もん太@射水市民です。
突然ですが、参議院議員選挙目前で皆さんも大いに盛り上がっていらっしゃるかと思います。開票作業は、W杯のパラグアイ戦の中継のような微妙な時間帯になるかと思いますので、支持政党&贔屓の候補者を徹夜で応援してみようぜ!!まあ、徹夜で応援したところで、投票は終わっちゃっているんですが……。
……で、消費税率やら何やらで各政党が各地で絶叫していらっしゃるわけですが、ちっちゃい日本で気がかりなのは食料自給率ですね。かなり、舶来ものの食料に頼っちゃっているので、いざという時など真っ先に絶滅するのが日本じゃないかと思いますので、もん太の家でもわずかなプランターで家庭菜園っぽいことをやっております。
基本的に、トマトやらキュウリ、ゴーヤ、ナスなど、全くヒネりのない夏野菜をわさわさと育てていたわけですが、トマトとかナスなんかは連作はタブーでございますし、キュウリなんかはうどんこ病にかかりまくってエライ目にあいました。そこで、プランターを休ませる意味も込めまして、昨年の夏はズバリ……、
大豆(枝豆)です。(裏番組としてモロヘイヤもやりましたがね)
実は、もん太は大豆萌えな人間でございまして、特に豆腐は溺愛しております。夏は冷奴、冬は湯豆腐というパーフェクトな献立が組めてしまうステキな食材!正直なところ、冬の鍋はほかに何が入っていなくても、豆腐さえ入っていれば超ゴキゲンですので、非常に安上がりに鍋を楽しむことができる生命体がもん太だったりします。
そんな大豆ですが、はたけくらぶさんに登場する師匠に教えを請いまして、玄米アミノ酸によるぼかしを作り、また、燻炭を土に混ぜ込むことで枝豆仕様にして栽培を開始!日照時間が短く、気温も上がらない中でもスクスクと育ちまして、無事に収穫することができました。スーパーで売っている冷凍ものの枝豆は「Made in China」ですが、実際に食べ比べてみて、格段の味の差を感じました。スーパーの冷凍枝豆は大粒だけど味がせず、もん太栽培の枝豆は小さくても濃厚な豆の味がして家族に大好評!
そういう実績から、両親からも枝豆を作れという指令がでましたので、無条件で従わなければ今晩の夕食が当たりません。早速、今年も枝豆栽培をすることになったんですが、今年の枝豆は昨年とちょっと違う。大豆は大豆でも黒大豆!何かの本で黒大豆の枝豆はウマイということを聞きましたので、試してみようと思ったのです。
滋賀県の親鸞学徒が栽培された無農薬の丹波黒豆を入手できたので、それから育てれば丹波黒豆の枝豆ということで更においしいんじゃないかとチャレンジしてみました。それにしても、黒豆の中では高級な丹波黒豆ですからね。土に埋めていくのが何やら勿体ない気がしましたが、これが何倍にもなるんですから、と言い聞かせて土を被せていきました。
いきなりプランターに蒔くことはせず、ポットに3粒くらいずつ蒔いていったんですが、油断していたら、あっという間にこの状態です。

丹波の黒豆をポットに蒔いたら伸び放題です
もともと小さなポットですからね。一気に狭くなりました。これはすぐにプランターに定植せねばとプランターを見てみると……、

プランターを増設しまくるも栽培しすぎて飽和状態の家庭農園
まずい。空いているプランターが1つもない!先に両親が植えたパプリカやらミニトマト、パセリ、サニーレタスなどが、わさわさと生えて飽和しておりました。
ちなみに、ポットの下を見てみると……、

