もん太@射水市民です。

親鸞会の機関紙『顕正新聞』の平成23年9月15日号は、もうご覧になられましたか!?

1面の下には、

顕正新聞(Photo by 親鸞会)

親鸞会の機関紙『顕正新聞』9/15号の1面に地下道パネルの記事が!

本会の歴史 地下道のパネルに

750回忌の記念事業として、地下道に「浄土真宗 親鸞会の歴史」がパネルで展示される。9月4日のご法話には第1章の14枚が掲示され、参詣者の感心を集めた。最終的には50枚(4章まで)になる予定

という記事が、9月4日に勤められた親鸞会のご法話での地下道の様子の写真と共に掲載されていましたね。

そう『浄土真宗 親鸞会の歴史』パネルのお話です。

そして、本日、親鸞会で行われた二千畳座談会でも各地から多くの親鸞学徒が参詣され、今回の顕正新聞の記事を見られたこともあってか、もしくは、既に拝見された法友の話を聞かれてか、いつも地上を歩いて正本堂まで行かれる方も地下道を通って行かれたようです。そのこともあってか、バスやタクシーの運転手からは「いつも以上に歩車分離がなされて運転しやすかった」という反響も!なるほど、地下道を通ることで地上の道路を横断する人が減って安全に参詣することができると……。ふ……深い!

それで、本日の朝に撮影した参詣の様子ですが、

親鸞会の歴史・第1章(Photo by 親鸞会)

『親鸞会の歴史』第1章から改めて拝見する人も多くおられました

前回のご法話の時には公開されていた『親鸞会の歴史』第1章のところから黒山の人だかり状態でした。前回はサプライズすぎて、ご縁のなかった方もおられたようで、今回は見逃すまいと1枚1枚ジックリと拝見されているようでした。

そして、当ブログで告知していた、今回初登場の第2章!

親鸞会の歴史・第2章(Photo by 親鸞会)

そして『親鸞会の歴史』第2章へと進んで行かれました

皆さん、どこで聞かれたのか「今日は地下道に『親鸞会の歴史』第2章があるらしいわよ」と第2章まで直行される方も多数でした(ホント、どこで聞いたんだろう……?)

第2章は浄土真宗の中興である、蓮如上人の章です。

パネルを拝見する人(Photo by 親鸞会)

それぞれのパネルの前では、大いに盛り上がっておられました

そういえば、今回の親鸞会での二千畳座談会は「雑行」についての質疑応答でしたが、高森顕徹先生のお答えの最初には、「雑行」という言葉は蓮如上人のお書きくだされた御文章に大変多く出てくる言葉であり、その蓮如上人は、親鸞聖人の教えを一器の水を一器に移すが如く、正確にそのまま教えてくださった方とお聞きしました。

それだけに、蓮如上人とはどんな方だったのかをパネルで拝見できたので、帰りには第2章のパネルの前で信心の沙汰をされる方もチラホラと……。

地下道(Photo by 親鸞会)

『親鸞会の歴史』パネルで、地下道をなかなか進めません〜!

お陰さまで、今までサーッと通っていた地下道がなかなか進めなくなりました。今までも地中熱の効果で居心地の良い空間でしたが、それに加えてステキなパネルが加わりましたからね。

しかし『親鸞会の歴史』パネルは全部で4章までありますから、まだまだ半分。「第3章 浄土真宗の現在 親鸞会」「第4章 親鸞聖人の教えのキーワード」の完成を楽しみに待って、展示されたら真っ先に拝見させていただきたいと思います。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

親鸞会の親鸞聖人750回忌法要を目前に、親鸞会館や同朋の里の周辺が大きく変貌を遂げています。うかうかしていると取り残されてしまうので、この時代のトレンドを追いかけて行きたいもん太でございます。

親鸞会は北陸自動車道の小杉ICのすぐ側にあり交通の便が良いため、特に県外から自家用車やバスを利用して親鸞会に参詣される方の大半は、この小杉ICを利用されることと思います(関東方面の方は富山西ICかも知れませんが……)

……で、皆さんが通りまくって止まない小杉IC方面から北陸自動車道のガード下をくぐると、左手に佐川急便などが見えて、その方面に左折されることと思いますが、昨日、その場所に行きましたところ、

工事後の交差点(Photo by 親鸞会)

小杉ICから北陸自動車道のガード下をくぐった所の様子が何か違う

何かが違っていますね。今までと何かが違う。

何が違うのだろうか。

そういえば当ブログでも、田植えの時期に親鸞会の看板があちこちに立っているよ……という記事を書いたので、その時の貴重な写真を引きずり出してきてみました。撮影日は5月14日。あの頃は、もん太も若かった……。

工事前の交差点(Photo by 親鸞会)

そうそう、ちょっと前までは、こんな様子だったんだよね

さて、間違い探しです。何が違っているのでしょう?

