親鸞会の機関誌『顕真』の平成24年1月号に、

「マルコス☆ソライアのしあわせレシピ」

が連載されており、当ブログは記事連動ということで、協力いたしております。

顕真(Photo by 親鸞会)

親鸞会の機関誌『顕真』平成24年1月号

まずは、導入です。

マルコス、ソライア夫妻は、ブラジル出身のコックさんです。大都市サンパウロで生まれ育ったソライアさんは、南米一のサンパウロ大学で建設学び、水道局の公務員になります。そして、建設会社経営のマルコスさんと知り合いました。

では、今回の内容です。

マルコスさんから「三世因果」を聞いたソライアさんは、キリスト教にない深い教えに、これは真実なのでは、と感じます。

二人でサンパウロ会館に参詣するようになり、ソライアさんが重ねて疑問を口にするとブラジル出身の中村マウロ講師がポルトガル語でスッキリ答えてくれ、ますます聞きたくなったと言います。

中でも、「仏教だけが人生の目的を説いているとなぜいえるのか」という質問に、マウロ講師は、人生の難度海と大船の絵を描きました。そして、金や名誉などの丸太は人それぞれの目標であり、釈迦の説かれた弥陀の願船に乗ることが万人共通唯一の人生の目的だと話しました。

学業も仕事も順調だったけれど、心底から幸せを感じたことがなかったのは、やがてクルリと裏切る丸太だから。ソライアさんはそれまでの人生を振り返り、マルコスさんと同じ、裏切らない人生の目的を聞き求めようと思ったのです。

出会って1年、二人が選んだ結婚式場は、日本の親鸞会館。ブラジルでは籍を入れずに同居する事実婚が多く、以前はソライアさんもそれに共鳴していました。が、時に苦悩して踏み外しそうになる聞法求信の道を、夫婦になればこそ励まし合って進めると二人で考え、無上仏の御前でそれを誓ったのでした。

マル・ソラの今月の一品
「おいしさ ほおばる。ポン・デ・ケイジョ」

ポン・デ・ケイジョ(Photo by 親鸞会)

おいしさ ほおばる。ポン・デ・ケイジョ

外はサクサク、中はもっちり。ブラジル名物のチーズパンが「ポン・デ・ケイジョ」。写真のプレーンのほかに、青海苔などを加えたものも。

ではでは。

【バックナンバー】

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もん太@射水市民です。

昨日は滋賀県にある親鸞会の木之本会館を起点に滋賀会館や、かつての高森顕徹先生のご法話会場を巡っていたもん太でございますが、滋賀県とは京都府のお隣。京都府では、西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要が行われていたはず、ということで勢い余って行ってみることにしました。親鸞会では10月に親鸞聖人750回忌法要が勤修されましたが、西本願寺では4月から数回に分けて行われ、今月1月で終わります。

もん太は、西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要には、始まったばかりの4月に3日間行ってきて、その様子は当ブログの「西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌に行ってみた」に書いておきましたが、今回は締めくくりの1月です。やはり、当ブログでレポートしておきたいと思います。今回は1月10日の1日のみ!

……ということで、午前の法要が始まる前に西本願寺に到着。4月には目の前の国道1号線沿いが多くの参拝者で賑わっておりましたが、門前町の真正面の御影堂門の様子は、

御影堂門(Photo by 親鸞会)

西本願寺の御影堂門の様子。4月に比べると閑散としている

こんな感じでした。4月は、この横断歩道を渡る人が多かったんですけど、どうしてなんだろう?

そして、御影堂門の前には、

御正当(Photo by 親鸞会)

1月9日〜16日は親鸞聖人750回大遠忌法要の御正当が行われています

御正当の看板が出ておりました。親鸞会では聞き慣れない行事名かと思います。4月から行われている西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要ですが、今月は御正当(ごしょうとう)と呼ばれております。通常の報恩講は「ご正忌」と呼ばれますが、この大遠忌は特別に「御正当」と言うようです。つまり、御正当とは大遠忌で行われる報恩講と思われたらいいかもしれませんね。

では、門に入ってみましょう。

西本願寺の境内(Photo by 親鸞会)

午前の法要前の西本願寺の境内。4月とは様子がかなり異なる

あれっ?4月には午前の法要が始まる前には、この広場のあちこちに日本各地から団参した人たちが固まっていたんですが、今回はその様子は見られません。記念写真というか集合写真のひな壇も2カ所ほどに置かれていましたが、団体での参拝がないためか誰も撮っていないようでした。見かけるのは個人で来ている人という感じです。

天気は良いものの結構寒い境内を歩いていると、ペコちゃん的な2人組を発見!

