14 10月 2009

日本語教室「月と暦3」

Author: fu-san | Filed under: フーさんの日本語教室

☆今日のテーマ

「月と暦 その(2)☆番外編

フーさんです。お久しぶりです。

秋の夜長を楽しんでいるうちに、あっと言う間に時がたってしまいました。すみません。

親鸞会同朋の里では、ぎんなんや栗がとれるそうで、実りの秋ですね。

今日は、「月と暦」の3回目です。

弘宣部ビルで見かけた月です

弘宣部ビルで見かけた月です

■先回の解答をいたします。

親鸞聖人のお歌』で、「弘長二年霜月下旬八日午の刻と、「霜月」って、出てきました。

  • 霜月は、11月。
  • 下旬八日は、28日。
  • 午の刻は、午前11時ごろから午後1時の間をさします。

さて、問題を覚えておられますか?

  1. 「弥生三月 花のころ」といわれる「花」とは?
  2. 「五月晴れ(さつきばれ)」って、5月の連休の晴れのことだよね?そういえば、あの時期、晴れた日が続くよね。
  3. 「五月雨(さみだれ)」って、その晴れた日の合間に降る雨のこと?
  4. 「節分」「立春」って?
  5. 「夏至」「冬至」って、いつのこと?
  6. 「今日は、立秋だから、もう、これからは、残暑見舞いだよ」といわれたけど、まだ、8月は真夏だよね?なぜ秋なの?

※実は、昔、次のように、考えられていました。

  • ……1、2、3月
  • ……4、5、6月
  • ……7、8、9月
  • ……10、11、12月

季節の分かれ目の日を、節分

次の日が、その季節の始まる日、立つ日になります。

立春、立夏、立秋、立冬といわれます。

  • 夏の盛りを、夏至(げし)
  • 冬の盛りを、冬至(とうじ)
  • 春に、春分。秋に、秋分

※ところが、旧暦と新暦は、ほぼ、1ヵ月ほどの、ずれがあります。

わかりやすい例を挙げますと……、

今年の節分は、2月3日、立春は、2月4日ですから、「1月から、季節は春」という昔の人の考えからすると昔と今は、1ヵ月ずれているのが、わかりますね。(今の2月が、昔の1月)

同じように、

  • 1月(睦月) 立春(今年は、2月3日)
  • 2月(如月) 春分(今年は、3月20日)
  • 3月(弥生)

  • 4月(卯月) 立夏(今年は、5月5日)
  • 5月(皐月) 夏至(今年は、6月21日)
  • 6月(水無月)

  • 7月(文月) 立秋(今年は、8月7日)
  • 8月(葉月) 秋分(今年は、9月21日)
  • 9月(長月)

  • 10月(神無月)立冬(今年は、11月7日)
  • 11月(霜月) 冬至(今年は、12月22日)
  • 12月(師走)

※質問については……、

(1)弥生3月とは、現在の4月。だから、そのころの花は、桜 と考えてもいいのでは。

(2)(3)は、「さつき」とは、旧暦5月だから、現在の6月に当たります。6月は、梅雨の季節。よって、さつき晴れとは、梅雨の合間の晴れ。五月雨とは、梅雨の雨のこと。

(4)(5)は、上で、お話ししました。

(6)は、立秋は、今年なら、8月7日でした。これは、昔は、まず、暦の上の季節があり、それに合わせて歌を詠んだりしていたんです。もう、暦の上では、春だから、そろそろ、雪がとけたころだろう、とか。暦の上で、もう、秋だから、秋風が吹くころだろう、とか。暦の上では、もう秋だけど、まだ、夏の暑さが残っていますね、という心から、残暑見舞いでしょうか。

以上、簡単で、すみません。

来月は、親鸞聖人、報恩講ですね。

もう、今年も、こんな時期になりました。

ほんとうに、月日のたつのは、はやいです。

一日一日を大切にしていきたいですね。

番外編は、これで、終わります。     ふ~。

もん太@射水市民です。

昨日は、日本全国おしなべて体育の日で盛り上がっていたかと思いますが、体育の日とは国民の祝日の1つらしいので、お祝いムード一色だったような気もします。もん太もご多分に漏れず、時代の流れに乗り遅れまいと体育の日を全力で祝ったのですが、親鸞会では、連休の過ごし方は聞法ドメインで……というのが、トレンドのようです。

そんなワケで体育の日をドップリと同朋の里で……ということで、行ってきましたよ!