田んぼの色が違う?そうそう、この時は田植えの直後なので水を張った状態が見えますが、昨日は稲刈りも終わって、刈った後の株から芽が出ている状態のようですね。また、この頃は路肩に「交通安全運動実施中」というのぼりも立っていますが、ほら、もっと違うところがあるでしょ!

そう、親鸞会の看板!

新しい親鸞会の看板(Photo by 親鸞会)

親鸞会の看板が、他と同じように青地に黄色にリニューアル!

横の小杉カントリークラブさんの看板は見慣れたものですが、親鸞会の看板は、他のポプラさん近くの看板や能登会館などの看板などと同じように、青地に黄色文字にリニューアルされているようです。

ただ、前の看板を覚えていない方もいらっしゃると思いますので、5月に撮影した貴重な秘蔵写真を公開しちゃいましょう。

古い親鸞会の看板(Photo by 親鸞会)

工事前の看板は、白地に青文字という看板でしたね

ほらね。前は白地に青文字というデザインでした。しかも、上に親鸞会の鷲のマークがついていたんですね。

この看板の違いに注意して、明日、親鸞会に参詣される際にはチェックしてみましょう!

さて、この看板はどうして付け替えられたのでしょうか?

工事個所(Photo by 親鸞会)

親鸞会から国道472号線へ出る部分が工事されたのです

親鸞会から国道472号へ出る部分を微妙に工事されたようで、それに伴って変更されたっぽいですね。黒いアスファルトが新鮮です。

この親鸞会から国道472号へ入り同朋の里方面へ曲がるコーナーが、以前はカドになっていたんですが、

コーナー(Photo by 親鸞会)

親鸞会から同朋の里方面は、カドが取れて丸くなっていました

そのカドが取れて、こんなに丸くなっていました。

人間関係でも、カドがなく丸い人はいいようですね。この交差点もカドが取れて何よりです。

さらに、親鸞会の同朋の里方面は少しだけ、道幅が拡張されたようで、

歩道(Photo by 親鸞会)

同朋の里方向への歩道もつけ直されていました

ご覧のように、歩道もクネッとズレております。

このことで、親鸞会から同朋の里へ大型バスなどで移動して信心の沙汰をされる際に、バスが曲がりやすくなっていいわけですね。グレイトです。

親鸞会からちょっと離れたところでも、少しずつ変化があるようですので、親鸞会の親鸞聖人750回忌法要まで目を離せませんね!

また、何かしらの変化があったら紹介したいと思います。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

今月に入って最初のご法話でお披露目となった親鸞会の地下道パネル『浄土真宗 親鸞会の歴史』ですが、参詣者の皆さんも拝見され、大好評でしたね!

ただ、その時に拝見させていただいたのは「第1章 浄土真宗を明らかに 親鸞聖人」ということで、全4章あるうちの1章だけでした。

親鸞会の機関紙『顕正新聞』9月15日号でによれば、その後の2〜4章も親鸞会の親鸞聖人750回忌法要までには完成するとか……。これは楽しみと思って、今日も天気のよい射水市でしたので親鸞会に行ってまいりました。

親鸞会館(Photo by 親鸞会)

親鸞会へ車で参詣したら、是非とも地下道を通って行きたい

あらやだ、空が青いわね。腹立たしいほど気持ちのよい天気なのですが、親鸞会の地下道の入口が開いているようでしたので、うっかり潜入してしまいました。そうしましたところ、既に照明がついておりまして、どこぞの工作員……もとい、業者さんが親鸞会の歴史パネルの取り付け作業をされていました。

設置中(Photo by 親鸞会)

朝9時から業者の方が『親鸞会の歴史』第2章を設置されました

おぉ!これは『浄土真宗 親鸞会の歴史』第2章のタペストリー!

