もん太@射水市民です。

世の中には何事にも危険な存在というものがあるものでございまして、モノを使うにしましても、そのモノの危険性というものを把握しながら消費者としても使っていく必要があるかと思います。そんな危険なものが親鸞会にもあるのではないかと探してまいりましたところ、見つけてしまいましたので、この際、告発してみたいと思います。

……でやってきたのは、親鸞会の人ならついつい歩き回りたくなってしまう同朋の里でございます。

同朋の里の里山(Photo by 親鸞会)

昨日の朝、親鸞会の同朋の里は濃い霧に包まれていました

昨日の朝は、この度の前線の活動により非常に濃い霧が発生しておりまして、親鸞会とはいえ例外ではございません。F館前からA館方面を見てみると、もう霞んじゃって、うっかり白内障にでもなりかけているのかと思いましたよ。

皆さんはネット社会の荒波に揉まれましてmixiやらFacebookなんてのをやったりやっていなかったりするかと思います。mixiだったらマイミクなんてのをいっぱい作っちゃったりしてね、ふふふ……。いいよね、ネット上だけの人間関係。

……でmixiなんてやっていたりすると、マイミク以上友達未満とか友達以上マイミク未満といった微妙な人間関係が生まれたりするものかと思いますが、この付かず離れずと言いましょうか、マイミクと友達はどっちが濃厚な人間関係なんだろうって思ったりするのは、もん太だけかもしれませんね。

例えるならば、そんな微妙さがピッタリ来るような天気だったんですよ、昨日は。降りそうで降らず、降らないようで降っている……ってことは降っているってことだよね!でも、降ってないんだなこれが。それなのに、霧が立ちこめているから歩いているだけで、髪の毛がしっとりしちゃってね。しっとりした勢いでクセ毛のもん太の頭なんかクリクリになっちゃったりするわけですよ。あ〜ら、どうしてくれましょう!?

……と、本題とは全く関係のない昨日の天候を表現するだけでムダに行数を使ってしまいました。モバイル環境で見ている人だったらムダにパケット代を使ってしまっているものかと思いますが、そんなこと知ったこっちゃないので、しっかりと支払っていただければ幸甚です。大変お疲れのところ申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します。

F館横のコナラの林(Photo by 親鸞会)

親鸞会のF館横のコナラの林が何ともしっとりしていて美しい

そんな親鸞会の同朋の里には、実にステキな遊歩道が整備されているわけですが、そんな遊歩道の中に危険なアイツが結構潜んでいるわけですよ。

では、その平和な親鸞会に潜むチョーやばいアイツを告発しちゃいたいと思います!

ヤマウルシ(Photo by 親鸞会)

これが親鸞会に潜む危険な存在「ヤマウルシ」だ。ダマされないで!

ヤマウルシですね。

上の「ヤマウルシ」の表記を黄色の地に黒文字で表現するあたりが「危険っぽさ」を表現していると受け止めていただければ、すこぶる嬉しゅうございます。どうです?危険因子っぽいでしょ?

……で、なかなか話が進まないんですが、これみな、もん太の責任かと分析しておりますので話を進める方向で承諾していただきたいと思います。

このヤマウルシ、名前からもお分かりのように「漆(うるし)」の仲間でございます。漆器に使われる漆とは別物らしいのですが、その漆と同様に樹皮にはウルシオールという成分を含んでいるので、こいつが危険なんです。漆ほど激しくないものの、これに触れると赤くかぶれるので注意していただければ幸甚です。

まあ、このヤマウルシはあるものと似ているので、それにダマされて痛い目にあうことがあるのです。

その似ているものとは……、

たらの芽(Photo by 親鸞会)

こちらも親鸞会でよく見かける「たらの芽」だ。これは山菜の王様!

たらの芽ですね。

上の写真は、食べるには大きすぎるくらいに成長してしまっていますが、以前にも当ブログで紹介した山菜の王様でございます。

まあ、王様と言いましても所詮は山菜でございますので、どうか皆さんにおかれましては遊歩道で見かけましても平伏すような行為に走らないように気をつけていただければと思います。

このたらの芽はコシアブラと同様に天ぷらにすると美味しい春の山菜のツートップなのですが、こちらも親鸞会の同朋の里には結構あったりするわけです。ただ、先日の親鸞会で行われた二千畳座談会の前日に遊歩道を散策していた法友が「あ、たらの芽がいっぱいある!」とおっしゃっていた先にあったのは「たらの芽」ではなく「ヤマウルシ」だったわけです。

ここは親鸞会の誇る森林インストラクターであるウェストテールさんに聞いてみますと親鸞会に限らず、そういう人は多いようでございます。山菜採りに山に入って「あらやだ、たらの芽じゃない♪」とうっかり手にしたのがヤマウルシで、ウェストテールさんの言い方では「欲張りな人がヤマウルシを採っちゃって食べて顔中が真っ赤になってしまう」とのこと。

親鸞会のご法話で「欲に殺される」ということを聞きますが「欲にかぶれさせられる」こともあるようでございます。確かにもん太も「あ、たらの芽だ」と撮影しようとしたら何かが違うというのが何度かありました。

最近は、赤っぽいのはヤマウルシと判断したり、枝に鋭いトゲがあるのが「たらの芽」でそれがないのが「ヤマウルシ」といった判定をしたりしています。まあ、真偽を見分ける力は必要ですね。

遊歩道を歩いていますと、たらの芽以上にヤマウルシという危険因子が潜んでおりますので、食べないまでも、うっかり濃厚に触れてしまってかぶれることのないようにご注意いただければと思います。秋には真っ赤に紅葉するので案外捨てたもんじゃないんですけどね。

さて、残りの時間は霧の遊歩道をオンラインで散策してみましょう。

遊歩道の林(Photo by 親鸞会)

親鸞会の遊歩道は霧に包まれると非常にいい雰囲気になります

これはF館前からゾウさんトイレへと進む遊歩道に入ってすぐ山頂へと登っていく遊歩道がありますが、その道沿いに見られた光景。

うっすらと霧がかかって良い雰囲気じゃありませんか?茂みからツンツンとコナラなどの幹が突き出しているのも風流です。快晴の時は、陰影が付きすぎて個人的にはあまり好きでない写真の量産になりますので、こういった柔らかい光で撮る遊歩道はステキでございますね。

そして、竹の子が旬の竹林ゾーンです。

 

竹林(Photo by 親鸞会)

竹の子がニョキニョキしていた親鸞会の竹林ゾーンは嵐山っぽい

う〜ん、嵐山の風情ですね。親鸞会の竹林にはなんやかんやとカエデ系の小木が混じっているので、その混じり具合が何とも言えません。紅葉すると最高なんですよね。でも、春の君もステキさ!

そして、これまた親鸞会の遊歩道の至る所にある朴の木の林。

朴の木(Photo by 親鸞会)

至る所に朴の木が見られるが、大きな葉が実にビューティフル!