プトラとプトリ(Photo by 親鸞会)

少年連盟のマスコットであるプトラとプトリが迎えてくれました

親鸞会のご法話に参詣される時につける名札に負けないくらいの大きな文字の名札がついていたのですが、上の写真なら右がプトラで、左がプトリのようです。黒い髪をしているようですが、この外国人のようなネーミングからして帰国子女なんでしょうか?見ず知らずの参拝者に愛想良く手を振って、気軽に記念写真に応じている辺りのフレンドリーさは日本人らしからぬ性格ですね。どうやら、西本願寺の少年連盟のマスコットのようです。4月に門前町で見かけた「おりんちゃん」とは別の扱いのようですね。

さて、親鸞聖人750回大遠忌ともなると、西本願寺も気前が良いようで、日ごろは公開していないものも大公開でございます。

経蔵(Photo by 親鸞会)

一切経が収まっている経蔵(輪転蔵)が特別公開されていた

例えば、経蔵。釈迦の一切経などが収まっている建物のようですが、書棚が回転することから輪転蔵とも呼ばれるようです。中の写真は撮ってはいけないということなので撮れませんでしたが、いつもは閉まっている扉を開放して、誰でも中を見られるようになっております。他にも国宝になっている飛雲閣も無料公開されていました。元々は豊臣秀吉の聚楽第の一部だったようですね。上の経蔵は外観は撮れましたが、飛雲閣は撮影不可能の為に、ここでは紹介できません。

法要の様子は、次回にするとして法要が終わった後の境内はといいますと……、

法要後の境内(Photo by 親鸞会)

法要終了後の境内の様子。団参がないからか閑散としている

やはり、こんな感じですね。4月から11月にかけては、境内の白州に「○○教区」とか「○○組」と書かれた旗を持った団参軍団がゾロゾロとバス駐車場に向かったり、記念写真を撮ったり、門前町に繰り出してお土産を買いに……と思い思いに動いていたんですが、今回はこんな感じです。

ちなみに昨年はホコ天のように賑わっていた門前町ですが、

門前町(Photo by 親鸞会)

4月には750回忌大遠忌に参拝した人で賑わっていた門前町だが……

こんな感じです。あのおりんちゃんもいたんですが、少々寂しそうでした。

この門前町の中に伝道院の建物があり、さまざまな展示がなされていましたので、入ってみました。

伝道院(Photo by 親鸞会)

門前町の中にある伝道院。さまざまな展示が行われていた

色んなリラクゼーションの展示があり、そちらは撮影不可能でしたが、小さな部屋で大遠忌の歴史展示がなされていましたので、そちらを紹介です。今回は親鸞聖人750回大遠忌法要ですが、50年前の700回大遠忌法要と100年前の650回大遠忌法要は写真が残っており、様子がパネル展示されておりました。当時は公称で延べ100万人の参拝者だったと伝えられ、大勢の参拝者の為に臨時の鉄道の駅まで設けられたらしい。

さて、親鸞聖人650回大遠忌法要の様子はどうだったのだろうか?まずは、御影堂門付近の様子。

親鸞聖人650回大遠忌(Photo by 親鸞会)

100年前の親鸞聖人650回大遠忌の御影堂門付近の賑わいの様子

どっちが境内で、どっちが道路なのかわからないくらいで、人で埋め尽くされています。

そして、次は阿弥陀堂門と境内の白州を埋め尽くす人たち。

親鸞聖人650回忌(Photo by 親鸞会)

100年前の親鸞聖人650回大遠忌の阿弥陀堂門と境内の賑わい

まだ、親鸞会が発足する50年ほど前の写真ですが、当時の浄土真宗の活気が伝わってきます。4月から11月も賑わっていましたが、さすがにこの様子ではなかったですね。隣で展示を見ていたご夫婦が「昔は大勢の人が参拝していたんだねぇ。今は、減ってしまった……」と寂しそうにポツリと仰っていたのが忘れられません。西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要の昨年の参拝者は延べ40万人ほどとのことですが、半分以下に減ってしまっています。この原因はなぜでしょうか?

