もん太@射水市民です。
先日、残暑も厳しいですが小矢部がアツいぞ、という記事をアップさせていただきましたが、富山県の小矢部市という所は、かつて高森顕徹先生が布教に歩かれ、ご法話が多く勤められた仏縁の深い土地でございます。
今年は親鸞聖人750回忌の年ということで東西本願寺はじめ真宗十派でも大遠忌法要などと称して、多くの人を集めて行事がなされています。しかし、後生の一大事に始まり、後生の一大事の解決に終わる仏教の真髄を明らかにされたのが浄土真宗なのに、全く後生の一大事が説かれなくなってしまいました。
先日、西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌の10分ほどの「記念布教」を聞く機会がありました。登場した兵庫県の布教使は「阿弥陀仏の本願が死んでから助けると思われているのは悲しい」と言い「現生正定聚ということについて話をします」と始めました。今まで「死んだらお助け」「お念仏を称えさせていただきましょう」というような話ばかりだったので「さすが、本山での大遠忌だけあって違うなぁ……」と少し感心しかけたところ、結局は既に阿弥陀仏のお力が届いて助かってしまっているのだから……という十劫安心の異安心になってしまってガッカリしました。
そんな十劫安心なら、お釈迦さまや親鸞聖人が後生の一大事の解決まで、
「設有大火 充満三千大千世界 要当過此 聞是教法(大無量寿経)」
「たとい大千世界に みてらん火をも過ぎゆきて
仏の御名を聞く人は 永く不退にかなうなり(浄土和讃)」
と、火の中かきわけて仏法を聞きなさいと仰っても、蓮如上人が、
「仏法には世間の隙を闕きて聞くべし、世間の隙をあけて法を聞くべき様に思う事浅ましきことなり(御一代記聞書)」
と、仕事やめてでも聞かなければならないと仰ってもピンと来るわけがない。
それどころか、その釈迦、親鸞聖人、蓮如上人の教えられるままに命懸けの聞法求道を勧める親鸞会に対して「オドシだ!」「カルトだ!」と、ストーカー紛いに非難している真宗大谷派の僧侶U氏(違法行為に問われて家宅捜査され、書類送検されたらしい)などが出没する有り様だ。曲がりなりにも真宗を名乗るなら、耳障りの良いことばかり言って人や金を集めようとせず、真実の仏法を説けばいいと思うのだが……。
そんな感じで寺が説くべき事を説かなくなった為、平成の現在、高森顕徹先生のご法話を聴聞したいという方が多く現れ、親鸞会の二千畳でしか聴聞できなくなってしまった。特に最近になってから仏縁のあった方は、かつて全国のみならず世界で高森先生が布教をされていたことを知らないかもしれない、ということで、親鸞会の結成当初よりご縁のあった法友に聞いて、以前に小矢部市付近で高森顕徹先生のご法話があった会場を巡ってみた。なんせ、もん太が聞いて巡ってみただけなので、勘違いがあったらゴメンナサイ。
まずは、今ほど乗用車が普及していなかった頃は、遠方まで行こうと思ったら鉄道によるでしょう。そうなれば、小矢部市の玄関は、

JR北陸本線の石動駅。高森顕徹先生は、ここから布教に歩かれた
JR北陸本線の石動駅!
小矢部市には小矢部駅があると思ったんですが、うっかり石動駅(いするぎえき)なんですね。福岡県の玄関が博多駅で、うっかり福岡駅までの切符を買ってしまうと、これまた富山県の福岡駅に到着してしまうようなものでしょうか。なんせ、色々と紛らわしいものでございます。
高森顕徹先生も小矢部市で布教をされる時には、よく石動駅を利用されたそうですよ。ここで汽車か電車から降りられ、ご法話のある会場へと向かわれたそうです。
まず、石動駅を出ますと、ロータリー横にちょっとしたビルが建っています。実は、ここでも何度か親鸞会のご法話で高森顕徹先生がご説法をされたそうです。このビルは、

石動駅前にあるJAいなば農協会館。ここで、ご法話がなされた
JAいなば農協会館ですね。
かつては、小矢部農協の農協会館と呼ばれていたそうですが、ここの3階か4階かでご法話があったそうで、廊下にまで参詣者が溢れていたとか。農協の統合で今はJAいなばになりましたが、建物そのものは当時と殆ど変わっていないそうです。
そして、この駅前の道を暫く行くとあるのが、

昔から殆ど変わっていない小矢部市総合会館
小矢部市総合会館です。
大きく2つの建物に分かれており、手前が市民会館で奥が市民体育館だそうです。合わせて総合会館と呼ばれているそうですが、親鸞会のご法話は奥の体育館で行われ、たまに手前の市民会館の4階大ホールでもあったそうです。
さて、石動駅周辺はこれくらいですが、駅近くでグッと来るものを発見!

