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	<title>ビジュアルで親鸞会を発信 &#187; なぜ生きる</title>
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	<description>射水市在住の親鸞学徒がつづる無農薬な日記</description>
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		<title>親鸞会の親鸞聖人750回忌法要レポート（３日目）</title>
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		<pubDate>Mon, 10 Oct 2011 14:59:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話]]></category>
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		<category><![CDATA[親鸞聖人７５０回忌]]></category>
		<category><![CDATA[高森顕徹]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 親鸞会の親鸞聖人750回忌法要もアッという間に最終日を迎えました。 グレーの空がデフォルトの富山県では、３日間連続で青空が広がるっていうのは１年に何回あるかというものですが、この法要の期間中は、ものの見事に青空が親鸞会を覆っていました。 世間では、３連休ということで、３日間連続で快晴ならば文句なしの「行楽日和」と喜ばれることでしょうが、親鸞会とご縁があって人生の目的は阿弥陀仏に救われて往還二廻向をいただく事だとハッキリ知らされた親鸞学徒は、３日間じっくりと聴聞と信心の沙汰という充実した３連休を過ごさせていただきました♪ 午前中は、１日目と２日目に高森顕徹先生より聞かせていただいた御臨末の御書のご説法への質問に答えていただく座談会でした。１問の質問でしたが、たった１問の質問にも懇切丁寧に答えてくださったので残りは今後の二千畳座談会で……ということで終了。 その後は、二千畳に世界の親鸞会の法友が集っての会食です。 会食でいただいたのは……、 コダワリのあんしん弁当！ 実においしゅうございました。 この会食でもん太がすこぶる感動したのが、箸の文化のないアメリカやブラジル、イギリスなどの法友が実に上手に箸を使って食事していたことですね。やはり、過去世は日本人だったのかもしれません。過去世からの仏縁というものを感じたような感じなかったようなご縁でした。 会食中は、親鸞会の親鸞聖人750回忌法要の初日午後に行われた同朋の里での法輪の様子をビデオで撮ってあったので、それを大映像で上映。うっかり自分が映っていた人なんかは照れ笑い。もん太も、お尻が映っていました。これまた大映像で失礼しました。 その後は、２名の法友が体験発表をし、フィナーレ。 ビデオ上映がなされ、 万雷の拍手で親鸞会の親鸞聖人750回忌法要は幕を閉じました。 名残惜しいですが、世界から集った親鸞会の法友は「いざ往かん　ただまっしぐら　無上道　輝く本道　祖師の御教え」を誓って各地へと帰って行かれました。 もん太は、４月に西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要に、親鸞会と同様に３日間行ってきましたが、同じ３日間でもここまで違うものかと思わずにおれませんでした。 西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要では、わずか10分ほどの十劫安心で固められた説教を聞かされ、その後、延々と宗祖讃仰作法を行い、門首と新門より５分あるかないかという「お言葉」を聞かされます。たとえ短い話であっても、親鸞聖人の明らかにされた往還二廻向を今生の一念で頂く事を話せば参拝した甲斐があるものを、十劫安心でお念仏の毎日を過ごさせていただきましょうという話や、被災地の皆さんに寄り添って……という話の、どこが浄土真宗でしょうか？ 東日本大震災で被災された皆さんに「前に向かって進もう」と言うものの、前とはどこか？それを明らかにできるのは浄土真宗しかないのに、前がどこか明らかにされずに寄り添うだけでは、何の為の親鸞聖人750回大遠忌法要か分かりません。高森顕徹先生は、小矢部会館の落慶で平生業成が明らかにされなければ親鸞聖人750回忌と盛大にやっても親鸞聖人が泣いていらっしゃると言われました。 親鸞会の親鸞聖人750回忌法要こそ、祖師聖人の喜ばれる750回忌であったのだと確信いたしました。 ではでは。 親鸞会の親鸞聖人750回忌法要レポート（３日目） is a post from: ビジュアルで親鸞会を発信<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/10/750kaiki-6/">親鸞会の親鸞聖人750回忌法要レポート（３日目）</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>親鸞会の<span style="color: #ff0000;"><strong>親鸞聖人750回忌法要</strong></span>もアッという間に最終日を迎えました。</p>
<p>グレーの空がデフォルトの富山県では、３日間連続で青空が広がるっていうのは１年に何回あるかというものですが、この法要の期間中は、ものの見事に青空が親鸞会を覆っていました。</p>
<div id="attachment_5839" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-1.jpg" alt="参詣者（Photo by 親鸞会）" title="参詣者（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5839" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の親鸞聖人750回忌法要の３日目も無事に晴れました♪</p></div>
<p>世間では、３連休ということで、３日間連続で快晴ならば文句なしの<span style="color: #ff00ff;"><strong>「行楽日和」</strong></span>と喜ばれることでしょうが、親鸞会とご縁があって人生の目的は阿弥陀仏に救われて往還二廻向をいただく事だとハッキリ知らされた親鸞学徒は、３日間じっくりと聴聞と信心の沙汰という充実した３連休を過ごさせていただきました♪</p>
<p>午前中は、１日目と２日目に高森顕徹先生より聞かせていただいた御臨末の御書のご説法への質問に答えていただく座談会でした。１問の質問でしたが、たった１問の質問にも懇切丁寧に答えてくださったので残りは今後の二千畳座談会で……ということで終了。</p>
<p>その後は、二千畳に世界の親鸞会の法友が集っての会食です。</p>
<div id="attachment_5840" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-2.jpg" alt="会食（Photo by 親鸞会）" title="会食（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5840" /><p class="wp-caption-text">座談会の後には世界の親鸞会の法友と会食でした♪</p></div>
<p>会食でいただいたのは……、</p>
<div id="attachment_5841" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-3.jpg" alt="あんしん弁当（Photo by 親鸞会）" title="あんしん弁当（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5841" /><p class="wp-caption-text">会食のお弁当は、素材にも味にもこだわっているあんしん弁当！</p></div>
<p>コダワリの<span style="color: #ff0000;"><strong><span style="font-size: medium;">あんしん弁当！</span></strong></span></p>
<p>実においしゅうございました。</p>
<p>この会食でもん太がすこぶる感動したのが、箸の文化のないアメリカやブラジル、イギリスなどの法友が実に上手に箸を使って食事していたことですね。やはり、過去世は日本人だったのかもしれません。過去世からの仏縁というものを感じたような感じなかったようなご縁でした。</p>
<p>会食中は、親鸞会の親鸞聖人750回忌法要の初日午後に行われた同朋の里での法輪の様子をビデオで撮ってあったので、それを大映像で上映。うっかり自分が映っていた人なんかは照れ笑い。もん太も、お尻が映っていました。これまた大映像で失礼しました。</p>
<p>その後は、２名の法友が体験発表をし、フィナーレ。</p>
<div id="attachment_5842" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-4.jpg" alt="フィナーレ（Photo by 親鸞会）" title="フィナーレ（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5842" /><p class="wp-caption-text">フィナーレで親鸞会の親鸞聖人750回忌法要も幕を閉じました</p></div>
<p>ビデオ上映がなされ、</p>
<div id="attachment_5843" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-5.jpg" alt="フィナーレで拍手（Photo by 親鸞会）" title="フィナーレで拍手（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5843" /><p class="wp-caption-text">フィナーレのビデオ上映に感動！拍手が鳴り止みませんでした</p></div>
<p>万雷の拍手で親鸞会の親鸞聖人750回忌法要は幕を閉じました。</p>
<p>名残惜しいですが、世界から集った親鸞会の法友は<span style="color: #0000ff;"><strong>「いざ往かん　ただまっしぐら　無上道　輝く本道　祖師の御教え」</strong></span>を誓って各地へと帰って行かれました。</p>
<div id="attachment_5844" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-6.jpg" alt="帰宅風景（Photo by 親鸞会）" title="帰宅風景（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5844" /><p class="wp-caption-text">ただまっしぐらに無上道を進むことを誓い帰路につく法友</p></div>
<p>もん太は、４月に西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要に、親鸞会と同様に３日間行ってきましたが、同じ３日間でもここまで違うものかと思わずにおれませんでした。</p>
<div id="attachment_5845" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-7.jpg" alt="正本堂（Photo by 親鸞会）" title="正本堂（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5845" /><p class="wp-caption-text">親鸞会では東西本願寺はじめ真宗十派とは全く違う750回忌でした</p></div>
<p>西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要では、わずか10分ほどの十劫安心で固められた説教を聞かされ、その後、延々と宗祖讃仰作法を行い、門首と新門より５分あるかないかという「お言葉」を聞かされます。たとえ短い話であっても、親鸞聖人の明らかにされた往還二廻向を今生の一念で頂く事を話せば参拝した甲斐があるものを、十劫安心でお念仏の毎日を過ごさせていただきましょうという話や、被災地の皆さんに寄り添って……という話の、どこが浄土真宗でしょうか？</p>
<p>東日本大震災で被災された皆さんに「前に向かって進もう」と言うものの、前とはどこか？それを明らかにできるのは浄土真宗しかないのに、前がどこか明らかにされずに寄り添うだけでは、何の為の親鸞聖人750回大遠忌法要か分かりません。高森顕徹先生は、小矢部会館の落慶で平生業成が明らかにされなければ親鸞聖人750回忌と盛大にやっても親鸞聖人が泣いていらっしゃると言われました。</p>
<div id="attachment_5846" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/231010-8.jpg" alt="夜景（Photo by 親鸞会）" title="夜景（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5846" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の親鸞聖人750回忌法要の後には月が美しかったですね</p></div>
<p>親鸞会の親鸞聖人750回忌法要こそ、祖師聖人の喜ばれる750回忌であったのだと確信いたしました。</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/10/750kaiki-6/">親鸞会の親鸞聖人750回忌法要レポート（３日目）</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>親鸞会の小矢部会館で遷仏会と落慶式でした</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Sep 2011 14:59:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[富山県]]></category>
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		<category><![CDATA[聞法ドメイン]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会]]></category>
		<category><![CDATA[高森顕徹]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 昨日の午後は、親鸞会でテレビ座談会が勤められ、『なぜ生きる』についての質問に高森顕徹先生に答えていただきました。大講堂で聞法された方は、正本堂の正面に目前に迫った親鸞会の親鸞聖人750回忌法要の装飾が掲げられていたのをチェックされましたか？ 実は後日、両側の大柱には、統一テーマの垂れ幕も付けられるそうですよ！これまた、楽しみですね。 それで、そのテレビ座談会の後半が始まる時に、いつものように司会者から各拠点へ接続の確認をされますが、その時に何やら気になる会場名と会話がなされていたかと思います。 そう、 小矢部会館ですね。 ちょっと前に親鸞会の能登会館が落慶したかと思いますが、何と富山県の小矢部市に小矢部会館が落慶しました！ そして、その「遷仏会および落慶式」が午前中に行われ、午後にメイン会場となってテレビ座談会も行われたわけですね。 ……で、その記念すべき行事に、もん太もご縁がありましたので、コッソリとリポートしてみたいと思います。 親鸞会の小矢部会館は、鉄筋コンクリート造のガッチリした建造物で２階建てです。車の乗降もできるキャノピーもあり、雨の多い富山県としては大層ありがたいものでございます。そのキャノピーの柱には、軽く2mを超える大きな立て看板が設置されておりました。 さて、親鸞会では全国的に「私の地元にも会館が欲しい！」と切望する法友が力を合わせて会館を建立する熱が高まっておりますが、新しく会館が落慶したら気になるのが、お仏壇の上の書です。 これは、親鸞会の各会館ごとに異なり、同朋の里F館なら「願力無窮」、能登会館なら「本願他力」だったかと思いますが、さて、小矢部会館はどうなったのでしょう？ 「大悲願海」でした！ そして、本堂の後方には、親鸞会の二千畳と同じく「無上道」が掲げられると聞いております。そういえば、能登会館もご多分に漏れずに「無上道」でしたね。ただ、二千畳の「無上道」が「無と道」と読めないこともない筆跡だったかと思いますが、その辺の書き方も気になりますね。では、小矢部会館は、どんな筆跡なのでしょうか？ う〜ん、無上道ですね。うっかり「無と道」と読まずに済みそうなほど「無上道」でございます。 さて、新羅会の小矢部会館の遷仏会および落慶式は、親鸞聖人の正信偈の勤行から始まりました。 そして、親鸞会からの祝辞が、法友の皆さんの前で読み上げられました。 感極まってすすり泣く声も聞こえて参りました。改めて、小矢部の皆さんの会館落慶への思いが伝わってくるようでした。 更に、この後は２名の法友による決意発表がなされました。 親鸞会に小矢部会館が落慶し、すでに、地元では話題になっております。小矢部会館の前を通り過ぎる車も、チラチラと見ていきますし、中には徐行して通りすぎていく人もおられました。 寺には教えがなく溢れている真宗難民が、ここ小矢部会館では正しい親鸞聖人の教えを聞くことができます。 小矢部がますます熱くなりそうです！ ではでは。 親鸞会の小矢部会館で遷仏会と落慶式でした is a post from: ビジュアルで親鸞会を発信<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/09/oyabe-4/">親鸞会の小矢部会館で遷仏会と落慶式でした</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>昨日の午後は、親鸞会でテレビ座談会が勤められ、『なぜ生きる』についての質問に高森顕徹先生に答えていただきました。大講堂で聞法された方は、正本堂の正面に目前に迫った親鸞会の<span style="color: #ff0000;"><strong>親鸞聖人750回忌法要</strong></span>の装飾が掲げられていたのをチェックされましたか？</p>
<div id="attachment_5745" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-1.jpg" alt="正本堂（Photo by 親鸞会）" title="正本堂（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5745" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の親鸞聖人750回忌法要の装飾が一区切りついていた</p></div>
<p>実は後日、両側の大柱には、統一テーマの垂れ幕も付けられるそうですよ！これまた、楽しみですね。</p>
<p>それで、そのテレビ座談会の後半が始まる時に、いつものように司会者から各拠点へ接続の確認をされますが、その時に何やら気になる会場名と会話がなされていたかと思います。</p>
<p>そう、</p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong><span style="font-size: x-large;">小矢部会館</span></strong></span>ですね。</p>
<p>ちょっと前に親鸞会の能登会館が落慶したかと思いますが、何と富山県の小矢部市に小矢部会館が落慶しました！</p>
<div id="attachment_5746" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-2.jpg" alt="小矢部会館（Photo by 親鸞会）" title="小矢部会館（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5746" /><p class="wp-caption-text">地元でかなり話題になっている親鸞会の小矢部会館が落慶したぞ！</p></div>
<p>そして、その<span style="color: #0000ff;"><strong>「遷仏会および落慶式」</strong></span>が午前中に行われ、午後にメイン会場となってテレビ座談会も行われたわけですね。</p>
<p>……で、その記念すべき行事に、もん太もご縁がありましたので、コッソリとリポートしてみたいと思います。</p>
<div id="attachment_5747" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-3.jpg" alt="小矢部会館の落慶看板（Photo by 親鸞会）" title="小矢部会館の落慶看板（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5747" /><p class="wp-caption-text">玄関には「祝 小矢部会館落慶」の看板が立っていた</p></div>