大きな葉が空を覆い尽くす!柔らかい光が朴の葉を透過してステキですね。

この葉が「朴葉味噌」なんかで知られる、あの大きな葉を生み出すんですね。殺菌作用があるとかで使われるそうですよ。遊歩道が出来出した頃は、あまり魅力が分からなかったんですが、いつ歩いても飽きがこないのが親鸞会の遊歩道。聞けば結構レアな植物もあるそうですね。

珍しいものといえば、法友のトッサンが夜の遊歩道である生命体をビデオ撮りしたそうです。

なんとこれ、ムササビだそうです。

よく見つけたな〜と感心しておりますが、飛んでないのが残念ですね。今度は是非ともフライング・ムササビを撮っていただければと思います。

ムササビは夜行性なので夜の遊歩道はそれはそれで楽しめそうですね。ちょっと怖いけど……。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

春は出会いの季節と言われますが、テレビや新聞を見ていますと東日本大震災の被災地の大学などは1カ月遅れで入学式……という報道を見ました。桜も散ってしまって新緑に包まれた新入生といった具合でしょうか?

世の中には色んな出会いがありますが、親鸞会の私たちにとっては本当の親鸞聖人の教えを聞かせてくださる唯一の集まりである親鸞会との出会いが最も大切な出会いだったに違いないかと思います。そりゃまあ、彼氏との出会い、彼女との出会い、わが子との出会いなんてのもあり、それぞれに大事な思い出があるかと思いますが、親鸞聖人の教えとの出会いに比べれば小さなもんです。

親鸞聖人の教えはお釈迦さまの説かれた仏教以外にないのですが、その親鸞聖人もまたお釈迦さまの説かれた弥陀の本願を初めて聞かれた時があったわけです。聖人が9歳でご出家なされて29歳までの20年間、天台宗の比叡山で法華経の修行に励まれましたが、そこには本当の仏教はありませんでした。その辺のことは、4月に京都へ行ったときのレポートがありますので、ちょろっと読んでいただければと思います。

磯長の夢告も六角堂での夢告も未だ弥陀の本願にあっておられなかった聖人にとっては、それらが何を伝えんとしているのかは分かられませんでした。六角堂で百日の祈願をされても後生の一大事の解決への明かりは得られず、苦しみ悩まれる聖人は夢遊病者のように京都の町をさまよい歩かれるのでした。

鴨川としだれ桜(Photo by 親鸞会)

鴨川沿いには桜並木が連なり、非常にのどかな雰囲気がいい

ところが、鴨川にかかる四条大橋の上でたたずんでおられる聖人に、通りすがりの僧侶が声をかけられました。

「おや、親鸞殿ではござらぬか」

鴨川と四条大橋(Photo by 親鸞会)

鴨川にかかる四条大橋で親鸞聖人の人生を大きく変える出会いが!

声の主は聖人の旧友である聖覚法印でした。比叡山で共に修行していた法友でしたが、聖人よりも先に山を下りていたのでした。山を下り、後生の一大事の解決をどうしたのか尋ねると聖覚法印は、吉水の法然上人が、男も女も、賢者も愚者も、必ず絶対の幸福に救い摂ると誓われた阿弥陀仏の本願を説かれていることを教えてくれました。

四条大橋(Photo by 親鸞会)

この四条大橋で旧友・聖覚法印と再会し法然上人の存在を知られた

「親鸞殿、あなたのその苦しみは、必ず解決できます。ぜひ、法然上人に、お会いしてください」

かくて、暗黒の闇をさまよっておられた聖人は初めて一条の光を見いだされ、吉水へ向かわれるのでした。

四条大橋から四条通りを東に進んでいくと桜の名所となっている円山公園にぶつかります。もん太の感覚としては、円山公園の北隣が浄土宗の総本山「知恩院」、その北隣が親鸞聖人出家得度の地「青蓮院門跡」といった具合だ。

今年は親鸞聖人750回忌ですが、法然上人800回忌の年でもあり、法然上人を宗祖とする知恩院では法然上人800年大遠忌の看板が出ていました。しかし、東本願寺などと同様に東日本大震災の関係で延期となっていました。門前に延期の案内が掲げられていましたが、

このたびの東北地方太平洋沖地震により被災された皆さまに、謹んでお見舞いを申し上げます。また一日も早い復旧を心から祈っております。
震災の報を聞き、先ず念頭に生じたのは被災者支援と大遠忌の奉修についてであります。
大遠忌法要については、

一、被災者の困窮を視野に入れれば、弱者に慈愛を注がれていた法然上人の法要を、すでに決定していた時期とはいえ、国を挙げて対策に奔走しているなかでつとめることには、宗教者の良心に苦しみが走る。
二、日夜準備を進めてきた関係寺院や檀信徒の皆さまに対しては断腸の思いであるが、延期を決定した。これは祖師も許して下さるであろう。諸準備の労苦は延期によって生きてくるであろう。
三、時期は遅れても災害地の人々と共に念仏が称えられるならばこれに勝ることはない。

以上の理由から、法要奉修の時期を今秋まで延ばすべきであるとの考えに達しました。
災害対策については、すでに三月十一日に知恩院に災害対策本部を設置しました。
物心両面にわたり支援してまいります。

合掌

平成二十三年三月十四日

総本山知恩院門跡第八十八世
伊藤唯眞

こんな時こそ仏法者として、大遠忌を縁として阿弥陀仏の救いを説くべきでないかと思うのだが、どうだろうか?

そんな知恩院の前を通り過ぎ、花見客と出店で溢れている円山公園の中をホテルで無料で借してくれた変速なし自転車を立ちこぎしながら登っていく。賑やかな場所を過ぎていくと坂の傾斜が急になってくる。せめて3段変速くらいついていればいいのだが、所詮はタダで借りた自転車。最後には立ちこぎでさえ進まなくなり、10kg近いカメラの機材を背負いながら自転車を手押しで登っていく。

坂を登りきったようなところに安養寺があった。

山門の前には「法然親鸞両上人御旧跡吉水草庵 慈圓山 安養寺」という石標があり、その横には木の立て看板で「法然上人念仏宣揚の地 親鸞聖人御入信の地 吉水草庵」と書かれてある。この安養寺こそ法然上人が弥陀の本願を説かれ、若き親鸞聖人が聞法精進なされた真実の殿堂「吉水草庵」の跡なのだ。

安養寺の山門(Photo by 親鸞会)

円山公園の坂を登っていくと安養寺の山門が見えてくる

円山公園を自転車で探しても、なかなか吉水草庵の文字も安養寺の文字も見つからなかったので、近くの料亭前で掃き掃除をしていた主人に「安養寺はどう行ったらいいですか?」と尋ねたところ、砂地の地面にほうきの柄で簡単な地図を書いてくれて説明してくれた。その時に「長い階段を登らなければならないから、車いすの人なんかは無理ですよ」と教えてくれた。

……で実際に山門の前に立ってみると、

安養寺の階段(Photo by 親鸞会)

山門から安養寺の本堂までは、かなり階段を登る必要があるようだ

山門の奥には先の見えない階段が延びていた。この階段の両脇には見渡す限りの花畑……ではなく、見渡す限りの墓地となっていたのだが、そこをエッサホイサと登っていくと本堂が見えてきた。今さらながら、観光客と言うには無理があるカメラ機材が恨めしい。

安養寺(Photo by 親鸞会)

やっとの思いで安養寺に到着。ここが吉水草庵の跡となっている

4月中旬だというのに、ここまで来るだけでカメラ機材を詰め込んだバックパックの背中に当たるところが汗でグショグショだ。聖人もまた、この坂道を雨の日も風の日も通われたのであろうか?