教えが説かれていないからの一言に尽きると思います。特に末寺では、なかなか教えを聞くことができません。ただ、西本願寺の本山には聞法会館という親鸞会のF館に似た建物があり、1階には総会所があり、年末年始以外なら毎日のように説教がなされているようです。一応、本願寺なりの教えは説かれているようです。実際に本願寺境内の宗務総合庁舎前にある掲示板には、

常例布教(Photo by 親鸞会)

宗務総合庁舎前の掲示板には総会所での常例布教の日程が案内されていた

1月の常例布教の日程が張り出されていました。

やはり、西本願寺の本山では、聞法会館で説教はなされているようですね。では、どんな教えが説かれているのか?気になるところです。

今回は、もん太も総会所の説教を聞いてみたので、その辺も含めて続けてレポートしていきたいと思います。

続きはこちら→西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌 御正当レポ(2)

ではでは。

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もん太@射水市民です。

今日は全国的に成人の日でございましたので、十ウン年前にとっくに成人してしまった私もドサクサに紛れて祝日しておりました。

そんな成人の日でございますが、昨年末に滋賀県長浜市に落慶した親鸞会の会館「木之本会館」で高森顕徹先生のビデオご法話が勤められるという情報がリークされてきましたので、行ってきましたよ!

ただ、木之本というのは西日本方面から北陸自動車道で親鸞会に参詣される方なら「雪が降ったら、敦賀ICと並んで、一旦降ろされるのが木之本IC」というイメージで認識されている方が多いのではないでしょうか?少なくとももん太はそういう認識で、親鸞会に木之本会館が落慶するぞと聞いた時に「雪深い所に会館が建つのだな」と思った記憶があります。雪の降る富山に住んでいながら、何を言っているんだ……という感じですが。

そんな歪んだ先入観で木之本会館に向かったんですが、実際に大変そうだったのは、敦賀ICから木之本ICの間にある山岳地帯で、そこには雪が降っていました。しかし、木之本ICを降りる頃には、雪は雨になっておりまして、木之本会館に到着したところ、

木之本会館(Photo by 親鸞会)

木之本会館なら大雪だろうと思ったら、駐車場の脇にしか雪がなかった

雪、全然ないしっっ!

という感じで、木之本会館の館長さんが年末年始に除雪されたということもあるでしょうけど、実際に一般道路にも雪はなく、あっても路肩でしたね。意外とフツーじゃん、と思いましたが、現地在住の親鸞会の法友は「いやいや、これから沢山降るよ」と仰っていました。まあ、外に居ると寒いので中に入れていただきましょう。続々と到着される法友が講堂でビデオご法話が始まるのを待っておられました。

ビデオご法話(Photo by 親鸞会)

この日は午後から高森顕徹先生のビデオご法話でした

落慶の懇談会で来て以来でしたが、色々と改善されたりして、近隣の法友の皆さんに親しまれている会館だと実感しました。

そして、木之本会館を後にしてやってきたのが、今度、富山市に建立される富山会館の為のお仏壇探しです。浄土真宗のお仏壇と言っても各地で色々な種類がございますが、滋賀県に住んでいる親鸞会の法友でお仏壇の製造と販売をされている方がおられるので、そこに行って展示されているものを見てきました。この辺のお仏壇は「浜仏壇」と言って、宮殿の中央が広く正御本尊を拝見しやすい造りですね。

浜仏壇(Photo by 親鸞会)

富山会館用のお仏壇候補として浜仏壇もチェックしてきました

会館にふさわしく大きめのものを見ましたが、いやはや、お仏壇とは中々に値の張るものでございますね。展示されているお仏壇を見ていると「あぁ、これもいいな」と目移りするのですが、いい物は、それなりに値の張るものでございます。でも、無上仏をご安置するお仏壇ですから、何かと悩むところでございます。富山の法友の中には、高岡仏壇のような富山ならではのお仏壇がいいと仰る方もおられるので、最終的にはどうなるか分かりませんが、皆さんと色々と検討して富山会館にふさわしいお仏壇を選んでいきたいと思います。