黒豆も発育良すぎてポットの裏から根がはみ出す有様
黒豆が根を張りまくって、はみ出ております。ポットだけでは収容しきれない模様……。放っておけば、生育に影響が出ちゃうし。ああ、はたけくらぶがうらやましい!
この時、思ったのが「誰か、畑を貸してくれませんか」ということ。
種や苗があっても、それを蒔く畑がなければ、収穫はできません。
射水市には、太閤山ランドの隣に無償(?)で貸してくれる農園があります。もん太が親鸞会へ参詣させていただく際に、その農園の中の道路を通っていくのですが、たくさんの方々が利用されています。農家でない方が、自宅に農地を確保できない場合にこういうサービスがあると嬉しいですよね。もん太も本気で少しの区画を借りようかしらと思ったことがあります。
他にも最近流行りなのがオーナー制の水田や畑ですね。こちらは、都会暮らしの人が利用されるのが多いようですね。
いずれも、こうやって種を蒔く所を用意してくださるのはありがたいことですね。
種まきで思い出すのが、仏教の根幹である「因果の道理」。
幸福(善い結果)になりたければ、善い行為をしなさいと教えられています。つまり、善い種まきをしなさいということですね。
そこで、お釈迦さまが善い行いを6つにまとめて教えられたのが「六度万行」です。
- 布施……親切
- 持戒……言行一致
- 忍辱……忍耐
- 精進……努力
- 禅定……反省
- 智慧……修養
この6つを言います。
特に最初に教えられている「布施」は、親切をするということですが、大きく「法施」と「財施」に分けられます。
財は一代の宝、法は末代の宝
……と言われますように、この世だけの幸せであるお金や財産よりも、未来永遠の幸福になれる仏法を施す(伝える)ことは、一番すばらしいことです。
親鸞聖人は常に、
「更に親鸞珍しき法をも弘めず、如来の教法を、われも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」
と仰っています。如来の教法とは仏法ですから、親鸞聖人はそれまで誰も教えなかったことは教えられず、釈尊の説かれた仏教を私たちに教えていってくださったわけです。そして、親鸞会では朝晩の勤行の時に親鸞学徒常訓として、
「我ら親鸞学徒は 更に珍らしき法をも弘めず 親鸞聖人のみ教えを我も信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」
と唱和しています。親鸞聖人が仏法を説いていかれたわけですから、親鸞学徒もまた仏法を一人でも多くの方に施す以外に使命はないわけですね。ですから、最も素晴らしい布施行である法施を実践させていただけるのが親鸞会というわけです。
そして、仏法のために財施をさせていただくこともできるんですね。財施とは、財産を施すということでお金や物を人にあげることです。これは、自因自果で施しを受けた人よりも施しをした人が幸福になるのですから、お釈迦さまは財施を勧めていかれました。しかし、誰にでも施せばいいというものではありません。施す相手を三田と教えられました。詳しいことはぴょんたさんが解説されていますので「「布施(=親切)とは? 7」No.430」をご覧ください。
いろいろと施す相手がありますね。中でも仏法のために財施するのはとてもいいことと教えられます。蓮如上人は御一代記聞書に、
「世間へつかう事は、仏物を徒にする事よと、恐ろしく思うべし。さりながら、仏法の方へは、いかほど物を入れても飽かぬ道理なり。又報謝にもなるべし」と云々。
と「一切の物は仏法に活かせ」と教えられています。
仏法は、人生の目的を教えられ、その達成の道を教えられています。私たちが生きているのは、その目的1つの為ですから、その目的の為に使わせていただくのが最もよいのは当然のことですね。
そう考えますと、仏法の為に使わせていただこうと思っても、そのタネを蒔くところがないのは残念なことです。そういう財施をさせていただくご縁をいただけることは、田や畑を用意していただいていること。何倍もの幸せとなって返ってくるのですから、有り難いことです。
もん太は、家庭農園で大豆がありながら蒔く場所がなくて困りました。これでは、全く増やすことができません。
同じように、金や財がありながら、本当の幸福の為に使うご縁がなければ、これほど勿体ないことはありません。財施のご縁をいただけることは何とありがたいことではありませんか。
ではでは。