そう思いながら、今登って来た階段を振り返ると桜で覆われた円山公園の向こうに近代的な京都市街が一望できる。

安養寺から京都市街(Photo by 親鸞会)

安養寺から今来た階段を振り返ると、遠くに京都市街が望める

東山の緑と清水に恵まれた静かな聞法道場が吉水草庵であったのだ。

安養寺の内部(Photo by 親鸞会)

安養寺に入ってみると「吉水草庵」の書が額に入っていた

親鸞聖人が聖覚法印に導かれ、吉水の法然上人を訪ねられたのは建仁元年、29歳の春だった。この時、法然上人は69歳。お二人の間には40歳もの開きがあったのだ。そんな若き聖人が、この吉水で静かに法然上人のご説法に全神経を集中される姿が彷彿とされる。

親鸞聖人は一度、法然上人の説かれる弥陀の本願を聴聞されるや「この方こそ、真実の菩薩、善知識だ」と確信され、これから雨の日も、風の日も、聖人の火のつくような聞法求道が始まったのである。このことは『恵信尼公文書』の第3通に、

ほうねん上人にあいまいらせて 又 六かくたうに百日こもらせ給て候けるやうに 又 百か日ふるにもてるにも いかなるたい事にもまいりてありしに たゝこせの事ハ よき人にも あしきにも おなしやうにしやうしいつへきみちをハ たゝ一すちにおほせられ候しを うけさためて候しかハ しやうにんのわたらせ給はん ところにハ 人ハいかにも申せ たとひ あくたうにわたらせ給へしと申とも せゝしやうしやうにも まよいけれハこそ ありけめとまて 思まいらするみなれはと やうやうに人の申候し時も おほせ候しなり

と記されています。

「法然上人にあいまいらせて、また六角堂に百日こもらせ給いて候いけるように、また百か日、降るにも照るにも、いかなる大事にも、まいりてありしに……」とあるように、聖人の血みどろのお姿が彷彿と浮かんでくる。寝食忘れて六角堂に籠られたように、どんなことがあろうと吉水へ通われ、およそ100日間、法然上人のご説法を聴聞されたのだ。今の真宗の道俗を見てみると、このように求めるべき法を説いている人がどこにあるだろうか。

先にも書いた事だが、この安養寺に来てみると親鸞聖人の出家得度の地である青蓮院が非常に近いのに驚く。間に知恩院があるだけと言っても過言ではないくらいに近いのだが、聖人が後生の一大事解決を求めて青蓮院で得度され比叡山の僧侶となられた9歳の時、すでに法然上人は吉水で毎日のように阿弥陀仏の本願をご説法されていたのだ。こんな目と鼻の先におられながら、その法然上人とお会いするに20年もの歳月が必要だった。

そう思うと正しく仏法を説かれる善知識にお会いできることの難しさ、有り難さを感ぜずにおれず、親鸞会の勤行の本にもあるご和讃が身にしみる。

善知識にあうことも 教うることもまたかたし

よくきくこともかたければ 信ずることもなおかたし

そう考えると親鸞会とご縁のあった皆さんも、それぞれにドラマがあったことと思うが、もん太もまた不思議なご縁でした。

もともと静岡に生まれ育ったもん太は、小学校5年生の時に祖父を亡くし、生まれて初めて通夜から葬式、火葬、納骨までフル参加した。数日前まで法被を着て畑仕事をしていた祖父が目の前に横たわっているのを一晩中見つめ、数日前に元気だった祖父と目の前の祖父が何がどう変わったのか知りたかった。死ぬとはどういうことか知りたかった。

そして、葬儀が終わって火葬場に行き再び見た祖父の姿は、これが少し前まで人間の形をしていたものかと思われる「物体」であった。てっきり理科室にある骨格標本のようなものが出てくるのだろうと思っていたが、それがもともと身体のどの部位だったのかも判断できないようなボロボロのチョークというか、言葉が悪いがゴミのようなものだった。そして、骨壺に入れられては粉々に砕かれていく。そんな光景を目の当たりにし、自分もいずれこうなってしまうのに、なぜ生きるのだろうかと怖くなり考えたのが、今の仏縁のきっかけだった。

根っからの理系人間だったもん太が出した答えは「死後は無」だった。しかし、そんなことは証明ができないが証明できなくても有無いずれかは真実なのだ。占い師に頼らなくても確実に当たる未来こそ「死」であり、何よりも最優先してハッキリさせねばならない大問題だった。

いずれ骨だけになるのに、どうして生きるのか。

中学校、高校と進むにつれ「進路」というキーワードが頻出してきた。自分が進むべき道は何か。第1希望の進路が「X(エックス)」のまま大学受験を迎えた。高校3年生の時、今まで考えていなかった富山県射水市にある富山県立大学に進もうと決めた。できて間もない新しい大学だ。工学部だから、新しい装置なども揃っている文句なしの大学だった。

しかし、前期試験は不合格。願書には希望の学科を第2希望まで書けるのだが、後期試験で合格したのは第2希望の学科だった。つまり、首の皮1枚でやっとこ入れたのが富山県立大学。英語が大の苦手であったのに二次試験の科目に英語が入っていながら合格できたのが不可解でならないのだが、うっかり、この富山県立大学に入れてしまったのだ。

富山県立大学(Photo by 親鸞会)

もん太にとっての四条大橋は、親鸞会に近い大学の富山県立大学だ

この富山県立大学こそ、世界で最も親鸞会に近い大学であったのだが、入学手続きのその日に先輩から聞かせていただいたのが「なぜ生きる」の答えだった。

中学時代は高校進学だけを考えて過ごし、高校時代は大学進学だけを考えて過ごしていた。しかし、大学に入ってしまえば大学院や就職というものがあっても社会という大海原が目の前に広がっている。もはや、進学でごまかすわけにはいかなかった。その進むべき方角が分からないまま社会の海へと出なければならないのかと思っていたのに、射水市に入った初日に死ぬまで分からなかったであろう第1希望の「X」に解答が示されたのだ。