さて、お仏壇を見せていただいた後は、近くにある滋賀会館へも寄ってみました。木之本会館では、長浜市周辺の法友がビデオご法話をされていましたが、滋賀会館は米原市や彦根市近辺の法友が集まってビデオご法話されていました。まあ、もん太が滋賀会館に到着した頃は、ビデオご法話も終わって大半が帰宅された後でございましたが……。久々に中を拝観しましたが、今の滋賀会館が落慶した時に拝観して以来で、ある意味、新鮮でした。

ちなみに滋賀会館は親鸞会が結成されてから2つ目の会館です。

滋賀会館(Photo by 親鸞会)

滋賀に最初に落慶した親鸞会の会館「滋賀会館」は米原市にあります

高岡会館と瓜二つなんですけどね。ただ、部分的に3階があったりと、滋賀会館ならではの特徴も見られる会館でございます。

さて、米原の滋賀会館まで来たならば、あそこにも行っておきたいですね。

今では、高森顕徹先生のご法話は富山県の親鸞会館のみで行われていますが、ちょっと前までは、日本全国、そして、年2回は海外での布教がなされていたわけです。中でも滋賀県は親鸞会が結成される以前から高森顕徹先生が布教に歩かれていた所ということもあって、滋賀でのご法話は多かったですね。そんな滋賀県で親鸞会のご法話があった会場といえば、

滋賀県立文化産業交流会館(Photo by 親鸞会)

滋賀で高森顕徹先生の法話会場といえば文化産業交流会館でしたね!

米原市にある滋賀県立文化産業交流会館

非常に長いネーミングですよね。最近の一般会場はカタカナの会場が多いんですけど、ここは頑なに漢字でございます。

決して広い会場ではなかったんですが、ご法話会場となった展示ホールの周囲には2階まである観覧席があり、そこが荷物置き場として利用されたり、舞台の前には1段高い席が用意されていたなど、ちょっと特徴のある会場でした。玄関は開いていて入れましたので、中に入ってみました。

緑のロビー(Photo by 親鸞会)

休憩時間には、この右の緑のロビーで食事をする人が多かったなぁ〜

懐かしい〜っっ!!

これは、展示ホールから出て玄関方面を見たところですね。右のテーブルが幾つか置かれている所は「緑のロビー」と呼ばれていますが、ご法話があった時は、休憩時間などにここで休まれる方が多かったですね。昼食を摂られる方もおられました。左の廊下部分はごった返していましたしね。そして、

廊下(Photo by 親鸞会)

この中庭の見える左の廊下沿いに受付があったような覚えが……

こちらの廊下からは中庭が見えて、受付などが設置されていた記憶があります。いやはや、懐かしい。

ただ、残念なことに展示ホールは鍵がかかっていたので、かつて参詣者でいっぱいだったあのホールは見ることができませんでした。う〜ん、残念!

それから、滋賀県の会場として忘れられないのが、長浜市のアレですね。

かつては、富山の親鸞会館以外に各地の会場でも、2日間の降誕会や報恩講が勤められ、高森顕徹先生がご説法されたんですが、平成7年12月9・10日に滋賀県で報恩講が勤められた時に会場となったのが、

長浜ドーム(Photo by 親鸞会)

滋賀で親鸞会の報恩講会場として1回だけ使われた長浜ドーム

長浜ドーム!

もはや、知る人ぞ知る伝説のご法話会場ですね。個人的には外観からモスラと呼んでいたんですが、やたら巨大な会場でした。そう、SHARPの初代ZAURUSが流行った時代でしたね。当時は富山県立大学の学生であり、滋賀のご法話会場と言えば文化産業交流会館しか知らなかったもん太は、ここに来た時「へー、滋賀にも、こんな大きな会場があったんだー」と驚いた記憶があります。中はさぞかし巨大な体育館であろうと思って一歩踏み込んだ当時のもん太は絶句した。

屋内グラウンド(Photo by 親鸞会)

長浜ドーム内部はグラウンド。ここで親鸞会の報恩講があったんだよね

グラウンドじゃん!

下がフローリングじゃないし、土だしっ!!屋根、メチャメチャ高いしっ!!寒いしっ!!

