もん太@射水市民です。

日本全国おしなべて梅雨のようですが、富山県もご多分に漏れず梅雨真っ盛りです。ただ、昨日今日は快晴で非常に気持ちがいいわけですね。射水市から立山連峰が見えるくらいですから……。

そんなわけで、同朋の里の山を歩いてきたわけですが、千日回峯行ではありませんので、ご安心を……。

……で、以前にも同朋の里の山林ネタを書いたわけですが、非常に特徴のある木々とかエリアがあるんですね。先月行った北海道の美瑛は丘の町。丘にポツンと立っている木なんかに名前がついていて観光客はそれを巡っていくということがなされているようです。たとえば、下の写真は、

マイルドセブンの丘

美瑛の木などには名前がついているものが多い

マイルドセブンの丘

他にも、セブンスターの木ケンとメリーの木哲学の木親子の木……などなど。まあ、ちょっと変わった木々というだけで有名な場所になってしまうし、広い美瑛のランドマークにもなるので、こういうのはいいですね。

そこで、広いといえば、同朋の里ですね。特に同朋の里の半分を占める森の中を歩いていると杉木立が非常に綺麗でございます。

山道

同朋の里の山林を貫く山道。木漏れ日がまぶしい

ただ、まあ何と言いましょうか、木ばっかなので癖のある木なんかには名前をつけたら面白いのではないかと思ってみた。

苔むす倒木

道の脇には苔むした風情ある倒木がカッコいい

特にF館側の山道脇には、こんな倒木に苔がむしていてシダに覆われているので、屋久島というか知床のような気分になれるわけですが、こういう木々の向こうに見えたのがコレだ!

ナワウラの木

もん太命名の「ナワウラの木」縛られて痛そうです……

何か縛られて、しかも、食い込んでいて痛々しい木を発見!縛られている木も、縛っている太い蔓も生きていますので、縛り縛られの関係はまだまだ続きそうです。それにしても、この食い込みっぷり、若木の頃に絡まれ出して、そのまま成長したんでしょうね。歴史を感じます。

これを見て思ったのが、「ナワをうらむ泥棒」ですね。

仏教の根幹である因果の道理は、「善因善果、悪因悪果、自因自果」というもの。善い行いをすれば幸福が、悪い行いをすれば不幸になり、それらはすべて自分の行った行為によるというものですが、私たちは幸福になれば「自分の努力の賜物だ」とすんなりと認められますが、不幸になるととても「自分が悪いことをしたからだ」とは思えません。すぐさま犯人探しをして「アイツのせいだ!コイツのせいだ!」と因果の道理を否定する「他因自果」の心が出てきます。

そんな他因自果の愚かさを教えてくれるお話が「ナワをうらむ泥棒」です。

ある泥棒が捕まってナワでグルグル巻きにされて身動きができずに苦しんでいる。かなりキツく縛られているようで、ナワが肉に食い込んで痛くて仕方がない。

そこで泥棒は思った「オレが自由に動けず、痛い思いをして苦しんでいるのは、このナワのせいだ!」

果たして、この泥棒が苦しんでいるのはナワのせいだろうか?ナワはこの世にいくらでも存在する。親鸞会の聖地を護る聖地課の皆さんは、冬になると雪吊りのために大量のナワを手にして作業をしている。しかし、聖地課の皆さんがナワのせいで苦しんでいるとは聞いたことがない。また、富山湾に行けば海王丸という帆船がある、この帆船にもナワがいっぱい積んであるのだが、ナワに囲まれている乗員の方々がナワで苦しんでいると聞いたことがない。

この泥棒が苦しんでいるのは、縛っているナワではなく、ナワで縛られるような行為である盗みが原因であったのだ。盗みさえしなければ、泥棒の周囲にナワがいくらあっても苦しむことはないのだ。

この木を見ていて、そういう話を思い出した。

そこで、もん太が勝手に命名。

「ナワをうらむ泥棒の木」

う〜ん、ちょっと長いなと思ったので略して、

「ナワウラの木」

何となく、琉球語とかアイヌ語にありそうな感じになったんじゃない?屋久島とか知床半島にありそうな名前っぽいかな?「ナワドロの木」でもいいんじゃないでしょうか?まあ、無実の木に勝手にこんな不名誉な名前を付けるのもどうかと思いますが……。

まあ、もん太が勝手につけた名前で喜んでいるだけなので、正式名称ではございませんので、法友の皆さんに触れ回るのはご遠慮ください(汗)。皆さんもそれぞれに名前をつけて散策してみてはいかがでしょうか?愛嬌のある木々がいっぱいありますよ!

