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親鸞会をビジュアルで発信


5 1月 2018

平成30年の勝興寺・御満座は2日間!?

執筆: もん太 | カテゴリ: 真宗十派

もん太@射水市民です。

元日早々に富山県上市町にある浄土真宗 観勢寺の初参りに行ってきたわけですが、本来の浄土真宗寺院らしく教えが説かれ、活気に満ちておりました……が、富山県の真宗寺院として忘れちゃならないのが、高岡市伏木にある西本願寺派の勝興寺

かつては「勝興寺を見たら、京都の本山に行っても驚かない」と言われた勝興寺の規模でして、その門徒は北陸一円にあったといいます。その御満座(御正忌報恩講)は、デカローソクで知られ、それ以上に北陸はもちろん、全国各地から門徒が集まることで知られています。

しかも、かつては夜通し法を語り合う「ご示談」なるものが名物であり、活気に満ちておりました……が、最近はかなり規模が縮小され、名物のご示談もなくなり、デカローソクだけは何とか死守しているという感じでした。過去数回もん太がお参りした際の記録は下記のとおり。

……という感じで寂しい状況です。

昨年のテレビ番組で、真宗寺院の寺離れ問題が特集されており、富山県は観勢寺のような例外があるものの、ご多分に漏れずに廃寺寸前の寺院も多くあります。多額の税金も投じられて平成の大修復を行った勝興寺はどうかな……と心配になるのですが、ひとまず今年の御満座の日程を調べてみようと公式ホームページにアクセスしてみました。

勝興寺ホームページ

勝興寺の公式ホームページに御満座の案内は……?

あらやだ、ほとんど更新されていないじゃない!

しかも、目玉行事でもある御満座が全く案内されていません……ということで、心配になって直接確認に行ってみました。

すると、男性職員が「いつだったかなぁ〜?」と周囲の職員に確認する有様。御満座目前だというのに、いつ勤められるのか認識していないなんて……。

しばらくして「分かりましたよ」と教えてくれた日程が、下記のとおり。

  • 14日(日) 10:00〜17:30
  • 15日(土) 10:00〜12:00

ということで、本当かどうか疑いたくなるけど、昨年まで3日あったの御満座が2日になったらしい。2日というより、実質1日半の行事になってしまった。勿論、数年前からご示談は行われず、どんどん衰退しているのが分かり、かつての御満座を知っているだけに寂しく感じる。

なんせ、本山の勧学から見捨てられてご示談は廃止となり、近隣の布教使は「儲からないから」と法話に立ちたがらない、ということで、法を説く立場の者から、御満座に対する意欲が全くないのだからやむを得ない。

勝興寺の御満座

どんどん規模が縮小していく勝興寺の御満座

もん太が「今年の御満座は、何をするんですか?」と聞くと、「え〜っと、読経と……あとは……」と歯切れ悪くゴニョゴニョ。親鸞会の報恩講なら「法話があります!」とスパッと答えてくれるんですけどねぇ。「お聴聞させていただきましょう」と言うものの法話に自信がないんだろうか?

なんか色々と心配になってきたので、昨年に続き今年も行くのはやめとこうか……と思えてきました(ぜひ来てください、と言われたんですけどねぇ)。

折角、歴史がある勝興寺の御満座です。親鸞会の講師が招待されれば、分かりやすい法話がなされ、参拝者も増えるんじゃないかな……と思いますが如何でしょう?

ひとまず、今度の8日に浄土真宗 観勢寺にて、10:00〜15:30で吉村甲子郎先生の法話があるそうですので、そちらに参詣したいと思います。

ではでは。


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もん太@射水市民です。

昨日は上市町の観勢寺さんへお参りしましたが、今日の夕方、親鸞会館にて新春大会が行われました。世界の法友が新年早々に二千畳へ参集して決意新たにする行事ですが、大変美味しい食事をいただきながら、参加させていただきました。

新春大会

今年の新春大会にも世界から多くの法友が集いました

大映像には、顕正新聞の新年号1面に掲載されていたシネマ学院と「開顕」の書。

顕正新聞

顕正新聞の新年号

そして、高森顕徹先生が書かれた年頭所感「聞法者の姿勢を教示する 関東の同朋たち」より、今年1年の進むべき道を示していただきました。

歎異抄の第2章には、

おのおの十余ヶ国の境を越えて、身命を顧みずして訪ね来らしめたまう御志、ひとえに往生極楽の道を問い聞かんがためなり

と当時の親鸞学徒が、親鸞聖人が関東から京都へ戻られた後、関東で頻発した信仰を惑乱する種々の事件について「ぜひ聖人に直にお遇いし、本当のところをお聞きしたい」と、京都の聖人のところまで命懸けの旅をしたことが記されています。

