もん太@射水市民です。

テレビを見ていますと、東北地方太平洋沖地震の被災地に徐々に救援物資が届き始め、また、避難所にも電気が届き始めたり、携帯各社の移動基地局も開設されたりして、復興に向けて徐々に動きつつあることを嬉しく思います。これから、まだ安否確認ができていない方々の情報もどんどん入ってくると思いますので、希望を持って大いに待ちたいものです。

救援物資の中には、おむつやミルクもあります……と聞くと、かつてはいまいちピンと来なかったものですが、生後半年の息子を抱えるもん太としては、今は、それがどれほど有り難いものか痛感させられます。ミルクを作りたくても手に入らず、乳児に配給された食料を噛み砕いて与える母親。ミルクが手に入ってもお湯が手に入らず水で溶かして与えて下痢させてしまう母親。そんなニュースをテレビで見ながら、もん太の腕の中でお腹空いたと泣くわが子を見ていると、もしここにミルクがなかったら……と思えてなりません。子供の泣く声に親の心は締め付けられます。

ただ、そんな被災地に物資が届きつつあり、また、今まで災害にあった土地から「今度は自分たちが支援する番だ」と奮起して頑張っている皆さんを見ると、自利利他の教えが身にしみます。「情けは人のためならず」と言われますが、常に人に情けをかけていくことって大事なんですね。西日本でも物資が足りていないということが親鸞会の埼玉のブログで書かれていましたが、それも、東北に物資を送るために買われた結果と聞き、この減少の是非はともかく、助け合いの精神に、日本って素晴らしい国だなって思いました。

そして、昨晩、夕飯を食べながらテレビをつけてみると、いち早く通常の放送に戻っていたNHK教育に続いて北日本放送(日本テレビ系)がバラエティ番組をやっていました。日ごろは「しょーもないことを言ってる」と思っているような番組でも、こんな時には妙に癒されますね。被災地の人のことを思うと気が重いですが、こんな時こそ、被災しなかったことに感謝してポジティブに明るくしていくことが、大事ですね。

……と思っていた時に、もん太の故郷である静岡でも震度6くらいの地震が起きました。

静岡県東部ということで、東海大地震の震源となるプレートとは違うプレートなのですが、それでも、かなりの被害があったそうです。ただ、東北の大地震を見た静岡県民は「次は静岡の番だ」と身を引き締めていたそうで、日ごろから東海大地震に備えて訓練していた成果が出たと報道していました。何事も備えあれば憂いなしなんですね。

静岡と言えば、もん太の故郷ということは先述しましたが、もん太は今回の地震が起きた東部とは反対の西部です。今の浜松市なのですが、こちらの知人は特に問題はなかったそうです。

この浜松市といえば、かつて親鸞会のご法話が開催されていた浜松アリーナがあります。

浜松アリーナ(Photo by 親鸞会)

かつて親鸞会で高森顕徹先生のご法話が開かれた浜松アリーナ

今は、親鸞会の二千畳にはLEDを用いた巨大な大映像がありますが、浜松アリーナには当時としてはオドロキの液晶による大映像がありました。そこにご説法をされる高森顕徹先生のお姿と板書が大きく映し出され、後方でも聴聞しやすかったのを鮮明に覚えています。

浜松アリーナ(Photo by 親鸞会)

大きな液晶画面があって、当時としてはオドロキの会場だったね

富山県立大学で親鸞会とご縁のあったもん太は、当初、静岡の両親から大反対を受けていました。

いわゆる、宗教偏見があって、大学に入っても政治団体や宗教団体には気をつけろと言われていたからです。母は、かつて創価学会の信者による勧誘がしつこかった影響もあってか、創価学会嫌いに加えて宗教嫌いになっていたんですね。だから、親鸞会もそんなもんだろうと……。

そんな宗教嫌いと言いつつも、父方は曹洞宗、母方は臨済宗の家で、墓参りはしていましたし、朝は神棚の恵比寿と大黒に手を合わせないと叱られたものです。三河の豊川稲荷まで行って札を貰ってきたり、地元の祭りにも積極参加でした。これらも立派に宗教と呼ばれるものなのに、どうしてロクに話も聞かないのに親鸞会を非難するのか……。

今のようにインターネットも普及していない当時ですから、インターネット上のデマやウワサも入っていません。ただ、「宗教は危ないもの」というイメージでものを言っていたわけです。実際に「何で反対するの?」と聞くと「宗教は金儲けだから」というのが一番多かったような気がします。