そのタイトルは、

浄土真宗の中興(Photo by 親鸞会)

第2章の蓮如上人は「浄土真宗の中興」でございます

第2章 浄土真宗の中興 蓮如上人」

でございます。

蓮如上人といえば、浄土真宗の中興として、親鸞聖人の教えを手あかを付けられず、一器の水を一器に移すが如く伝えられた方ですね。しかも、御文章などを使われて、正確に、迅速に、最も多くの方に伝えられ、浄土真宗を日本最大の教団にされた方でした。まさしく、親鸞学徒の鑑ですね。

そう、蓮如上人は何事も私見を入れられずに親鸞聖人のなされたままに教えられ、実行された方でした。そのことは、御一代記聞書に記されています。

蓮如上人へある人申され候、開山の御時のこと申され候、「これはいかようの子細にて候」と申されければ、仰せられ候、「我も知らぬことなり、何事も何事も知らぬことをも、開山のめされ候ように御沙汰候」と仰せられ候。

どうして、親鸞聖人がそのようなことをなされたのか分からないけど、親鸞聖人のなされたようにさせていただこうと、まさに親鸞学徒の鑑であります。真宗大谷派の僧侶でありながら納得できないことは実行しないという、どこかの誰かとは違いますね。

そして、釈迦の教法をそのまま教えられた親鸞聖人の教えを、更にそのまま教えられた蓮如上人ですから、富山の五箇山で活躍した蓮如上人のお弟子の赤尾の道宗に関しても御一代記聞書に記されています。

善知識の仰せなりとも、「成るまじき」なんど思うは、大なる浅間しき事なり。何たることなりとも、仰せならば「成るべき」と存ずべし。この凡夫の身が仏になる上は、さて「成るまじき」と存ずることあるべきか。然れば「道宗、近江の湖を一人して埋めよ」と仰せ候とも、「畏まりたる」と申すべく候。「仰せにて候わば成らぬことあるべきか」と申され候。

善知識とは、正しく仏法を説かれる先生のことですが、善知識である蓮如上人の仰ることなら「琵琶湖を一人で埋めて来い」と言われれば、「はい、畏まりました」とお弟子の道宗は従ったということです。

現在、違法行為に問われ書類送検されたという真宗大谷派のU氏は、こういう姿勢を「カルト」「盲信」と言い、親鸞会をそのように非難しておりますが、彼は、これまで築き上げた自分の常識を物差しとして、自分の迷った考えこそ正しいと思っているのですから、親鸞学徒とは言えませんね。独自の思想をネットで広めたいのでしょう。

親鸞学徒の集まりが親鸞会ですから、蓮如上人の姿勢を見習わせていただきたいと思います。

それはさておき、この第2章は、

親鸞聖人より(Photo by 親鸞会)

第1章の親鸞聖人はオレンジ、第2章の蓮如上人はグリーンです

第1章の親鸞聖人に続けて取り付けられ、第1章はオレンジベースのデザインだったものですが、この第2章はグリーンベースのデザインでございます。

第2章のパネル(Photo by 親鸞会)

そして、見事に『親鸞会の歴史』第2章のパネルが設置されました

親鸞会の地下道は一直線ではなく、途中で曲がっているのですが、蓮如上人のパネルは、地下道のコーナーを曲がり、

コーナー(Photo by 親鸞会)

『親鸞会の歴史』第2章は地下道のコーナーを曲がった先まで続きます

その先の階段の所まで続いております。

階段(Photo by 親鸞会)

『親鸞会の歴史』第2章は地下道の本館前の出入り口までございます

階段を昇ると、左手に地下道の中間の出入り口がございまして、壁が一旦途切れるのですが、その手前で見事に第2章が終わっております。

……ということは、第3章は、この出入り口の先からということですね。何とも区切りのいいことです。

明日から明後日、そして、月曜日は敬老の日ですので、人によっては3連休になるかたもおられるでしょう。親鸞会に参詣の際には、じっくりと拝見させていただきましょうね!そして、第3章と第4章も楽しみに待たせていただきましょう。

ではでは。

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15 9月 2011

『親鸞聖人の花びら』を求めました!