最近の布教使が説く「南無阿弥陀仏のお念仏が既に私たちに届いてくださっている」という話では、命を懸けても聞かねばならぬが仏法ということにならないので、到底、この関東の同朋たちの心情は理解しがたいものがあると思います。

年頭所感

高森顕徹先生の年頭所感

関東の同朋たちは「往生極楽の道」一つを聞かせていただきたく、「必ず極楽へ往ける身になりたい」と命懸けの旅をしました。

親鸞聖人は浄土和讃に、

たとい大千世界に みてらん火をも過ぎゆきて
仏の御名を聞く人は ながく不退にかなうなり

と仰り、蓮如上人は、

火の中を 分けても法は 聞くべきに 雨風雪は もののかずかは

とも

仏法には世間の隙(仕事)を闕きて聞くべし。世間の隙をあけて法を聞くべきように思うこと、浅ましきことなり

と仕事をやめてでも聞かねばならぬが仏法と仰っています。

悲しいことに今の真宗寺院では、既に助かってしまっているという十劫安心の異安心の話しか聞けません。まさに親鸞会でしか聞けないのが往生極楽の道といえるでしょう。それだけに、私たちの使命の重さを感じずにおれません。

その往生極楽の道を明らかにされた親鸞聖人の本当のみ教えを説いているのは親鸞会だけという分かる事実の一つが、高森顕徹先生の書かれた『歎異抄をひらく』が間もなくご発刊から10年が経とうとしているのに、未だに真宗の学者たちから反論する「歎異抄の解説書」が出なくなったということです。

『歎異抄がひらく』が世に出るまでは、毎年何冊もの解説書が新刊として発刊されていましたが、『歎異抄をひらく』が出版されるやパタッと出なくなりました。その「空白の10年」の重さを解説するビデオが上映されました。

ビデオ上映

『歎異抄をひらく』ご発刊10周年を迎えた意義を解説するビデオ

さらに詳しいことは、顕正新聞の新年号に4面にわたって「特別論説」として掲載されています。

特別論説

顕正新聞の新年号には4面に渡って特別論説が掲載

タイトルは、

『歎異抄をひらく』「空白の十年」の重さ

です。

空白の十年

歎異抄解説書が出なくなった空白の十年は実に重い

これまで、特に本願寺は、親鸞会を異端とし、何かと批判をしてきました。

特に門主や勧学たちの役割の一つが異端への反論ですので、異端としてきた親鸞会への批判は当然のことといえるでしょう。

しかし、高森顕徹先生の著書『歎異抄をひらく』が世に出て、仏教書として異例のベストセラーになったのなら、それだけ影響力があるわけですから見過ごしてはならないはず。当然、反論があるであろうと待っていましたが、歎異抄の解説書が、二三、見えても抜粋のみで『歎異抄』肝心の、前十章を総説するものは皆無となりました。

反論がないということは、もはや親鸞会で教えられていることが「親鸞聖人の正しい教えである」と彼らも認めざるをえなくなったといえるわけです。

本願寺新報

『歎異抄をひらく』ご発刊前後の本願寺新報を比較

今年の3月3日で、ちょうど10年を迎えるわけですが、さて、それまでに反論書が出るのでしょうか……?

気になるところです。

ではでは。


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もん太@射水市民です。

あれよあれよという間に平成30年になってしまいました。

天皇が生前退位するということが何かとニュースになっていたかと思いますが、あと1年ちょっとで平成も終わりなんですねぇ〜。ついこの間、昭和から平成になったと思ったのに、なんだかんだと30年も経ってしまいました。次の元号が何になるか分かりませんが、そこまで生きていれば、昭和と平成とその次……と3つの元号を生きることになるんですね。なんか、凄く歳を取ったように思えます。

そんな年末年始ですが、無常は年末も年始も関係なく予告なく襲ってきますので、親鸞学徒は聞法です。

もん太は、何かと話題の上町にある浄土真宗 観勢寺さんに初詣してきましたよ!

観勢寺

元旦の観勢寺。屋根の雪は全部落ちていました

射水市から観勢寺への道中、いくつかの神社の前を通過してきましたが、雨の降る中でも、多くの人が初詣に来ていました。

ただ、浄土真宗を明らかにされた親鸞聖人は〝神信心〟を徹底的に破ってこられた方ですので、浄土真宗の私たちは神社に行くわけにはいかないわけで、一路、法が説かれる観勢寺へと向かうのでした。

……で、お参りの皆さんと一緒に親鸞聖人の正信偈で勤行。

正信偈の勤行

住職の導師で正信偈の勤行

やはり、お寺での勤行は引き締まりますね。

その後、布教使の浄西寿子先生より歎異抄についてお話がありました。

浄西寿子

布教使の浄西寿子先生より歎異抄についてお話

古典の名文としても知られる歎異抄ですが、かつてはその人気の歎異抄について解説した「歎異抄解説本」の新刊が毎年出版されていました。しかし、10年前の平成20年3月3日に高森顕徹先生が『歎異抄をひらく』を出版されると、パタッと出版されなくなりました。それから今年の3月3日で10年間もの間、新たな「歎異抄解説本」が出ていません。