別に親鸞会は金儲けを目的としているわけじゃないのですが、1万歩譲って金儲けしていたとしても、金儲けの為に自営業をしている人が「アイツは金儲けしている」と非難するのもおかしいんじゃないかと反論したのも覚えています。それに、親鸞会のような大きな集まりがあり大きな建築物があるということは、それなりの収入があるということですが、それは「教え」に対する「お礼」として皆さんが出されたものですから、何らおかしい話ではありません。

寺が布施を巻き上げていくのを、なぜ非難するかといえば「教え」を説いてもいないのに「お布施」だけを持っていくからです。お店なら、商品を渡してもいないのに代金だけ受け取っていくようなものでしょう。それは、非難されても仕方ないです。寺が正しい親鸞聖人の教えを説いてさえいれば、たとえ1億円や1兆円のお布施を寺が受け取っても誰も文句は言わないと思います。むしろ、教えを聞かせていただきながら、ビタ一文出さないという方がおかしいですよね。お店なら商品だけ貰っておきながら代金を払わないようなものです。映画や講演を聞きながら料金を払わないのと同じでしょう。あくまで法施に対して財施がなされるのであれば問題はないのです。

そんなやりとりをしながら、食わず嫌いはいけないということで、一度、親鸞会でどんな法話がなされているか聞いてみたらいいと両親を誘ったのが、浜松アリーナでの高森顕徹先生のご法話でした。

すると、話されることに否定することはできず、むしろ、今まで自分たちの今までの考えが間違っていたと知らされ、これ以降、両親の反対はなくなり、私が富山県立大学の3年生の夏休みに、両親は親鸞会とご縁を結んだのでした。

親鸞会に対する批判をしている心ないサイトがいくつかありますが、どうしてこういうことは書かないんでしょうね?一度、話を聞いてもらってから判断してもらったらいいのに、教えを聞いてもらって判断してもらったら何か都合の悪いことでもあるんでそうか?教えを聞く前に団体名を明らかにさせて、非難しているサイトを見せたいという魂胆が見え見えです。

現在は、浜松アリーナでのご縁はありませんが、テレビ座談会で静岡県内でも非常に多くの拠点が設けられ、そこで聴聞ができます。親鸞会に限らず、世間の会社や団体、商品には批判サイトというものはつきものです。そんなものを真に受けていたら何も買えません。

もん太も数年前に新築をしましたが、どのハウスメーカーがいいか調べても、全てにアンチサイトが存在していました。そして、絶賛する人もあれば、欠陥住宅を作られたと批判する人もいるのです。こんなものを見ていたら家も建てられないと見るのをやめて、公式サイトをまずしっかり見て、展示場を訪れ、比較しました。世間のメディアでもネット上の情報を真に受けて報道すると、その情報を流した人には責任がないので好き勝手に書いていますから、とんでもないことになります。ウィキペディアもそうです。

まず、公式サイトは情報発信元がハッキリしていますし、匿名でもありませんから、責任がハッキリしています。そういった情報を見た上で、自らの目や耳で展示場を訪れたりして確かめるのが一番ということは言うまでもありません。

あれだけ反対していた両親も、今では富山に移り住んで、一緒に仏法を求め、多くの人に聞いてもらいたいと伝えています。親鸞会に入ると家族崩壊するぞなんてデマもありますが、親鸞会に入らなくても家族崩壊する人は崩壊しているんです。むしろ、親鸞会では親の恩を感じなさいと教え、和の大切さを教えているんです。

責任者のハッキリしないデマに騙されずに、まず一度、親鸞会の勉強会などに足を運ばれて、皆さんの耳で判断されることを念じます。

親鸞会の勉強会に関するお問い合わせは、あなたが仏教から学べるたった一つのことから。

そして、親鸞会の静岡の情報は、浄土真宗親鸞会 フリーダム静岡です。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

未だに、テレビも新聞も東北地方太平洋沖地震の報道一色で、改めて今回の大地震が観測史上世界最大である実感が出てくる。

情報社会と言われて、いつでもどこでも必要な情報がすぐに手に入る世の中になりながら、未だに安否確認ができないという話も珍しくない。親鸞会の東北地方の法友で安否不明だった方が、やっと昨日、無事に避難所にいらっしゃったという話を聞き、何はなくともよくぞ無事でおられた……と嬉しく思った。