Author: monta | Filed under: 書籍

もん太@射水市民です。

今年は親鸞聖人750回忌の年ということで、東西本願寺はじめ真宗十派で大遠忌法要などが勤められ、また、750回忌を記念して、それらの学者や著名人などが親鸞聖人に関する著書を発刊しております。親鸞会では、10月に親鸞聖人750回忌法要が3日間に渡って勤修されますが、先立って高森顕徹先生のご著書である『親鸞聖人の花びら』をご発刊くださいました。

9月中旬に書店に並ぶということで、早速もん太も求めてきましたよ!

親鸞聖人の花びら(Photo by 親鸞会)

高森顕徹先生の『親鸞聖人の花びら』を求めてきました♪

歎異抄の解説をした決定版の『歎異抄をひらく』が、親鸞会の二千畳の赤絨毯を思わせる真っ赤な装幀だったのに対し、

親鸞聖人の花びら背表紙(Photo by 親鸞会)

2巻に分かれており、緑と紫の背表紙が鮮やかです!

こちらは鮮やかな緑と紫の装幀ですね。本棚に真っ赤な『歎異抄をひらく』と並べると何とも綺麗なものです。

親鸞会の機関誌『顕正新聞』でも告知されていた上に、写真でもお分かりのように今回の『親鸞聖人の花びら』は2巻に分かれております。

1冊は、

親鸞聖人の花びら・桜の巻(Photo by 親鸞会)

緑色の本は「桜の巻(さくらのかん)」です

親鸞聖人の花びら 桜の巻
教え、仏事、なぜなぜ問答
(著:高森顕徹、発行:1万年堂出版)

……でございまして、こちらは緑色の装幀です。

もう1冊は、

親鸞聖人の花びら・藤の巻(Photo by 親鸞会)

紫色の本は「藤の巻(ふじのかん)」です

親鸞聖人の花びら 藤の巻
教え、仏事、なぜなぜ問答
(著:高森顕徹、発行:1万年堂出版)

……でございまして、こちらは紫色の装幀です。

では、早速開いてみましょう!

親鸞聖人の花びら中身(Photo by 親鸞会)

「桜の巻」と「藤の巻」を合わせて、116のQ&Aで構成されています

サブタイトルが「教え、仏事、なぜなぜ問答」とありますように、高森顕徹先生が今までのご布教で受けられた質問に答えられるというQ&Aという形式で構成されているようです。桜の巻と藤の巻、それぞれに58問ありまして、合計で116問にお答えくださっています。

今日、世界の光と賞賛される親鸞聖人ですが、驚くほど、その教えが誤解、曲解されているわけですが、この親鸞聖人750回忌をご縁にご発刊くだされた『親鸞聖人の花びら』を拝読させていただき、まず私自身が誤りなく聖人の教えを理解させていただき、そして、有縁の方に伝えていきたいですね。

ではでは、

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もん太@射水市民です。

先日、残暑も厳しいですが小矢部がアツいぞ、という記事をアップさせていただきましたが、富山県の小矢部市という所は、かつて高森顕徹先生が布教に歩かれ、ご法話が多く勤められた仏縁の深い土地でございます。

今年は親鸞聖人750回忌の年ということで東西本願寺はじめ真宗十派でも大遠忌法要などと称して、多くの人を集めて行事がなされています。しかし、後生の一大事に始まり、後生の一大事の解決に終わる仏教の真髄を明らかにされたのが浄土真宗なのに、全く後生の一大事が説かれなくなってしまいました。

先日、西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌の10分ほどの「記念布教」を聞く機会がありました。登場した兵庫県の布教使は「阿弥陀仏の本願が死んでから助けると思われているのは悲しい」と言い「現生正定聚ということについて話をします」と始めました。今まで「死んだらお助け」「お念仏を称えさせていただきましょう」というような話ばかりだったので「さすが、本山での大遠忌だけあって違うなぁ……」と少し感心しかけたところ、結局は既に阿弥陀仏のお力が届いて助かってしまっているのだから……という十劫安心の異安心になってしまってガッカリしました。