富山県立大学から親鸞会へは毎月自転車で10分ほどかけて参詣していた。青蓮院から吉水草庵へ通うような距離だ。そう思うと、人生の目的を知る事ができると思わずに射水市に進学したもん太は、何と幸せであったのかと感謝せずにおれない。もん太にとっては富山県立大学は聖人の四条大橋のような場所だ。

最近は、富山県立大学だけでなくいくつかの大学で親鸞会を新興宗教のように見て、親鸞聖人の教えを聞き求める学生を妨害してくるところがあると聞く。信教の自由が言われているこのご時世に情けない限りだが、勉強する意味、仕事する意味、生きる意味を明示された親鸞聖人の教えこそ大学時代に聞くべき事ではなかろうか。

社会の大海原を目の前にした大学生にこそ、本当の仏教は人生の目的を明らかにされたものであり、それは若い時に聞くべき者だという事を知ってもらいたい。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

いきなりタイトルから『六角堂対決!』などと物騒でございますが、30歳を超えても若気の至りのもん太の事ですので「ま〜た、アイツ馬鹿やってる」と軽く流していただければ幸甚です。ええ、そりゃもう対決っていうほどの内容じゃありませんからね。皆さんもご承知のとおり、親鸞会の数あるブログの中でも内容が不毛であること最第一のイミズムでございますので、過度の期待はご遠慮いただければ幸甚です。大変お疲れのところ恐縮でございますが、よろしくお願いします。

では、本題です。

親鸞会では親鸞聖人の教えを聞き求めているのですが、そのご一生は宝尋作の『親鸞聖人のお歌』などを通して聞かせていただいているかと思います。その最初の方にこんな歌詞がございます。親鸞会の勤行の本である『正信聖典』でしたらP69から掲載されています。

大曼行の難行は事なく成され給いしも 吾等凡夫のさとりには叶わぬものと百日の

六角堂の観音へ深夜の祈願遂げたまい 四句の御告と吉水の法然房を示さるる

大曼行の難行も、聖人は完全に遂行なされましたが、とても我々凡夫の助かる道ではないと、救いを求めて、六角堂の観音へ百日間、祈願を決行されました。救世観音は、四句の夢告と、京都・吉水の法然上人を示されたのでした

先月の中旬にもん太が京都に行った時、親鸞聖人の出家得度の地「青蓮院門跡」とご修行の地「比叡山」を巡り、当ブログでもレポート致しました。

その比叡山で法華経の教えに従って煩悩と格闘された親鸞聖人は、最も厳しい大曼の難行までも完遂なされました。しかし、

「人間は煩悩に汚れ、悪しか造れない。だから後生は地獄とお釈迦さまはおっしゃる。私の心の中にも、欲望が渦巻き、怒りの炎が燃え盛り、ネタミ・ソネミの心がとぐろを巻いている。どうすれば、この煩悩の火を消し、後生の一大事を解決することができるのか。どうすれば……」

と苦悶されるのでした。9歳で出家得度されてから難行苦行に打ち込まれて17年、26歳になられた聖人は、

「ああ、もう少しも進まれない。こんなことでよいのだろうか。もしかしたら、私は道を間違えているのではなかろうか。一度、慈鎮和尚さまにお尋ねしたい」

と、青蓮院の慈鎮和尚を訪ねられました。

「親鸞この間、全身全霊、修行に打ち込んでまいりました。だがいまだに後生に明かりがつきません。もしかしたら、私のような者は助からないのではないかと、不安でなりません。どうすれば、この魂の解決が、できるのでございましょうか」

慈鎮和尚は厳しく諭しました。

「何を言うか親鸞。後生の一大事は、生涯かけての最大事。だからこそ、我々の先達は、この一大事の解決に生涯をささげてきたのではないか。仏道を求めることは、大宇宙を持ち上げるよりも重いぞと、龍樹菩薩も言われている。10年や20年で解決のできることではないのだ」

意を決し再び比叡山に戻られ、さらに修行に打ち込まれる聖人でしたが、

「果たして、この山に私の救われる道があるのだろうか。煩悩に汚れ、悪に染まった親鸞を導きたまう大徳はましまさんのか……」

と、苦悩は深まるばかりでした。

そして29歳、求道に精も根も尽き果てられた聖人は、20年間の天台法華の教えに絶望なされ、ついに下山を決意されたのです。比叡山を捨てられた聖人は、後生の一大事の解決一つを求めて六角堂に100日間、籠もられました。和国の教主と言われる聖徳太子創建の六角堂で、救世観音に救いの道を必死に尋ねられたのです。

六角堂の山門(Photo by 親鸞会)

京都の六角堂へやって来た。ビル街の中に埋もれていて迷ったぞ

その親鸞聖人が百夜の祈願をされた六角堂にやってきました。

京都市内を自家用車で観光するのは色んな意味で自殺行為でして、車は多いし、各名所の駐車場は有料でいちいち停めていたら出費がかさむし、道路は一方通行が多かったりして面倒くさい。そんなわけで、もん太は京都駅近くのホテルの駐車場に停めたんですが、そこなら1日停めても1000円な上に自転車も無料で貸してくれるんですね。京都市内観光なら自転車に限りますな。

そんな自転車をチャリチャリこいで烏丸通りを京都駅から北上。言うまでもなく、通り沿いには近代的なビルが立ち並んでおりまして、こんな所にあるものかというような所に六角堂がありました。まあ、烏丸通りの交差点に「六角堂」の表示が出ているので、うっかり通り過ぎるケアレスミスは防げるのですが、かなり細い路地に入って行きまして、とても車が停められるようなスペースがございません。駐輪はできるかと思ったら「駐輪禁止」ということで、どないせいっちゅうねん!とツッコミを入れたくなるんですが、山門の前に有料駐輪場があったので、そこの人に聞いてみたところ「参拝だったら停められると思いますよ。六角堂の人に聞いてみてください」と儲からない話なのに親切に教えてくださいました。誠にカムサハムニダ!

……で、六角堂の人に聞いてみたら「ご参拝なら、そこにどうぞ」と案内してくれましたので、駐輪場の人が儲かることはありませんでした。でも、感謝しているよ!!