同じ人間として、同じ日本人として、被災地で頑張っておられる皆さんの役に立ちたいと、義援金を届けたり、物資を届けたり、ささやかながらも節電に心掛けたり……という助け合いの精神に、海外メディアが大絶賛するように、何と日本は素晴らしい国なのか!世知辛い世の中になったと言っても、日本人のDNAに組み込まれているのではないかと思う程の、利他の精神に感動を覚える。

そんな東北地方の皆さんが頑張っていらっしゃるんだからと、もん太もできる限りの義援金を出させていただきたいと思うし、節電にも心掛けて、何らかの形で役に立ちたいと思っている。

ただ、どうしても新聞などで目にする壊滅状態の市街地の写真が脳裏に焼き付いて離れない。阪神大震災も大変な地震であったけど、市街地の写真を見れば、全壊なり半壊なりの家屋は見受けられても、もともと家があったところに壊れているだけなので、元の市街地の様子は容易に想像できた。

だが、今回の地震はまるで違う。大津波がすべてを飲み込み、跡形もなく洗い流してしまった。どこに何があったのかすら分からない。ここは畑だったのか住宅地だったのか。これは、国道だったのか農道だったのか……。説明がなければ全く分からない。この写真をモノクロにすれば、原爆投下直後の広島市街とか、東京大空襲直後の焼け野原と言っても気づかないかもしれないとも思った。

まず、この瓦礫の山をどこから手を付けて片付けていくか、ということから復興そのものに絶望感を感じてしまうが、なかなかポジティブに考えられず、他人事と思えずに苦しむ。

祖師・親鸞聖人なら、どうなされるのだろうか……。

地震ではなく大飢饉ではあるが、親鸞聖人もまた同様のことで悩まれ、高熱を出されて寝込まれるほど苦しまれた。

その時のことが、親鸞聖人の奥様であった恵信尼の手紙に記されている。

恵信尼文書(Photo by 親鸞会)

親鸞聖人の奥様・恵信尼のお手紙に聖人の進まれた道が書かれていた

せんしんの御房

くわんき三年四月十四日

むまの時はかりより かさ心ち すこしおほえて そのゆふさりよりふして 大事におハしますニ こしひさをもうたせす てんせい かんひゃう人をもよせす たた おともせすしてふしておはしませハ 御身をさくれハ あたたかなる事 火のことし かしらのうたせ給事もなのめならす さて ふして四日と申あか月 くるしきに まハされあらんとおほせらるれは なにことそ たわこととにや 申事かと申せハ たわことにてもなし ふして二日と申日より 大きやうをよむ事ひまもなし たまたまめをふさけハ きやうのもんしの一時ものこらす きららかにつふさにみゆる也 さて これこそ心へぬ事なれ 念仏の信しんよりほかにハ なにことか心にかかるへきと思て よくよくあんしてみれは この十七八ねんかそのかみ けにけにしく三ふきやうをせんふよみて すさうりやくのためにとて よみはしめてありしを これハなにことそ ししんけう人しん なんちうてんきやうなむ とて 身つから信し 人をおしへて信せしむる事 まことの(佛おんを)佛おんをむくゐたてまつるものと信しなから みやうかうのほかにハ なにことのふそくにて かならすきやうをよまんとするやと思かへして よまさりしことの されハなほもすこしのこるところのありけるや 人のしうしんしりきのしん よくよくしりよあるへし とおもひなしてのちハ きやうよむことハととまりぬ さて ふして四日と申あか月 まハさてあらんとハ申也と おほせられて やかてあせたりて よくならせ給て候し也

三ふきやう けにけにしく千ぶ よまんと候し事ハ しんれんはうの四のとし むさしのくにやらん かんつけのくにやらん さぬきと申ところにて よみはしめて 四五日はかりありて 思かへしてよませ給はて ひたちへハおはしまして候しなり

しんれんはうハ 日つしのとし 三月三日のひるむまれて候しかハ ことしハ五十三やらんとそおほえ候

こうちやう三ねん 二月十日 ゑ信

親鸞聖人は、高熱を出して寝込まれるほど苦しまれた。お手紙の中では、火のようだったとある。私も今回の地震で何とか……と思ったが、この聖人ほどの思いかと聞かれれば恥ずかしい有り様だ。