<p>親鸞会の小矢部会館は、鉄筋コンクリート造のガッチリした建造物で２階建てです。車の乗降もできるキャノピーもあり、雨の多い富山県としては大層ありがたいものでございます。そのキャノピーの柱には、軽く2mを超える大きな立て看板が設置されておりました。</p>
<p>さて、親鸞会では全国的に<span style="color: #ff6600;"><strong>「私の地元にも会館が欲しい！」</strong></span>と切望する法友が力を合わせて会館を建立する熱が高まっておりますが、新しく会館が落慶したら気になるのが、お仏壇の上の書です。</p>
<p>これは、親鸞会の各会館ごとに異なり、同朋の里F館なら<span style="color: #800080;"><strong>「願力無窮」</strong></span>、能登会館なら<span style="color: #800080;"><strong>「本願他力」</strong></span>だったかと思いますが、さて、小矢部会館はどうなったのでしょう？</p>
<div id="attachment_5748" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-4.jpg" alt="大悲願海（Photo by 親鸞会）" title="大悲願海（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5748" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の各会館で異なるお仏壇の上の書は「大悲願海」でした</p></div>
<p><span style="color: #800080;"><strong><span style="font-size: x-large;">「大悲願海」</span></strong></span>でした！</p>
<p>そして、本堂の後方には、親鸞会の二千畳と同じく「無上道」が掲げられると聞いております。そういえば、能登会館もご多分に漏れずに「無上道」でしたね。ただ、二千畳の「無上道」が「無と道」と読めないこともない筆跡だったかと思いますが、その辺の書き方も気になりますね。では、小矢部会館は、どんな筆跡なのでしょうか？</p>
<div id="attachment_5749" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-5.jpg" alt="無上道（Photo by 親鸞会）" title="無上道（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5749" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の各会館で共通している本堂後方の書は「無上道」です</p></div>
<p>う〜ん、無上道ですね。うっかり「無と道」と読まずに済みそうなほど「無上道」でございます。</p>
<p>さて、新羅会の小矢部会館の遷仏会および落慶式は、親鸞聖人の正信偈の勤行から始まりました。</p>
<div id="attachment_5750" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-6.jpg" alt="勤行（Photo by 親鸞会）" title="勤行（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5750" /><p class="wp-caption-text">遷仏会および落慶式は、正信偈の勤行で始まりました</p></div>
<p>そして、親鸞会からの祝辞が、法友の皆さんの前で読み上げられました。</p>
<div id="attachment_5751" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-7.jpg" alt="祝辞（Photo by 親鸞会）" title="祝辞（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5751" /><p class="wp-caption-text">法友の前で親鸞会からの祝辞が読み上げられました</p></div>
<p>感極まってすすり泣く声も聞こえて参りました。改めて、小矢部の皆さんの会館落慶への思いが伝わってくるようでした。</p>
<p>更に、この後は２名の法友による決意発表がなされました。</p>
<div id="attachment_5752" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/10/230930-8.jpg" alt="決意発表（Photo by 親鸞会）" title="決意発表（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5752" /><p class="wp-caption-text">２人の法友が、決意発表をされ大いに盛り上がりました</p></div>
<p>親鸞会に小矢部会館が落慶し、すでに、地元では話題になっております。小矢部会館の前を通り過ぎる車も、チラチラと見ていきますし、中には徐行して通りすぎていく人もおられました。</p>
<p>寺には教えがなく溢れている真宗難民が、ここ小矢部会館では正しい親鸞聖人の教えを聞くことができます。</p>
<p>小矢部がますます熱くなりそうです！</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/09/oyabe-4/">親鸞会の小矢部会館で遷仏会と落慶式でした</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>親鸞会のテレビ座談会で全てを生かす「なぜ生きる」を知る</title>
		<link>http://www.keyrose.net/2011/09/naze-ikiru/</link>
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		<pubDate>Thu, 01 Sep 2011 08:24:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ生きる]]></category>
		<category><![CDATA[テレビ座談会]]></category>
		<category><![CDATA[富山県観光]]></category>
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		<category><![CDATA[親鸞聖人７５０回忌]]></category>
		<category><![CDATA[高森顕徹]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 昨日の午後は、親鸞会でテレビ座談会が行われ『なぜ生きる』についての質問に高森顕徹先生に答えていただきました。 今回は『なぜ生きる』の146ページに、 世人薄俗にして、共に不急の事を諍う（『大無量寿経』） 「世の中の人は、目先のことばかりに心をうばわれて、無明の闇を破る人生の大事を知らない」 釈尊の警鐘乱打である。 ……とありますが、そうは教えていただいても目先の事に心が奪われてしまうので、どうしたらいいのかという質問でした。 まさしく、このことについて答えているのが釈迦一代の教えであり、これを分からせるために釈迦は仏教を説かれました。 ですから、この質問を言いかえれば「なぜ仏教を聞かなければならないのか」ということになると教えていただきました。 私たちが毎日考えている事は、すべて「どう生きる」ということです。政治や科学や医学や芸術やスポーツなど、全てが「どう生きる」ということですが、これらの一切は、私たちがこの世を去らなければならない時には間に合わなくなります。私たちの人生は長くても100年ちょっとですが、悠久の過去から永遠の未来の時を思うと、本当に瞬間的な事です。 あるサイトで、宇宙が誕生してから現在までを１年間にしてみると、それぞれの出来事が何月何日の何時何分何秒になるのかということを計算したものがありました。現在の科学では、とりあえず宇宙が誕生したのは137億年前だそうです。そこから主だったものを計算してみると、 ８月にやっと地球が誕生だそうです。 更に、単細胞の原始生命が誕生するのが９月中旬。 ５億年前に魚類が誕生したんですが、それが12月18日。 ２億年前に哺乳類と鳥類が誕生しますが、それが12月26日。すでに、年賀状の投函リミットは過ぎているような気がします。 400万年前にアウストラロピテクスのような人類が誕生しますが、すでに12月31日の21時30分です。大晦日に紅白見ている時間ですね。もん太の場合は、書き切れなかった年賀状を必死に書いている頃かと思います。 １万年前に縄文時代が始まりますが、12月31日の23時59分37秒とのこと。除夜の鐘も鳴り響いております。 そして、その記事を書いた人が生まれたのがどれくらいになるのかというと、12月31日23時59分59.945秒になるらしいです。もう年越しの瞬間と言ってもいいくらいです。瞬きをする間もないとは、まさにこの事でしょう。この人が生まれてから、この記事を書くまでの人生は、まさに0.055秒。徳川300年の歴史なんて言っても0.58秒で終わってしまいます。 実際の時間で１日しか生きられないカゲロウや、地上に出て１週間で死んでいくセミを見ると、何と短命な……と思いますが、カゲロウやセミからしてみれば、そうは思っていないでしょう。人生80年と言えば長いようですが、よく考えてみれば瞬間的なことなんですね。 そんな瞬間的な人生で「どう生きる」に必死になっている私たちに釈迦は「不急の事を諍う」と仰ったんですね。 では、「どう生きる」を「不急」と言われるのなら何を急げと言われるのでしょうか？それが「なぜ生きる」ということなんですね。言いかえれば「人生の目的」です。 私たちが生きることは、飛行機ならば飛ぶことに例えられるでしょう。私たちが生まれた時が、飛行機が飛び立った時ということになります。 飛び立った飛行機は永遠に飛び続けられるわけではなく、燃料が無くなれば飛ぶ事ができなくなります。まさしく、この有限の燃料は私たちの人生ならば寿命でしょう。燃料が切れるまで飛び続けられる事は、寿命が尽きるまで生き続けられるということですね。 この有限の燃料を積んだ飛行機にとって最も大事な事は何かと言えば、安全に着陸すべき目的地である空港があるかどうかということですね。そして、空港を飛び立つ飛行機には必ず目的地があります。 しかし、目的地がなかったらどうでしょう？離陸するにはしたけど、燃料が尽きるまで一生懸命に飛ぶだけ。そんな飛行機には安心して乗っていられないですし、そんな飛行機の中で、機内食や映画、景色を楽しむ事は不可能です。そのフライトを楽しむ手段である機内食や映画、景色は私たちの人生で言えば、政治や経済、科学、医学、芸術、スポーツといった全ての営みです。 いくら燃料が満タンの飛行機であったとしても、目的地のない飛行機に乗っている限り、必ず燃料切れとなるわけですから、そんな飛行機の中で、それらのことに心を奪われて楽しんでいる乗客がいたとしたら、その人は間違いなくバカ者と言えますね。 しかし、目的地さえハッキリとしていれば、それらの一切はフライトを楽しむ重要な要素であり、いずれも充実させる必要がありますし、また、飛行機の性能も良くする意味が出てきます。 私たちの人生はどうでしょうか？いずれ必ず尽きる寿命であることは明らかなのに、その事を忘れて金が儲かった、損した。家が建った、結婚した……と「どう生きる」ばかりに目を奪われています。最も大切な「なぜ生きる」ということが全く論じられていません。そのことを忘れた「どう生きる」に意味があるでしょうか？「なぜ生きる」がハッキリしてこそ「どう生きる」が生きるということが、よく分かりました。 その「なぜ生きる」は今生で果たす事ができることを明らかにされたのが親鸞聖人ですが、浄土真宗と名乗っている者でさえ、そのことを知りません。東西本願寺などで親鸞聖人750回忌と言っては大勢の人を集めていますが、全く「なぜ生きる」が説かれていません。親鸞会でしか聞けないことと知らされます。 この最も大切な「なぜ生きる」を伝える事が、親鸞会の私たちの使命と奮起せずにおれませんでした。 ……それにしても。 今回の写真は以前に、もん太が撮影した富山空港に離着陸する旅客機でございますが、着陸する飛行機が神通川に不時着する飛行機にしか見えないのでございます。 まあ、富山空港が神通川の河川敷にある珍しい空港なのでやむを得ないのですが……。そんな富山空港でも、目的地になっていれば乗客はフライトを楽しめるんですね。 親鸞会に参詣される方の中には、富山空港を利用される方も多いと聞きますが、実はもん太は富山空港を利用した事がありません。この河川敷の上を飛ぶ感覚って、どうなんでしょ？……ということで、親鸞会に来られる時には、たまに貴重な体験をしてみてはいかが？ そんな富山の八尾では、今日から３日まで「越中おわら風の盆」が行われます。 台風が近づいているので、中止にならないか心配なのですが、今度の日曜日に親鸞会に参詣される皆さん。昼も夜も真夜中もやっていますので、ついでに見に行かれてはいかがでしょう？ ではでは。 親鸞会のテレビ座談会で全てを生かす「なぜ生きる」を知る is a post from: ビジュアルで親鸞会を発信<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/09/naze-ikiru/">親鸞会のテレビ座談会で全てを生かす「なぜ生きる」を知る</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>昨日の午後は、親鸞会でテレビ座談会が行われ<span style="color: #ff0000;"><strong>『なぜ生きる』</strong></span>についての質問に高森顕徹先生に答えていただきました。</p>
<p>今回は『なぜ生きる』の146ページに、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000; background-color: #ffff99;"><strong>世人薄俗にして、共に不急の事を諍う（『大無量寿経』）</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>「世の中の人は、目先のことばかりに心をうばわれて、無明の闇を破る人生の大事を知らない」</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>釈尊の警鐘乱打である。</strong></span></p>
<p>……とありますが、そうは教えていただいても目先の事に心が奪われてしまうので、どうしたらいいのかという質問でした。</p>
<p>まさしく、このことについて答えているのが釈迦一代の教えであり、これを分からせるために釈迦は仏教を説かれました。</p>
<p>ですから、この質問を言いかえれば<span style="color: #ff0000;"><strong>「なぜ仏教を聞かなければならないのか」</strong></span>ということになると教えていただきました。</p>
<p>私たちが毎日考えている事は、すべて「どう生きる」ということです。政治や科学や医学や芸術やスポーツなど、全てが「どう生きる」ということですが、これらの一切は、私たちがこの世を去らなければならない時には間に合わなくなります。私たちの人生は長くても100年ちょっとですが、悠久の過去から永遠の未来の時を思うと、本当に瞬間的な事です。</p>
<p>あるサイトで、宇宙が誕生してから現在までを１年間にしてみると、それぞれの出来事が何月何日の何時何分何秒になるのかということを計算したものがありました。現在の科学では、とりあえず宇宙が誕生したのは137億年前だそうです。そこから主だったものを計算してみると、</p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong><span style="font-size: medium;">８月にやっと地球が誕生</span></strong></span>だそうです。</p>
<p>更に、単細胞の原始生命が誕生するのが９月中旬。</p>
<p>５億年前に魚類が誕生したんですが、それが12月18日。</p>
<p>２億年前に哺乳類と鳥類が誕生しますが、それが12月26日。すでに、年賀状の投函リミットは過ぎているような気がします。</p>
<p>400万年前にアウストラロピテクスのような人類が誕生しますが、すでに12月31日の21時30分です。大晦日に紅白見ている時間ですね。もん太の場合は、書き切れなかった年賀状を必死に書いている頃かと思います。</p>
<p>１万年前に縄文時代が始まりますが、12月31日の23時59分37秒とのこと。除夜の鐘も鳴り響いております。</p>
<p>そして、その記事を書いた人が生まれたのがどれくらいになるのかというと、12月31日23時59分59.945秒になるらしいです。もう年越しの瞬間と言ってもいいくらいです。瞬きをする間もないとは、まさにこの事でしょう。<strong><span style="font-size: medium; color: #3366ff;">この人が生まれてから、この記事を書くまでの人生は、まさに0.055秒。</span></strong>徳川300年の歴史なんて言っても0.58秒で終わってしまいます。</p>
<p>実際の時間で１日しか生きられないカゲロウや、地上に出て１週間で死んでいくセミを見ると、何と短命な……と思いますが、カゲロウやセミからしてみれば、そうは思っていないでしょう。人生80年と言えば長いようですが、よく考えてみれば瞬間的なことなんですね。</p>
<p>そんな瞬間的な人生で「どう生きる」に必死になっている私たちに釈迦は<span style="color: #ff0000;"><strong>「不急の事を諍う」</strong></span>と仰ったんですね。</p>
<p>では、「どう生きる」を「不急」と言われるのなら何を急げと言われるのでしょうか？それが<span style="color: #ff0000;"><strong>「なぜ生きる」</strong></span>ということなんですね。言いかえれば<span style="color: #ff0000;"><strong>「人生の目的」</strong></span>です。</p>
<p>私たちが生きることは、飛行機ならば飛ぶことに例えられるでしょう。私たちが生まれた時が、飛行機が飛び立った時ということになります。</p>
<div id="attachment_5363" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/09/230901-1.jpg" alt="離陸する飛行機（Photo by 親鸞会）" title="離陸する飛行機（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5363" /><p class="wp-caption-text">富山空港から離陸する飛行機すべてに目的地がハッキリしている</p></div>
<p>飛び立った飛行機は永遠に飛び続けられるわけではなく、燃料が無くなれば飛ぶ事ができなくなります。まさしく、この有限の燃料は私たちの人生ならば寿命でしょう。燃料が切れるまで飛び続けられる事は、寿命が尽きるまで生き続けられるということですね。</p>
<p>この有限の燃料を積んだ飛行機にとって最も大事な事は何かと言えば、安全に着陸すべき目的地である空港があるかどうかということですね。そして、空港を飛び立つ飛行機には必ず目的地があります。</p>
<div id="attachment_5364" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/09/230901-2.jpg" alt="着陸する飛行機（Photo by 親鸞会）" title="着陸する飛行機（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5364" /><p class="wp-caption-text">目的地が小さな空港でも、安全に着陸できればフライトは楽しめる</p></div>
<p>しかし、目的地がなかったらどうでしょう？離陸するにはしたけど、燃料が尽きるまで一生懸命に飛ぶだけ。そんな飛行機には安心して乗っていられないですし、そんな飛行機の中で、機内食や映画、景色を楽しむ事は不可能です。そのフライトを楽しむ手段である機内食や映画、景色は私たちの人生で言えば、政治や経済、科学、医学、芸術、スポーツといった全ての営みです。</p>
<p>いくら燃料が満タンの飛行機であったとしても、目的地のない飛行機に乗っている限り、必ず燃料切れとなるわけですから、そんな飛行機の中で、それらのことに心を奪われて楽しんでいる乗客がいたとしたら、その人は間違いなくバカ者と言えますね。</p>
<p>しかし、目的地さえハッキリとしていれば、それらの一切はフライトを楽しむ重要な要素であり、いずれも充実させる必要がありますし、また、飛行機の性能も良くする意味が出てきます。</p>
<p>私たちの人生はどうでしょうか？いずれ必ず尽きる寿命であることは明らかなのに、その事を忘れて金が儲かった、損した。家が建った、結婚した……と「どう生きる」ばかりに目を奪われています。最も大切な「なぜ生きる」ということが全く論じられていません。そのことを忘れた「どう生きる」に意味があるでしょうか？「なぜ生きる」がハッキリしてこそ「どう生きる」が生きるということが、よく分かりました。</p>