その歎異抄の第2章について、当時の関東の同行たちが、命をかけて京都の親鸞聖人のところまで参った心について聞かせていただきました。

その後は、仏法の歌を集めて作られたカルタで楽しみました。

カルタ大会

寺内数カ所に分かれてカルタ大会をしました

お馴染みの親鸞聖人ご出家の時のお歌「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」など、法味あふれる和歌のカルタで激戦が繰り広げられ、大いに盛り上がりました。グループによってはハイレベルな激しい取り合いが行われていました。

中には「歌は覚えているんだけど、札の文字が読めん……」という、老苦を訴える方も……。う〜ん、そればっかりは……ねぇ。いずれは、もん太も行く道なんでしょうね。

そんな壮絶なカルタバトルが終了した後は甘いものが食べたくなるものかと思いますが、住職さん手作りのぜんざいが振る舞われました。

ぜんざい

手作りのぜんざいや水ようかんで茶話会でした

他にも布教使の先生が手作りされた水ようかんも登場!毎年、作られているようで、これがまた甘すぎず、さっぱりしていて美味しかったんですよ〜♪

まあ、水ようかんは夏に食べるものと思っておられる方も多いかと思いますが、特に福井県では水ようかんは冬にコタツに入って食べるもののようです。観勢寺は富山県ですが、同じ北陸三県ということでご容赦願います。

そんな和気藹々と茶話会をしている中、先ほどの歎異抄のお話しに関しての質問が飛び出しました。

「歎異抄第2章に〝往生極楽の道〟とあるけど、さっきの話では〝往生極楽の道〟は〝阿弥陀仏の本願〟と説明してくださった。どうしてそうなるのか分からなくてねぇ〜」

なるほど!これは大切な質問ですね。歎異抄の第2章は、

おのおの十余ヶ国の境を越えて、身命を顧みずして訪ね来らしめたまう御志、ひとえに往生極楽の道を問い聞かんがためなり。

で始まっています。

関東の同行たちが、命の危険を顧みずに片道に1カ月近くかけて京都の親鸞聖人の所まで聞きに行ったのは「往生極楽の道」一つを聞くためでした。親鸞聖人が命をかけてまで聞かなければならないと教えられた「往生極楽の道」とは何かという質問ですから、本当にこれ以上大切な問題はないというくらい大切な問題です。

そのまま、和やかな雰囲気で講師の吉村甲子郎先生が答えてくださいました。

吉村甲子郎

茶話会の間には吉村甲子郎先生が質問に答えられました

他に参られた方々も一緒になって聞かせていただき、答えられると、それに対する質問がまた飛び出し、それに答えられると、また質問が飛び出す……といった具合に、これが本来の寺のあるべき姿と、もん太も嬉しく聞かせていただきました。

仏法讃嘆

次から次へと飛び出す質問に分かりやすく答えていただきました

間もなく行われる伏木の勝興寺の御満座では、夜を徹して法を語り合う「ご示談」というものがありましたが、今はなくなってしまいました。

世話役の方に聞いてみると、ご示談のなくなった理由は、表向きは平成の大改修で詰め所が確保できなくなったからと言っているが、実際は本山から勧学が来てくれなくなったから、ということでした。

勝興寺のご示談では、いろいろな浄土真宗の教義に関する質問が出され、それについて語り合うことがなされます。非常に素晴らしいご縁なのですが、その質問に答えられる真宗教学のプロである勧学が来てくれなくなった為、廃止されてしまったというのです。これは実に残念です。

その世話役の方のお話しによると、ご示談どころか、御満座の〝法話〟に近隣の布教使が来たがらない、という残念な実態もありました。勝興寺の御満座で法話に立つより、自坊の門徒まわりをした方が〝儲かる〟からだそうです。

かつては北陸一円に門徒がいた勝興寺でさえ、そういう状態ですから、真宗末寺の惨状はいうまでもありません。

しかし、廃寺寸前の状況から西本願寺から離脱し、浄土真宗の寺院の本来あるべき姿に立ち返った観勢寺では、このように法が語られています。その結果、新年の元旦から人が集まり、賑やかに寺のあるべき姿になっています。

最近では、近所の方もお参りに来られ、いろいろと助けていただくので感謝していると住職さん。

また、関西や北陸の真宗寺院からの相談も、ちらほらと来ているという話も聞きました。相談どころか、実際に観勢寺に視察に来られる住職さんもあるようです。しかも、そういう寺院が増加傾向ということに、もん太も驚かずにおれないのでした。

観勢寺さんは、いろいろと忙しくなると思うのですが、今年も悩める真宗寺院の為にも頑張っていただきたいと思うのでした。

ではでは。


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