そして、親鸞聖人は善導大師の『往生礼讃』のお言葉を思い出しつぶやかれた。

自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩

いろり(Photo by 親鸞会)

親鸞聖人は阿弥陀仏の本願を伝えに布教にたたれた

いざ臨終となっても崩れることのない幸福にしてみせると誓われた阿弥陀仏の本願をお伝えする以外の仏恩報謝はないのだと、改めて知らされ、聖人はご布教に立たれた。

一瞬にして、生涯かけて築き上げた家を失い、家族を失って、生きる希望を失って、これから何のために生きればいいのだろうかと苦しまれる方が現れるに違いない。阪神大震災がそうだったのだ。

親鸞聖人のみ跡を慕う親鸞学徒もまた、有縁の方に、なぜ生きるの解答があることを明示せねばならないのではないか。それが、仏教者の役割だろう。

ではでは。

親鸞会の北海道と東北地方のサイトはこちら。

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もん太@射水市民です。

東北地方太平洋沖地震の発生から3日が経った。

今回の地震は非常に広範囲に渡って被害をもたらし、全くと言っていい程、状況がつかめていないのが現状だと思う。それでも、テレビをつけるたびに被害状況を伝える諸々の数字が増えていく現状に絶句し、ただ無事を念ずるしかない。

改めて、被災地の皆さんにお見舞い申し上げます。

昨日、親鸞会ブログポータルで発見した福井の親鸞学徒のブログに、こんな記事があった。

大地震の被災(無事であってくれ)(「浄土真宗親鸞会 奥越親鸞学徒の集い」より)

あれだけ広範囲に渡って津波の被害があったのだ。身近なところで、安否不明者が出てしまった。

瓦礫の山に埋もれて生存していたという話も聞けば、遺体となって毛布に包まれている写真も見た。

濁流にのまれて行方不明になったかと思えば、屋根の上に乗って漂流し、救助されたという話も聞く。

このブログ記事同様に、安否不明というのは、携帯が水に浸かった、とか、電池切れで連絡が取れなくなった……ということであってもらいたい。どこかで救助を待っていることを念じて。

そんな昨日でしたが、富山県の中部の親鸞学徒を対象に親鸞会の同朋の里F館で講演会があった。

親鸞会の同朋の里F館(Photo by 親鸞会)

親鸞会の同朋の里F館で富山県中部の法友のための講演会がありました

日々、テレビや新聞から流れ込んでくる被災地の惨状を思えば、狭い日本と言っても富山ほど離れると、これほど違うものかと思う程、いつもと変わらぬのどかな1日でした。今回の演題はかつて高森顕徹先生が長野でお話くだされた『人間の実相』について。その時の状況は親鸞会の公式ホームページ「人間の実相」を詳説・親鸞会・長野大会・長野ビックハットにまとめられていました。

無常の虎はすぐそこに迫っており、足下には深さの知れぬ深海が広がり三匹の毒龍が大きな口を開けている。頼みの綱の細い藤蔓も根元で白と黒のネズミがカリカリと絶え間なく交互にかじり続けている。そんな絶体絶命の大ピンチにありながら、わずか数滴の蜂蜜に心を奪われて、今すぐにでも藤蔓が切れるかもしれない現状を忘れてしまっている愚かな旅人……。

まさに私の姿でした。

お釈迦さまが仏教を説かれた約2600年前も、親鸞聖人がご活躍された約800年前も、そして、現在も全く変わらない人間の実相でした。講演会の最後に提示された歎異抄の一節が、東北の地震と重なって深く受け止めずにおれませんでした。

煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。

歎異抄解説の決定版といわれる歎異抄をひらくに、このように意訳されていた。

なんといっても、火宅のような不安な世界に住む、煩悩にまみれた人間のすべては、そらごと、たわごとばかりで、真実は一つもない。ただ弥陀より賜った念仏のみが、まことである。