思わず撮ってしまったソフトバンク小矢部の店舗。シブすぎる!
ソフトバンク小矢部!
大抵のケータイショップは見るからにハコモノという外見ですが、このソフトバンク小矢部の店舗は和洋折衷と言いましょうか、瓦屋根でございます。あまりにシブすぎて、うっかり撮ってしまいました。いや、ここで親鸞会のご法話はないんですけどね、親鸞会でもソフトバンクのケータイを使っている人は多いでしょうということで、ついでに掲載させていただきました。つまり、脱線ですね。それにしてもいいですね。
さて、本題に戻りましょう。
小矢部市は広うございますが、石動駅で降りられた高森先生は、バスなどを利用されることもあったそうですが、大きなカバンを持たれて、布教先へと歩かれる事が多かったそうです。

高森顕徹先生は、こんな広い小矢部の中を歩かれて布教されたらしい
大雪の時も、親鸞聖人の教えを伝える為に歩かれたのだそうですよ。今の親鸞会しか知らない人は、とても想像のできないことですね。
そして、先ほどのような農協会館や総合会館のような一般会場でご法話をされる事もありましたが、

小矢部の散居村の一般家庭でも、ご法話が多くなされたそうだ
散居村の中に点在する有縁の方の家でも、何度もご説法をされたそうです。
今の親鸞会の参詣者を思うと、とても一般家庭ではご法話を開くのは難しいですね。お話を聞かせていただいた法友の方は「今から思うと狭い家で申し訳ないことでした。黒板の後ろに座ったり、押入れや戸袋の中にまで入って聞く人がいたくらい一杯でした。先生の姿は見えないけど、お声だけは聞こえるんです。村の人はみんな聞きに来たんですよ」と仰っていました。
そして「ウチで高森先生のお話があった時には、近所の人はみんな来ていたんだけどね。みんな、寺はキライだと言うんだけど、寺と付き合わないと近所付き合いが悪くなるとかで寺に行かざるを得ない。みんなに聞いてもらいたいんだけどね。今は寺が教えを説かないから、私らが一軒一軒、ご法話の案内に回ると、エホバや法華経の新興宗教や朝起き会くらいしかやっていないから、浄土真宗なのに新興宗教のように思われる。寺は一体何をやっているのか」と嘆かれていました。
そうして、一般家庭では入り切らないので、もん太がお話を聞かせていただいた方は、高森先生を村役場にご招待してご説法していただいたそうです。

かつてご法話があった水島の村役場も今は空き地となっていた
水島の村役場の跡です。
昔から市町村合併が進んで、今は小矢部市になっていますが、かつては、この松の立つ空き地に水島の村役場があったそうです。更に、その近くには、

かつて水島農協のあった場所は、JAいなばの「さんごの家」になっていた
水島農協の跡がありました。
今は、JAいなばのデイサービスセンター「いなばの家」となっております。かつては、ここに水島農協というのがあって、そこでも高森先生は布教されたそうですよ。
あと、ちょっと離れて小矢部市の津沢にある、

真宗大谷派の正安寺でも、高森顕徹先生のご法話が勤められた
真宗大谷派の正安寺でもあったそうです。
かつては、高森顕徹先生は寺でも多くのご法話をされました。この正安寺は、昔は365日、何かしらの法座があった寺だそうです。今は、建て直しをしたものの法話がなされている気配がありませんが……。
さらに、高岡市になってしまいますが、福岡町の、

かつて、ここの空き地には西明寺鉱泉があり、ご法話がなされた
西明寺鉱泉の跡です。
かつてはこの空き地に西明寺鉱泉という、ちょっとした泉質の良い温泉というかお風呂屋があったそうで、ちょっとヌルヌルしたお湯で肌にいいものだったそうです。ただ、今は利用者が減った事と経営者の都合でつぶれてしまったそうですが、ちょっと前まではあったそうです。
その西明寺鉱泉でも、ご法話があったそうです。ちょっと山の中でしたが、こんな所までいらっしゃっていたんですね。

稲刈りが進んでいた小矢部の田園地帯。仏縁深い方を求めて……
他にも、まだまだあるのかもしれませんが、聞くのは一般家庭でのご法話が多かったという事です。親鸞会は決して最初から、今のような二千畳があったのではなく、高森顕徹先生が、このようにご苦労されてのことだと知らされたのでした。
真宗王国の富山、そして、大乗相応の地の日本です。
平成の親鸞学徒も、もっともっと頑張りたいと思います。
ではでは。