もん太@射水市民です。
親鸞会の親鸞聖人750回忌法要も秒読み段階となりました。ここのところ富山県らしいグレースカイなわけですが、どんな天気だろうが関係のないアングラな場所で、アレが進んでいましたよね。
そう、地下道の『浄土真宗 親鸞会の歴史』パネル!
親鸞会の地下道の駐車場側の出入口から正本堂側の出入口まで、合計50枚のパネルが設置されるという親鸞聖人750回忌にふさわしい展示が進んでいるわけですが、ただ大判印刷したものを張り付けるのとはワケが違いまして、アルミ板を使った格調高いものでございます。従って、50枚製作するとなると時間がかかるので、各章ごとに順番に取り付けをしておりましたね。
確か前回は『浄土真宗 親鸞会の歴史』第3章の昭和58年まで完成していたかと思います。ええ、そりゃもう昭和ですよ。かつて平成っ子に「古〜い」って言われちゃいましたからね。昭和生まれをバカにするなよっ……と言いたいところですが、ブログ上で止めておきたいと思います。昭和58年といえば、もん太はまだ静岡県民でして、小学校低学年だったかと思います。あの頃は、まだ「カワイイ」少年だったのです。

親鸞会の歴史パネルの第3章も昭和58年より後が設置されました
……で、昭和58年まで仕上がっていたパネルですが、今回は昭和何年から取り付けられたのでしょうか?

昭和58年の次は年が書かれていません。ただの青ラベルです
真っ青……。
昭和も平成も大正もあったものではないですが、ただ単に青ラベルですね。何年と書かれておりません。この年が書かれていないということは、1年で終わるものではないということですね。何年かかけて行われていたことということです。それは地下道に来てのお楽しみということでお願い致します。
……で、『浄土真宗 親鸞会の歴史』第3章の途中にある地下道の階段を乗り越えまして、

途中で親鸞会の地下道の正本堂側にある階段を越えます
最後の直線に入りますと、いつの間にやら正本堂側の出入口が見えておりました。いやぁ〜長かった!

階段を上り切ると正本堂側の出入口が、すぐそこにあります!
この階段を上って3枚目が第3章の終わりのパネルです。これが、

『親鸞会の歴史』第3章は、ひとまず平成23年まで設置!
平成23年です。
ただ、親鸞会の歴史はまだまだ続いて行きます。これから、どんな如来のドラマが展開していくのか、まぶしすぎて分かりませんが、ここから先のパネルは無上仏に動かされた平成の親鸞学徒によって作られて行くのでしょう。どんなパネルが出来ていくのか楽しみですね。
さて、第3章が終わりますと、第4章へと入っていきます。

そして『親鸞会の歴史』第4章へと続いて行きます
第4章は、

『親鸞会の歴史』第4章のタペストリーはピンク色です
「親鸞聖人の教えのキーワード」でございます。
ピンク色のタペストリーが優しい雰囲気を醸し出しておりますが、さて、どんなキーワードがあるのでしょうか?大事なことですね。
……で、もん太が怪しい匂いをプンプンさせながら写真を撮っておりますと、この『浄土真宗 親鸞会の歴史』パネルの施工業者の社長さんがやってきました。

社長さんに「ブログに載せといて」と言われたので、宣伝で太閤堂工芸社♪
いつもにこやかで、ヒゲがダンディな好青年……じゃなくって、好オジサンなんですが、確か今度の「理想の上司」にノミネートされているようなされていないようなステキな方です。……で、その社長さんが、
「もん太さん、ブログ見ましたよ」
とのこと。
あらやだ、もん太は謎の猿の筈ですが……、誰が言ったのかしらネェ?
そして、
「今度は、会社名入れておいてください」
……とご命令がありましたので、入れておきます。
太閤堂工芸社さんです。そう、高岡市蓮花寺にある万人垂涎のアノ大企業でございます(まあ、公式サイトはないらしいですケド……)。
社長さん、これでいいでしょうか?上の写真でロゴも入れておきましたので、たいそう満足されたことかと思います。
太閤堂さん、上手に仕上げていただきまして、ありがとうございました!
……ということで、親鸞会の親鸞聖人750回忌法要に参詣の際は、地下道を通ってジックリ拝見させていただこうぜ!ただ、ご法話に遅刻する事のないようにね!
ではでは。
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