そして、この解説として、

地震、台風、落雷、火災、殺人、傷害、窃盗、病気や事故、肉親との死別、事業の失敗、リストラなど……。いつ何が起きるか分からない泡沫の世に生きている。

盛者必衰、会者定離、物盛んなれば則ち衰う、今は得意の絶頂でも必ず崩落がやって来る。出会いの喜びがあれば、別れの悲しみが待っている。

ひとつの悩みを乗り越えても、裏切りの尽きぬ不安な世界だから、火のついた家に喩えて聖人は、「火宅無常の世界」と告発される。

たとえ災害にも遭わず病にかからずとも、冥土の道に王はないのだ。

いざ死の巌頭に立てば、どうだろう。財産も名誉も一時の稲光り、かの太閤の栄華でさえもユメのまたユメ、天下人の威光は微塵もなく、不滅の光はどこにも見られぬ。

とも書かれている。

どんなに円満な家庭も、一生かけて建てた念願の家も車も、こちらの都合はお構いなしで地震は奪っていった。

今朝のニュースで、ある男性が「妻と子供と手をつないで高台に向かって逃げていました。しかし……妻と子供は波に流されてしまいました……」と涙ながらに語っておられました。私も、生後半年の子供がいるので、この男性の気持ちが痛い程、よく分かる。目の前で妻と子供が濁流にのまれている様子など、想像もしたくない。

別のニュースでは、津波が起きた瞬間ということで、震源地の海上から陸に向けて1本の白い線が進んでいるヘリコプターからの映像が映し出された。なんと、それが津波の第一波だというのだ。

波(Photo by 親鸞会)

沖から1本の白い線のように見える津波がテレビに映し出された

この津波が、海上を進んでいる間は、揺れで崩れた家があったかもしれないが、大半の家はそのまま建っていて、人々は町の中で生活を続けていたであろう。この津波が海岸に到着すると、まさかあの大惨事が引き起こされようとは……。

波(Photo by 親鸞会)

津波は堤防を越え、海岸近くの家々を丸呑みにしていった

津波対策で作られたであろう堤防を乗り越え、地震の揺れで崩れた家も崩れなかった家も容赦なく波が飲み込んでいく。中には高さ10mの津波もあったと聞くが、その高さは立山黒部アルペンルート雪の大谷の高さくらいであろうか。

雪の大谷(Photo by 親鸞会)

この雪の大谷の高さが十数メートルあると言われている

これよりも若干低いかもしれないが、こんな波が襲ってきたらひとたまりもないと改めてゾッとした。

この波に襲われて失うものばかりを追い求め、失っては一喜一憂しているのが私である。

たとえ地震や津波が来なくても、臨終には一切を失って独りで後生へと旅立っていかねばならないのに……。

『歎異抄をひらく』の解説には、このように書かれている。

そらごと、たわごとに生きるのは、噴火山上の舞踏に等しく、不気味な不安に耐えきれず、死を選ぶのもむべなるかなと思われる。

さればこそ、聖人の大啓蒙だ。

「ただ念仏のみぞまことにておわします」

“みな人よ、限りなき生命の歓喜(摂取不捨の利益)を獲て、ただ念仏するほか、人と生まれし本懐はないのだよ”

親鸞聖人九十年、唯一のメッセージを伝えんと、泣く泣く筆を染めた渾身の書が、『歎異抄』と言えよう。

虹(Photo by 親鸞会)

被災地の皆さんの1日も早い復興を念ぜずにおれません

被災地の皆さんが、一刻も早く復興され、今までの生活を取り戻されるように念じ、できる限りのことはさせていただきたいと思うのと同時に、すべてを失ったと言っても、本当に生きて良かったと言える人生の目的は必ず果たせるのだとお伝えしたいと思います。

私もまた、この弥陀の本願を求め抜きます。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

昨日、東北から関東地方にかけて襲った大地震ですが、名称は気象庁で「平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震」と決まりました。

今回は、地震による津波などで多くの方が亡くなられたと報道で聞いております。まず、お悔やみを申し上げるとともに、1日も早く復興されることを念じます。

規模はM8.8とのことで、あの阪神・淡路大震災(M7.3)は言うに及ばず、日本災害史上最大の被害があったという関東大震災(M7.9)を遥かに上回り、観測史上、国内最大級の大地震となったそうです。

この地震が起きた14:45頃、もん太は親鸞会の弘宣局ビル3階に居ましたが、射水市でも震度3ほど。弘宣局ビルは鉄骨造なので階が高くなるほど揺れの幅は大きくなり、3階では相当揺れているように感じました。弘宣局ビルには映像撮影用の素晴らしいスタジオが完備されているのですが、この親鸞会のスタジオにも多くの照明が設置されています。

弘宣局ビルのスタジオ照明(Photo by 親鸞会)