そんな十劫安心なら、お釈迦さまや親鸞聖人が後生の一大事の解決まで、

「設有大火 充満三千大千世界 要当過此 聞是教法(大無量寿経)」

「たとい大千世界に みてらん火をも過ぎゆきて
 仏の御名を聞く人は 永く不退にかなうなり(浄土和讃)」

と、火の中かきわけて仏法を聞きなさいと仰っても、蓮如上人が、

「仏法には世間の隙を闕きて聞くべし、世間の隙をあけて法を聞くべき様に思う事浅ましきことなり(御一代記聞書)」

と、仕事やめてでも聞かなければならないと仰ってもピンと来るわけがない。

それどころか、その釈迦、親鸞聖人、蓮如上人の教えられるままに命懸けの聞法求道を勧める親鸞会に対して「オドシだ!」「カルトだ!」と、ストーカー紛いに非難している真宗大谷派の僧侶U氏(違法行為に問われて家宅捜査され、書類送検されたらしい)などが出没する有り様だ。曲がりなりにも真宗を名乗るなら、耳障りの良いことばかり言って人や金を集めようとせず、真実の仏法を説けばいいと思うのだが……。

そんな感じで寺が説くべき事を説かなくなった為、平成の現在、高森顕徹先生のご法話を聴聞したいという方が多く現れ、親鸞会の二千畳でしか聴聞できなくなってしまった。特に最近になってから仏縁のあった方は、かつて全国のみならず世界で高森先生が布教をされていたことを知らないかもしれない、ということで、親鸞会の結成当初よりご縁のあった法友に聞いて、以前に小矢部市付近で高森顕徹先生のご法話があった会場を巡ってみた。なんせ、もん太が聞いて巡ってみただけなので、勘違いがあったらゴメンナサイ。

まずは、今ほど乗用車が普及していなかった頃は、遠方まで行こうと思ったら鉄道によるでしょう。そうなれば、小矢部市の玄関は、

JR石動駅(Photo by 親鸞会)

JR北陸本線の石動駅。高森顕徹先生は、ここから布教に歩かれた

JR北陸本線の石動駅!

小矢部市には小矢部駅があると思ったんですが、うっかり石動駅(いするぎえき)なんですね。福岡県の玄関が博多駅で、うっかり福岡駅までの切符を買ってしまうと、これまた富山県の福岡駅に到着してしまうようなものでしょうか。なんせ、色々と紛らわしいものでございます。

高森顕徹先生も小矢部市で布教をされる時には、よく石動駅を利用されたそうですよ。ここで汽車か電車から降りられ、ご法話のある会場へと向かわれたそうです。

まず、石動駅を出ますと、ロータリー横にちょっとしたビルが建っています。実は、ここでも何度か親鸞会のご法話で高森顕徹先生がご説法をされたそうです。このビルは、

JAいなば農協会館(Photo by 親鸞会)

石動駅前にあるJAいなば農協会館。ここで、ご法話がなされた

JAいなば農協会館ですね。

かつては、小矢部農協の農協会館と呼ばれていたそうですが、ここの3階か4階かでご法話があったそうで、廊下にまで参詣者が溢れていたとか。農協の統合で今はJAいなばになりましたが、建物そのものは当時と殆ど変わっていないそうです。

そして、この駅前の道を暫く行くとあるのが、

小矢部市総合会館(Photo by 親鸞会)

昔から殆ど変わっていない小矢部市総合会館

小矢部市総合会館です。

大きく2つの建物に分かれており、手前が市民会館で奥が市民体育館だそうです。合わせて総合会館と呼ばれているそうですが、親鸞会のご法話は奥の体育館で行われ、たまに手前の市民会館の4階大ホールでもあったそうです。

さて、石動駅周辺はこれくらいですが、駅近くでグッと来るものを発見!

ソフトバンク小矢部(Photo by 親鸞会)

思わず撮ってしまったソフトバンク小矢部の店舗。シブすぎる!

ソフトバンク小矢部!

