日の親鸞会での降誕会の弁論大会で優勝された東本願寺の僧籍を持たれる法友は、寺の実態は誰よりも分かっていますから、その現状を暴露。後生の一大事の解決1つを教える仏教なのに、その後生のことが全く説かれてない現状を嘆いておられました。

更に別の法友は、親鸞聖人は南無阿弥陀仏の御名号のみを御本尊とされたということで、自分も親鸞聖人に従って御名号本尊にしたいと寺に行ったところ、寺から出て行け、骨も持って行けとハッキリと言われてしまってショックを受けたことを話されました。まさに、遺骨を人質にして、本当の教えが説かれている親鸞会に行かせずに、教えのない自分の寺につないでおこうとしているわけです。情けない限りです。

この十勝帯広会館で、聞き難い真実の仏法を聞かせていただき、摂護の光明にあうまで、真剣に聞かせていただきましょう、とくくられました。

摂護光明(Photo by 親鸞会)

御仏壇の上の「摂護光明」の仏語についても解説されました

北海道には、十勝帯広会館に続いて、札幌にも北海道会館が建立真っ最中です。

北の大地が熱く燃えているのを実感しました。

ではでは。

 

続きはコチラ→親鸞会の十勝帯広会館が落慶したぞ!(その7)

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