親鸞会の弘宣局ビルのスタジオには多くの照明が取り付けられている

地震発生時のテレビ局のスタジオの様子が放送されていましたが、それらのスタジオにも非常に多くの照明機材が吊り下げられています。それらの照明機材が地震が来るたびにゆらゆらと揺れているのが映し出されていましたが、弘宣局ビルの照明も地震のたびに、ゆらゆらと揺れていました。

弘宣局ビルのスタジオ照明(Photo by 親鸞会)

今回の地震でスタジオの照明がゆらゆらと揺れていた

弘宣局ビルが遭遇した地震で大きなものは、親鸞会で教学講義が勤められた日の朝の勤行を襲った「平成19(2007)年能登半島地震」で、射水市が震度5弱でした。今回の揺れはそれに比べれば小さいものですが、それでもかなりの揺れを感じました。宮城県や茨城県からはかなり離れていると思いますが、意外と富山県が揺れることに驚きました。

弘宣局ビルのスタジオ照明(Photo by 親鸞会)

弘宣局ビルは鉄骨造なので揺れが増幅され、更に照明が揺れる

どうしても、東北地方の太平洋側までのアクセスから距離を考えてしまうんですが、案外、宮城と富山って直線距離で近いものなんですね。驚きました。

そして、弘宣局ビルは鉄骨造の高層建築ですので、揺れは「しなる」ことでエネルギーを逃がすスタイルです。これは、弘宣局ビルに限らず鉄骨造のビルディングは、こういうシステムになっています。その為、上の階に行けば行くほど揺れが大きくなります。

今回の東北地方太平洋沖地震が起きる前に、南半球のニュージーランドでも大きな地震が起き、親鸞会のある富山県の外国語専門学校の生徒さんが多数、被災されました。この外国語専門学校には親鸞会の会員さんも通っており、たまたま今回の研修には行っていなかったので被災はされなかったものの、あまりに身近なことで他人事とは思えませんでした。

しかし、身近とは言っても南半球の外国の話で、日本の自分には関係ないと安心し切っていたと思います。まさか、そのニュージーランドの地震とは比較にならない大地震が日本で起きるとは思っていませんでした。そして、いや、あれは東北や関東の話だと思って安心しているもん太に「次はお前の番だぞ」と言わんばかりに、今朝、栃木県や長野県でも大きな地震が起きました。

仏法を聞かせていただき、無常迅速、後生は目の前であることをいつもお聞かせいただきながら、死はまだまだ先のことと思っている私に対する警鐘としか思えませんでした。

かつて、ガンを宣告された岸本英夫氏(東京大学・宗教学教授)は、死はまさに、突然襲ってくる暴力だと闘病記に残しています。

死は、突然にしかやって来ないといってもよい。いつ来ても、その当事者は、突然に来たとしか感じないのである。生きることに安心しきっている心には、死に対する用意が、なにもできていないからである。(中略)死は、来るべからざる時でも、やってくる。来るべからざる場所にも、平気でやってくる。ちょうど、きれいにそうじをした座敷に、土足のままで、ズカズカと乗り込んでくる無法者のようなものである。それでは、あまりムチャである。しばらく待てといっても、決して、待とうとはしない。人間の力では、どう止めることも、動かすこともできない怪物である。(岸本英夫『死を見つめる心』より)

今回の地震も、突然にやってきました。今日は大切な商談があるから、大学の入試だから、結婚式だから……という事情は全くおかまいなしです。無情にも、押し寄せた津波は、

一生働き続けて建てたマイホームも……、

先祖代々、受け継いできた田畑も……、

漁師の生命線とも言える漁船も……、

まだローンが残っているであろうマイカーも……、

すべてを流し去っていきました。

テレビで中継された津波の映像を見ていると、黒ずんだ津波が港や田畑を覆っていきます。その水面には、川に浮いた枯葉や木屑、ゴミのように、家や車が浮いているのです。わずかな点のように見える家も、1人の人が汗とあぶらで貯めたお金で、やっとの思いで建てたものに違いありません。まだ、ローンが残っている人も多かったでしょう。やっとの思いで手に入れたマイカーもあったでしょう。そんな苦労をして手に入れたものだから……という都合など全くおかまいなしで津波は飲み込んでいきます。テレビを見ている人からは、あの家ができるまでに、どんなドラマがあったのかなど知る由もありません。

仏法では、営々と築きあげたどんな成果も、人生の幕切れでグシャリとにぎりつぶされる。長く大きくしようと努めてきたシャボン玉と同じであると教えられます。そして、サルトルは主著『存在と無』の末尾に「人間は無益な受難である」と言っていますが、最後、壊れるものばかりを求めるほど、悲惨な一生はないでしょう。