ではでは。

もん太@射水市民です。

長いようで実は短かった北海道ロケの日程が終わり、小樽港から新潟へとフェリーで戻ってきた。久しぶりに踏む本州の土。なにもかもが懐かしい……(?)

新潟に到着して、北陸自動車道で一路、富山へ!

ETC割引は土日などの一律1000円とか、通勤割引のイメージが強いが、平日の日中でも「平日昼間割引」として、走行距離100km未満なら3割引になるというありがたいものがある。100km走る一歩手前でICを出て、再び北陸道へ……という面倒くさいことをやって高速代を節約。まあ、こういう走り方は普通なのかインターネットのサイトでもETC100km検索サービスというものがあり、出発ICを入力すれば100km圏内のICが表示されるというスグレモノ。

この平日昼間割引でケチケチ走っていくと、親不知ICで一旦、下りることになる。

新潟といえば、親鸞聖人の流刑の地。当ブログでも以前に居多ヶ浜を起点として上越の御旧跡巡りをやったことがある。親不知といえば、親鸞聖人が居多ヶ浜に辿り着かれる前に歩かれた難所……ということで、すぐにICに入らず親不知を少々撮影してみた。

親不知は立山連峰がそのまま日本海に入り込んでいると言っても過言ではないほどの絶壁。海岸沿いを見ても広い砂浜なんぞ見当たらず、断崖絶壁の下は日本海という場所でした。

親不知

親不知の展望台から見た絶壁の海岸

昔の旅人は、この眼下の波打ち際を走って渡ったという。今日では想像できないほどの大波が、たえず襲うため、海岸線の岸壁には、一定間隔ごとに、身を潜める穴があった。

旅人は、波の合間をぬって疾走し、岩穴に飛びこむ。そして、波が引くと同時に、次の穴へ向けて全力で走る……。息をつく間もない。

市振から青海までの約15kmの海岸線を、この繰り返しで進むのだから、まさに、命がけだ。もし、走り遅れれば、一瞬にして海の藻屑と消えてしまう。

親は子を、子は親を顧みる余裕すらないので、この海岸を「親不知子不知(おやしらずこしらず)と呼ぶようになったという。

江戸時代の書物には、その有り様が生々しく描かれている。

「巨濤激浪間なく打ちよせて見るもの気を失い魂を消す。此間絶壁の岩根に大きなる穴ありて、或は五七間又は八九間にしておなじさまなる穴のいくつもあり。是を往来の旅人彼大浪の引を見合せ急に走りて其穴の中へ駆込ぬれば、はや跡より打よする巨濤岸壁へ打ちくるに汐烟いともすさまじく立のぼり走りおくれたるものは浪にふれて、忽大洋の藻屑と成れり(二十四輩順拝図会)」

そんなかつての命懸けの難所も高速道路が走り、簡単に通り抜けられる。そして、展望台から海岸線へと降りられる急な階段もあった。

親不知の階段

海岸沿いまで下ることのできる急な階段

写真をご覧になればお分かりかと思いますが、とても急で足をふんばっていかねば落ちていきそうな気がしてくる。そんな階段を降り切ると……、

親不知の海岸

親不知の海岸から新潟側を眺める

さすがに5月末というだけあって、冬の荒々しい日本海のような波ではなく穏やかな海ではあったが、そこに砂浜などはなく、荒々しい岸壁と海岸の間のわずかな土地は、大小さまざまの石で覆われていた。足元を気をつけていかねば、足首をひねってしまいそうなほど、足場が悪く、昔の旅人は、ここを走って通り抜けたと思うとゾッとする。穏やかな海でもちょっとしたしぶきがかかってくるのだ、波の激しい冬場など、生きて通り抜けられるのがおかしいくらいと思った。

