もん太@射水市民です。

沖縄はすっかり梅雨明けしたというのに、富山は実に空気からしてジューシーですね。そんなわけで、前回に引き続いて上越の親鸞聖人御旧跡シリーズ行ってみたいと思います。確か、親鸞聖人御上陸の地である居多ケ浜が、まだ途中でしたね。

さて、居多ケ浜の公園には「居多ケ浜記念堂」という、一見、寺院というよりは集会所のような建物があります。

一見、集会所のような居多ケ浜記念堂

一見、集会所のような居多ケ浜記念堂

そこへは、ちょっとした門をくぐっていくようですので、くぐってみたいと思います。

すると、くぐって右側に、

居多ケ浜をバックに「念仏発祥之地」の石碑

居多ケ浜をバックに「念仏発祥之地」の石碑

「念仏発祥之地」という石碑が建っています。

そこから、奥を見ると……、

門をくぐると見真堂への石畳が延びる

門をくぐると見真堂への石畳が延びる

「見真堂」という、「居多ケ浜記念堂」よりは「堂」っぽい建物が建っていました。こちらは、石碑付きですね。「見真」とは、明治天皇が親鸞聖人を「見真大師」と呼んだということだそうですが、親鸞聖人のことです。

ちなみにこの見真堂は、八角形。親鸞聖人が尊敬された聖徳太子は、法隆寺に夢殿を建てられたということで、その夢殿を模して建立されたものらしい。

この道の脇には……、

雨ざらしになっている親鸞聖人の銅像

雨ざらしになっている親鸞聖人の銅像

親鸞聖人の銅像が建っていました。これでは、親鸞聖人が雨ざらしですね。海も近いので海鳥が糞をすることもあると思います。雪もたくさん積もりますしね……。親鸞聖人のお姿をこのように扱うとは、感心できません。

さて、見真堂に行ってみましょう。

見真堂から観光客がゾロゾロと出てきました

見真堂から観光客がゾロゾロと出てきました

大河ドラマの「天地人」関連のバスツアーの人たちのようですが、非常にたくさん訪れていました。

さて、見真堂の内部はどうなっているのでしょう?

見真堂はまさに六角堂で、御真影が御安置

見真堂はまさに八角堂で、御真影が御安置

建物は、六角堂と言ってもいいような感じで、中には親鸞聖人の御真影が御安置されていました。

御本尊は南無阿弥陀仏の六字の御名号でした

御本尊は南無阿弥陀仏の六字の御名号でした

浄土真宗の正しい御本尊「南無阿弥陀仏」も共に御安置されているようです。阿弥陀如来の木像や絵像を本尊としている寺が多い中、御名号というのはすばらしい!もちろん、親鸞会は親鸞聖人の教えに従って、御本尊は「南無阿弥陀仏」の六字の御名号ですよね!

さて、御真影を拝見したあと、見真堂を出ると、脇に変わった葦が生えていました。

片葉の葦

見真堂の脇には片側だけに葉のある葦が……

おっ?これは、片方からしか葉っぱが出ていませんね。普通は、両側から葉が出ているはずですが……?

親鸞聖人の越後七不思議の1つ「片葉の葦」

親鸞聖人の越後七不思議の1つ「片葉の葦」

「親鸞聖人 越後七不思議 第一番 片葉の葦」という石碑が建っていました。

実は、越後には、親鸞聖人にまつわる七不思議というものがあるらしく、その中の1つがこの「片葉の葦」というものだそうです。

では、この辺のお話は次回に……。


    2 ツッコミ

もん太@射水市民です。

先日、うっかり新潟県の親鸞学徒に会いに上越市に行ってきました。

上越と言えば、NHKの大河ドラマ天地人の舞台ということで、市内のあっちこっちが天地人ゆかりの地ののぼりが立っていて戦国武将マニアに限らず、賑わっておりました。上越市内から見える山が、上杉謙信の居城だったといわれる春日山城 の跡ということで、この忙しいのに行ってきました。

春日山城の本丸と天守閣跡は平日でも観光客だらけ

春日山城の本丸と天守閣跡は平日でも観光客だらけ

平日だというのに、多くの観光客がガイドのおっちゃんと一緒にウロウロと歩いていました。皆さん、仕事は?と聞こうと思いましたが、もん太もご多分に漏れずウロウロとニートっぽく写真を撮っていたので、聞くのをやめてみました。今になって思えば、聞く必要もないんですけどね。

でも、オレたち親鸞会の人間にとっては上越と言ったらアレですよね?

そう!

「親鸞聖人流刑の地」

浄土真宗の開祖である親鸞聖人が法然上人のお弟子であった頃、世に承元の法難と呼ばれる国家権力による宗教弾圧では日本史上最大の事件が起こったわけです。このことで、死刑になるお弟子もあり、法然上人は四国の土佐に、親鸞聖人は越後に流刑になられたんですね。
そういうことで、上越市は親鸞聖人と非常にご縁の深い土地だったりするわけです。親鸞聖人が上越に上陸された場所が、居多ケ浜という海岸ですね。そんなわけで、高速道路を下りてすぐに居多ケ浜にGo!

近づくと、こんな案内板が……。

「親鸞聖人ゆかりの地」案内板に感動!

「親鸞聖人ゆかりの地」案内板に感動!