地震が来なくても、津波が来なくても、人生の最後には、すべてを失います。そんな壊れるものばかりを求めている人生でいいのかと問われていると思わざるを得ませんでした。

諸行無常の世の中で、絶対に崩れない人生の目的を果たすよう、光に向かって進ませていただきたいと思います。

最後に……、

テレビを見ていたら、地震でまだ揺れているのに、すぐ外へ逃げていく人が多いのに驚きました。

弘宣局ビルの非常口(Photo by 親鸞会)

地震の時には、すぐに外へ逃げないのが鉄則です

もん太は、地震の巣である静岡出身ですので、地震の防災訓練は多くやってきました。

火災と地震では、対応が違います。火災の場合は「すぐに外に逃げる」のが大事です。燃えている家屋の中から脱出する必要があるからです。反面、地震の際は「すぐに外に逃げない」のが鉄則です。

地震で、揺れているのに外に逃げるほどの自殺行為はないでしょう。出た途端に屋根から瓦が落ちてきたり、看板が落ちてきたり、高圧電線が切れて落ちてきたりして、それらによって被害を受ける危険性が大きいからです。地震が起きたら、まず、丈夫な机などの下に隠れるのが大事です。特に頭を入れて守りましょう。

机などがなければ、ソファーが丈夫な家具の側に身を縮めて寄り添いましょう。そうすることで、天井が落ちてきても、床と天井との間にソファーが入ることで空間ができ、圧死から逃れることができるのです。そして、揺れが収まってから、落下物に注意しながら屋外に避難するという流れになります。

地震大国・日本に住む私たちです。明日は我が身ですから、日ごろから対策を立てていきたいと思います。

夜の弘宣局ビル(Photo by 親鸞会)

能登半島地震で震度5弱の揺れでも問題なかった弘宣局ビルです

今回の地震で揺れた親鸞会の弘宣局ビルですが、おかげさまで無事でした。

ではでは。

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もん太@射水市民です。

親鸞会では、昨年から注目されている青いファイルがあります。

「言葉の教室」ファイル(Photo by 親鸞会)

この青いファイルが親鸞会の「言葉の教室」テキストです

昨年、作られてからファイルの中も徐々に増やされていて、どんどん充実しているものなんですが、実はコレ、

「言葉の教室」ファイル(Photo by 親鸞会)

親鸞会では、言葉遣いについてもシッカリ学ぶことができます

親鸞会で開かれている「言葉の教室」のファイルなんです!

親鸞会では、親鸞聖人が明らかにされた真実の仏法を自ら求め、多くの方にお伝えすることを目的としていますから、仏教で一貫して教えられている「善」を勧めるのは当然のことです。善を勧めなければ仏教にもならねば、その真髄を明らかにされた親鸞聖人の教えにもならないことは言うまでもありません。

そんな親鸞会の聖則の中に「礼儀を正しくいたします」という項目があります。

礼儀正しくするなんてことは、幼稚園でも教えられることですし、社会人としても当然身に付けねばならないことなので、これからの社員研修の場でも徹底して教えられることと思いますが、仏法を求める親鸞会なら、なおさらのことです。

まずは、あいさつと返事からです。

幼稚園でも「元気よく、あいさつをしましょう!」「返事はハキハキとしましょう!」と教えられますが、大人でも実践している人は少ないようですね。最近のテレビで平林都さんという接遇マナー講師が登場するようになりましたが、指導方法はさておき、この人がビジネスマナーを受け持った企業は100%、業績がアップしているそうです。

もん太が見たテレビ番組では、平林さんは、大きな声で明るくあいさつをする。返事を大きな声でハキハキとするということを徹底していました。基本はこれだけです。

店の売り上げが伸びない……と、高額な費用を支払ってテレビや新聞、ネットの広告を出してみようかと動き出す企業もあれば、高い費用を払って店舗の改築に乗り出す企業もあります。それも大事ですが、最もローコストで効果が現れるのが笑顔と明るく元気な挨拶ではないでしょうか?1円の投資もせずに、わずかに顔の筋肉を動かすだけで売り上げに繋がる最強のビジネスツールと言えるでしょう。