そうして、千社札を張られまくった山門をくぐっていくと真正面が本堂だ。

六角堂の本堂(Photo by 親鸞会)

頂法寺が本名。この本堂が六角形なので六角堂と呼ばれるそうな

この六角堂、本名は天台宗の「頂法寺」と言うらしいが、本堂の屋根の形が六角形なので六角堂とのこと。そういや、もん太が富山県立大学に在学中も講堂の形が六角形だったので、親鸞会の先輩が「六角堂」と呼んでいたっけ、と今回の記事の流れと全く関係のないことをつぶやいてみる。

本堂と言っても外陣は畳敷きといったものではなく土足で歩き回ることができる。そして、内陣は周囲にウヨウヨしているハトが入れないように厳重に金網が張ってある。線香の煙がもうもうと立ちこめて周囲の至る所に“おみくじ”が結んである。この六角堂に親鸞聖人は百夜の祈願をされたわけだが、そういうご旧跡ということもあって、天台宗の寺院なれど「親鸞堂」が建立され親鸞聖人との因縁を強調した観光名所となっていた。

六角堂の親鸞堂(Photo by 親鸞会)

境内の隅の小高い所に何やらお堂らしきものが建っている

迷信を一切排除された親鸞聖人ゆかりの地ということなのに、そこへの石段の周囲にも“おみくじ”が結ばれているのが申し訳ない。たまたま、つまみ出した紙切れに書かれていることで自分の運命が決まったら苦労はしない。仏教では運命は因果の道理によって決まると教えられます。善に励めば善い運命がやってくるわけだから、そんな“おみくじ”なんていう迷信に騙されずに本当の仏教を聞いてもらいたいものだ。

親鸞堂(Photo by 親鸞会)

親鸞堂もまた六角形をしている。礼拝している20代女性もいた

この親鸞堂の近くにペットボトルの先に取り付けたコンパクトデジカメを設置しセルフタイマーで親鸞堂に礼拝している自分の姿を撮っている20代の女性がいた。最近はこういうのが流行りなのだろうか?何を礼拝しているのか知らないが、親鸞聖人が祈願された後生の一大事とは全く関係ないようだ。

ちなみに、この親鸞堂の前には親鸞聖人の像が雨ざらしで安置されていた。つくづく申し訳ない思いがする。

親鸞聖人の像(Photo by 親鸞会)

親鸞堂の前には親鸞聖人の像が安置されていた

さて、この六角堂で親鸞聖人が受けられた救世観音の夢告とは、どんなものであったのであろうか?

親鸞聖人が六角堂の夢告を受けられる前の19歳の頃、大阪の磯長という所にあった聖徳太子の御廟に3日間の参籠をされたことがあった。その時に、聖徳太子より受けられた「磯長の夢告」と呼ばれるものはこのようなものであった。

我が三尊は塵沙の界を化す 日域は大乗相応の地なり 諦に聴け諦に聴け、我が教令を

阿弥陀仏は、すべての者を救わんと、力尽くされている。日本は真実の仏法が花開く、ふさわしい所である。よく聴きなさい。よく聴きなさい、私の言うことを。

汝が命根は応に十余歳なるべし 命終わりて速やかに清浄土に入らん

そなたの命は、後十年なるぞ。命終わると同時に清らかな世界に入るであろう。

善く信ぜよ、善く信ぜよ、真の菩薩を

よく信じなさい、深く信じなさい、真実の菩薩を……

この夢告で最も深刻に受け止められたのが「そなたの命は、後十年なるぞ」という予告であったことは想像に難くなく「命終わると同時に清らかな世界に入るであろう」の意味も時の聖人には不可解な予告であり「よく信じなさい、深く信じなさい、真実の菩薩を……」と言われても真実の菩薩とは誰なのか謎は深まるばかりだった。

その「十年の命」と宣告されてからちょうど十年。激しい無常と罪悪に責め立てられ、聖人の求道は決死であった。厳しい京都の冬、底冷えの本堂で聖人は祈り続けられたのである。

「どのような苦行も厭いませぬ。どうか私の後生の一大事、助かる道をお示しください。天台法華の教えを20年間、求めて参りましたが、知らされるのは『法華経』では救われぬ自己の姿ばかりでありました。湖水の如き心にもなれず、真如の月を拝むことのできない煩悩具足、罪悪深重の親鸞、このまま一息切れたら、後生は真っ暗です。もう私には時間がございません。10年前、聖徳太子さまより『汝の命、あと10年』と予言された親鸞、迷いの真っ只中に最後の年を迎えております。どうか私の助かる道をお示しください」

祈り続けられ95日目の夜明けに、救世観音が顔形をととのえ、立派な僧の姿を現して、真っ白なご袈裟を着て、広く大きな白蓮華の花の上にしっかりと座って、次のように告げられたと聖人自ら記されている。

行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽

行者がこれまでの因縁によって、たとい女犯があっても、私(観音)が玉女の身となって、肉体の交わりを受けよう。一生の間、能く荘厳してその死に際して引き導いて極楽に生ぜさせよう

救世観音は、この文を唱えて言うには「この文は私の誓願である、一切の人々に説き聞かせなさい」と告げられた。この知らせによって数千万の人々にこれを聞かせた、と思われたところで夢が覚め終わった

とある。これを「救世観音の夢告」とか「女犯の夢告」といわれている。

ここで行者とは、真実の救いを求め仏道修行をしておられた親鸞聖人ご自身のことである。

それまでの仏教には、僧侶は一切女性に近づいてはならないという厳しい戒律があった。しかし、色と欲から生まれた人間が、色と欲から離れ切れない絶対矛盾に突き当たって悶え苦しんでおられた聖人に対して「若しあなたが女性の肉体と交わりを結ぶ時は、私(観音)が玉女という女となってあげましょう」と告げられたのは、ありのままの人間として男女が結婚して人生を荘厳できる阿弥陀如来の絶対の救済のあることを、救世観音は夢によって教導されたものである。

「この文は私の誓願である」と断言されたのは、阿弥陀如来の絶対の救済を教えることこそ諸仏菩薩の出世の本懐である、と告白されたものである。

「一切の人々に説き聞かせなさい」と言われたのは「阿弥陀如来の救いを一切の人々に説き聞かせることこそ、あなたの唯一無二の聖使命である」と救世観音が親鸞聖人にさとされたものである。

「この菩薩の教えによって数千万の人々にこれを聞かせた」とあるのは、聖人の開顕なされた真実の仏法によって、どれだけの大衆が人間あるがままの姿で絶対の救いに値っていったかを思えば深くうなずかざるをえない。

しかしこの時、いまだ阿弥陀仏の本願にあっておられない聖人には、救世観音が何を告げられたのか、全く分かられなかったのであろう。

ちなみにこの親鸞堂には、夢告を聞いておられる「夢想之像」と、六角堂参籠の姿を自刻されたと伝えられる「草鞋の御影像」が安置されている。そういうこともあって、浄土真宗の門徒も多く訪れるらしい。

ところが聖人が六角堂に参籠された目的を誤って伝えられていることが多いようだ。

百夜の祈願の目的は「性欲を克服するため」と決めつめた、あまりにも無責任な暴言もある。『恵信尼公文書』の第3通には、

やまをいてゝ 六かくたうに百日こもらせ給て こせをいのらせ給けるに……

(山を出て、六角堂に百日籠らせ給て、後世を祈らせ給けるに……)

と、親鸞聖人が六角堂に百日間籠られた目的は「後世を祈る」ためであったと記されている。「後世を祈る」とは「後生の一大事の解決の道を求めて」ということである。仏道修行の目的は、いつも親鸞会のご法話でも確認されることだが「後生の一大事」の解決ただ一つであり、何よりも聖人のご一生が、それを雄弁に物語っている。