ここにシートを敷いて、絨毯を敷いて、お仏壇を設置して報恩講が勤められたのです。ご説法以外にも弁論大会も行われたんですが、色んな意味で生涯忘れられない報恩講でした。

……とまあ、木之本会館とお仏壇探しに来たつもりが、脱線してしまいました。それにしても、富山県立大学に在学しながら聞法していたあの頃を思い出して、懐かしい思いに浸る一時でございました。

ではでは。

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7 1月 2012

親鸞会の富山会館が動き出す!

Author: monta | Filed under: 親鸞会館

もん太@射水市民です。

親鸞会の機関紙『顕正新聞』の新年号に、新たに名乗りを上げて落慶に向けて進んでいる会館として福井会館と富山会館が紹介されていましたが、特に富山会館は地元の会館として他人事ではありません。そう、今まで能登会館から木之本会館まで、落慶の場に居ながらも建立そのものにはご縁がなかったのですが、今度は建立そのものに参加できるわけです。

富山県は呉西地区と呉東地区に分けられるのですが、それを分ける呉羽山という山があります。富山県内の親鸞会の会館は今までは呉西地区だけでした。しかし、今度は呉羽山を越え、親鸞会の会館が呉東に建立されるのでございます!

富山会館(Photo by 親鸞会)

親鸞会の会館が呉羽山を越え、富山会館として誕生します!

さて、実に素晴らしい物件が手に入り、今度は親鸞会の聞法の場としてふさわしくリフォームしなければなりません。

そんなリフォームなど、富山会館の建立に関する会合が何度か行われていますが、その会合の場所は、親鸞会館でもなく、同朋の里でもありません。何と落慶前の富山会館でなのです!!

建立委員会(Photo by 親鸞会)

富山会館の建立の打ち合わせ会合は、富山会館で!!

リフォーム前なので冷暖房もなく、とても寒いのですが、持参のファンヒーターやホットカーペットなどで会場は暖かくなり、実際の会館で色々検討できることで、会館への想いも強くなっていきます。

まあ、以前にも書きましたが、親鸞会の会館として使えるようにするには、大勢の参詣者のためのトイレ確保が大事なんですが、そういったリフォームプランの検討は、若き法友がリフォーム会社を経営しているので、彼が次から次へとプランを出してくれます。

リフォーム打ち合わせ(Photo by 親鸞会)

富山の法友にはリフォーム会社などを経営している人が多かったりする

彼に限らず、諸々の職人さんも富山には揃っておりますので、リフォームは実に頼もしいです。見積もりなんかも、目の前で出してくれますし、親鸞学徒という目線でリフォーム案を考えてくれるので実にスムーズです。

また、現地で会合をしているので、何かあったら、

リフォーム検討(Photo by 親鸞会)

実際に会館内を見ながらリフォーム案を検討できて話がスムーズ♪

すぐにその場に行って検討できます。平面図であれこれと検討するのもいいのですが、実際に現地に立ってみると意外と見えていないものが見えてきます。こうして、どんどんとプランが煮詰められていきます。

更に、会合ではリフォームプランだけではなく、どうして富山会館を建てるのかという趣旨が書かれた趣意書というものが作成されます。富山会館の必要性が書かれたものですが、それを持ち歩きやすくするために一手間が必要で、そんなものも皆で作成しました。

趣意書の作成(Photo by 親鸞会)

富山会館が建立される目的が記された趣意書も皆で作成しました

何と手作り感のある会館建立でしょうか?

まだまだ、リフォーム案が進められております。

建立を明かりに頑張ります!

ではでは。

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3 1月 2012

親鸞会で平成24年の初聞法会でした♪

Author: monta | Filed under: 法話

もん太@射水市民です。

新年早々、小矢部会館の初参りにスタートし話題豊富な新春大会とご縁を頂いているもん太でございますが、今日は親鸞会で平成24年の初聞法会で参詣して参りました。

新春大会の帰りは雪が降り出して、駐車場の車が真っ白になっていたので「こりゃ、初聞法会は長靴で参詣だなぁ」と思っておりましたところ、意外や意外、家を出ると天気が良く路面に雪がなかったんですが、その代わりに放射冷却で路面はツルツルでございました。まあ、富山歴が人生の半分になろうとしているもん太でございますので、ツルツル路面は推測できましたので、車で滑りながら走行して参詣いたしました。

初聞法会(Photo by 親鸞会)

心配されていた雪も少なく青空の下での初聞法会でございました

……で、親鸞会に到着。

そういえば、道中にはいくつかため池が見られるんですが、天気が良かったこともあり至る所で気嵐が見られましたよ。以前に同朋の里で撮った気嵐はこんな感じ。

この日も恐らく雪と気嵐と彼岸橋のコラボが見られたかもしれませんね。う〜ん、見れずに残念!