体育の日は、晴れる日が多いと言われるそうですが、デフォルトで曇天の富山県とは思えないほど、気持ちよすぎる快晴でした。もん太も早朝から同朋の里に入ったつもりでしたが、駐車場はほぼ満車状態で、スペースを見つけるのに一苦労。

D館の周辺は……、

同朋の里はD館前も車でいっぱいでした

同朋の里はD館前も車でいっぱいでした

こんな感じで停めるスペースなんざ、ないようですね。こちらは、富山県の支部が大半でした。各部屋で信心の沙汰が行われていたようで、周囲を歩いていても、声が外に漏れてきていました。う~ん、元気!

ちなみに、C館の前の方の駐車場は……、

メイン駐車場もご覧のとおり

メイン駐車場もご覧のとおり

ご覧のとおり、満車でした。ナンバーを見てみますと西日本の車が多かったですね。山口県広島県島根県、鳥取県岡山県兵庫県京都府大阪府奈良県といったところでしょうか?どうも、高森光晴講師を招待しての勉強会がなされていたようです。C館で行われていたようですが、C館と言えばお気に入りの場所が、裏庭ですね。

同朋の里C館裏の庭園は静かでした

同朋の里C館裏の庭園は静かでした

ここの芝生とか、竹などあったりして、気分的に竹林精舎です(笑)。ちなみに、百味館で食事していると、大きな窓からこの立派な庭を眺めることができるんですよ!

さて、祝日だというのに、工事現場は非常に賑やかでした。まずは、ゲリラ豪雨などによる洪水の被害から守ってくれる調整池ですが……、

調整池もだんだんと、それらしくなってきました

調整池もだんだんと、それらしくなってきました

ご覧のとおり、大野クレーンさんの白いクレーン車がやってきて作業が進められていました。余談ですが、大野クレーンさんの白いクレーンは、もん太邸新築工事の際、建て方でお世話になりました。重機と言えば「黄色」のイメージが強かったもん太としては、この白いクレーンは清潔感があって新鮮でしたね!

……で、このクレーンが何をしているのかと言えば、

聖地課の皆さんが調整池の滝の作業をしていました

聖地課の皆さんが調整池の滝の作業をしていました

洪水の被害を防ぐ以外に、景観を良くするという面もある調整池ですので、あの滝工事が進められていました。巨石を組んで滝を作っていくのですが、作業をしているのは、どっかの造園業者じゃありません!聖地課の皆さんです!

蓮如上人の時代、山科本願寺の建立は、全国のご門徒の御報謝でなされた大事業でしたが、こちらの記事によれば、ご門徒の労力奉仕で資材が運ばれ、建立されていったのだそうです。まさに親鸞学徒の手で成し遂げた大事業だったわけですね。聖地課の皆さんの姿を見ていると、当時の親鸞学徒の姿が思い浮かぶようでした。

それにしても、立っている聖地課の皆さんの大きさを見ると、石の大きさがよく分かります。まさに巨石ですね。怪我をしないように気をつけていただきたいと念じています。

では、F館の偵察に行ってみましょう。

森林浴も気持ちがいいものです

森林浴も気持ちがいいものです

七宝の池から行ってみましたが、天気がいいとこんなにも気持ちがいいものか……というくらい森林浴でした。木々の香りが何とも言えませんね。山道にたくさんのドングリが落ちていました。う~ん、秋!

さて、次は定点観測。

F館の足場も5階“床”の高さまで組まれました。まだまだ高くなるよ!

F館の足場も5階“床”の高さまで組まれました。まだまだ高くなるよ!

F館正面側の足場も5階の床の高さまで組みあがっていました。これでも十分に大きく感じるのですが、これでもまだ4階建ての建物の高さです。まだまだ高くなるんですね。向かいにある、柱の鉄筋組み立て用の足場が、やたら小さく感じました。

中に入ってみると、先日は組み立てている最中だったサッシが開口部に取り付けられていました。

F館の1階にはサッシが取り付けられました。これはラウンジです

F館の1階にはサッシが取り付けられました。これはラウンジです

さすがにビル用サッシというだけあって、メチャメチャ大きいですね。ガラスはまだ入っていませんが、F館は「魔法瓶のような構造」ということですので、ペアガラスが入るのだと思います。

2階は、支柱が撤去されていましたので、だいぶ広い空間が広がっていました。ちょっと掃除中でしたね。

3階は、養生中ということで、しばし“待て”状態です。

では、現段階の屋上である4階に行ってみましょう。

F館の4階部分は柱部分に型枠が取り付けられていました

F館の4階部分は柱部分に型枠が取り付けられていました

柱の鉄筋は溶接が完了し、その柱に型枠が取り付けられていました。

こうやって見てみると、あの巨大なクローラークレーンの先端がすぐそこにあります。そして、向こうに山がほとんど見えず、空だけです。4階だけで、相当の高さがあることが分かりますね。そういえば、法輪閣の屋上から見えたのは、このクローラークレーンの先端の紅白のアームでした。あそこまで行けば、法輪閣が見えるのだろうな……と思うもん太であった。

では、高くなった足場に昇ってみましょう。

足場が5階床の高さなので、そこから見た4階の様子です

足場が5階床の高さなので、そこから見た4階の様子です

うーん、クレーンや木立の先端しか見えません。まさしく、天空の城!!それにしても、祝日にも関わらず工事を進められる作業員さん、本当にご苦労様です!!