<p>その「なぜ生きる」は今生で果たす事ができることを明らかにされたのが親鸞聖人ですが、浄土真宗と名乗っている者でさえ、そのことを知りません。東西本願寺などで親鸞聖人750回忌と言っては大勢の人を集めていますが、全く「なぜ生きる」が説かれていません。親鸞会でしか聞けないことと知らされます。</p>
<p>この最も大切な「なぜ生きる」を伝える事が、親鸞会の私たちの使命と奮起せずにおれませんでした。</p>
<p>……それにしても。</p>
<div id="attachment_5365" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/09/230901-3.jpg" alt="富山空港に着陸する飛行機（Photo by 親鸞会）" title="富山空港に着陸する飛行機（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5365" /><p class="wp-caption-text">それにしても河川敷を飛んでいる旅客機は不自然極まりない</p></div>
<p>今回の写真は以前に、もん太が撮影した富山空港に離着陸する旅客機でございますが、着陸する飛行機が神通川に不時着する飛行機にしか見えないのでございます。</p>
<div id="attachment_5366" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/09/230901-4.jpg" alt="富山空港（Photo by 親鸞会）" title="富山空港（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5366" /><p class="wp-caption-text">富山空港は神通川の河川敷にある珍しい空港なのです♪</p></div>
<p>まあ、富山空港が神通川の河川敷にある珍しい空港なのでやむを得ないのですが……。そんな富山空港でも、目的地になっていれば乗客はフライトを楽しめるんですね。</p>
<p>親鸞会に参詣される方の中には、富山空港を利用される方も多いと聞きますが、実はもん太は富山空港を利用した事がありません。この河川敷の上を飛ぶ感覚って、どうなんでしょ？……ということで、親鸞会に来られる時には、たまに貴重な体験をしてみてはいかが？</p>
<p>そんな富山の八尾では、今日から３日まで<span style="color: #333399; font-size: medium;"><strong>「越中おわら風の盆」</strong></span>が行われます。</p>
<div id="attachment_5367" class="wp-caption aligncenter" style="width: 276px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/09/230901-5.jpg" alt="おわら風の盆（Photo by 親鸞会）" title="おわら風の盆（Photo by 親鸞会）" width="266" height="400" class="size-full wp-image-5367" /><p class="wp-caption-text">今日から３日まで「おわら風の盆」が行われます</p></div>
<p>台風が近づいているので、中止にならないか心配なのですが、今度の日曜日に親鸞会に参詣される皆さん。昼も夜も真夜中もやっていますので、ついでに見に行かれてはいかがでしょう？</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/09/naze-ikiru/">親鸞会のテレビ座談会で全てを生かす「なぜ生きる」を知る</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>親鸞会で知る「生きる意味」</title>
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		<pubDate>Tue, 09 Aug 2011 14:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[つぶやき]]></category>
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		<category><![CDATA[ダム]]></category>
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		<category><![CDATA[聞法ドメイン]]></category>
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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 取り急ぎ、当記事には虫の写真が出てきますので、昆虫が苦手な方はご遠慮いただくようお願い致しますm(_ _)m。 さて、８月も中旬に入ろうとしていますが、毎日が猛暑で熱中症で倒れる人も増えているようです。皆さん、水分補給など、しっかりとして熱中症の被害に気をつけましょう！ ……で、冒頭に予告していた昆虫ですが、夏といえば虫ですよね。カブトムシやクワガタのように、わざわざ採集に行く虫もあれば、ハエや蚊のように、嫌われている虫もあります。なんせ、夏は虫にとっては過ごしやすく、どこに行っても何かしらの虫に遭遇することと思います。 そんな、虫大放出の夏に親鸞会の駐車場に停めた愛車の下を見てみると……、 セミの死骸が転がっており、風が拭くたびにカサカサと音を立てて飛ばされていきました。 人間なら、死ねば遺族の手によって丁重に扱われ、夏なら腐敗しないようにドライアイスで冷やし、綺麗に着飾らせたりしているのに、このセミの死骸など誰も気に留めず、写真を撮っているもん太にビックリする人がいる程度。まるで、ゴミのような扱いだ。 しかし、このセミにも親があり、ある日、この世に生まれ、地中で大きくなって、 ほど良くなったら地上に這い出して脱皮をして、どこかへと飛び去っていったわけです。 そして、 どこかの木にしがみついて樹液を吸い、存在感たっぷりの大音量で鳴き続け、パートナーを見つけて子孫を残し、 そして、 誰に看取られる事なく、身体だけを残して、この世を去っていった。 私たち人間が幸せを求めて精一杯生きるように、セミの彼も彼なりに、セミなりの幸せを求めて生きたに違いないが、彼がどの両親からどこで生まれて、どんなセミと出会って、どんな子孫を残したなど知る者はいない。 所変わって、同じ親鸞会の別の車の下にも何かが落ちていた。 トンボの死骸だ。セミより広がった羽のせいか、少しの風でカサカサと舞っていってしまう。そう、命があるかのように。しかし、そこにあるのは、とうに命の尽きたトンボの死骸だ。 このトンボも、どこかしらの水辺で生まれ「ヤゴ」として成長し、 水中から陸上へと出てきて脱皮し、どこかへと飛んでいったに違いない。抜け殻だけを、そこに残して。 池やせせらぎなどの水辺が多い、親鸞会の同朋の里には多くのトンボが飛んでいる。 これらのトンボも、七宝の池か浄楽の池か、ダムで生まれ飛んでいるのだろう。 だけど、何を求めて……？ 必ず、この乾ききった死骸となったトンボのようになるのに。 セミとして生きるか、トンボとして生きるか、人間として生きるかの違いはあっても、どこかで生まれた者は必ずどこかで息絶えていく。１００％確実な未来だ。 その間、どこの優秀な大学に進学しようと、どんな一流企業に勤めて豊かな生活を手に入れても、どんなステキな配偶者と結婚して、孝行な子供に恵まれたとしても、豪勢な邸宅を建てたとしても、乾ききった死骸となったセミやトンボのように、自分の身体さえも置いて後生へと旅立っていかねばならない。 一生で、何をしたかなんて数年すれば誰も知らないし、その人がいなくても世間は何事もなかったのように回っている。自分の先祖にしたって祖父母の一生すらロクに知らない。そして、昨日から今日、今日から明日へと時だけが流れていく。 一体、 何のために生きているのだろうか？ やがて死ぬのに、生きる意味はあるのだろうか？ 自分の肉体すら焼いていかねばならないが、その人の生涯行った行為（業）だけは、なくなることなく、因果の道理に従って自因自果で、その人自身に結果となって返ってくる。 人生の目的を説かれた仏教では、曽無一善と教えられる。１つの善も行えない私たちが後生へと持って行かねばならないものは間違いなく悪業のみ。そうなると結果はどうなるか？ 後生なんてあるものか、と言う人がいる。 死んで見てきたのか、と言う人がいるが、それは後生はない、と言っている人にも言える事だ。後生はないと誰が見てきた事か？「ある」とも「ない」ともハッキリしない１００％確実な後生を抱えているのに、呑気に生きている。 かげろうは明日を知らず、セミは春秋を知らない。 過去世も未来も知らず、生々世々、六道を水車のように流転しながら、それすら知りえない我々は、大馬鹿者だ。 因果の道理は三世を貫くというが、三世なんてあるものかと言っている人は、明日なんてあるのかと言っているカゲロウや、地上に出て僅か１週間の命のセミが春秋なんてあるのかと言っているのと同じである。結局は、目に見える尺度でしか物事が言えないのだ。 親鸞会で、生きる意味を教えられた仏教を知る事ができるとは何と幸せな事か。 三世を知らない私たちに、後生の一大事の解決こそが人生の目的だと教えていただけた事は、本当に幸せな事と思わずにおれない。 ではでは。 親鸞会で知る「生きる意味」 is a post from: ビジュアルで親鸞会を発信<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/08/ikiru-imi/">親鸞会で知る「生きる意味」</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>取り急ぎ、当記事には虫の写真が出てきますので、昆虫が苦手な方はご遠慮いただくようお願い致しますm(_ _)m。</strong></span></p>
<p>さて、８月も中旬に入ろうとしていますが、毎日が猛暑で熱中症で倒れる人も増えているようです。皆さん、水分補給など、しっかりとして熱中症の被害に気をつけましょう！</p>
<p>……で、冒頭に予告していた昆虫ですが、夏といえば虫ですよね。カブトムシやクワガタのように、わざわざ採集に行く虫もあれば、ハエや蚊のように、嫌われている虫もあります。なんせ、夏は虫にとっては過ごしやすく、どこに行っても何かしらの虫に遭遇することと思います。</p>
<p>そんな、虫大放出の夏に親鸞会の駐車場に停めた愛車の下を見てみると……、</p>
<div id="attachment_5149" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-1.jpg" alt="駐車場のセミ（Photo by 親鸞会）" title="駐車場のセミ（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5149 " /><p class="wp-caption-text">親鸞会の駐車場で、もん太の車の下に落ちていたセミの死骸</p></div>
<p>セミの死骸が転がっており、風が拭くたびにカサカサと音を立てて飛ばされていきました。</p>
<p>人間なら、死ねば遺族の手によって丁重に扱われ、夏なら腐敗しないようにドライアイスで冷やし、綺麗に着飾らせたりしているのに、このセミの死骸など誰も気に留めず、写真を撮っているもん太にビックリする人がいる程度。まるで、ゴミのような扱いだ。</p>
<p>しかし、このセミにも親があり、ある日、この世に生まれ、地中で大きくなって、</p>
<div id="attachment_5150" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-2.jpg" alt="セミの抜け殻（Photo by 親鸞会）" title="セミの抜け殻（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5150" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の同朋の里で見つけたセミの抜け殻。持ち主は何処？</p></div>
<p>ほど良くなったら地上に這い出して脱皮をして、どこかへと飛び去っていったわけです。</p>
<p>そして、</p>
<div id="attachment_5151" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-3.jpg" alt="セミ（Photo by 親鸞会）" title="セミ（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5151" /><p class="wp-caption-text">夏といえば存在感いっぱいに鳴き続けるセミなのだが……</p></div>
<p>どこかの木にしがみついて樹液を吸い、存在感たっぷりの大音量で鳴き続け、パートナーを見つけて子孫を残し、</p>
<p>そして、</p>
<div id="attachment_5152" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-4.jpg" alt="セミの死骸（Photo by 親鸞会）" title="セミの死骸（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5152" /><p class="wp-caption-text">このセミの生涯が如何にドラマチックであったとしても知る者はいない</p></div>
<p>誰に看取られる事なく、身体だけを残して、この世を去っていった。</p>
<p>私たち人間が幸せを求めて精一杯生きるように、セミの彼も彼なりに、セミなりの幸せを求めて生きたに違いないが、彼がどの両親からどこで生まれて、どんなセミと出会って、どんな子孫を残したなど知る者はいない。</p>
<p>所変わって、同じ親鸞会の別の車の下にも何かが落ちていた。</p>
<div id="attachment_5153" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-5.jpg" alt="駐車場のトンボ（Photo by 親鸞会）" title="駐車場のトンボ（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5153" /><p class="wp-caption-text">同じく親鸞会の駐車場に落ちていたトンボの死骸</p></div>
<p>トンボの死骸だ。セミより広がった羽のせいか、少しの風でカサカサと舞っていってしまう。そう、命があるかのように。しかし、そこにあるのは、とうに命の尽きたトンボの死骸だ。</p>
<p>このトンボも、どこかしらの水辺で生まれ「ヤゴ」として成長し、</p>
<div id="attachment_5154" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-6.jpg" alt="トンボの抜け殻（Photo by 親鸞会）" title="トンボの抜け殻（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5154" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の七宝の池で見つけたトンボの抜け殻。持ち主は何処？</p></div>
<p>水中から陸上へと出てきて脱皮し、どこかへと飛んでいったに違いない。抜け殻だけを、そこに残して。</p>
<p>池やせせらぎなどの水辺が多い、親鸞会の同朋の里には多くのトンボが飛んでいる。</p>
<div id="attachment_5155" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-7.jpg" alt="トンボ（Photo by 親鸞会）" title="トンボ（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5155" /><p class="wp-caption-text">同朋の里を所狭しと飛び回るトンボなのだが……</p></div>
<p>これらのトンボも、七宝の池か浄楽の池か、ダムで生まれ飛んでいるのだろう。</p>
<p>だけど、何を求めて……？</p>
<div id="attachment_5156" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/08/230812-8.jpg" alt="トンボの死骸（Photo by 親鸞会）" title="トンボの死骸（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-5156" /><p class="wp-caption-text">このトンボがどこを飛び、何を見たかなど知る者はいない</p></div>
<p>必ず、この乾ききった死骸となったトンボのようになるのに。</p>
<p>セミとして生きるか、トンボとして生きるか、人間として生きるかの違いはあっても、どこかで生まれた者は必ずどこかで息絶えていく。１００％確実な未来だ。</p>
<p>その間、どこの優秀な大学に進学しようと、どんな一流企業に勤めて豊かな生活を手に入れても、どんなステキな配偶者と結婚して、孝行な子供に恵まれたとしても、豪勢な邸宅を建てたとしても、乾ききった死骸となったセミやトンボのように、自分の身体さえも置いて後生へと旅立っていかねばならない。</p>
<p>一生で、何をしたかなんて数年すれば誰も知らないし、その人がいなくても世間は何事もなかったのように回っている。自分の先祖にしたって祖父母の一生すらロクに知らない。そして、昨日から今日、今日から明日へと時だけが流れていく。</p>
<p>一体、</p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong><span style="font-size: medium;">何のために生きているのだろうか？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong><span style="font-size: medium;">やがて死ぬのに、生きる意味はあるのだろうか？</span></strong></span></p>
<p>自分の肉体すら焼いていかねばならないが、その人の生涯行った行為（業）だけは、なくなることなく、因果の道理に従って自因自果で、その人自身に結果となって返ってくる。</p>
<p>人生の目的を説かれた仏教では、<span style="color: #0000ff;"><strong>曽無一善</strong></span>と教えられる。１つの善も行えない私たちが後生へと持って行かねばならないものは間違いなく悪業のみ。そうなると結果はどうなるか？</p>
<p>後生なんてあるものか、と言う人がいる。</p>
<p>死んで見てきたのか、と言う人がいるが、それは後生はない、と言っている人にも言える事だ。後生はないと誰が見てきた事か？「ある」とも「ない」ともハッキリしない１００％確実な後生を抱えているのに、呑気に生きている。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong><span style="font-size: medium;">かげろうは明日を知らず、セミは春秋を知らない。</span></strong></span><br />
<span style="color: #800000;"><strong><span style="font-size: medium;"> 過去世も未来も知らず、生々世々、六道を水車のように流転しながら、それすら知りえない我々は、大馬鹿者だ。</span></strong></span></p>
<p>因果の道理は三世を貫くというが、三世なんてあるものかと言っている人は、明日なんてあるのかと言っているカゲロウや、地上に出て僅か１週間の命のセミが春秋なんてあるのかと言っているのと同じである。結局は、目に見える尺度でしか物事が言えないのだ。</p>
<p>親鸞会で、生きる意味を教えられた仏教を知る事ができるとは何と幸せな事か。</p>
<p>三世を知らない私たちに、後生の一大事の解決こそが人生の目的だと教えていただけた事は、本当に幸せな事と思わずにおれない。</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/08/ikiru-imi/">親鸞会で知る「生きる意味」</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>群馬のアレが親鸞会の同朋の里に落慶！</title>
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		<pubDate>Wed, 25 May 2011 13:00:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[親鸞会もん太のどこまで脱線するの？]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ生きる]]></category>
		<category><![CDATA[写真]]></category>
