4 11月 2017

浄土真宗 観勢寺の報恩講にお参りしました

Author: もん太 | Filed under: 法話, 真宗十派

もん太@射水市民です。

8月にNHKの『ナビゲーション』という番組で〝寺が消える〟という特集がされておりましたが、そこで報道されていたのが、富山県上市町の浄土真宗寺院でした(反響が大きかったのか、今月12日に再放送もされるらしい)。

そこでは、地方で過疎化が進み、門徒や檀家が減少して経済的に困窮している寺院の現状が紹介されていました。本願寺の本山から職員がやってきて対策を立てているものの、なかなか大変なようで、再建どころか解散をどうするかということも真剣に検討されているようです。

その同じ上市町でも、少し前までは廃寺寸前までいった寺院がありました。

観勢寺です。

その観勢寺は、西本願寺の末寺でしたが、離脱して1年前に浄土真宗 観勢寺として生まれ変わりました。

その落成1周年を兼ねて、昨日の11/3に報恩講が勤修されましたのでお参りしてきましたよ!

観勢寺(Photo by 親鸞会)

観勢寺の報恩講の日は快晴の気持ちの良い天気

雲一つない気持ちの良い青空の下、観勢寺に到着すると、既に多くの参詣者が本堂に席を取っていました。途中で、後方の襖を外すほど!

まずは、皆さんと正信偈の勤行。

正信偈の勤行(Photo by 親鸞会)

正信偈の勤行で報恩講が始まりました

そして、布教使の吉村甲子郎先生より蓮如上人の御文章として有名な「白骨の章」について法話があり、皆さんと聴聞させていただきました。

吉村甲子郎(Photo by 親鸞会)

吉村甲子郎先生より「白骨の章」について法話

最初に、

「この寺は生まれ変わりました。建物が美しくなっただけでは、本当に生まれ変わったとは言えません。教えがなかった寺で、この1年、毎日のように親鸞聖人の教えを聴聞できるようになった。これでこそ本当に生まれ変わったといえるのです」

と激励がありましたが、浄土真宗は「聴聞に極まる」と言われます。

聴聞は、親鸞聖人のみ教え、つまり、阿弥陀仏の本願を聞かせていただくのですが、それが説かれなくなったら浄土真宗ではありませんし、寺の存在意義がありません。

NHKの『ナビゲーション』では、驚くほどに、この「教え」という最も重要なキーワードを聞くことができませんでした。寺は「教え」を聞かせていただくところです。

魚屋に行っても魚がなければ、魚屋は廃業します。

ガソリンスタンドに行ってもガソリンがなければ、ガソリンスタンドは潰れてしまいます。

同じく、寺に行って教えがなければ、寺が潰れてしまうのは当然です。葬式や墓番をしていても、それは寺の役目ではないのです。

観勢寺は、まさに、その「教えを説く」という本来の姿を取り戻して生まれ変わったということが分かりました。

法話では、今日とも明日とも知らず儚く終わる人間の実相を明らかにされました。人は何のために生まれてきたのか、後生の一大事を解決し、絶対の幸福・往生一定の身になるためであり、その道を説かれたのが釈迦であり、親鸞聖人であることを聞かせていただきました。

法話の後には、吉村先生を囲んでお斎をいただきました。

お斎(Photo by 親鸞会)

吉村先生を囲んでお斎をいただきました

教えが説かれるようになって生まれ変わった観勢寺には、近所の方もお参りされ、浄土真宗の正しい御本尊である南無阿弥陀仏の御名号に合掌されるようになったそうです。

存続の危機にぶつかっている全国の寺院関係者に、正しい教えを説けば観勢寺のように生まれ変わることを知っていただきたいと思う報恩講でした。

その観勢寺の情報がブログやfacebookで紹介されていますよ!

ではでは。

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