よ~っく見ると、親鸞聖人に関わる御旧跡が非常に近い距離にコンパクトにまとまっているんですね。これは、箱入りの射水市民にとってはありがたい!では、直進して居多ケ浜に行ってみたいと思います。

居多ケ浜の周辺になると「天地人」ののぼり旗よりも「親鸞聖人ゆかりの地」という大きなのぼり旗が多くなってきます。これはオドロキでした。

「親鸞聖人ゆかりの地」のぼり旗もあった!

「親鸞聖人ゆかりの地」のぼり旗もあった!

そして、居多ケ浜に到着!

「親鸞聖人御上陸之地」石碑にこみ上げてくる

「親鸞聖人御上陸之地」石碑にこみ上げてくる

海の見える丘といった感じで、海岸へと延びる道の入り口に「親鸞聖人御上陸之地」と書かれた石碑が建っています。

そして、さらに海岸沿いの道まで行くと……、

「居多ケ浜」の石碑。聖人もここを歩かれたのだろうか?

「居多ケ浜」の石碑。聖人もここを歩かれたのだろうか?

といった感じに非常に趣のある書体で書かれた「居多ケ濱」の石碑が建っています。

ちなみに居多ケ浜の石碑のある丘の上は、親鸞聖人が上陸された場所ということで整備されていまして、

御伝鈔のお言葉が刻まれた石碑

御伝鈔のお言葉が刻まれた石碑

「抑また大師聖人、もし流刑に処せられたまわずば、我また配所に赴かんや。もしわれ配所に赴かずんば、何によりてか辺鄙の郡類を化せん。これなお師教の恩致なり。

と流刑を喜ばれた御伝鈔のお言葉の一部が彫られた石碑が建っています。 流刑にあわれた事を「越後の人々に阿弥陀仏の本願をお伝えせよとの阿弥陀如来のご方便」と微笑まれたお言葉です。

もちろん、権力者の無法な弾圧で、最も尊敬された大恩ある法然上人と生木引き裂く思いで離れ離れにさせられたわけですから、大変、親鸞聖人は天皇や大臣に対して激しいお怒りをぶつけられています。それが有名な教行信証の化身土巻の、

「主上臣下、法に背き義に違し、忿を成し、怨を結ぶ。これによりて真宗興隆の太祖源空法師、ならびに門徒数輩、罪科を考へず、猥しく死罪に坐す。」

のお言葉ですね。

「断じて親鸞、許すことはできませぬ」の大憤懣が、「これなお師教の恩致なり」と、煩悩即菩提、転悪成善と飛躍され、大衆教化の原動力となられたわけですね。このことは親鸞聖人の歌で、

流罪の身をば 方便と
都に散りし 法の花
厳寒深雪の 越後路に
御法の春をぞ 迎いける

と歌われています。

この転悪成善が原動力となって、越後布教がなされ、今の上越の方々の仏縁があるんですね。親鸞聖人のご苦労が偲ばれて、こみ上げてくるものがありました。

さて、居多ケ浜の広場には、

整備された広場には、上陸される聖人のレリーフが

整備された広場には、上陸される聖人のレリーフが

このような案内板と、聖人の御上陸の様子をレリーフにしたものがあります。

案内板の横は、居多ケ浜が一望できる展望台もあります。

広場の展望台からは居多ケ浜を一望できる

広場の展望台からは居多ケ浜を一望できる

今でこそ、観光気分でやってこれますが、聖人はあくまで流罪人。大変、厳しい流刑生活だったに違いありません。

ちなみに、現在の居多ケ浜の様子は……、

昼の居多ケ浜。少しゴミが気になるかな……?

昼の居多ケ浜。少しゴミが気になるかな……?

こんな感じ。これは、西側の糸魚川や親不知方面を眺めたものです。親鸞聖人は、あちらから船でやってこられたんですね。この東側には、海の家なんかもあったりして、完全に海水浴場のようになっていました。

夕方になると、

西に沈む夕日から延々と押し寄せる波

西に沈む夕日から延々と押し寄せる波

こんな感じです。非常に美しい夕日でした。親鸞聖人も同じ夕日を眺められたのでしょうか。西の空に沈む夕日から、押し寄せる波を眺めていますと、

「我が歳きわまりて、安養浄土に還帰すというとも、和歌の浦曲の片男浪の、寄せかけ寄せかけ帰らんに同じ。
一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり。
我なくも 法は尽きまじ 和歌の浦
あおくさ人の あらんかぎりは」

…の御臨末の御書が思い出されます。

ここは片男浪ではありませんが、お亡くなりになられてからも上越の地に、寄せかけ寄せかけ戻られてご布教をされているように思われました。

親鸞聖人の時代の上越の人も、平成の今の上越の人も、なぜ生きるのか分からず、苦しんでいる人生に変わりはありません。上越の方に、親鸞聖人の教えをもっと知っていただきたいと思うのでした。

居多ケ浜2)につづく!


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25 6月 2009

イボイボがいい?

執筆: もん太 | カテゴリ: 親鸞会写真ギャラリー

ドメイン畑のきゅうりです。

いぼきゅうり

いぼきゅうり

初収穫でした。

これは「いぼきゅうり」といって、表面がゴーヤのようにいぼいぼしているきゅうりです。

新鮮なものであるほど、とげがあって痛いんですよね。(イタイ)

普通のきゅうりと違って、味は抜群においしいです。

どんな風においしいかというと、きゅうり本来の味が濃いんです。

みなさん、きゅうり食べてくださーい!


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