		<category><![CDATA[同朋の里]]></category>
		<category><![CDATA[群馬]]></category>
		<category><![CDATA[聞法ドメイン]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会館]]></category>
		<category><![CDATA[風景]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 昨日の記事で、ついつい「工場萌え」以上の「工事現場萌え」の血が騒いでしまいまして、親鸞会の某ビル付近の北陸新幹線の工事現場を愛でてしまったのですが、工事現場でしたら親鸞会の同朋の里には何カ所がございましたね。東大もと暮らし……じゃなくって灯台もと暗しでございました。 色々と工事現場がございましたが、当ブログでもたまに中継しておりました群馬の親鸞会メンバーによるアレがありましたね。 そうそう、ウッドマウスさん筆頭にダムの横に建設されていた東屋でございます。 ２日前の記事でも少し触れましたが、土曜日の午前から昼過ぎにかけて親鸞会で行われた仏前結婚式に撮影係としてお呼ばれしていたもん太は、式終了後に猛ダッシュで着替えて群馬の東屋へ向かいました。すると、前日には床のセメント打設がされていたのですが、すっかり固まって周囲の壁もまた出来ておりました。そして、仕上げ段階に入っていたんですね。 更に内部には、 ご覧のとおり、ヒノキとスギを材料とした手作りのベンチがコの字型に据え付けられていました。これは、風通しも良さそうだしいいですね。竹の壁も風情があります。コの字型ということで、ここで風に当たりながら信心の沙汰が盛り上がりそうです。 こうして、約30分後に親鸞会の中でも特徴のある東屋が完成！ 早速、遊歩道を散策していた学徒の方々がやってきて見て行かれました。この東屋の前には数奇屋門が建っているのですが、この門を見た学徒は「ここに枕サイズの石を置きたいわね」と口々に言われていました。なるほど、日野左衛門の門前で休まれる親鸞聖人のことを言われているんですね。 親鸞会の東屋は基本的に同朋の里で伐採された木で建設されていますが、この群馬の東屋は、木だけでなく竹もふんだんに使われているのが特徴ですね。妙に落ち着く景観でございます。ウッドマウスさん初め、群馬の皆さん、お疲れさまでした！！ こうして、新しい東屋をあとにしてダムへと向かうと、新たに整備された遊歩道を散策する法友が大勢いらっしゃいました。 中でも印象的だった方々をここで紹介しちゃうよ！！ まずは、ダムの堤体上を見ると若き親鸞学徒がわさわさといらっしゃいました。カメラを向けると手を振ってくれたよ！！ どうやら、親鸞会で人生の目的を学ぶ関東の大学生の一グループのようでございます。これから社会へと飛び出して行く大学時代に親鸞会とご縁があったこと、素晴らしいですね。生きる意味を知らされた喜びが伝わってくるようでございます。 いいよね、若いって。 もん太も、ついこの間まで彼らくらいの年齢だったかと思うのですが、時が経つのは早いものだなぁと思うのでした。 まあ、もん太はこうやってカメラを両手に同朋の里の中をほっつき歩いているわけですが、親鸞会で写生を嗜む方を発見！ 親鸞会に参詣されて会館や自然をバックに記念写真を撮っている人は何度もお見かけしますが、こうやって写生を楽しむ方は初めて見ました。観光地なんかに行くとグループで写生している人は見かけますけどね。ご夫婦で写生されていました。 静かな同朋の里で写生……、いいですね。 そんなこんなで春の同朋の里は素晴らしい景観が広がっていますので、遊歩道を散策していない人は、是非とも散策してみてはいかがでしょう？ あ、親鸞会の機関誌である『顕正新聞』に同朋の里の写真投稿コーナーが出来るっぽいので、遊歩道を歩いた際には感動を撮って力作をガンガン応募しようぜ！ ではでは。 群馬のアレが親鸞会の同朋の里に落慶！ is a post from: ビジュアルで親鸞会を発信<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/05/gunma-3/">群馬のアレが親鸞会の同朋の里に落慶！</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>昨日の記事で、ついつい<span style="color: #ff00ff;"><strong>「工場萌え」</strong></span>以上の<span style="color: #ff00ff;"><strong>「工事現場萌え」</strong></span>の血が騒いでしまいまして、親鸞会の某ビル付近の北陸新幹線の工事現場を愛でてしまったのですが、工事現場でしたら親鸞会の同朋の里には何カ所がございましたね。東大もと暮らし……じゃなくって灯台もと暗しでございました。</p>
<p>色々と工事現場がございましたが、当ブログでもたまに中継しておりました群馬の親鸞会メンバーによるアレがありましたね。</p>
<div id="attachment_4427" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230525-1.jpg" alt="仕上げ段階の東屋（Photo by 親鸞会）" title="仕上げ段階の東屋（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4427" /><p class="wp-caption-text">親鸞会での仏前結婚式が終わって行ってみると仕上げ段階だった</p></div>
<p>そうそう、ウッドマウスさん筆頭にダムの横に建設されていた東屋でございます。</p>
<p>２日前の記事でも少し触れましたが、土曜日の午前から昼過ぎにかけて親鸞会で行われた仏前結婚式に撮影係としてお呼ばれしていたもん太は、式終了後に猛ダッシュで着替えて群馬の東屋へ向かいました。すると、前日には床のセメント打設がされていたのですが、すっかり固まって周囲の壁もまた出来ておりました。そして、仕上げ段階に入っていたんですね。</p>
<p>更に内部には、</p>
<div id="attachment_4428" class="wp-caption aligncenter" style="width: 276px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230525-2.jpg" alt="木製のベンチ（Photo by 親鸞会）" title="木製のベンチ（Photo by 親鸞会）" width="266" height="400" class="size-full wp-image-4428 " /><p class="wp-caption-text">東屋の内部にはコの字型に木製ベンチが据付け</p></div>
<p>ご覧のとおり、ヒノキとスギを材料とした手作りのベンチがコの字型に据え付けられていました。これは、風通しも良さそうだしいいですね。竹の壁も風情があります。コの字型ということで、ここで風に当たりながら信心の沙汰が盛り上がりそうです。</p>
<p>こうして、約30分後に親鸞会の中でも特徴のある東屋が完成！</p>
<div id="attachment_4429" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230525-3.jpg" alt="数奇屋門から見た東屋（Photo by 親鸞会）" title="数奇屋門から見た東屋（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4429" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の新名所には数奇屋門が付属した東屋でしょうか！？</p></div>
<p>早速、遊歩道を散策していた学徒の方々がやってきて見て行かれました。この東屋の前には数奇屋門が建っているのですが、この門を見た学徒は「ここに枕サイズの石を置きたいわね」と口々に言われていました。なるほど、日野左衛門の門前で休まれる親鸞聖人のことを言われているんですね。</p>
<div id="attachment_4430" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230525-4.jpg" alt="数奇屋門と東屋（Photo by 親鸞会）" title="数奇屋門と東屋（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4430" /><p class="wp-caption-text">こうして親鸞会でのご法話前日に群馬の東屋が同朋の里に誕生！</p></div>
<p>親鸞会の東屋は基本的に同朋の里で伐採された木で建設されていますが、この群馬の東屋は、木だけでなく竹もふんだんに使われているのが特徴ですね。妙に落ち着く景観でございます。ウッドマウスさん初め、群馬の皆さん、お疲れさまでした！！</p>
<p>こうして、新しい東屋をあとにしてダムへと向かうと、新たに整備された遊歩道を散策する法友が大勢いらっしゃいました。</p>
<p>中でも印象的だった方々をここで紹介しちゃうよ！！</p>
<p>まずは、ダムの堤体上を見ると若き親鸞学徒がわさわさといらっしゃいました。カメラを向けると手を振ってくれたよ！！</p>
<div id="attachment_4431" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230525-5.jpg" alt="関東の大学生（Photo by 親鸞会）" title="関東の大学生（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4431" /><p class="wp-caption-text">親鸞会で学ぶ関東の大学生がダムの上から元気に手を振ってくれた</p></div>
<p>どうやら、親鸞会で人生の目的を学ぶ関東の大学生の一グループのようでございます。これから社会へと飛び出して行く大学時代に親鸞会とご縁があったこと、素晴らしいですね。生きる意味を知らされた喜びが伝わってくるようでございます。</p>
<p>いいよね、若いって。</p>
<p>もん太も、ついこの間まで彼らくらいの年齢だったかと思うのですが、時が経つのは早いものだなぁと思うのでした。</p>
<p>まあ、もん太はこうやってカメラを両手に同朋の里の中をほっつき歩いているわけですが、親鸞会で写生を嗜む方を発見！</p>
<div id="attachment_4432" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230525-6.jpg" alt="写生をする法友（Photo by 親鸞会）" title="写生をする法友（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4432" /><p class="wp-caption-text">親鸞会で写生を楽しむ方もいらっしゃいましたよ♪</p></div>
<p>親鸞会に参詣されて会館や自然をバックに記念写真を撮っている人は何度もお見かけしますが、こうやって写生を楽しむ方は初めて見ました。観光地なんかに行くとグループで写生している人は見かけますけどね。ご夫婦で写生されていました。</p>
<p>静かな同朋の里で写生……、いいですね。</p>
<p>そんなこんなで春の同朋の里は素晴らしい景観が広がっていますので、遊歩道を散策していない人は、是非とも散策してみてはいかがでしょう？</p>
<p>あ、親鸞会の機関誌である『顕正新聞』に同朋の里の写真投稿コーナーが出来るっぽいので、遊歩道を歩いた際には感動を撮って力作をガンガン応募しようぜ！</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/05/gunma-3/">群馬のアレが親鸞会の同朋の里に落慶！</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>四条大橋での出会いと親鸞会</title>
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		<pubDate>Wed, 11 May 2011 15:05:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[親鸞会もん太のどこまで脱線するの？]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ生きる]]></category>
		<category><![CDATA[ノンフィクション]]></category>
		<category><![CDATA[富山県立大学]]></category>
		<category><![CDATA[御旧跡]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会館]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞聖人７５０回忌]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 春は出会いの季節と言われますが、テレビや新聞を見ていますと東日本大震災の被災地の大学などは１カ月遅れで入学式……という報道を見ました。桜も散ってしまって新緑に包まれた新入生といった具合でしょうか？ 世の中には色んな出会いがありますが、親鸞会の私たちにとっては本当の親鸞聖人の教えを聞かせてくださる唯一の集まりである親鸞会との出会いが最も大切な出会いだったに違いないかと思います。そりゃまあ、彼氏との出会い、彼女との出会い、わが子との出会いなんてのもあり、それぞれに大事な思い出があるかと思いますが、親鸞聖人の教えとの出会いに比べれば小さなもんです。 親鸞聖人の教えはお釈迦さまの説かれた仏教以外にないのですが、その親鸞聖人もまたお釈迦さまの説かれた弥陀の本願を初めて聞かれた時があったわけです。聖人が9歳でご出家なされて29歳までの20年間、天台宗の比叡山で法華経の修行に励まれましたが、そこには本当の仏教はありませんでした。その辺のことは、４月に京都へ行ったときのレポートがありますので、ちょろっと読んでいただければと思います。 青蓮院門跡……『親鸞聖人の出家得度の地「青蓮院門跡」』 比叡山……『親鸞聖人ご修行の地・比叡山に行った』 頂法寺（六角堂）……『六角堂対決！【親鸞会 vs 頂法寺】』 磯長の夢告も六角堂での夢告も未だ弥陀の本願にあっておられなかった聖人にとっては、それらが何を伝えんとしているのかは分かられませんでした。六角堂で百日の祈願をされても後生の一大事の解決への明かりは得られず、苦しみ悩まれる聖人は夢遊病者のように京都の町をさまよい歩かれるのでした。 ところが、鴨川にかかる四条大橋の上でたたずんでおられる聖人に、通りすがりの僧侶が声をかけられました。 「おや、親鸞殿ではござらぬか」 声の主は聖人の旧友である聖覚法印でした。比叡山で共に修行していた法友でしたが、聖人よりも先に山を下りていたのでした。山を下り、後生の一大事の解決をどうしたのか尋ねると聖覚法印は、吉水の法然上人が、男も女も、賢者も愚者も、必ず絶対の幸福に救い摂ると誓われた阿弥陀仏の本願を説かれていることを教えてくれました。 「親鸞殿、あなたのその苦しみは、必ず解決できます。ぜひ、法然上人に、お会いしてください」 かくて、暗黒の闇をさまよっておられた聖人は初めて一条の光を見いだされ、吉水へ向かわれるのでした。 四条大橋から四条通りを東に進んでいくと桜の名所となっている円山公園にぶつかります。もん太の感覚としては、円山公園の北隣が浄土宗の総本山「知恩院」、その北隣が親鸞聖人出家得度の地「青蓮院門跡」といった具合だ。 今年は親鸞聖人750回忌ですが、法然上人800回忌の年でもあり、法然上人を宗祖とする知恩院では法然上人800年大遠忌の看板が出ていました。しかし、東本願寺などと同様に東日本大震災の関係で延期となっていました。門前に延期の案内が掲げられていましたが、 このたびの東北地方太平洋沖地震により被災された皆さまに、謹んでお見舞いを申し上げます。また一日も早い復旧を心から祈っております。 震災の報を聞き、先ず念頭に生じたのは被災者支援と大遠忌の奉修についてであります。 大遠忌法要については、 一、被災者の困窮を視野に入れれば、弱者に慈愛を注がれていた法然上人の法要を、すでに決定していた時期とはいえ、国を挙げて対策に奔走しているなかでつとめることには、宗教者の良心に苦しみが走る。 二、日夜準備を進めてきた関係寺院や檀信徒の皆さまに対しては断腸の思いであるが、延期を決定した。これは祖師も許して下さるであろう。諸準備の労苦は延期によって生きてくるであろう。 三、時期は遅れても災害地の人々と共に念仏が称えられるならばこれに勝ることはない。 以上の理由から、法要奉修の時期を今秋まで延ばすべきであるとの考えに達しました。 災害対策については、すでに三月十一日に知恩院に災害対策本部を設置しました。 物心両面にわたり支援してまいります。 合掌 平成二十三年三月十四日 総本山知恩院門跡第八十八世 伊藤唯眞 こんな時こそ仏法者として、大遠忌を縁として阿弥陀仏の救いを説くべきでないかと思うのだが、どうだろうか？ そんな知恩院の前を通り過ぎ、花見客と出店で溢れている円山公園の中をホテルで無料で借してくれた変速なし自転車を立ちこぎしながら登っていく。賑やかな場所を過ぎていくと坂の傾斜が急になってくる。せめて３段変速くらいついていればいいのだが、所詮はタダで借りた自転車。最後には立ちこぎでさえ進まなくなり、10kg近いカメラの機材を背負いながら自転車を手押しで登っていく。 坂を登りきったようなところに安養寺があった。 山門の前には「法然親鸞両上人御旧跡吉水草庵　慈圓山　安養寺」という石標があり、その横には木の立て看板で「法然上人念仏宣揚の地　親鸞聖人御入信の地　吉水草庵」と書かれてある。この安養寺こそ法然上人が弥陀の本願を説かれ、若き親鸞聖人が聞法精進なされた真実の殿堂「吉水草庵」の跡なのだ。 円山公園を自転車で探しても、なかなか吉水草庵の文字も安養寺の文字も見つからなかったので、近くの料亭前で掃き掃除をしていた主人に「安養寺はどう行ったらいいですか？」と尋ねたところ、砂地の地面にほうきの柄で簡単な地図を書いてくれて説明してくれた。その時に「長い階段を登らなければならないから、車いすの人なんかは無理ですよ」と教えてくれた。 ……で実際に山門の前に立ってみると、 山門の奥には先の見えない階段が延びていた。この階段の両脇には見渡す限りの花畑……ではなく、見渡す限りの墓地となっていたのだが、そこをエッサホイサと登っていくと本堂が見えてきた。今さらながら、観光客と言うには無理があるカメラ機材が恨めしい。 ４月中旬だというのに、ここまで来るだけでカメラ機材を詰め込んだバックパックの背中に当たるところが汗でグショグショだ。聖人もまた、この坂道を雨の日も風の日も通われたのであろうか？ そう思いながら、今登って来た階段を振り返ると桜で覆われた円山公園の向こうに近代的な京都市街が一望できる。 東山の緑と清水に恵まれた静かな聞法道場が吉水草庵であったのだ。 親鸞聖人が聖覚法印に導かれ、吉水の法然上人を訪ねられたのは建仁元年、29歳の春だった。この時、法然上人は69歳。お二人の間には40歳もの開きがあったのだ。そんな若き聖人が、この吉水で静かに法然上人のご説法に全神経を集中される姿が彷彿とされる。 親鸞聖人は一度、法然上人の説かれる弥陀の本願を聴聞されるや「この方こそ、真実の菩薩、善知識だ」と確信され、これから雨の日も、風の日も、聖人の火のつくような聞法求道が始まったのである。このことは『恵信尼公文書』の第３通に、 ほうねん上人にあいまいらせて　又　六かくたうに百日こもらせ給て候けるやうに　又　百か日ふるにもてるにも　いかなるたい事にもまいりてありしに　たゝこせの事ハ　よき人にも　あしきにも　おなしやうにしやうしいつへきみちをハ　たゝ一すちにおほせられ候しを　うけさためて候しかハ　しやうにんのわたらせ給はん ところにハ　人ハいかにも申せ　たとひ　あくたうにわたらせ給へしと申とも　せゝしやうしやうにも　まよいけれハこそ　ありけめとまて　思まいらするみなれはと　やうやうに人の申候し時も　おほせ候しなり と記されています。 「法然上人にあいまいらせて、また六角堂に百日こもらせ給いて候いけるように、また百か日、降るにも照るにも、いかなる大事にも、まいりてありしに……」とあるように、聖人の血みどろのお姿が彷彿と浮かんでくる。寝食忘れて六角堂に籠られたように、どんなことがあろうと吉水へ通われ、およそ100日間、法然上人のご説法を聴聞されたのだ。今の真宗の道俗を見てみると、このように求めるべき法を説いている人がどこにあるだろうか。 先にも書いた事だが、この安養寺に来てみると親鸞聖人の出家得度の地である青蓮院が非常に近いのに驚く。間に知恩院があるだけと言っても過言ではないくらいに近いのだが、聖人が後生の一大事解決を求めて青蓮院で得度され比叡山の僧侶となられた9歳の時、すでに法然上人は吉水で毎日のように阿弥陀仏の本願をご説法されていたのだ。こんな目と鼻の先におられながら、その法然上人とお会いするに20年もの歳月が必要だった。 そう思うと正しく仏法を説かれる善知識にお会いできることの難しさ、有り難さを感ぜずにおれず、親鸞会の勤行の本にもあるご和讃が身にしみる。 善知識にあうことも　教うることもまたかたし よくきくこともかたければ　信ずることもなおかたし そう考えると親鸞会とご縁のあった皆さんも、それぞれにドラマがあったことと思うが、もん太もまた不思議なご縁でした。 もともと静岡に生まれ育ったもん太は、小学校５年生の時に祖父を亡くし、生まれて初めて通夜から葬式、火葬、納骨までフル参加した。数日前まで法被を着て畑仕事をしていた祖父が目の前に横たわっているのを一晩中見つめ、数日前に元気だった祖父と目の前の祖父が何がどう変わったのか知りたかった。死ぬとはどういうことか知りたかった。 そして、葬儀が終わって火葬場に行き再び見た祖父の姿は、これが少し前まで人間の形をしていたものかと思われる「物体」であった。てっきり理科室にある骨格標本のようなものが出てくるのだろうと思っていたが、それがもともと身体のどの部位だったのかも判断できないようなボロボロのチョークというか、言葉が悪いがゴミのようなものだった。そして、骨壺に入れられては粉々に砕かれていく。そんな光景を目の当たりにし、自分もいずれこうなってしまうのに、なぜ生きるのだろうかと怖くなり考えたのが、今の仏縁のきっかけだった。 根っからの理系人間だったもん太が出した答えは「死後は無」だった。しかし、そんなことは証明ができないが証明できなくても有無いずれかは真実なのだ。占い師に頼らなくても確実に当たる未来こそ「死」であり、何よりも最優先してハッキリさせねばならない大問題だった。 いずれ骨だけになるのに、どうして生きるのか。 [...]<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/05/shijo-ohashi/">四条大橋での出会いと親鸞会</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>春は出会いの季節と言われますが、テレビや新聞を見ていますと東日本大震災の被災地の大学などは１カ月遅れで入学式……という報道を見ました。桜も散ってしまって新緑に包まれた新入生といった具合でしょうか？</p>
