21 5月 2013

親鸞会で平成25年の降誕会が勤修(2日目)

Author: もん太 | Filed under: 法話

もん太@射水市民です。

前回に続いて、5月18日〜19日の2日間に渡って親鸞会で勤修された親鸞聖人降誕会の様子をレポートしていきます!

1日目は終日快晴で気持ちが良かったものの、2日目は天気予報では午後から天気が崩れるとのこと。心配しておりましたが、ひとまず朝は快晴で、降誕会2日目の参詣者が早朝から続々と親鸞会館に到着しました。

参詣(Photo by 親鸞会)

親鸞会の降誕会2日目も朝から良い天気でした

午前中は、高森顕徹先生より「生死の苦海ほとりなし……」の、親鸞聖人のお書きくだされた高僧和讃を通して、ご説法を聞かせていただきました。

苦しみの絶えない私たちの人生を「生死の苦海」と仰り、その苦しみの海を生きている今、明るく楽しく渡してくださるのは「弥陀弘誓の船のみ」と仰るように、阿弥陀仏しかおられません。釈迦はそれを仏教の結論として「一向専念無量寿仏」と説かれました。この事を厳しく教えられたので親鸞聖人の明らかにされた浄土真宗は「一向宗」とまで言われるようになったのは、日本史を勉強していても出てきましたね。

では、どうすればこの「弥陀弘誓の船」に乗せていただく事ができるのか、ということに、親鸞聖人は「聞思して遅慮することなかれ」、蓮如上人は「聴聞に極まる」と教導されるように「聞く一つ」と仰っています。その為の、親鸞会館であり、その為の各地に建立されている親鸞会の聞法道場であり、その為の私たちの人生です。

それならば、何を聞けばいいのかということが問題になってきますが、それについて親鸞聖人は、

「聞」というは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて、疑心有ること無し。これを「聞」というなり。(教行信証信巻)

と仰っているように、仏願の「生起」「本」「末」を聞けと教えてくださっています。

「生起」とは、弥陀の大船は、どんな者のために造られたのか。

「本」とは、弥陀の大船。

「末」とは、弥陀はその大船にどのように乗せてくだされるのか。

……ということで、この3つに「疑心有ること無し」となった一念に阿弥陀仏の大船に乗せていただくことができるのだと仰っています。

さて、ご講演の後は、昼休みとなり、そして、親鸞会の降誕会や報恩講の名物とも言える弁論大会です!

弁士入場(Photo by 親鸞会)

親鸞会と言えば「弁論大会」!今年も7名の弁士が熱弁を披露しました

今回も、様々な顔ぶれの7名の弁士が、原稿審査を勝ち抜き登壇して熱弁をふるいました!

今年は、蓮如上人もご布教にいらっしゃった南砺市に親鸞会の会館が建立されます。その名も「南砺会館」!南砺の地は、赤尾の道宗を輩出した土地です。その南砺市を中心に布教されている親鸞会の講師の熱き弁論に、南砺の法友も力一杯の声援を送っておられました。

応援(Photo by 親鸞会)

間もなく会館が落慶する南砺の法友も声援を送ります

もん太も、南砺市にはよく写真を撮りに行きますので、その値に会館が建立されるのは本当に嬉しいですね。命懸けの聞法をした赤尾の道宗の気概を再び見せていただけそうです!

他にも、関東の応援団が熱いっぱいの応援していたりしました。

応援団(Photo by 親鸞会)

関東から出場の弁士を応援する応援団も力強い!

そして、今回の優勝弁論は、医師の卵である研修医の女性でした。

ボンボン(Photo by 親鸞会)

優勝した弁士への応援は、医師、看護士、薬剤師などがボンボンを手に

応援団は、親鸞会の医師仲間や看護士、薬剤師などなど……。可愛らしいボンボンを手に声援を送っていました。

この研修医の女医さんは、富山県のテレビ局で1時間の特番が組まれ、あまりの反響に、降誕会の直後にも再放送されたという方。今、話題の女医さんです。難病と闘いながらも医師を志し、現役で医師国家試験に合格し、光に向かっておられます。「なぜ生かすのか」を知らされた仏心を体現した医師としての素晴らしい弁論でした。

声援(Photo by 親鸞会)

笑いあり、涙ありの感動的な弁論に惜しみない拍手を送りました

笑いあり、涙ありで、毎回、多くの感動をいただいている親鸞会の弁論大会で降誕会は終わりました。

今まで「異端」とされてきた親鸞会と「正統」と自認してきた本願寺ですが、本願寺の門徒や僧侶も認めつつあるように、今やその立場は逆転してしまいました。本願寺が誕生してから現在まで、その歴史は「異端」を徹底的に破ってきたものでしたが、「異端」とする高森先生の『歎異抄をひらく』が仏教書どころか一般的な書籍としても異例のベストセラー&ロングセラーとなり、ここに書かれている歎異抄解説がスタンダードとなりつつあります。それに反論しないなど、今までの本願寺ではあり得ないことでした。

この『歎異抄をひらく』に対する反論書や批判書を出してこそ本願寺が正統と示す手段であるのに、それが5年2カ月たっても出版されませんでした。まさに、その反論書や批判書を出版することが本願寺の急務であり、そのトップに立つ門主の責任と思っていましたが、先月4月20日の『本願寺新報』の1面トップ記事は、

本願寺新報(Photo by 親鸞会)

門主退任を1面トップで報ずる本願寺の機関紙『本願寺新報』

ご門主、来年6月にご退任

……とのことでした。

かつてイミズムでも西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌に行ってみたという記事をアップしましたが、教えが抜け、参拝者が激減した750回大遠忌を「無事に終えた」為に役割を果たしたようなことを門主が言っているようですが、『歎異抄をひらく』が、これほど出回って、多くの本願寺の門信徒に読まれ、僧侶までもが「本願寺の教えは間違っていた」と驚いているのに、それに反論もせずに退任するとは哀れであります。

教えが抜けた大きな法要に参拝者を呼び込むのが門主の役割なのでしょうか?確かに参拝者が多いのはいいですが、その多く集まられた門徒の皆さんに本当の親鸞聖人の教えを、お聖教のお言葉を示して説いてこそ門主の役割かと思います。

次の門主となる新門に期待したいと思います。

ではでは。

Tags: , , , ,

ツッコミ大歓迎!