さて、5階からの眺めを堪能してみましょう。まずは、お約束のD館!

5階の床の高さからD館を見下ろしてみました

5階の床の高さからD館を見下ろしてみました

ちょっと紅葉した木とD館!ステキですねぇ。鮮やかな緑の屋根がまぶしいです!これはまさにF館ならではの光景!

視線を右に向けると……、

徳水館と百味館も木立越しに見えますよ〜♪

徳水館と百味館も木立越しに見えますよ〜♪

徳水館と百味館が木立越しに見えました。更に向こうの田んぼまで見えますね。F館屋上の景色を想像すると、今からワクワクしますねぇ!!

まあ、そんなこんなで工事状況でした。

七宝の池越しにF館を見てみましょう。

七宝の池からF館を見てみたけど、すごい存在感だなぁ!

七宝の池からF館を見てみたけど、すごい存在感だなぁ!

かつて見た完成予想CGを思わせる光景ですね。存在感がハンパないです。

報恩講の頃には、どこまで進んでいるのかな……と思いつつ、偵察は完了したのでした。

ではでは。

12 10月 2009

カミュへの手紙

Author: lapin | Filed under: ラピンのそんなバナナ★

今回は、ブンガク的にデビューさせてください。。。

拝啓 アルベール・カミュ 様

あなたの「異邦人」を読んだのは、中学2年のころだったでしょうか。「不条理の哲学」。その妖しい言葉の響きは、14歳の少女をひきつけるに十分でした。

その「異邦人」と時を同じくして、あなたは書かれましたね。

〈真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである〉(シジフォスの神話)……と。

タイトルにある「シジフォス」とは、ギリシャ神話に出てくる最も狡猾な男だとか。度重なる神たちの警告を無視したシジフォスの受けた刑罰は、巨大な岩を山の頂まで運び上げるというもの。ところが山頂に達すると、岩は自然に転がり落ちてしまう。シジフォスは、これを無限に繰り返すんですよね。

「人間の運命は、このシジフォスに劣らず無意味である」というメッセージが、込められているのでしょうか。

暗い……。(ごめんなさい)

でも、こんな気分をひきずって10代を過ごしたラピンは幸いにも、この暗さを抜けだす言葉に出会うことができました。それは、親鸞会館で「人生の目的」を聞かせていただいたから。人生が生きるに値することを、知らされたからです。親鸞聖人はおっしゃいます。

「生きる目的は、金でもなければ、財でもない。名誉でもなければ地位でもない。

人生苦悩の根元を破られ、

〝よくぞ人間に生まれたものぞ〟という生命の大歓喜を得て、

未来永遠の幸せに生かされることである」(教行信証)

「みな人よ、限りなき生命の歓喜を獲て、ただ念仏するほか、

人と生まれし本懐はないのだよ」(歎異抄)

これが親鸞聖人、90年の一貫したメッセージだった、と聞かせていただきました。

私たちからいえば、

「苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たせるか、否か」

どうか自分に、つぶやいてみてください。

「苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たせるか、否か」

あなたもきっと、こういうことを求めていたんですよね?カミュ様。

朝、眠い目をこすりながら電車に揺られて通勤し、クタクタに働いて、帰途に就く。代わり映えのない毎日だから、昨日、何を食べたか覚えていないこともあるほど。

日々の楽しみといえば、夏の夜の冷えたビール、冬は温かい鍋物に舌鼓を打つといったささやかなことです。そうして壮年となり、老いて、やがて人生の終幕となる。

人生のこの基本的なサイクルは、大統領からホームレスまで変わらない。一生懸命生きているのは何のためか。なるほど人間の営みはシジフォスに似ているかもしれません。

火鉢の縁を際限なく回り続け、火中に落ちていく尺取り虫のように、同じところをグルグル回り続ける悲劇を仏教では、「流転輪廻」といわれます。

そんな人生、なぜ生きる。

答えは親鸞聖人の教えにあり。

だから、親鸞聖人の教えを聞いて、

苦しみ多き一生を、生命の歓喜で満たしたい。