<p>世の中には色んな出会いがありますが、親鸞会の私たちにとっては本当の親鸞聖人の教えを聞かせてくださる唯一の集まりである親鸞会との出会いが最も大切な出会いだったに違いないかと思います。そりゃまあ、彼氏との出会い、彼女との出会い、わが子との出会いなんてのもあり、それぞれに大事な思い出があるかと思いますが、親鸞聖人の教えとの出会いに比べれば小さなもんです。</p>
<p>親鸞聖人の教えはお釈迦さまの説かれた仏教以外にないのですが、その親鸞聖人もまたお釈迦さまの説かれた弥陀の本願を初めて聞かれた時があったわけです。聖人が9歳でご出家なされて29歳までの20年間、天台宗の比叡山で法華経の修行に励まれましたが、そこには本当の仏教はありませんでした。その辺のことは、４月に京都へ行ったときのレポートがありますので、ちょろっと読んでいただければと思います。</p>
<ul>
<li>青蓮院門跡……<strong>『<a href="http://www.keyrose.net/2011/04/shorenin/" target="_blank">親鸞聖人の出家得度の地「青蓮院門跡」</a>』</strong></li>
<li>比叡山……<strong>『<a href="http://www.keyrose.net/2011/05/hiei-zan/" target="_blank">親鸞聖人ご修行の地・比叡山に行った</a>』</strong></li>
<li>頂法寺（六角堂）……<strong>『<a href="http://www.keyrose.net/2011/05/rokkakudo/" target="_blank">六角堂対決！【親鸞会 vs 頂法寺】</a>』</strong></li>
</ul>
<p>磯長の夢告も六角堂での夢告も未だ弥陀の本願にあっておられなかった聖人にとっては、それらが何を伝えんとしているのかは分かられませんでした。六角堂で百日の祈願をされても後生の一大事の解決への明かりは得られず、苦しみ悩まれる聖人は夢遊病者のように京都の町をさまよい歩かれるのでした。</p>
<div id="attachment_4150" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-1.jpg" alt="鴨川としだれ桜（Photo by 親鸞会）" title="鴨川としだれ桜（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4150" /><p class="wp-caption-text">鴨川沿いには桜並木が連なり、非常にのどかな雰囲気がいい</p></div>
<p>ところが、鴨川にかかる四条大橋の上でたたずんでおられる聖人に、通りすがりの僧侶が声をかけられました。</p>
<p><span style="color: #ff0000; font-size: medium;"><strong>「おや、親鸞殿ではござらぬか」</strong></span></p>
<div id="attachment_4151" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-2.jpg" alt="鴨川と四条大橋（Photo by 親鸞会）" title="鴨川と四条大橋（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4151" /><p class="wp-caption-text">鴨川にかかる四条大橋で親鸞聖人の人生を大きく変える出会いが！</p></div>
<p>声の主は聖人の旧友である聖覚法印でした。比叡山で共に修行していた法友でしたが、聖人よりも先に山を下りていたのでした。山を下り、後生の一大事の解決をどうしたのか尋ねると聖覚法印は、吉水の法然上人が、男も女も、賢者も愚者も、必ず絶対の幸福に救い摂ると誓われた阿弥陀仏の本願を説かれていることを教えてくれました。</p>
<div id="attachment_4152" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-3.jpg" alt="四条大橋（Photo by 親鸞会）" title="四条大橋（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4152" /><p class="wp-caption-text">この四条大橋で旧友・聖覚法印と再会し法然上人の存在を知られた</p></div>
<p><span style="color: #ff0000; font-size: medium;"><strong>「親鸞殿、あなたのその苦しみは、必ず解決できます。ぜひ、法然上人に、お会いしてください」</strong></span></p>
<p>かくて、暗黒の闇をさまよっておられた聖人は初めて一条の光を見いだされ、吉水へ向かわれるのでした。</p>
<p>四条大橋から四条通りを東に進んでいくと桜の名所となっている円山公園にぶつかります。もん太の感覚としては、円山公園の北隣が浄土宗の総本山「知恩院」、その北隣が親鸞聖人出家得度の地「青蓮院門跡」といった具合だ。</p>
<p>今年は親鸞聖人750回忌ですが、法然上人800回忌の年でもあり、法然上人を宗祖とする知恩院では法然上人800年大遠忌の看板が出ていました。しかし、東本願寺などと同様に東日本大震災の関係で延期となっていました。門前に延期の案内が掲げられていましたが、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;">このたびの東北地方太平洋沖地震により被災された皆さまに、謹んでお見舞いを申し上げます。また一日も早い復旧を心から祈っております。</span><br />
<span style="color: #993300;">震災の報を聞き、先ず念頭に生じたのは被災者支援と大遠忌の奉修についてであります。</span><br />
<span style="color: #993300;">大遠忌法要については、 </span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #993300;">一、被災者の困窮を視野に入れれば、弱者に慈愛を注がれていた法然上人の法要を、すでに決定していた時期とはいえ、国を挙げて対策に奔走しているなかでつとめることには、宗教者の良心に苦しみが走る。</span><br />
<span style="color: #993300;">二、日夜準備を進めてきた関係寺院や檀信徒の皆さまに対しては断腸の思いであるが、延期を決定した。これは祖師も許して下さるであろう。諸準備の労苦は延期によって生きてくるであろう。</span><br />
<span style="color: #993300;">三、時期は遅れても災害地の人々と共に念仏が称えられるならばこれに勝ることはない。</span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;">以上の理由から、法要奉修の時期を今秋まで延ばすべきであるとの考えに達しました。</span><br />
<span style="color: #993300;">災害対策については、すでに三月十一日に知恩院に災害対策本部を設置しました。</span><br />
<span style="color: #993300;">物心両面にわたり支援してまいります。</span></p>
<p style="padding-left: 30px; text-align: right;"><span style="color: #993300;">合掌</span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;">平成二十三年三月十四日</span></p>
<p style="padding-left: 30px; text-align: right;"><span style="color: #993300;">総本山知恩院門跡第八十八世</span><br />
<span style="color: #993300;">伊藤唯眞</span></p>
<p>こんな時こそ仏法者として、大遠忌を縁として阿弥陀仏の救いを説くべきでないかと思うのだが、どうだろうか？</p>
<p>そんな知恩院の前を通り過ぎ、花見客と出店で溢れている円山公園の中をホテルで無料で借してくれた変速なし自転車を立ちこぎしながら登っていく。賑やかな場所を過ぎていくと坂の傾斜が急になってくる。せめて３段変速くらいついていればいいのだが、所詮はタダで借りた自転車。最後には立ちこぎでさえ進まなくなり、10kg近いカメラの機材を背負いながら自転車を手押しで登っていく。</p>
<p>坂を登りきったようなところに安養寺があった。</p>
<p>山門の前には<span style="color: #800000;"><strong>「法然親鸞両上人御旧跡吉水草庵　慈圓山　安養寺」</strong></span>という石標があり、その横には木の立て看板で<span style="color: #800000;"><strong>「法然上人念仏宣揚の地　親鸞聖人御入信の地　吉水草庵」</strong></span>と書かれてある。この安養寺こそ法然上人が弥陀の本願を説かれ、若き親鸞聖人が聞法精進なされた真実の殿堂「吉水草庵」の跡なのだ。</p>
<div id="attachment_4153" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-4.jpg" alt="安養寺の山門（Photo by 親鸞会）" title="安養寺の山門（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4153" /><p class="wp-caption-text">円山公園の坂を登っていくと安養寺の山門が見えてくる</p></div>
<p>円山公園を自転車で探しても、なかなか吉水草庵の文字も安養寺の文字も見つからなかったので、近くの料亭前で掃き掃除をしていた主人に「安養寺はどう行ったらいいですか？」と尋ねたところ、砂地の地面にほうきの柄で簡単な地図を書いてくれて説明してくれた。その時に「長い階段を登らなければならないから、車いすの人なんかは無理ですよ」と教えてくれた。</p>
<p>……で実際に山門の前に立ってみると、</p>
<div id="attachment_4154" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-5.jpg" alt="安養寺の階段（Photo by 親鸞会）" title="安養寺の階段（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4154" /><p class="wp-caption-text">山門から安養寺の本堂までは、かなり階段を登る必要があるようだ</p></div>
<p>山門の奥には先の見えない階段が延びていた。この階段の両脇には見渡す限りの花畑……ではなく、見渡す限りの墓地となっていたのだが、そこをエッサホイサと登っていくと本堂が見えてきた。今さらながら、観光客と言うには無理があるカメラ機材が恨めしい。</p>
<div id="attachment_4155" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-6.jpg" alt="安養寺（Photo by 親鸞会）" title="安養寺（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4155" /><p class="wp-caption-text">やっとの思いで安養寺に到着。ここが吉水草庵の跡となっている</p></div>
<p>４月中旬だというのに、ここまで来るだけでカメラ機材を詰め込んだバックパックの背中に当たるところが汗でグショグショだ。聖人もまた、この坂道を雨の日も風の日も通われたのであろうか？</p>
<p>そう思いながら、今登って来た階段を振り返ると桜で覆われた円山公園の向こうに近代的な京都市街が一望できる。</p>
<div id="attachment_4156" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-7.jpg" alt="安養寺から京都市街（Photo by 親鸞会）" title="安養寺から京都市街（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4156" /><p class="wp-caption-text">安養寺から今来た階段を振り返ると、遠くに京都市街が望める</p></div>
<p>東山の緑と清水に恵まれた静かな聞法道場が吉水草庵であったのだ。</p>
<div id="attachment_4157" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-8.jpg" alt="安養寺の内部（Photo by 親鸞会）" title="安養寺の内部（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4157" /><p class="wp-caption-text">安養寺に入ってみると「吉水草庵」の書が額に入っていた</p></div>
<p>親鸞聖人が聖覚法印に導かれ、吉水の法然上人を訪ねられたのは建仁元年、29歳の春だった。この時、法然上人は69歳。お二人の間には40歳もの開きがあったのだ。そんな若き聖人が、この吉水で静かに法然上人のご説法に全神経を集中される姿が彷彿とされる。</p>
<p>親鸞聖人は一度、法然上人の説かれる弥陀の本願を聴聞されるや「この方こそ、真実の菩薩、善知識だ」と確信され、これから雨の日も、風の日も、聖人の火のつくような聞法求道が始まったのである。このことは『恵信尼公文書』の第３通に、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>ほうねん上人にあいまいらせて　又　六かくたうに百日こもらせ給て候けるやうに　又　百か日ふるにもてるにも　いかなるたい事にもまいりてありしに　たゝこせの事ハ　よき人にも　あしきにも　おなしやうにしやうしいつへきみちをハ　たゝ一すちにおほせられ候しを　うけさためて候しかハ　しやうにんのわたらせ給はん </strong></span><span style="color: #800000;"><strong>ところにハ　人ハいかにも申せ　たとひ　あくたうにわたらせ給へしと申とも　せゝしやうしやうにも　まよいけれハこそ　ありけめとまて　思まいらするみなれはと　やうやうに人の申候し時も　おほせ候しなり</strong></span></p>
<p>と記されています。</p>
<p><span style="color: #800000;"><strong>「法然上人にあいまいらせて、また六角堂に百日こもらせ給いて候いけるように、また百か日、降るにも照るにも、いかなる大事にも、まいりてありしに……」</strong></span>とあるように、聖人の血みどろのお姿が彷彿と浮かんでくる。寝食忘れて六角堂に籠られたように、どんなことがあろうと吉水へ通われ、およそ100日間、法然上人のご説法を聴聞されたのだ。今の真宗の道俗を見てみると、このように求めるべき法を説いている人がどこにあるだろうか。</p>
<p>先にも書いた事だが、この安養寺に来てみると親鸞聖人の出家得度の地である青蓮院が非常に近いのに驚く。間に知恩院があるだけと言っても過言ではないくらいに近いのだが、聖人が後生の一大事解決を求めて青蓮院で得度され比叡山の僧侶となられた9歳の時、すでに法然上人は吉水で毎日のように阿弥陀仏の本願をご説法されていたのだ。こんな目と鼻の先におられながら、その法然上人とお会いするに20年もの歳月が必要だった。</p>
<p>そう思うと正しく仏法を説かれる善知識にお会いできることの難しさ、有り難さを感ぜずにおれず、親鸞会の勤行の本にもあるご和讃が身にしみる。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>善知識にあうことも　教うることもまたかたし</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>よくきくこともかたければ　信ずることもなおかたし</strong></span></p>
<p>そう考えると親鸞会とご縁のあった皆さんも、それぞれにドラマがあったことと思うが、もん太もまた不思議なご縁でした。</p>
<p>もともと静岡に生まれ育ったもん太は、小学校５年生の時に祖父を亡くし、生まれて初めて通夜から葬式、火葬、納骨までフル参加した。数日前まで法被を着て畑仕事をしていた祖父が目の前に横たわっているのを一晩中見つめ、数日前に元気だった祖父と目の前の祖父が何がどう変わったのか知りたかった。死ぬとはどういうことか知りたかった。</p>
<p>そして、葬儀が終わって火葬場に行き再び見た祖父の姿は、これが少し前まで人間の形をしていたものかと思われる「物体」であった。てっきり理科室にある骨格標本のようなものが出てくるのだろうと思っていたが、それがもともと身体のどの部位だったのかも判断できないようなボロボロのチョークというか、言葉が悪いがゴミのようなものだった。そして、骨壺に入れられては粉々に砕かれていく。そんな光景を目の当たりにし、自分もいずれこうなってしまうのに、なぜ生きるのだろうかと怖くなり考えたのが、今の仏縁のきっかけだった。</p>
<p>根っからの理系人間だったもん太が出した答えは「死後は無」だった。しかし、そんなことは証明ができないが証明できなくても有無いずれかは真実なのだ。占い師に頼らなくても確実に当たる未来こそ「死」であり、何よりも最優先してハッキリさせねばならない大問題だった。</p>
<p>いずれ骨だけになるのに、どうして生きるのか。</p>
<p>中学校、高校と進むにつれ「進路」というキーワードが頻出してきた。自分が進むべき道は何か。第１希望の進路が「X<span style="font-size: xx-small;">（エックス）</span>」のまま大学受験を迎えた。高校３年生の時、今まで考えていなかった富山県射水市にある富山県立大学に進もうと決めた。できて間もない新しい大学だ。工学部だから、新しい装置なども揃っている文句なしの大学だった。</p>
<p>しかし、前期試験は不合格。願書には希望の学科を第２希望まで書けるのだが、後期試験で合格したのは第２希望の学科だった。つまり、首の皮１枚でやっとこ入れたのが富山県立大学。英語が大の苦手であったのに二次試験の科目に英語が入っていながら合格できたのが不可解でならないのだが、うっかり、この富山県立大学に入れてしまったのだ。</p>
<div id="attachment_4158" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230512-9.jpg" alt="富山県立大学（Photo by 親鸞会）" title="富山県立大学（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4158" /><p class="wp-caption-text">もん太にとっての四条大橋は、親鸞会に近い大学の富山県立大学だ</p></div>
<p>この富山県立大学こそ、世界で最も親鸞会に近い大学であったのだが、入学手続きのその日に先輩から聞かせていただいたのが「なぜ生きる」の答えだった。</p>
<p>中学時代は高校進学だけを考えて過ごし、高校時代は大学進学だけを考えて過ごしていた。しかし、大学に入ってしまえば大学院や就職というものがあっても社会という大海原が目の前に広がっている。もはや、進学でごまかすわけにはいかなかった。その進むべき方角が分からないまま社会の海へと出なければならないのかと思っていたのに、射水市に入った初日に死ぬまで分からなかったであろう第１希望の「X」に解答が示されたのだ。</p>
