もん太@射水市民です。
最近どうも、前口上が長ったらしいので、読まれる方の身にもなって考えてみたところ、とっとと本題に入った方が良さそうでございますので、とっとと本題に入っていきたいと思います。
親鸞聖人が、上越に遠流になられて居多ケ浜より御上陸なされた後、最初に住まわれたのが前回紹介させていただいた五智国分寺境内にある竹之内草庵ですね。その1年後に南へ約500m離れた小丸山にある「竹ケ前草庵(たけのさきそうあん)」に移住されました。つまり、流罪人は1年間だけ食糧が与えられ、それ以後は、自活しなければならなかったからではないか、と言われています。自ら、田畑を耕さねば生きていけなかったということなんですね。
流罪人という、権力者に束縛され自由のきかない立場でありながらも、ただじっと解放の日を待たれる聖人ではなく、越後への護送の道中さえ命がけで仏法を伝えられ、越後でもまた七不思議の伝説にあるようにご布教に飛び回られた聖人は、そのご布教の合間に、田畑を耕されたとは、ご苦労を偲ばずにおれません。
さて、この草庵跡は、昭和5年に本願寺国府別院と改称したらしい。別院とはいえ、もん太が知っている他の別院に比べると、やや小規模か。

竹ケ前草庵跡は現在、本願寺国府別院となっている
御坊を囲むように比較的高めの木々が立っている。

敷地の中心付近に「袈裟掛けの松」があった
その中に、上の写真なら右下の階段脇に、こんな看板があった。

「袈裟掛けの松」は平成3年に虫害で伐採されたそうな
本願寺 国府別院
承元元年(1207)、親鸞聖人は専修念仏停止の法難により、越後国府に御流になられた。聖人は居多ケ浜にご上陸になり、配所竹之内草庵で約1年間住まわれ、後に竹之前草庵のあったこの地に移られました。ここで恵信尼公との結婚生活を営み、在家の凡夫がそのまま救われる道を顕わされ、建保2年(1214)関東へ旅立たれるまで、この地でお念仏の教えを弘められました。ここは浄土真宗発祥の聖地というべき所です。
江戸時代に入るとこの配所跡に参拝の方が多くなり、文化2年(1805)当地の念仏者の熱意によって袈裟掛の松の聖地跡に現本堂が建立されました。
明治9年(1872)に小丸山別院と公称し、昭和5年(1930)に本願寺国府別院と改称しています。
(なお、袈裟掛の末は平成3年に虫害のため伐採)
……とのこと。
「袈裟掛けの松」というのが気になりますが、平成3年に伐採されるまでは、樹齢800年の大きな松があったらしい。親鸞聖人が、その松に袈裟をかけられて、御説法をされたことから「袈裟掛けの松」と呼ばれていたらしい。だが、「平成3年に虫害のため伐採」とあるから、松喰い虫か何かに枯らされてしまったんでしょう。
もん太が、行った時には「2代目」とされる新しい松が植えられていました。
日本の仏教寺院の多くは決まって、重要文化財とか国宝、世界文化遺産などに登録されているものが多く、国や地方自治体などの多額の予算をかけて維持管理され、また、その建造物などは自治体などが誇るシンボルとなるわけです。しかし、どれだけ大事にしても、五智国分寺本堂のように焼失するものもあれば、袈裟掛けの松のように虫害で伐採されるものもあります。
仏教寺院と言えば、聞法道場であり法城でありますから、大切に維持していくのは勿論大事です。しかし、寺院の最も護らねばならないのは一体何か?それは、真実の仏法以外にありません。つまり、「教え」であります。親鸞会館落慶の記念講演にて、高森顕徹先生はこのように仰いました。
「後生の一大事と比較するなら、こんな会館の百や二百、ものの数ではありません。マッチ一本で燃えてしまう。後生の一大事は、こんな会館の一万や二万ではない、大変なことなのです」
後生の一大事のあることと、その解決の道を教えられた真実の仏教を聴聞させていただくための聞法道場です。教えが説かれなければ、いかに大きく立派な寺院や会館があっても意味がないのです。文化財を守る以上の覚悟で親鸞聖人の正しい教えを護っていただきたいものです。
さて、その国府別院の本堂横には、ご多分に漏れず親鸞聖人の銅像が。

ここでも親鸞聖人の銅像が雨ざらしに……
せめて、屋根を設けるなどして雨風を防いでいただきたいものです。ちょっと、御尊顔が影になって拝見できませんので、日中シンクロで撮影してみたのがコレ。

風雪に耐え抜かれた厳しい御表情
越後の風雪に耐え抜かれた厳しい御表情の聖人のお顔でした。
また、他の御旧跡にはないもので、近くにこのようなものもありました。

居多ケ浜のご上陸場面も模型のような銅像になっていた
親鸞聖人がお弟子と居多ケ浜に御上陸なされた様子の立体群像です。「御流」という絵を元に制作されたものらしい。
折角なので、臨場感溢れるように、望遠レンズで圧縮効果を狙いつつアップで撮ってみたのがコレ。

臨場感を出そうと望遠でアップしてみました
背景がどことなく雑木林なので、居多ケ浜っぽくありませんね。どちらかといえば、山越えと言った方が正解かもしれません。そこで背景を変えてチャレンジしてみました。

う~ん、グッと臨場感が出たような気がします?
まあ、当時の御上陸の様子を再現してみようと思ったのですが、なかなか難しいようです。
では、今回はこれまでに……。