親鸞聖人も、800年前、この「親不知子不知」の難所を走り抜けられたのだ。岩穴から岩穴へ、全力で……。

親不知の海岸

親不知の海岸から富山側を眺める

親鸞聖人の流刑の地、越後の御旧跡を巡ると、配所での流罪人としてのご苦労を偲ばずにおれない。そして、なぜ親鸞聖人が流刑にあわれたのかという原因を改めて知らねばならないと思った。

親鸞聖人が上越に流刑となられた時、お師匠さまの法然上人もまた四国の土佐に流刑となられた。世に知られる「承元の法難」である。

さて、この承元の法難はなぜ起きたのか……。いろいろと言われているが、本当の原因はお釈迦さまの教えの結論「一向専念無量寿仏」の強調であったことを知る人はどれだけあるだろうか?この承元の法難についての詳しいことが、つい最近、親鸞会公式サイトの中に史上最大の宗教弾圧「承元の法難」は1冊の本から起こったという特集記事が掲載されたので、そちらをご覧いただきたい。

史上最大の宗教弾圧と言われるくらいの大弾圧だったわけだが、法然上人はじめ、そのお弟子たちは死刑や流刑などにあっている。具体的なことはあの有名な「歎異抄」にも書かれているくらいだ。阿弥陀仏以外の仏や神を信じてはならないという釈尊の至上命令を純粋に護ったが故の大弾圧だが、そこまでして護らねばならないのが仏法ということが、よく分かる。

親鸞聖人のご和讃に、

五濁の時機いたりては
道俗ともにあらそいて
念仏信ずるひとをみて
疑謗破滅さかりなり (正像末和讃)

うのがある。

真実の仏法を伝えようとすれば、必ずや疑謗破滅が起きてくると仰っている。釈尊はじめ、七高僧、親鸞聖人、蓮如上人といった方々のご生涯を見てみてもよく分かる。最近、何かにつけインターネット上では、アンチサイトというものが存在し、匿名だからなのか心ない誹謗中傷がなされ、風評被害などが社会問題にもなっている。そういうことを聞くにつけ、それらの善知識方の時代にインターネットが存在したら、どれほど酷いことになっていたことかと案じられる。

親鸞聖人の肉食妻帯の断行などは、現在の不倫騒動並みのスクープとして書き込まれ、えげつないコメントで埋め尽くされていたに違いない。浄土真宗を日本最大の仏教教団にまでされた蓮如上人に至っては、首に賞金がかけられていたくらいだからお顔の写真がアップロードされ煽られていたに違いない。ご門徒が喜び喜び出された懇志によって建立された山科本願寺や石山本願寺などの聞法ドメインにつけても、どこにあんな金があるのか、きっと門徒から金を搾取して……と無責任な放言がなされていただろう。吉崎御坊の焼失にしても、心ないものからすれば、どんな憶測でものが言われるかすら分かったものではない。いずれにせよ無責任極まりないことなのだが、相当ひどいことが言われていたと案じられる。

極めつけは、一向専念無量寿仏の強調に対する反発が書き込まれたりするであろうということ。

そんな大弾圧を受けると分かりながら、なぜに歴代善知識は一向専念無量寿仏を強調されたのか。

ひとえに後生の一大事の解決一つのためのことなのだが、今の真宗界を見るにつけ、教えの要が抜けてしまっていることを嘆かずにおれない。

もん太@射水市民です。

最近どうも、ブログの話題が安定せず北海道ネタをやっていたかと思えば、射水市の同朋の里談義になったり、挙句の果てには自宅まで戻ってきてお風呂ネタになっている不安定な年頃です。

遅々として北海道ロケレポートが進みませんが、まあ、北海道はでっかいどうなので、ゆるりゆるりと進めていけたら幸甚です。

……で、北海道のド真ん中にある旭川での話題で終わっていたかと思います。

旭川18番館で一泊した明朝、旭山公園のエゾヤマザクラを激写した後、向かった先は、もちろん美瑛!!