<p>富山県立大学から親鸞会へは毎月自転車で10分ほどかけて参詣していた。青蓮院から吉水草庵へ通うような距離だ。そう思うと、人生の目的を知る事ができると思わずに射水市に進学したもん太は、何と幸せであったのかと感謝せずにおれない。もん太にとっては富山県立大学は聖人の四条大橋のような場所だ。</p>
<p>最近は、富山県立大学だけでなくいくつかの大学で親鸞会を新興宗教のように見て、親鸞聖人の教えを聞き求める学生を妨害してくるところがあると聞く。信教の自由が言われているこのご時世に情けない限りだが、勉強する意味、仕事する意味、生きる意味を明示された親鸞聖人の教えこそ大学時代に聞くべき事ではなかろうか。</p>
<p>社会の大海原を目の前にした大学生にこそ、本当の仏教は人生の目的を明らかにされたものであり、それは若い時に聞くべき者だという事を知ってもらいたい。</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/05/shijo-ohashi/">四条大橋での出会いと親鸞会</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>親鸞会のテレビ座談会で苦悩の根元を聞く</title>
		<link>http://www.keyrose.net/2011/05/kunou-no-kongen/</link>
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		<pubDate>Wed, 04 May 2011 14:55:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[親鸞会もん太のどこまで脱線するの？]]></category>
		<category><![CDATA[F館]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ生きる]]></category>
		<category><![CDATA[テレビ座談会]]></category>
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		<category><![CDATA[聞法ドメイン]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会館]]></category>
		<category><![CDATA[高森顕徹]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 今日の午後は、親鸞会でテレビ座談会が行われ高森顕徹先生より『なぜ生きる』についての質問にお答えいただきました。 親鸞会の周辺は非常に穏やかな天候で、司会者が言っていましたように黄砂が飛来していて景色が霞んで見えるものの暖かく過ごしやすい１日でした。ソメイヨシノはすっかり葉桜になってしまい、今は八重桜などが頑張っているようでございます。 親鸞会館の前にある小さなため池があるんですが、その水辺は雑木林となっており、陽気で芽吹いた若葉が柔らかな黄緑色をしていましたよ！ さて、今日のテレビ座談会の質問は『なぜ生きる』のp131に、 苦悩の根元は「無明の闇」と教える「真の知識」は、雨夜の星といってもいいのではなかろうか とあります。親鸞聖人はハッキリと苦悩の根元は無明の闇であると教えておられるのに、どうしてそう教える真の知識が雨夜の星なのかという質問でした。 地球上に７０億人近くの人が住んでいますが、それらの人たちは自分たちが苦しむ原因を何と分析しているでしょうか？ すべての人と言っていいほど、お金や財産やモノが無いからだと、物質的に満たされないことを原因と挙げる人が大半です。しかし、有無同然で有っても無くても苦しみであります。 そんな人は、次に煩悩が苦しみの真因と分析します。煩悩とは字のとおり、私たちを煩わせ悩ませるもので108あるとお釈迦さまは教えられました。中でも大きいものが「貪欲（欲）」「瞋恚（怒り）」「愚痴（ウラミ、ネタミ、ソネミ）」の３つです。 欲を例に挙げれば、欲にはキリがなくあればあったでもっと欲しいと欲しがります。その欲に殺されている人がいかに多いことでしょうか。そんな限りない欲があるから、これで満足ということのない満たされずに苦しむことがあるのだと、その欲を抑えたり、無くしたりしようとするわけです。そうしようとされたのが、９歳でご出家されて比叡山で２９歳までご修行なされた親鸞聖人でした。そのあたりのことは、当ブログでも少々書きましたので、ご覧いただければと思います。 『親鸞聖人ご修行の地・比叡山に行った』 しかし、欲を抑えようとすればするほど余計に欲が吹き上がってくることが知らされたのが親鸞聖人でした。仏教では、私たちは「煩悩具足の凡夫」と教えられます。つまり、雪だるまは雪具足で１００％雪によってできているように、私たちは１００％煩悩によって出来ているということです。 私たちは、あたかも「私」以外に「煩悩」があるように思って、何とかすれば煩悩を減らしたり無くしたりできるように思っていますが、煩悩の塊が私ですから、そんな私から煩悩を無くそうとすることは、自分が座っている座布団を持ち上げようとするようなもので不可能なことです。煩悩でできている私が救われるとすれば、その座布団ごと私を持ち上げられるより他にありません。 比叡山を下山された親鸞聖人は吉水の法然上人のお弟子となり苦しみの真因は物質的に恵まれないからでもなければ、煩悩でもなく、阿弥陀仏の本願を疑う疑情であることをハッキリと知らされたのです。 苦しみの原因を煩悩と分析する人でさえ滅多にありません。まして、苦悩の根元を「無明の闇」「疑情」であると言われて誰が分かるでしょうか？そう教える本当の仏教の先生が雨夜の星と言われるのも当然と知らされるご縁でした。 本当の苦悩の根元を知らされた親鸞学徒から、そのことを多くの方にお伝えしなければと思うのでした。 ついでなので、昨日のことも書いておきたいと思います。 昨日は、射水市を中心としたエリアに住んでいる親鸞会の法友が集まっての行事がありました。午前中は高森顕徹先生のビデオご法話を聴聞させていただきましたが、午後は浄信の間で法友による体験発表が行われました。 遇法の喜びを語られる方、聞法のために富山へ移住された方のお話、東日本大震災で被災地へ救援に行かれた方のお話などを聞くことができました。 因果の道理を知らなければ占いなどに迷って何十万円をも払ってしまうこともあるそうで、善い運命も悪い運命もすべて自分の過去の行いが原因なのだと教える仏教を聞かせていただけることの身の幸をかみ締めずにおれませんでした。 さて、いろいろと話が変わりますが、再び今日の話です。 親鸞会のF館に行きましたところ、 同朋の里のオリジナル館内着（浴衣）が完成し、スタッフの方が試着されていました！う～ん、なかなかゆったりしてGood！今度の土曜日くらいからお披露目となると思いますので、宿泊希望の方は着ることができるそうですよ！楽しみですね！ それから、親鸞会のF館フロントには、 以前に当ブログでも紹介しました『遊歩道わくわくMAP』が置かれていました。しかも、キチンと折りたたまれてモバイルしやすくなっています！ もし、忘れてこられた方は常備されているMAPを手に散策もできますよ！明日は富山県の親鸞会の法友が遊歩道を散策する行事もあるそうです。聴聞して信心の沙汰をして、そして、遊歩道の自然の中でリフレッシュしましょう！ ではでは。 親鸞会のテレビ座談会で苦悩の根元を聞く is a post from: ビジュアルで親鸞会を発信<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/05/kunou-no-kongen/">親鸞会のテレビ座談会で苦悩の根元を聞く</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>今日の午後は、親鸞会でテレビ座談会が行われ高森顕徹先生より『なぜ生きる』についての質問にお答えいただきました。</p>
<p>親鸞会の周辺は非常に穏やかな天候で、司会者が言っていましたように黄砂が飛来していて景色が霞んで見えるものの暖かく過ごしやすい１日でした。ソメイヨシノはすっかり葉桜になってしまい、今は八重桜などが頑張っているようでございます。</p>
<div id="attachment_4021" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230504-1.jpg" alt="親鸞会" title="親鸞会" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4021" /><p class="wp-caption-text">今日の親鸞会は非常に穏やかで過ごしやすい１日でした</p></div>
<p>親鸞会館の前にある小さなため池があるんですが、その水辺は雑木林となっており、陽気で芽吹いた若葉が柔らかな黄緑色をしていましたよ！</p>
<div id="attachment_4022" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230504-2.jpg" alt="親鸞会館前のため池（Photo by 親鸞会）" title="親鸞会館前のため池（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4022" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の前にある小さなため池の周囲には若葉の茂る木々が美しかった</p></div>
<p>さて、今日のテレビ座談会の質問は『なぜ生きる』のp131に、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>苦悩の根元は「無明の闇」と教える「真の知識」は、雨夜の星といってもいいのではなかろうか</strong></span></p>
<p>とあります。親鸞聖人はハッキリと苦悩の根元は無明の闇であると教えておられるのに、どうしてそう教える真の知識が雨夜の星なのかという質問でした。</p>
<p>地球上に７０億人近くの人が住んでいますが、それらの人たちは自分たちが苦しむ原因を何と分析しているでしょうか？</p>
<p>すべての人と言っていいほど、お金や財産やモノが無いからだと、物質的に満たされないことを原因と挙げる人が大半です。しかし、有無同然で有っても無くても苦しみであります。</p>
<p>そんな人は、次に煩悩が苦しみの真因と分析します。煩悩とは字のとおり、私たちを<span style="text-decoration: underline;">煩</span>わせ<span style="text-decoration: underline;">悩</span>ませるもので108あるとお釈迦さまは教えられました。中でも大きいものが「貪欲<span style="font-size: x-small;">（欲）</span>」「瞋恚<span style="font-size: x-small;">（怒り）</span>」「愚痴<span style="font-size: x-small;">（ウラミ、ネタミ、ソネミ）</span>」の３つです。</p>
<p>欲を例に挙げれば、欲にはキリがなくあればあったでもっと欲しいと欲しがります。その欲に殺されている人がいかに多いことでしょうか。そんな限りない欲があるから、これで満足ということのない満たされずに苦しむことがあるのだと、その欲を抑えたり、無くしたりしようとするわけです。そうしようとされたのが、９歳でご出家されて比叡山で２９歳までご修行なされた親鸞聖人でした。そのあたりのことは、当ブログでも少々書きましたので、ご覧いただければと思います。</p>
<p><strong><span style="font-size: medium;">『<a href="http://www.keyrose.net/2011/05/hiei-zan/" target="_blank">親鸞聖人ご修行の地・比叡山に行った</a>』</span></strong></p>
<p>しかし、欲を抑えようとすればするほど余計に欲が吹き上がってくることが知らされたのが親鸞聖人でした。仏教では、私たちは<span style="color: #ff0000;"><strong>「煩悩具足の凡夫」</strong></span>と教えられます。つまり、雪だるまは雪具足で１００％雪によってできているように、私たちは１００％煩悩によって出来ているということです。</p>
<p>私たちは、あたかも「私」以外に「煩悩」があるように思って、何とかすれば煩悩を減らしたり無くしたりできるように思っていますが、煩悩の塊が私ですから、そんな私から煩悩を無くそうとすることは、自分が座っている座布団を持ち上げようとするようなもので不可能なことです。煩悩でできている私が救われるとすれば、その座布団ごと私を持ち上げられるより他にありません。</p>
<p>比叡山を下山された親鸞聖人は吉水の法然上人のお弟子となり苦しみの真因は物質的に恵まれないからでもなければ、煩悩でもなく、阿弥陀仏の本願を疑う<span style="color: #ff0000;"><strong>疑情</strong></span>であることをハッキリと知らされたのです。</p>
<p>苦しみの原因を煩悩と分析する人でさえ滅多にありません。まして、苦悩の根元を「無明の闇」「疑情」であると言われて誰が分かるでしょうか？そう教える本当の仏教の先生が雨夜の星と言われるのも当然と知らされるご縁でした。</p>
<p>本当の苦悩の根元を知らされた親鸞学徒から、そのことを多くの方にお伝えしなければと思うのでした。</p>
<p>ついでなので、昨日のことも書いておきたいと思います。</p>
<p>昨日は、射水市を中心としたエリアに住んでいる親鸞会の法友が集まっての行事がありました。午前中は高森顕徹先生のビデオご法話を聴聞させていただきましたが、午後は浄信の間で法友による体験発表が行われました。</p>
<div id="attachment_4023" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230504-3.jpg" alt="体験発表（Photo by 親鸞会）" title="体験発表（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4023" /><p class="wp-caption-text">昨日は射水市の周辺在住の法友の体験発表を聞かせていただきました</p></div>
<p>遇法の喜びを語られる方、聞法のために富山へ移住された方のお話、東日本大震災で被災地へ救援に行かれた方のお話などを聞くことができました。</p>
<p>因果の道理を知らなければ占いなどに迷って何十万円をも払ってしまうこともあるそうで、善い運命も悪い運命もすべて自分の過去の行いが原因なのだと教える仏教を聞かせていただけることの身の幸をかみ締めずにおれませんでした。</p>
<p>さて、いろいろと話が変わりますが、再び今日の話です。</p>
<p>親鸞会のF館に行きましたところ、</p>
<div id="attachment_4024" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230504-4.jpg" alt="館内着（Photo by 親鸞会）" title="館内着（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4024" /><p class="wp-caption-text">親鸞会の同朋の里オリジナルの館内着（浴衣）ができましたよ！</p></div>
<p>同朋の里のオリジナル館内着（浴衣）が完成し、スタッフの方が試着されていました！う～ん、なかなかゆったりしてGood！今度の土曜日くらいからお披露目となると思いますので、宿泊希望の方は着ることができるそうですよ！楽しみですね！</p>
<p>それから、親鸞会のF館フロントには、</p>
<div id="attachment_4025" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/05/230504-5.jpg" alt="遊歩道わくわくMAP（Photo by 親鸞会）" title="遊歩道わくわくMAP（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-4025" /><p class="wp-caption-text">親鸞会のF館フロントには遊歩道わくわくMAPが置かれていました♪</p></div>
<p>以前に当ブログでも紹介しました『遊歩道わくわくMAP』が置かれていました。しかも、キチンと折りたたまれてモバイルしやすくなっています！</p>
<p>もし、忘れてこられた方は常備されているMAPを手に散策もできますよ！明日は富山県の親鸞会の法友が遊歩道を散策する行事もあるそうです。聴聞して信心の沙汰をして、そして、遊歩道の自然の中でリフレッシュしましょう！</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/05/kunou-no-kongen/">親鸞会のテレビ座談会で苦悩の根元を聞く</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>親鸞聖人の出家得度の地「青蓮院門跡」</title>
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		<pubDate>Fri, 29 Apr 2011 14:55:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[親鸞会もん太のどこまで脱線するの？]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ生きる]]></category>
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		<category><![CDATA[風景]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 今日は、親鸞会にてテレビ座談会が勤められ、高森顕徹先生より『なぜ生きる』についてお聞きしました。 そのお答えの中で、親鸞聖人がご出家なされた動機についてお話しくださいましたが、聖人が出家得度されたご旧跡といえば青蓮院ですね。実は先日、京都に行ったときに西本願寺や東本願寺も見てきましたが、青蓮院門跡にも行って参りましたので、聖人が出家得度をなされた所とは、どんな所なのか紹介したいと思います。 ……で、その青蓮院門跡なんですが、京都市営地下鉄東西線の東山駅のすぐそばでして、この東山区付近は、親鸞聖人のご旧跡が密集している所でもあります。三条通りから円山公園への坂道をチョチョイと登っていけば、その道中にアッサリと見つかったりするのですが、あまりにも有名なビジュアルなだけにスルーはできないでしょう。 そう、青蓮院門跡といえば、この大楠でしょうか？京都市の登録天然記念物に指定されているそうですが、まあ、なんせ「よく支えているな～」っていうくらいに、水平に枝が広がっています。この青蓮院門跡には、この巨大な楠が5本ありますが、これらで境内が覆い尽くされているのではなかろうかっていうくらいに大きいですね。 この青蓮院門跡で受け取った『青蓮院門跡の由緒』というプリントによれば、 青蓮院は天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の一つとして古くより知られ、現在は天台宗の京都にある五つの門跡寺院を五ケ室と呼んでいるその一つである。日本天台宗の祖最澄（伝教大師）が比叡山を開くにあたっては、山上に僧侶の住坊を幾つも造ったが、その一つの青蓮坊が青蓮院の起源である ……とあるように、この青蓮院は天台宗の寺ですね。 親鸞聖人は、ご幼名を松若丸といわれ、４歳で父君の藤原有範卿、８歳で母君の吉光御前と死別なされ、９歳でご出家なされ天台宗の僧侶となられました。その出家得度をされた所が青蓮院なので、ここの入り口には、 ご覧のとおり「親鸞聖人得度聖地」との大きな石標が立っているのです。うっかりすると、浄土真宗の寺のように思ってしまうので要注意です。 もん太が、この青蓮院門跡に訪れた時は、平日ながら大変多くの大型観光バスが限られた駐車スペースに並んでおり、そこから観光客がゾロゾロと降りてきました。 どこかで見かけた名札に、どこかで見かけた旗がはためいています。よ～っく見てみると西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌にやってきた山口県の門徒とのことでした。ここにバスを停めて、しばらくの間、この近くを散策するというものらしく、青蓮院はじめ、円山公園やら知恩院などを時間内に自由に見て回るというものでした。聞法ツアーならいいのですが、どうも京都観光ツアーという感じです。京都観光のコースの中に青蓮院や円山公園、比叡山と並んで西本願寺参拝といった具合です。実際に大遠忌に行っても、以前の記事でも書きましたように「記念布教」と題された説教は10分ほどで終わって、あとは訳の分からない宗祖讃仰作法というものを延々と続けるばかり。 教えの抜けた西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌なので、京都観光ツアーに組み込むより他に参拝者を確保できないのも分かる気がします。 釈迦の一切経の結論は「一向専念無量寿仏」です。「無量寿仏」は「阿弥陀仏」の別名ですが、阿弥陀仏だけを専ら信じなさいということです。