しかし、この六角堂で後世を祈る人はどれほどいるのだろうか。

さて、本堂の前にはちょっと変わった囲いがあった。

へそ石(Photo by 親鸞会)

本堂の前に京都の真ん中に当たると言われる「へそ石」があった

この中央にある穴の開いた六角形の石は、ここでは「へそ石」と言われているものらしい。

何でも昔の本堂の基礎石らしく、ここが京都のちょうど真ん中にあたるので“へそ”と言われるらしい。境内の中の売店では「へそ石餅」というものまで売っていた。こんな石まで名物にして商売にするとは……すさまじい商魂である。

そのへそ石の横に、ちょっとしたせせらぎがあり、そこには数体の置物のような石像が置かれていた。

十六羅漢(Photo by 親鸞会)

境内の中にあった何やら怪しげな羅漢像

これは「十六羅漢」と言われるものらしく、どの顔を見てもニコニコ顔である。釈迦が多くの善を六つにまとめられ六度万行(六波羅蜜)を教えられたが、その1番目に「布施(親切)」を挙げられている。布施には仏法を伝える「法施」と、物や財産を施す「財施」が教えられるが、金や物がなくてもできる布施行として「無財の七施」を勧められている。心がけ一つでできる布施行である。そこから「和顔愛語」の実践が勧められるのだが、この羅漢はそれを実践しているという。無愛想な表情ではなく、いつも和顔愛語に徹していれば必ず善い結果がやってきますよと教えられているんだとか。

羅漢と邪鬼(Photo by 親鸞会)

ニートっぽい邪鬼とハトに乗られても和顔愛語の羅漢が秀逸だ

ただ、この中にどうも和顔愛語をしていないふてくされがいるようです。これは邪鬼だそうで、仏教をなかなか理解せず、ひねくれて仏教信者とならない人を邪鬼というんだそうです。そんな邪鬼の中でも改心して羅漢の周りで仏法を学んでいる者もいるんだとか……。

どうでもいいような像に思えたが、比較的仏法精神にかなったことを伝えんがために造られたことを思えばまともなものともいえないでもないか……。和顔愛語を心がけたいと思います。

さて、ここの六角堂は親鸞聖人のご旧跡のように言われていますが、完全に現世利益のための寺院となり、観光名所となってしまいました。

六角堂といえば、もん太が勝手にそう呼んでいる六角堂もあります。それが、こちら。

六角堂(Photo by 親鸞会)

もん太が勝手に「親鸞会の六角堂」と呼んでいる「あずまや1号」

親鸞会の同朋の里にある「あずまや1号」ですね。現在、親鸞会にはあずまやが1号から3号までがあるんですが、1号が六角形、2号が八角形、3号が四角形になっています。それぞれに名づけられた数字と屋根の形が合わないので混乱するため、もん太は勝手に1号を「六角堂」、2号を「八角堂」、3号を「四角堂」と呼んでおります。ですから、オフィシャルな呼び方でないので、このように呼んでも通じるのはもん太相手だけと心得てくださいね!

まあ、この親鸞会の六角堂に百夜も通い続けても悪夢はあっても夢告はないものと思われますが、ここに集う親鸞会の法友は皆さん親鸞聖人の教えを語り合います。親鸞聖人が京都の六角堂に籠られたように後生を念じているんですね。そういうことでは、聖人の御心にかなった六角堂は親鸞会にこそあり、と思うのでした。

親鸞会の六角堂は風通しもよく快適ですので、百日でも通って信心の沙汰をしてもいいかもしれませんね!

ではでは。

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もん太@射水市民です。

ちょっと前まで、北海道スイーツといったら「白い恋人」しか知らなかったもん太ですが、最近は北海道に住まわれる親鸞会の法友・ミドル夫妻が、富山の親鸞会ご法話などに参詣されるたびに北海道の美味しいスイーツをお土産にくださるので、だいぶ詳しくなってきたかと思います。当ブログで北海道スイーツに初めて触れたときに読者のhideさんより北海道には美味しいお菓子がいっぱいあるから……とアドバイスを頂いたのですが、だいぶ主なお菓子はいただいたように感じます。これみなミドル夫妻のお陰でございます。

そんな「白い恋人」「ROYCE’(ロイズ)といった有名ブランドに並んでいるのが「六花亭(ろっかてい)ですが、中でも感動した「Colorful Mince(カラフル・マンス)について読後感想文ならぬ食後感想文をしたためたいと思う所存でございますが、お忙しい方はブログなんて読んでいないで、とっとと用事を済ませていただければもん太としても気が楽でございます。

さて、そんなColorful Minceですが、

Colorful Mince(Photo by 親鸞会)

六花亭スイーツの中で最も派手に感じられるのがColorful Minceだ

名は体を表すと言わんばかりに、少年時代によく食したマーブルチョコといい勝負なくらいにカラフルなイメージのパッケージでございます。細長くて他のスイーツに比べると小さな箱なのですが、妙に高級感が漂っているんですよね~。中の箱をスライドさせて取り出すと半透明の紙にチョコレートの種類がプリントされていて、それはそれは楽しげでございます。

では、肝心のチョコレートを拝見してみましょう。

Colorful Minceの中(Photo by 親鸞会)

Colorful Minceには色鮮やかな8種類のチョコレートが入っていた

おおっ!何ともカラフル!

左から「パッション」「マンゴー」「ストロベリー」「ラズベリー」「抹茶」「メープル」「紅茶」「ビター」だそうです。いずれも美味しそうでございますが、

カラフル・マンス(Photo by 親鸞会)

箱に収まっているのを見ると、かつて持っていたオセロの石を思い出す

このパッケージへの収まり方を見ていると、少年時代にハマッたオセロゲームの石を思い出しますね。マグネットの入った石をオセロ盤の石置きにこうやって並べておくんですよね~。アレは白黒のモノトーンでしたが、こちらは実にカラフル。青系が抹茶のみというのに対して赤系が賑やかな気がしますが、その辺は触れないようにしておこうと思います。

さて、これらを皿に並べてみたいと思います。

皿に盛ったColorful Mince(Photo by 親鸞会)

皿に出して並べてみた。これで合成着色料不使用だから感心する

う~ん、何とも言えずにカラフル!