大抵のケータイショップは見るからにハコモノという外見ですが、このソフトバンク小矢部の店舗は和洋折衷と言いましょうか、瓦屋根でございます。あまりにシブすぎて、うっかり撮ってしまいました。いや、ここで親鸞会のご法話はないんですけどね、親鸞会でもソフトバンクのケータイを使っている人は多いでしょうということで、ついでに掲載させていただきました。つまり、脱線ですね。それにしてもいいですね。

さて、本題に戻りましょう。

小矢部市は広うございますが、石動駅で降りられた高森先生は、バスなどを利用されることもあったそうですが、大きなカバンを持たれて、布教先へと歩かれる事が多かったそうです。

小矢部の風景(Photo by 親鸞会)

高森顕徹先生は、こんな広い小矢部の中を歩かれて布教されたらしい

大雪の時も、親鸞聖人の教えを伝える為に歩かれたのだそうですよ。今の親鸞会しか知らない人は、とても想像のできないことですね。

そして、先ほどのような農協会館や総合会館のような一般会場でご法話をされる事もありましたが、

散居村の家(Photo by 親鸞会)

小矢部の散居村の一般家庭でも、ご法話が多くなされたそうだ

散居村の中に点在する有縁の方の家でも、何度もご説法をされたそうです。

今の親鸞会の参詣者を思うと、とても一般家庭ではご法話を開くのは難しいですね。お話を聞かせていただいた法友の方は「今から思うと狭い家で申し訳ないことでした。黒板の後ろに座ったり、押入れや戸袋の中にまで入って聞く人がいたくらい一杯でした。先生の姿は見えないけど、お声だけは聞こえるんです。村の人はみんな聞きに来たんですよ」と仰っていました。

そして「ウチで高森先生のお話があった時には、近所の人はみんな来ていたんだけどね。みんな、寺はキライだと言うんだけど、寺と付き合わないと近所付き合いが悪くなるとかで寺に行かざるを得ない。みんなに聞いてもらいたいんだけどね。今は寺が教えを説かないから、私らが一軒一軒、ご法話の案内に回ると、エホバや法華経の新興宗教や朝起き会くらいしかやっていないから、浄土真宗なのに新興宗教のように思われる。寺は一体何をやっているのか」と嘆かれていました。

そうして、一般家庭では入り切らないので、もん太がお話を聞かせていただいた方は、高森先生を村役場にご招待してご説法していただいたそうです。

水島村役場跡(Photo by 親鸞会)

かつてご法話があった水島の村役場も今は空き地となっていた

水島の村役場の跡です。

昔から市町村合併が進んで、今は小矢部市になっていますが、かつては、この松の立つ空き地に水島の村役場があったそうです。更に、その近くには、

さんごの家(Photo by 親鸞会)

かつて水島農協のあった場所は、JAいなばの「さんごの家」になっていた

水島農協の跡がありました。

今は、JAいなばのデイサービスセンター「いなばの家」となっております。かつては、ここに水島農協というのがあって、そこでも高森先生は布教されたそうですよ。

あと、ちょっと離れて小矢部市の津沢にある、

正安寺(Photo by 親鸞会)

真宗大谷派の正安寺でも、高森顕徹先生のご法話が勤められた

真宗大谷派の正安寺でもあったそうです。

かつては、高森顕徹先生は寺でも多くのご法話をされました。この正安寺は、昔は365日、何かしらの法座があった寺だそうです。今は、建て直しをしたものの法話がなされている気配がありませんが……。

さらに、高岡市になってしまいますが、福岡町の、

西明寺鉱泉の跡地(Photo by 親鸞会)

かつて、ここの空き地には西明寺鉱泉があり、ご法話がなされた

西明寺鉱泉の跡です。

かつてはこの空き地に西明寺鉱泉という、ちょっとした泉質の良い温泉というかお風呂屋があったそうで、ちょっとヌルヌルしたお湯で肌にいいものだったそうです。ただ、今は利用者が減った事と経営者の都合でつぶれてしまったそうですが、ちょっと前まではあったそうです。

その西明寺鉱泉でも、ご法話があったそうです。ちょっと山の中でしたが、こんな所までいらっしゃっていたんですね。

田園地帯(Photo by 親鸞会)

稲刈りが進んでいた小矢部の田園地帯。仏縁深い方を求めて……

他にも、まだまだあるのかもしれませんが、聞くのは一般家庭でのご法話が多かったという事です。親鸞会は決して最初から、今のような二千畳があったのではなく、高森顕徹先生が、このようにご苦労されてのことだと知らされたのでした。

真宗王国の富山、そして、大乗相応の地の日本です。

平成の親鸞学徒も、もっともっと頑張りたいと思います。

ではでは。

 

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