他の諸仏や菩薩、諸神に一切礼拝してはなりませんよと教えられたので、浄土真宗は「一向宗」と言われるくらいに徹底して弥陀一仏に向かいなさいと教えられます。そのことは、蓮如上人の御文章1帖目第15通『宗名・当流世間』に、このようにご教導くださっています。 問うていわく、「当流をみな世間に流布して、一向宗と名け候は、いかようなる子細にて候やらん。不審に覚え候」。 ○答えていわく、「強ちに我が流を一向宗となのることは、別して祖師も定められず。おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり。 しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。されば一向宗という名言は、更に本宗より申なぬなりと知るべし。 されば、自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行をえらびたまう。この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。この謂あるが故に、別して真の字を入れたまうなり」。 ○またのたまわく、「当宗をすでに浄土真宗と名けられ候ことは分明に聞えぬ。 しかるにこの宗体にて、在家の罪ふかき悪逆の機なりというとも、弥陀の願力にすがりて容易く極楽に往生すべきよう、詳しく承りはんべらんと思うなり」。 ○答えていわく、「当流の趣は、信心決定しぬれば必ず真実報土の往生を遂ぐべきなり。さればその信心というは、いかようなる事ぞといえば、何の煩もなく弥陀如来を一心にたのみたてまつりて、その余の仏・菩薩等にも心を懸けずして、一向に二心なく弥陀を信ずるばかりなり。これをもって信心決定とは申すものなり。（後略）」 あまりに浄土真宗が一向専念無量寿仏を徹底しているので、当時の人は「一向宗」と呼んだくらいです。日本史を選択していなかったもん太でも「一向一揆」という言葉は聞いた事がありますが、本当の浄土真宗は、阿弥陀仏以外の仏や菩薩や神には向いてはならないということが、よく分かると思います。そして、それは、その後にも書かれていますように、弥陀一仏に向かなければ、私たちの人生の目的である「信心決定」できないからなんですね。 この信心決定ということが如何に大事なことであるかは、蓮如上人のご遺言からもお分かりかと思います。蓮如上人が最後に書かれた御文章である4帖目第15通には、 あわれあわれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと、朝夕思いはんべり。まことに宿善まかせとはいいながら、述懐のこころ暫くも止むことなし。 又はこの在所に三年の居住を経る、その甲斐とも思うべし。相構えて相かまえて、この一七箇日報恩講のうちに於て、信心決定ありて、我人一同に往生極楽の本意を遂げたまうべきものなり。　あなかしこ　あなかしこ。 と仰っています。 遺言には、どうでもいいことは書きません。その人が、もっとも大切に思っていることを書き遺すものですが、蓮如上人は全ての人に生きる目的である信心決定をしてもらいたいと願っておられることがお分かりかと思います。だから、浄土真宗の最大行事である報恩講に参詣されたならば、信心決定してくれよと仰っているわけですね。これは、報恩講に限らず750回忌にも、「この親鸞聖人750回忌のうちに於て、信心決定ありて、我人一同に往生極楽の本意を遂げたまうべきものなり」と言えるのではないでしょうか。 そういうことを思いますと、この西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌は、その願いにかなったものになっているだろうかと疑問に思わずにおれません。 さて、青蓮院門跡の長屋門の隣には「植髪堂」という建物があります。 この植髪堂の説明には、このように書かれてありました。 境内北側一段低い所にある植髪堂（うえがみどう）は、親鸞得度の時に剃り落とした髪を、親鸞童形の像に植えたものを祀って居る。猶その髪の一部は植髪堂横の遺髪塔に納められている。現在この植髪堂の地階には立派な納骨御仏壇を設置し広く御希望の方の納骨をお受けして居るので、ご興味のある方はお問合せ下さい。 ここの僧の話によれば、植髪堂は、かなり前からあるものではないらしく、親鸞聖人が有名になられてからできたもので、ある時、蔵の中を整理していたところ、親鸞聖人のお名前をしるした髪が発見されたために建立されたものらしいですね。そういうこともあって、ここの主役は親鸞聖人のようです。確かに、堂の内部には、 ご覧のとおり、親鸞聖人のご一代の絵が展示されているのでした。 ここに展示されている聖人のご一生は一体何の為のご苦労であったのか、知るご縁ともなればありがたいのですが、この植髪堂の説明を見る限り、そういう縁にもならないようです。 あまり、ここに長居するのもアレですから、青蓮院の中に入っていきたいと思います。 青蓮院門跡で、一番大きく目立つのが「宸殿」という建物です。ここの庭園からの様子は有名ですね。 宸殿については、説明のプリントに、このように解説されていました。 門跡寺院特有のもの。主要な法要を行う。有縁の天皇及び歴代門主の御尊牌を祀る。浄土真宗宗祖の親鸞聖人が当時の門主慈圓により得度をした縁で「お得度の間」ともいう。徳川家康の孫である東福門院（後水尾天皇女御）の御所を移築。明治に消失後復元。重要文化財　濱松図　その他狩野派障壁画（消失前のもの）あり。 この宸殿の中央の部屋が、親鸞聖人が出家得度をされた部屋といわれています。ただ、その部屋の中には「撮影禁止」と書かれていたので、様子を紹介できないのは残念ですが、歴代の天皇のものと思われる位牌がズラリと並ぶ部屋でして、親鸞学徒の私たちからすれば目を背けたくなるような部屋でした。その部屋の両側にある部屋のうち、片方には聖人が出家得度をされた時の師匠であった慈圓（慈鎮和尚）の像などが祀られていたりしたのですが、先ほどの山口からの750回大遠忌参拝グループの皆さんがゾロゾロ入ってこられるやいなや、その像に深々と合掌礼拝し、得度の間の前に置かれていた賽銭箱に賽銭を投げているのには驚きました。 先述のとおり、浄土真宗は阿弥陀仏以外の仏に対してさえも礼拝はしてはならないと厳しく教えられています。親鸞聖人が捨てよと仰った雑行で「五雑行」と言われるものがあります。阿弥陀仏以外の仏や菩薩や神に仕える行為なのですが、平気で礼拝雑行をしていて、その後ろにいる真宗僧侶も何も言わないのは、まさに教えがない証拠と言っていいでしょう。信心決定という目的を失ったならば、雑行を捨てる意味も分かりませんからね。雑行を平気でやって帰る750回大遠忌ツアーがここにあったわけです。 こんなことを言っていると意が痛くなりますので、宸殿からの風景を楽しみましょう。入り口で入場料500円を徴収されて建物や庭に入ることができます。 宸殿の前には「右近の橘」「左近の桜」というものが植えられているのですが、上の写真では、左近の桜が見事に咲いているのがお分かりでしょうか？富山から京都に行く前に、青蓮院門跡に電話をかけて「京都の桜を撮りたいんですけど、青蓮院さんの桜の開花状況はどうでしょう？」と尋ねると、女性の係の方が「はて、どうでしょう？宸殿の前に１本、庭に１本あるけど、見てないわね」と言われるくらいに桜は目玉ではないらしいですね。京都の桜の名所なら、隣の円山公園だったりするわけですが、桜目当てに青蓮院に来る人はいないようです。 それにしても、宸殿からの桜は見事で、ここで写真を撮っている山口県の門徒グループがありました。 また、宸殿の隣にある「小御所」からは「相阿弥の庭」といわれる庭園が見えるのですが、やはり庭園に力を入れているだけあって、見事ですね。 庭を歩くと、小高い山に登ることができるのですが、 青蓮院門跡の向こうに京都市外を望むことができました。 さて、一通り庭も見た後に帰ろうとすると、有料コースの出口付近であり、宸殿の隣に親鸞聖人の像がありました。 ズバリ、親鸞聖人の出家得度のご様子を像にしたものですが、雨ざらしになっているのが申し訳ない。この像についてもプリントに説明が出ていました。 車寄の前に親鸞童形像が立っているのは大阪の信徒某氏の願によって昭和の始め頃造立されたものである。親鸞得度の時、馬をつないだと伝えられる古松がこのあたりにあったので、像はその前に建てられたのである。 ……とのことです。 そして、その脇には、親鸞聖人がご出家をされる時に詠まれたお歌が、石碑となっていました。 明日ありと 思う心の あだ桜　夜半に嵐の 吹かぬものかは [...]<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/04/shorenin/">親鸞聖人の出家得度の地「青蓮院門跡」</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>今日は、<a href="http://www.shinrankai.or.jp/" target="_blank">親鸞会</a>にてテレビ座談会が勤められ、高森顕徹先生より『なぜ生きる』についてお聞きしました。</p>
<p>そのお答えの中で、親鸞聖人がご出家なされた動機についてお話しくださいましたが、聖人が出家得度されたご旧跡といえば青蓮院ですね。実は先日、京都に行ったときに西本願寺や東本願寺も見てきましたが、青蓮院門跡にも行って参りましたので、聖人が出家得度をなされた所とは、どんな所なのか紹介したいと思います。</p>
<p>……で、その青蓮院門跡なんですが、京都市営地下鉄東西線の東山駅のすぐそばでして、この東山区付近は、親鸞聖人のご旧跡が密集している所でもあります。三条通りから円山公園への坂道をチョチョイと登っていけば、その道中にアッサリと見つかったりするのですが、あまりにも有名なビジュアルなだけにスルーはできないでしょう。</p>
<div id="attachment_3921" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-1.jpg" alt="青蓮院門跡の大楠（Photo by 親鸞会）" title="青蓮院門跡の大楠（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3921" /><p class="wp-caption-text">親鸞聖人が出家得度された青蓮院門跡にやってきました</p></div>
<p>そう、青蓮院門跡といえば、この大楠でしょうか？京都市の登録天然記念物に指定されているそうですが、まあ、なんせ「よく支えているな～」っていうくらいに、水平に枝が広がっています。この青蓮院門跡には、この巨大な楠が5本ありますが、これらで境内が覆い尽くされているのではなかろうかっていうくらいに大きいですね。</p>
<p>この青蓮院門跡で受け取った『青蓮院門跡の由緒』というプリントによれば、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;"><strong>青蓮院は天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の一つとして古くより知られ、現在は天台宗の京都にある五つの門跡寺院を五ケ室と呼んでいるその一つである。日本天台宗の祖最澄（伝教大師）が比叡山を開くにあたっては、山上に僧侶の住坊を幾つも造ったが、その一つの青蓮坊が青蓮院の起源である</strong></span></p>
<p>……とあるように、この青蓮院は天台宗の寺ですね。</p>
<p>親鸞聖人は、ご幼名を松若丸といわれ、４歳で父君の藤原有範卿、８歳で母君の吉光御前と死別なされ、９歳でご出家なされ天台宗の僧侶となられました。その出家得度をされた所が青蓮院なので、ここの入り口には、</p>
<div id="attachment_3922" class="wp-caption aligncenter" style="width: 276px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-2.jpg" alt="青蓮院門跡の石標（Photo by 親鸞会）" title="青蓮院門跡の石標（Photo by 親鸞会）" width="266" height="362" class="size-full wp-image-3922" /><p class="wp-caption-text">天台宗の寺だが「親鸞聖人得度聖地」の石標</p></div>
<p>ご覧のとおり<span style="color: #ff0000;"><strong>「親鸞聖人得度聖地」</strong></span>との大きな石標が立っているのです。うっかりすると、浄土真宗の寺のように思ってしまうので要注意です。</p>
<p>もん太が、この青蓮院門跡に訪れた時は、平日ながら大変多くの大型観光バスが限られた駐車スペースに並んでおり、そこから観光客がゾロゾロと降りてきました。</p>
<div id="attachment_3923" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-3.jpg" alt="青蓮院門跡の長屋門（Photo by 親鸞会）" title="青蓮院門跡の長屋門（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3923 " /><p class="wp-caption-text">観光バスからゾロゾロと…。見れば本願寺750回大遠忌の参拝者ばかり</p></div>
<p>どこかで見かけた名札に、どこかで見かけた旗がはためいています。よ～っく見てみると西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌にやってきた山口県の門徒とのことでした。ここにバスを停めて、しばらくの間、この近くを散策するというものらしく、青蓮院はじめ、円山公園やら知恩院などを時間内に自由に見て回るというものでした。聞法ツアーならいいのですが、どうも京都観光ツアーという感じです。京都観光のコースの中に青蓮院や円山公園、比叡山と並んで西本願寺参拝といった具合です。実際に大遠忌に行っても、以前の記事でも書きましたように「記念布教」と題された説教は10分ほどで終わって、あとは訳の分からない宗祖讃仰作法というものを延々と続けるばかり。</p>
<p>教えの抜けた西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌なので、京都観光ツアーに組み込むより他に参拝者を確保できないのも分かる気がします。</p>
<p>釈迦の一切経の結論は<span style="color: #ff0000;"><strong>「一向専念無量寿仏」</strong></span>です。「無量寿仏」は「阿弥陀仏」の別名ですが、阿弥陀仏だけを専ら信じなさいということです。他の諸仏や菩薩、諸神に一切礼拝してはなりませんよと教えられたので、浄土真宗は「一向宗」と言われるくらいに徹底して弥陀一仏に向かいなさいと教えられます。そのことは、蓮如上人の御文章1帖目第15通『宗名・当流世間』に、このようにご教導くださっています。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>問うていわく、「当流をみな世間に流布して、一向宗と名け候は、いかようなる子細にて候やらん。不審に覚え候」。</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>○答えていわく、「強ちに我が流を一向宗となのることは、別して祖師も定められず。おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり。</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。されば一向宗という名言は、更に本宗より申なぬなりと知るべし。</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>されば、自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行をえらびたまう。この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。この謂あるが故に、別して真の字を入れたまうなり」。</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>○またのたまわく、「当宗をすでに浄土真宗と名けられ候ことは分明に聞えぬ。</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>しかるにこの宗体にて、在家の罪ふかき悪逆の機なりというとも、弥陀の願力にすがりて容易く極楽に往生すべきよう、詳しく承りはんべらんと思うなり」。</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>○答えていわく、「当流の趣は、信心決定しぬれば必ず真実報土の往生を遂ぐべきなり。さればその信心というは、いかようなる事ぞといえば、何の煩もなく弥陀如来を一心にたのみたてまつりて、その余の仏・菩薩等にも心を懸けずして、一向に二心なく弥陀を信ずるばかりなり。これをもって信心決定とは申すものなり。（後略）」</strong></span></p>
<p>あまりに浄土真宗が一向専念無量寿仏を徹底しているので、当時の人は「一向宗」と呼んだくらいです。日本史を選択していなかったもん太でも「一向一揆」という言葉は聞いた事がありますが、本当の浄土真宗は、阿弥陀仏以外の仏や菩薩や神には向いてはならないということが、よく分かると思います。そして、それは、その後にも書かれていますように、弥陀一仏に向かなければ、私たちの人生の目的である「信心決定」できないからなんですね。</p>
<p>この信心決定ということが如何に大事なことであるかは、蓮如上人のご遺言からもお分かりかと思います。蓮如上人が最後に書かれた御文章である4帖目第15通には、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>あわれあわれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと、朝夕思いはんべり。まことに宿善まかせとはいいながら、述懐のこころ暫くも止むことなし。</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000;"><strong>又はこの在所に三年の居住を経る、その甲斐とも思うべし。相構えて相かまえて、この一七箇日報恩講のうちに於て、信心決定ありて、我人一同に往生極楽の本意を遂げたまうべきものなり。　あなかしこ　あなかしこ。</strong></span></p>
<p>と仰っています。</p>
<p>遺言には、どうでもいいことは書きません。その人が、もっとも大切に思っていることを書き遺すものですが、蓮如上人は全ての人に生きる目的である信心決定をしてもらいたいと願っておられることがお分かりかと思います。だから、浄土真宗の最大行事である報恩講に参詣されたならば、信心決定してくれよと仰っているわけですね。これは、報恩講に限らず750回忌にも、「この親鸞聖人750回忌のうちに於て、信心決定ありて、我人一同に往生極楽の本意を遂げたまうべきものなり」と言えるのではないでしょうか。</p>
<p>そういうことを思いますと、この西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌は、その願いにかなったものになっているだろうかと疑問に思わずにおれません。</p>
<p>さて、青蓮院門跡の長屋門の隣には「植髪堂」という建物があります。</p>
<div id="attachment_3924" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-4.jpg" alt="青蓮院門跡の植髪堂（Photo by 親鸞会）" title="青蓮院門跡の植髪堂（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3924" /><p class="wp-caption-text">青蓮院門跡の駐車場奥には「植髪堂」という建物があった</p></div>
<p>この植髪堂の説明には、このように書かれてありました。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;"><strong>境内北側一段低い所にある植髪堂（うえがみどう）は、親鸞得度の時に剃り落とした髪を、親鸞童形の像に植えたものを祀って居る。猶その髪の一部は植髪堂横の遺髪塔に納められている。現在この植髪堂の地階には立派な納骨御仏壇を設置し広く御希望の方の納骨をお受けして居るので、ご興味のある方はお問合せ下さい。</strong></span></p>
<p>ここの僧の話によれば、植髪堂は、かなり前からあるものではないらしく、親鸞聖人が有名になられてからできたもので、ある時、蔵の中を整理していたところ、親鸞聖人のお名前をしるした髪が発見されたために建立されたものらしいですね。そういうこともあって、ここの主役は親鸞聖人のようです。確かに、堂の内部には、</p>
<div id="attachment_3925" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-5.jpg" alt="青蓮院門跡の植髪堂内部（Photo by 親鸞会）" title="青蓮院門跡の植髪堂内部（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3925" /><p class="wp-caption-text">植髪堂の中には、親鸞聖人のご一生が額入りの絵で展示されている</p></div>
<p>ご覧のとおり、親鸞聖人のご一代の絵が展示されているのでした。</p>