よ~っく見てみると、そんなにハデハデではない。イヤらしい蛍光色ではないのだ。そう、原色よりは中間色に近い感じですね。パッケージの原材料を見てみると何と合成着色料が入っていないようでございます。つまり、天然色素のみ!?これはスゴイ。

薄いColorful Mince(Photo by 親鸞会)

「マンス・ショコラ」とは薄いチョコレートという意味らしいが厚さ2mmである

「カラフル・マンス」ってどういう意味だろうと思っていたんですが「マンス・ショコラ」とはフランス語で薄いチョコレートを意味するらしいんですが、何と2mmとのことです。

……というわけで「Mince」を「ミンス」と読まずに「マンス」と読むあたりで、すっかりおフランス気取りなもん太でございますが、いずれも自然の味で美味しいのでございます。ストロベリーひとつを取ってみましても、一般的なお菓子のストロベリーではなくて、本当に「イチゴ」の甘酸っぱい味がするのでございます。すべての味で素材の粉末を入れているようで、天然の味にこだわった感じですね。

こんなにカラフルでありながら合成着色料は一切使っておらず目で楽しめ、食べて自然な味でサラリと口で溶ける絶品でございました。イヤ、ホントにすごいですよ。

北海道にこんなに安心で安全なスイーツがあったとはっっ!さすがに北海道を代表するお菓子ブランドですね。

こんな美味しいスイーツをくださった親鸞会のミドル夫妻にめっちゃ感謝を申し上げたい次第でございます。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

浄土真宗では朝晩させていただく正信偈の勤行は欠かせませんが、親鸞会でも勤行は親鸞聖人や蓮如上人のご説法を聴聞させていただくことになるのだからと、勤行を欠かすようでは親鸞学徒とは言えないと教えていただきます。

その親鸞会のある富山県には蓮如上人のお弟子として非常に有名な赤尾の道宗という人がいました。その道宗も「一日の嗜みには朝つとめにかかさじ」と言い、ご法話に参詣していながら正信偈の勤行に間に合わないのは3年の飢饉に遭ったような大損失であることも言っております。

それほど大事な朝晩の勤行ですが、その時には焼香をしますね。親鸞会のご法話でも導師の方が勤行前に焼香しておられるのを見られたことがありますね。

焼香(Photo by 親鸞会)

親鸞会の人は朝晩の正信偈の勤行は欠かせませんが、線香を切らした

親鸞会で親鸞聖人の教えを聞き求めているもん太も、ご多分に漏れずに線香を焚きまくっているわけですが、ついに底をついてしまったわけです。

ちなみに、愛煙家は言うに及ばず嫌煙家までもが、なぜお線香をお供えするのかという疑問を持たれているかと思いますが(この際、愛煙や嫌煙は関係ないですね)、少々説明しておきましょうね。

まあ、線香とは名前からも分かるように香木や香草を粉にし練ったものでございますから、たくと煙と共に良い香りがするものでございます。この辺が、煙は煙でもニコチン臭いタバコの煙と違うところでございますが、それが人間の体臭を消すとして、阿弥陀仏への礼儀に使われるようになったんですね。加齢臭が気になる方は更に大事かと思いますので心得ておきたいものですね。

大事な人に会う時には失礼のないように注意を払うものでして、まして私たちを本当の幸福に救ってくださる阿弥陀仏には、なお気を遣うものかと思います。そんなわけで、線香は汚れた体で無上仏に向かわないように、芳香で身を清める意味があるわけですね。

更に「線香が燃え尽きて冷えた灰となるのを、自分が火葬場で焼かれて灰となることに例えてみなさい」とも教えられるようでございます。もん太も仕事の締め切りが終わると燃え尽きたりするものですが、そんな燃え尽きたもん太を見ても誰も得をしませんが、燃え尽きた線香を見ることは尊い仏縁になるようですので、そういうことに思いを馳せて勤行をされるとよろしいかと思います。

ゆっくり燃えていた線香も、勤行が終わると一筋の灰となっています。同様に今、生きている私も、幻のごとき一生が過ぎ去れば火葬場で一つまみの白骨となるわけですね。有名な蓮如上人の『白骨の章』には、

さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙と成し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり

“どんなに大事な人でも、命絶えれば、いつまでもそのままにはしておけぬ。間もなく葬儀の相談が始まる。野辺送りをすれば、残るものは一つまみの白骨だけ。これが人間の結末である”

と警鐘されているわけですね。

忙しい忙しいと日々を送っているまま、私たちは夜半の煙へと近づいています。勤行でたく線香に、わが身の無常を問い詰め、阿弥陀仏一仏に向かうご縁とさせていただきたいものです。

まあ、そんな大事な線香ですし、もん太としても加齢臭が気になっているようで実は昨晩食べたカレー臭が気になっているくらいですので、線香を買いに親鸞会のある射水市では賑わいを見せている赤田から一条にかけての通りにやってきましたよ。

射水市赤田の通り(Photo by 親鸞会)

親鸞会のある射水市では必要なものが大体揃う赤田から一条の通り

ここには、皆さんにも日常的によくあることかと思いますが、ちょっと気が向いて中古車を買いに行く事があるかと思います。そんな人のためにコンビニのように気軽に中古車が買えるお店や、ちょっと気が向いて和服を着たい時にユニクロ気分で着物を調達できる和服屋さんなどがあったりするものですが、ちょっとお仏壇が欲しくなったら買いに行けるお仏壇屋さんもあったりするわけですよ。いずれも、毎日のことですから身近にあると助かるお店ばかりです。

……で、もん太が家を新築した時にわが家のお仏壇を購入したのが、射水市の赤田交差点にあるお仏壇屋の井口製作所さんです。

井口製作所(Photo by 親鸞会)

もん太宅のお仏壇や線香でお世話になっている井口製作所さんへGo!

まあ、お仏壇屋さんとは言ってもお仏壇製造の下請けがメインということでやっていらっしゃいますので、お仏壇販売による収入はあまり考えていないのが実態です。そういうこともあって、作業場がメインですから店舗としては超地味です。ただ、お仏壇購入に際しての出費は比較的安上がりにできるわけです。更に、コダワリの職人さんがされていますので、材質もいいものを選んでくれて、予算内でいいものを作ってくれるのです。言うまでもなく中国産ではなく国産ですからね。店主が木の加工はやっていますし……。もん太も、お仏壇の荘厳など結構細かく言ったんですが喜んで引き受けてくれましたよ。更に座布団やら仏具までもサービスしてくれたりと、かなり低予算で満足いくものを提供してくれた大好きなお仏壇屋さんです。

そんなこんなで、お仏壇を作ってもらってからもお灯明の電球(実はいつも電球はなぜかタダでくれる)やお線香(ホームセンターなどよりも安い!)は井口製作所さんで調達しているわけです。

この井口製作所の店主さん。大変おしゃべり好きでして、線香を買うだけなのに美味しいお茶を出してくれて長話になります。電球1個でもタダでくれるのに「あー、それ切れやすいから、こっちの最新式の持って行ったら?」とか「この線香、最近の人向けなんだよね。ほら、線香の煙嫌う人いるでしょ……」と言った具合に、線香1つにしても色んな知識を得る事ができるのです。

……で、もん太宅は富山に引っ越してくるまでは、コンシューマー向けの毎日香なんてのを使っていたわけです。あの鮮やかな緑のアレですね。そして、富山に引っ越してきてからは親鸞会でよく見かける「沈香 香樹林」を使っていたのですが、少々酸味のキツい香りが気になりまして、色々と嗅ぎ分けて試しに今度はコレにしてみました。