もん太も、コンビニをよく利用しますが「このコンビニいいな!」と思うのは、やはり店員さんの態度で判断していますね。コンビニのレジには、大抵アルバイトが立っているんですが、常に無愛想な人もいれば、常に愛想を振りまいている店員さんもいます。「いらっしゃいませ」とも言わずに、客の持ってきた商品にだるそうにバーコードリーダーを当てている人もいますし、深々と頭を下げて「いらっしゃいませ!」と言って、精算し「またのご来店をお待ちしています!」と送り出してくれる店員さんもいます。

確かに、時給制なので、明るく仕事をしても、無愛想に仕事をしてもバイト料は一緒でしょう。でも、明らかに客に好まれるのは明るく仕事をしている人というのは間違いありません。そして、無愛想にレジをしている人に限って、自分が無愛想な店員に対応されたら「なんだこの店員!」と怒ったりしているのです。

高森顕徹先生は光に向かって100の花束で、このように教えられます。

なにが社会奉仕といっても、にこやかな笑顔と明るいあいさつほど、世の中を楽しくするものはない。(中略)笑顔とあいさつを出し惜しむ者ほどの、ドケチはないといってよかろう。ちょっと目もとの筋肉を動かし、わずか一言、二言を話すだけで、人に幸福を与えることができるのに、それすらケチるからである。

シドニー・スミスは、おもしろいことを言っている。「少なくとも一日に一人を喜ばせよ。十年すれば、三千六百五十人を喜ばせることになる。一町村をあげて喜ばせる、寄付金を出したのと同様だ」まさに釈尊の“和顔愛語”の布施行である。

明るい笑顔を振りまいても無愛想にしていてもバイト料が一緒なら、無愛想の方が得だと思っているのでしょうか。わずかに顔の筋肉を動かすだけなのに、それすらケチるドケチというのは当たっていますね。しかし、実は得になっていないんですね。客からは「なんだあの店員は!」と腹底で嫌われ、そういうクセは他でも出ますから人間関係がうまくいくハズもありません。

仏教では、自利利他ということが教えられます。笑顔をして他人を喜ばせて幸せにすれば、自分にも幸せという結果となって返ってきます。実際に、先日見たテレビ番組でも、平林さんの幼少時代に暗く沈んだ顔をして大人に接するよりも、明るく挨拶をして接した方が、大人にかわいがってもらえた、とあります。

会社などの組織に於いても、いつも不満ばかりを言っていて笑顔のない社員より、どんなに辛い仕事でも喜んで笑顔で働いている社員は上司からもかわいがられ、出世していくことでしょう。

仏教では、善が勧められ、筆頭に「布施」が教えられます。「法施」と「財施」が教えられますが、お金などの財産がなくても心掛け次第でできるのが無財の七施です。

その中に、優しい言葉をかけましょうという「言辞施」も教えられていますし、笑顔で接しましょうという「和顔悦色施」も教えられています。どちらも、体があればできる超ローコストな布施行です。実践すれば、自利利他ですから、他人を喜ばせ自分もまた幸福になれます。逆に、実践しなければ自損損他ですから、他人を不愉快にさせ自分もまた不愉快になってしまいます。そんな人が恵まれるはずもありません。

親鸞聖人の教えをお伝えしている親鸞会ですから、この言葉遣いは非常に重要ということで「言葉の教室」が設けられ、学び、実践しようとしています。

親鸞聖人が教えられた真実信心の世界は、不可称・不可説・不可思議ですから、言葉で説くことは不可能です。しかし、言葉でしか伝えることができないのです。

そのことを高森顕徹先生は光に向かって123のこころのタネで、次のように教えられています。

光に向かって123のこころのタネ(Photo by 親鸞会)

親鸞会の高森顕徹先生より、仏法伝える上での言葉の大切さも学びます

真実は言葉では表せないが、言葉でしか伝えることはできない。

信ずる──の“信”は、“イ”(ニンベン)に“言”と書いて、“人の言葉を信ずる”ということである。

私たちが光に向かって進ませていただく為にも、布施の精神は大事ですし、また、日常生活においても布施の精神で恵まれます。

なかなか染み付いてしまった乱れた言葉遣いは直らないものですが、注意して正し、正しい言葉遣いが身に付くように心掛けて実践していきたいですね。

親鸞会の「言葉の教室」は、テレビ座談会の後にもWEBで受講できます。まだ、受講されていない方は、ぜひ受講してみてください。効果テキメンですよ!

ではでは。

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