北海道では隣町に行くだけでも気が遠くなる程、走らねばならないイメージなんですが、旭川から美瑛まではアッという間!美瑛と富良野は風景写真を撮るにはサイコーなんですよっっ!ぜひとも、美瑛で1日かけて撮りまくりたい……と思っていたので、旭山公園から美瑛へまっしぐらしましたよ。まあ、富良野はさらに走らねばならないので、美瑛に専念することにしました。

……が、晴天かと思いきや、案外、雲が多かったこの日。

前日のパッチワークの路以外にもパノラマロードも攻略しようと、新栄の丘の展望台へ足を運ぶ。赤い屋根の家が見える場所へ行くが……、

赤い屋根の家

美瑛には丘の至る所に木や家がポツンとあるのがイイ

この頃には、小雨も振り出して散々ですよ……。撮れてこのレベル。別の場所では……、

美瑛の丘

丘の向こうまで畝が続く。1つの畝がやたらデカイ!

こんな感じですね。真っ青な空のすがすがしさが全くない!それでも、やっぱり丘がすごいね。

富山県では考えられないほど大きなトラクターを運転して、この広大な農地をドンドン耕しておられました。畝の大きさがハンパじゃないんですよね。タマネギとかガンガン植えておられましたよ。

まあ、そんなこんなで雨が強くなってきたので、昼過ぎに標的を変えた。

天気が悪けりゃ、夜の勝負ぢゃ!

……ということで、美瑛から一気に小樽へと駆け抜ける!走行距離にして約200kmでごわす!!

ここまで北海道を走り続けていると、200kmが長く感じなくなる。これはマズイ。

そうして、小樽へとたどり着く。小樽といえば、小樽運河

小樽運河

小樽といったらやっぱり小樽運河!風情のある街でした

定番ではございますが、撮らせていただきましたよ。岸沿いのレンガ造りの倉庫はレストランとかになっていました。運河だけど、舟はないんだねぇ。ガス灯は昔からのままっぽかったです。

そうして、小樽の撮影を終えて、その日の宿泊場所である札幌18番館へ向かった!

……が札幌ってやたら広い。北海道って北の果てのイメージが強いんだけど、札幌って大都会じゃん。そりゃそうだ、政令指定都市だもん。富山県よりでかいよね。お陰で……、

道、迷いました。

札幌18番館のSさんに助けを求め、ナビしていただいて何とか到着。

Sさんお手製のシチューをご馳走になり、翌日の天気を見てみると「快晴」

翌日って、もうフェリーに乗って帰る日なんだよね……。めっちゃ腹立たしいんですが……。

それでも、札幌から小樽は近いので、少しでも桜が撮れるかしらとニュースを見てみると、

「桜はほとんど散ってしまいました。これから、ソメイヨシノが満開です」

……とのこと。

桜と聞けばソメイヨシノだと思っている内地(本州)の人間からすれば、札幌でのソメイヨシノのアウェイっぷりにはびっくりする。これからソメイヨシノが満開なら、これからが桜本番だと思ってしまうんですが、北海道では、エゾヤマザクラが散ってしまえば桜の時期が終わったことになるんでしょうね。まあ、そういうことらしいので、翌朝、札幌市内の某所へ行ってみた。

札幌のソメイヨシノ

札幌の某所ではソメイヨシノが満開でした

上の写真がソメイヨシノなのかどうなのか分からないくらいですが、まあ、満開でしたよ。

エゾヤマザクラ

もう、どれがエゾヤマザクラでソメイヨシノかすら分からん

こんな、枝垂れっぽい桜もありましたし……、

エゾヤマザクラ

多分、エゾヤマザクラじゃない?

こんな感じの桜もありました。

桜といえば、親鸞聖人のご出家の時に詠まれた歌ですね。

「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」

ご両親を亡くされて、無常を感じられて、わずか9歳でこのような歌を詠まれたとは、すごいことですね。

無常を観ずるは、菩提心の一なり

といわれます。

明日まで生きていられるという迷信を信じきっていますが、一息一息が後生と隣り合わせです。親鸞聖人のように、わが身の後生を真正面から見つめて光に向かって進ませていただきたいと思います。

ではでは。