花琳(Photo by 親鸞会)

親鸞会でよく見られる「香樹林」から「花琳」に変えてみた

「花琳」ですね。上品なオレンジ色の線香なんですが、箱を開けるだけで和服屋さんというか高級旅館のような甘い香りがするわけですよ(どんな香りやねん!)。ネットショップなんかでは「王朝の香り」と書かれていましたが、王朝を知りませんので高級旅館という表現でよろしくお願いします。これは店主オススメの一品でございました。実際に勤行で焼香してみたんですが、何とも心安らぐ香りでございました。

さて、ここからが本題です(やっと本題かよ)。

この井口製作所に行きますと、なんせ下請け専門ですから、こういった物品販売でのマージンはあまり考えていらっしゃらないようで、メーカーから貰う試供品の線香やらローソクなんかをジャンジャンくださったりするわけです。線香の試供品なんて井口さんで初めて知ったんですが、今のところもん太宅にはこれだけありました。

試供品の線香(Photo by 親鸞会)

井口製作所で頂いた試供品の線香の数々。自由すぎる……

細長いパッケージに3〜4本入っていたりするわけですが、実際に焼香してみないと香りが分からないということで、こういうものを用意されているんでしょう。このサンプルが非常に自由でしたので、紹介してみたいと思います。

清澄 香樹林

清澄 香樹林(Photo by 親鸞会)

親鸞会でよく見る「沈香 香樹林」の仲間の「清澄 香樹林」の試供品

「香樹林シリーズ」の1つですね。親鸞会でよく見られ、もん太宅でも使っていたのは「沈香(じんこう)」という種類。沈香タイプは東南アジアでしか産出しないという貴重な香木である沈香とインド産の香木である白壇などが使われていますが、こちらの清澄はインド南部のマイソール州で産出する、これまた貴重な白壇を使っているそうです。

「けむりの少ない」というのがウリのようでして、稀に導師をしていて真正面から煙の襲撃を喰らって、導師がゲホゲホするのは防げるかと思います。最近はこういった煙が少ないタイプが増えてきているようですね。愛煙家は寂しいかもしれませんが嫌煙家はいいでしょうね(?)。

沈香 永寿

沈香 永寿(Photo by 親鸞会)

買ったら高級そうな「沈香 永寿」のサンプル。青が鮮やか!

ちょっと説明が思いつきませんが、なんせ沈香をタダで貰えました。箱を開けたときの香りは「香樹林」の沈香よりは好みですね。

さて、次からが今回のネタの本領でございます。

煎香茶

緑茶の香りのお線香(Photo by 親鸞会)

「緑茶の香りのお線香」とのこと。だんだん自由になってきた

来た来た来た〜っ!!っていう感じですが「緑茶の香りのお線香」とのことです。もはや、香木は関係ないですね。

煎香茶(Photo by 親鸞会)

「煎香茶」というらしい。「伊藤園のお茶配合」とPRされているぞ

「煎香茶」という商品名らしいですが「伊藤園の緑茶配合」ということで、自由すぎますね。「お〜いお茶」でも入っているんでしょうか?何でも線香に緑茶が練り込まれているとの事ですが、線香そのものを嗅いでも正統派の線香のように香りを感じる事はありませんでした。焼香すると香りが充満するんでしょうかね?お茶の有効成分としてフラボノイドの「消臭効果」とテニアンの「リラックス効果」があるそうですが、まあ、和テイストということでアリかもしれませんね。

残香飛

珈琲の香りのお線香(Photo by 親鸞会)

更に自由になって「珈琲の香りのお線香」までもが登場していた

ついに来ちゃいましたね「珈琲の香りのお線香」でございます。もはや、和テイストを飛び越えて西洋へと飛び出してしまったようでございます。キャッチコピーが「新しい香りを楽しむ」ですね。世間的には先祖供養の為にお仏壇に参る人が多いようですが、故人がコーヒー好きだったという場合に買って行かれる人が多いとか……。

ただ、真実の仏法を明らかにされた親鸞聖人は、先祖供養は廃された方ですからそういうことは考慮する必要は全くありませんが、問題は無上仏にコーヒーの線香でいいかどうかですね……。無上仏がコーヒーをお好きかどうかは聞いた事がありませんし……。ただ、お供物としては殺生したものといった生臭いものでなければOKということも聞きますので、う〜ん、コーヒーでもいいのかな?

ちなみに、色違いパッケージにこんなのがありました。

珈琲の香りのお線香 ブラック(Photo by 親鸞会)

少々パッケージの色が濃いバージョンも。まさか、この違いは……

青パッケージから焦げ茶パッケージですね。こちらも「新しい香りを楽しむ」ということですが、

残香飛(Photo by 親鸞会)

商品名は「残香飛」で、普通のコーヒーとブラックで違うらしいぞ

普通のコーヒーかブラックコーヒーかという違いのようでございます。親鸞会にはコーヒーのプロフェッショナルがいらっしゃったりしますが、そういう方にはオススメかもしれませんね。

ちなみに「残香飛(ざんこうひ)という名称のようです。先ほどの緑茶の線香のように、焼香前の線香はそんなに香りがしません。こちらも焼香してから香りがするのでしょうか。それにしても、普通のコーヒーとブラックコーヒーの香りの違いって何だろうか?

井口製作所の店主さんから聞いたんですが、最近は若い人が線香の香りを嫌う事があるそうで、メーカーも考えてフローラルの香りやら薔薇の香りやら色々と開発しているそうです。もはや、普通の香水のようですね。線香業界も最近のニーズに合わせるので大変そうでございます。

さて、こういった自由すぎる線香が次々とデビューしているわけですが、気が弱いもん太は中々使えずに困っております。

……で、これらの香りはいいものかどうかということを判断したいんですが、スギ花粉症が僅かに残っているもん太は鼻が馬鹿になっております。そこで、遠くのミルクの匂いをも嗅ぎ分ける嗅覚の持ち主に嗅ぎ分けて次の線香をチョイスしてもらいましょう。

吟味する息子(Photo by 親鸞会)

「次はどっちにしようかなぁ〜」と線香を吟味する8カ月半の息子

……というわけで、生後8カ月半ほどの溺愛して止まない息子の登場でございますが、彼に選んでもらおうかと思います……が、種々にソムリエ気取りで吟味しているようでございますが、両手にしているのはいずれも残香飛のようですね。これだから現代っ子は西洋カブレで困ります。カブレるのはオムツの中だけにしておいてもらいたいものです。

次第に線香を口に運びそうでしたので、離乳食で口を塞いで線香を死守しました。

まあ、親鸞会で煎香茶や残香飛といったものは使うことはないと思いますが、常識の範囲で線香選びをしたいと思います。

ではでは。

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