さて、親鸞会では早朝から続々と参詣者が到着し、新年の挨拶を交わしておられました。前述のとおり、路面が凍っておりますので、駐車場から正本堂までのシャトルバスが大活躍。地下道を利用されるもヨシ。シャトルバスを利用されるもヨシでございました。以前にロケでお邪魔した北海道の法友も多く参詣されており、大荒れの天気でフェリーが欠航となり、急遽、電車での参詣となった方もおられました。「大変でしたねぇ〜」ともん太が言うと「いやいや、電車も楽しかったですよ。お弁当もおいしかったし♪」と道産子の強さを知らされました。ちなみに、この日の北海道の予想最高気温は氷点下……。富山は、まだまだ南国でございます。

参詣者(Photo by 親鸞会)

親鸞会では駐車場からシャトルバスも出ているので助かります!

いつものように、正信偈の勤行で始まり、高森顕徹先生より正信偈のご説法を聴聞させていただきました。

「本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼 三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦

 天親菩薩論註解 報土因果顕誓願 往還廻向由他力 正定之因唯信心」

親鸞聖人が大変尊敬され、正信偈の中でも「本師」とおっしゃる曇鸞大師のところです。曇鸞大師の「鸞」の字を頂かれて「親鸞」と名乗られたんですね。

仏教の目的は後生の一大事の解決であり、その解決にはお釈迦さまの一切経の結論である「一向専念無量寿仏」の身にならせていただくことを教えていただきました。一向専念無量寿仏とは、阿弥陀仏以外の諸仏や菩薩や諸神に向いてはならないということになり、この教えを徹底的に教えられたので親鸞聖人は流刑にまであわれました。

世間では、肉食妻帯をされた為に流刑にあわれたように思われていますが、肉食妻帯をされなかった師匠の法然上人までもが四国に流刑にあわれています。法然上人もまた、一向専念の教えを強調されたので神信心の権力者に睨まれて流刑にあわれたわけです。親鸞聖人の流刑の真因は、まさにこの一向専念無量寿仏の強調にあったわけですね。

ところが、新年早々から浄土真宗でありながら「○○神社に初詣に行ってきた!」と誇らしげに語る人が多いのは実に悲しいことです。如何に後生の一大事のあることと、その解決が教えられていないかが分かります。親鸞聖人が流刑にあわれてまで徹底していかれた一向専念無量寿仏を、寺が説かないのなら親鸞会の私たちがお伝えしなければなりませんね。

さて、昼休みには子供向けの行事が行われました。何と親鸞会にプロのマジシャンが登場!

マジシャン(Photo by 親鸞会)

昼休みには子供向けの行事でプロのマジシャンも登場!

今まで、ナンチャッテ手品師は親鸞会の行事企画で登場したことがありましたが、実際にプロとしてされている方は初めて見ました。さすがに手品のレベルが違います。

更に、親鸞会で仏法を聞いておられる方ですので、その仏法のことをレゲエで熱唱してくれました。

レゲエ(Photo by 親鸞会)

親鸞会では初登場!?仏教についての楽しいレゲエも熱唱してくれました♪

いやぁ〜、何ともノリノリの歌で子供たちも大喜びでした。

初聞法会の後には、親鸞会の同朋の里へ移動!

信心の沙汰(Photo by 親鸞会)

初聞法会で聴聞したことを同朋の里で大いに語り合いました

新年になって最初の同朋の里という人も多く、法友と大いに仏法讃嘆に花を咲かせていました。

F館の1階では……、

おとき(Photo by 親鸞会)

親鸞会のF館の1階ラウンジでは、おときを頂きながら仏法讃嘆でした

いたる所で、おときモード!会食をしながら仏法讃嘆もいいですね。

今年も1年、光に向かって進みましょう!

ではでは。

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