<p>ここに展示されている聖人のご一生は一体何の為のご苦労であったのか、知るご縁ともなればありがたいのですが、この植髪堂の説明を見る限り、そういう縁にもならないようです。</p>
<p>あまり、ここに長居するのもアレですから、青蓮院の中に入っていきたいと思います。</p>
<p>青蓮院門跡で、一番大きく目立つのが「宸殿」という建物です。ここの庭園からの様子は有名ですね。</p>
<div id="attachment_3926" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-6.jpg" alt="青蓮院門跡の宸殿（Photo by 親鸞会）" title="青蓮院門跡の宸殿（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3926" /><p class="wp-caption-text">宸殿の前に広がる庭園に「右近の橘」と「左近の桜」がある</p></div>
<p>宸殿については、説明のプリントに、このように解説されていました。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;"><strong>門跡寺院特有のもの。主要な法要を行う。有縁の天皇及び歴代門主の御尊牌を祀る。浄土真宗宗祖の親鸞聖人が当時の門主慈圓により得度をした縁で「お得度の間」ともいう。徳川家康の孫である東福門院（後水尾天皇女御）の御所を移築。明治に消失後復元。重要文化財　濱松図　その他狩野派障壁画（消失前のもの）あり。</strong></span></p>
<p>この宸殿の中央の部屋が、親鸞聖人が出家得度をされた部屋といわれています。ただ、その部屋の中には「撮影禁止」と書かれていたので、様子を紹介できないのは残念ですが、歴代の天皇のものと思われる位牌がズラリと並ぶ部屋でして、親鸞学徒の私たちからすれば目を背けたくなるような部屋でした。その部屋の両側にある部屋のうち、片方には聖人が出家得度をされた時の師匠であった慈圓（慈鎮和尚）の像などが祀られていたりしたのですが、先ほどの山口からの750回大遠忌参拝グループの皆さんがゾロゾロ入ってこられるやいなや、その像に深々と合掌礼拝し、得度の間の前に置かれていた賽銭箱に賽銭を投げているのには驚きました。</p>
<p>先述のとおり、浄土真宗は阿弥陀仏以外の仏に対してさえも礼拝はしてはならないと厳しく教えられています。親鸞聖人が捨てよと仰った雑行で「五雑行」と言われるものがあります。阿弥陀仏以外の仏や菩薩や神に仕える行為なのですが、平気で礼拝雑行をしていて、その後ろにいる真宗僧侶も何も言わないのは、まさに教えがない証拠と言っていいでしょう。信心決定という目的を失ったならば、雑行を捨てる意味も分かりませんからね。雑行を平気でやって帰る750回大遠忌ツアーがここにあったわけです。</p>
<p>こんなことを言っていると意が痛くなりますので、宸殿からの風景を楽しみましょう。入り口で入場料500円を徴収されて建物や庭に入ることができます。</p>
<div id="attachment_3927" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-7.jpg" alt="宸殿の内部（Photo by 親鸞会）" title="宸殿の内部（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3927" /><p class="wp-caption-text">宸殿の中から庭園を眺めてみた。左近の桜が美しい</p></div>
<p>宸殿の前には「右近の橘」「左近の桜」というものが植えられているのですが、上の写真では、左近の桜が見事に咲いているのがお分かりでしょうか？富山から京都に行く前に、青蓮院門跡に電話をかけて「京都の桜を撮りたいんですけど、青蓮院さんの桜の開花状況はどうでしょう？」と尋ねると、女性の係の方が「はて、どうでしょう？宸殿の前に１本、庭に１本あるけど、見てないわね」と言われるくらいに桜は目玉ではないらしいですね。京都の桜の名所なら、隣の円山公園だったりするわけですが、桜目当てに青蓮院に来る人はいないようです。</p>
<p>それにしても、宸殿からの桜は見事で、ここで写真を撮っている山口県の門徒グループがありました。</p>
<p>また、宸殿の隣にある「小御所」からは「相阿弥の庭」といわれる庭園が見えるのですが、やはり庭園に力を入れているだけあって、見事ですね。</p>
<div id="attachment_3928" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-8.jpg" alt="龍心池と相阿弥の庭（Photo by 親鸞会）" title="龍心池と相阿弥の庭（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3928 " /><p class="wp-caption-text">小御所から龍心池と相阿弥の庭を眺める。山腹に桜が見える</p></div>
<p>庭を歩くと、小高い山に登ることができるのですが、</p>
<div id="attachment_3929" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-9.jpg" alt="青蓮院門跡と京都市街（Photo by 親鸞会）" title="青蓮院門跡と京都市街（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3929" /><p class="wp-caption-text">庭の小高い山から青蓮院門跡と京都市街を眺める</p></div>
<p>青蓮院門跡の向こうに京都市外を望むことができました。</p>
<p>さて、一通り庭も見た後に帰ろうとすると、有料コースの出口付近であり、宸殿の隣に親鸞聖人の像がありました。</p>
<div id="attachment_3930" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-10.jpg" alt="親鸞聖人像（Photo by 親鸞会）" title="親鸞聖人像（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3930" /><p class="wp-caption-text">宸殿の横に親鸞聖人の出家得度の像が雨ざらしになっていた</p></div>
<p>ズバリ、親鸞聖人の出家得度のご様子を像にしたものですが、雨ざらしになっているのが申し訳ない。この像についてもプリントに説明が出ていました。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;"><strong>車寄の前に親鸞童形像が立っているのは大阪の信徒某氏の願によって昭和の始め頃造立されたものである。親鸞得度の時、馬をつないだと伝えられる古松がこのあたりにあったので、像はその前に建てられたのである。</strong></span></p>
<p>……とのことです。</p>
<p>そして、その脇には、親鸞聖人がご出家をされる時に詠まれたお歌が、石碑となっていました。</p>
<div id="attachment_3931" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-11.jpg" alt="親鸞聖人のお歌（Photo by 親鸞会）" title="親鸞聖人のお歌（Photo by 親鸞会）" width="400" height="310" class="size-full wp-image-3931" /><p class="wp-caption-text">親鸞聖人が出家得度の時に詠まれたお歌が像の横にあった</p></div>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000; font-size: medium;"><strong>明日ありと 思う心の あだ桜　夜半に嵐の 吹かぬものかは</strong></span></p>
<p>今回の親鸞会でのテレビ座談会でも、このお歌の意味もお聞かせいただきました。</p>
<p>このお歌は、４歳に父君を、８歳で母君を亡くされ、養和元年、激しい無常を感じられた９歳の聖人は、叔父であった藤原範綱卿と共に、青蓮院の門をくぐられました。当時の門主は慈鎮和尚で、天台宗比叡山の座主を務める高僧でした。親鸞聖人は、</p>
<p>「次は、私が死んで行かなければならないと思うと不安なのです。何としても、ここ一つ、明らかになりたいのです」</p>
<p>と出家を願われました。慈鎮和尚は、</p>
<p>「わずか九歳で出家を志すとは尊いことだ。そなたならきっと立派な僧侶となられるだろう。だが仏門の修行は厳しいぞ」</p>
<p>と驚き感心しながらも、</p>
<p>「今日は、忙しいので、明日、得度の式をあげよう」</p>
<p>と答え、付き添いの範綱卿に異存はなく「では、明日ということで……」と、立とうとすると聖人は紙と筆を持たれて書かれたのが、先のお歌です。</p>
<p>受け取った慈鎮和尚は「おお……」と驚き、背を寒くしたように、その歌に打たれました。更に聖人は、</p>
<p>「今を盛りと咲く花も、一陣の嵐で、散ってしまいます。人の命は、桜の花よりもはかなきものと聞いております。明日と言わず、どうか今日、得度していただけないでしょうか」</p>
<p>と頼まれます。慈鎮和尚は、</p>
<p>「そこまでそなたは無常を感じておられるのか……。分かった。じゃあ早速得度の式をあげよう。すぐに用意を頼むぞ」</p>
<p>とその晩のうちに、出家得度の式を終えたのでした。</p>
<p>この様子は、分かりやすいアニメにもなっているようですので、そちらをご覧ください。</p>
<p style="text-align: center;"><iframe width="480" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/KjqO77oKzp0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>私たちは、何かを信じなければ生きていけません。「信心」と聞くと、仏や神など特定の宗教を信ずることだけのように感じている人が多いかと思いますが、何かを信じていれば、それはその人の信心です。子は親を信じていますし、親は子を信じています。また、金を信じている金信心もあります。</p>
<p>そして、私たちが生きている目的は「幸福」になることです。不幸になりたくて生きている人は１人もありません。自殺する人でさえ、生きているよりは死んだほうが幸福と思うからこそ自殺をするわけで、死んだほうが苦しいと思えば自殺はしません。</p>
<p>私たちが苦しむのは信じていたものに裏切られたときです。病気で苦しんでいる人は「健康」という信心が裏切られた人であり、失恋で苦しんでいる人は「恋人」という信心に裏切られた人です。ですから、私たちが何かを信じる時は、果たしてそれは信じて大丈夫かということを確かめ吟味しなければ、後から苦しむことになるのですね。他人にお金を貸すことでも、その人が返済できる人でなければ誰も貸しません。後から、自分が苦しむことになるからです。それを見極められなかった人は、夜逃げされて裏切られ、返済されずに苦しむということは、よくお分かりかと思います。</p>
<p>さて、親鸞聖人がこのお歌で仰っているのは、どういうことでしょうか？</p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>「</strong></span><span style="color: #ff0000;"><strong>明日ある」</strong></span>というという信心を全ての人が持っています。その大前提があってこそ、生きていられるわけで、今回の大震災でも「前に向かって進もう！」と言っているのも、明日に向かって頑張って進もうと言っているようなものです。果たして、この「明日ある」という信心は、裏切らない信心でしょうか。「私に明日がある」は、１００％裏切られる信心です。</p>
<p>「いや、いつか自分は死ななければならないことは分かっているよ」と言っていますが、「明日生きていられる」という信心は、明日になればまた「明日生きていられる」となり、結局は永遠に生きていられるという信心です。後ろから当てられた光で自分の前に出た自分の影を踏もうと走っているようなものです。どれだけ高速で走ったところで、いつまで経っても影は踏めないようなものです。しかし、「明日ある」は全人類が持っている信心ですが、そんな全人類の信心を「あだ桜だぞ！」「大間違いなのだよ！」と９歳の親鸞聖人はブチ壊されているのです。</p>
<p>証明できないことは信じられないという人がありますが、そんな人でも証明できない「明日ある」ということを信じて、計画を立てて生きているわけです。全人類が持っている大きな迷信と言えるでしょう。</p>
<p>「明日生きていける」と思わなければ生きていけないじゃないか、と反論する人もありますが、生きていける、生きていけないということと真実には何の関係もないのです。私たちの都合には全くおかまいなしなのが無常という真実です。東日本大震災を襲った、地震や津波が私たちの都合をどれだけ配慮してくれたでしょうか？全くお構いなしで直前まで「明日ある」と信じていた人たちを裏切って後生へと送り込んでいったわけです。これは、被災されて亡くなられた方々のことだけではありません。</p>
<p>果たして、今晩無常の風が来たならば後生ですが、明日から後生となれば、その先はどうなっているのでしょうか？死んだらどうなるか分からない「後生暗い心」の解決を急げと、親鸞聖人は教えていかれたわけです。</p>
<p>その無常は老少不定といいまして、歳をとった人から順番にやってくるものではありません。</p>
<p>生後８ヶ月の息子にも同じことが言えるのですが……、</p>
<div id="attachment_3932" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230429-12.jpg" alt="花より団子（Photo by 親鸞会）" title="花より団子（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3932" /><p class="wp-caption-text">生後８カ月の息子は、花より生八ツ橋なのでまだまだです</p></div>
<p>花より生八ツ橋で京都みやげに持って帰ったイチゴ味の「粋都（すいーつ）」に夢中のようですね。９歳でこのようなお歌を詠まれた聖人の凄さを改めて知らされますね。</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/04/shorenin/">親鸞聖人の出家得度の地「青蓮院門跡」</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>UNLOCKING TANNISHO 世界へ！</title>
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		<pubDate>Fri, 08 Apr 2011 15:05:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[親鸞会もん太のどこまで脱線するの？]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ生きる]]></category>
		<category><![CDATA[親鸞会]]></category>
		<category><![CDATA[高森顕徹]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 親鸞聖人の教えを学ぼうとする人が読む本で非常に多いのは「歎異抄」ではないでしょうか？鎌倉時代の古典としてでも、大変な美文であり、仏教に関心のない人でも、古文を学ぼうと手にされる方は多いようです。もん太も、母校である富山県立大学に在学中、一般教養の中に国文学という授業があり、その課題図書として歎異抄があったのを覚えております。富山県立大学は理系の大学なんですが、教材として取り上げられていたんですね。 そんな歎異抄ですが「カミソリ聖教」とも呼ばれます。カミソリは大人が使えば大変便利なものでありますが、子供が使えば大変危険なものとなり、自身も他人も傷つけるものとなってしまいます。そんなカミソリのように、大変読み誤りやすい部分が多くあるために、そのように呼ばれるようです。そんな危険性をはらんでいることを心配されてか、浄土真宗の中興上人である蓮如上人は、歎異抄の奥書にあるように、 右この聖教は、当流大事の聖教たるなり。無宿善の機に於ては左右なく之を許すべからざるなり。 釈蓮如 と、この歎異抄を封印されたのでした。 その歎異抄が明治時代に、ある機縁で多くの人に読まれ始めましたが、蓮如上人が心配されたように歎異抄のカミソリでケガをする人が続出。そういうこともあって、現在の浄土真宗では、正しく親鸞聖人の教えを説く人も知る人もいなくなり、衰退の一途をたどるようになりました。 この現状を嘆かれた高森顕徹先生は親鸞会を結成され、親鸞聖人のお言葉を示されて、本当の親鸞聖人の教えを明らかにされています。 その高森先生が、多くの人に歎異抄の真意を知ってもらいたいと「封印」された歎異抄を「開かれた」のが、平成20年3月に発刊された『歎異抄をひらく（１万年堂出版刊）』でした。あくまで親鸞聖人の主著である教行信証などのお言葉を通して、歎異抄を解説された本として、大変多くの方に読まれているのですが、この歎異抄は日本語圏以外でも読まれているわけです。 西洋哲学の父と言われるハイデッガーは、老後の日記に、 今日、英訳を通じて、初めて、東洋の聖者親鸞を知った。若し、十年前に、こんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったなら、私はギリシャ語や、ラテン語の勉強もしなかった。日本語を学び、親鸞聖人の教えを聞いて世界中に弘めることを、生き甲斐にしたであろう。だが、おそかった。 と記しています。 ３月に東日本を襲った国難とも言える東日本大震災で、工場なども壊滅的な被害を受け「モノづくり日本」が揺らぎ、日本の立場も危うくなっています。そんな中で、世界が賞賛し、注目しているのが日本人の精神です。あんな大惨事の後に、冷静に行動し、暴動も略奪も起きません。そんなこと信じられないと、世界のメディアが大絶賛したのでした。さて、日本人の心の根底には何があるのでしょうか？ 日本人の思想の根底には、まさしく歎異抄の精神が流れているといってもいいでしょう。 その世界が知りたがっている歎異抄の真意が明らかにされたのが『歎異抄をひらく』ですが、本日、IPI社より英語訳として世界に羽ばたきました！タイトルはズバリ、 『UNLOCKING TANNISHO Shinran&#8217;s Words on the Pure Land Path』 です。 真っ赤な装幀が目をひきますね。 表紙を開くと高森顕徹先生の「Introduction（はじめに）」があります。 実は、このIntroductionは、日本語版と異なっています。まさしく、英語圏の方々にあてられたメッセージと言えるでしょう。 そして、「Part One（１部）」。 次に「Part Two（２部）」。 それぞれの扉には鮮やかな桜の写真がデザインされています。 本文も、 ご覧のとおり、２色刷りで非常に読みやすくなっています。 さらに、和のテイスト……といいましょうか、最後には原文が毛筆と活字で、 ご覧のとおり、掲載されています。 この書を手にされて、多くの方々が日本に親鸞聖人という素晴らしい方がおられたことを知り、また、日本で高森顕徹先生が、その親鸞聖人の教えを正しく説いておられる事を知っていただきたいと念ずるばかりです。 先ほどの、ハイデッガーの日記には、このような事も書かれています。 自分の側には、日本の哲学者や思想家が三十名近くも留学していたが、誰一人、日本にこんな偉大な人がおられたことを聞かせてくれなかった。日本の人達は何をしているのだろう。日本は戦に敗けて、今後、文化国家として世界文化に貢献すると言っているが、私をして言わしむれば、立派な建物も美術品もいらない。何もいらないから、親鸞聖人の教えを世界に宣伝して頂きたい。 これを読むたびに、ハイデッガーが平成の今日、生きていたら、どんなに喜んだだろうかと思わずにおれません。 ハイデッガーの日記では、戦争に敗けて……と言っていますが、今ならば、東日本大震災で被災して……となるでしょう。技術大国として世界に貢献してきた日本ですが、これからは、まさしく日本の精神の根底にある仏教。その真髄である親鸞聖人の教えを、この「UNLOCKING TANNISHO Shinran&#8217;s Words on the Pure Land Path」を通して全人類が知り、「人生の目的」「なぜ生きる」の解答を知られることを念じて止みません。 この「UNLOCKING TANNISHO Shinran&#8217;s Words on [...]<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/04/unlocking-tannisho/">UNLOCKING TANNISHO 世界へ！</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>親鸞聖人の教えを学ぼうとする人が読む本で非常に多いのは<span style="color: #800000;"><strong>「歎異抄」</strong></span>ではないでしょうか？鎌倉時代の古典としてでも、大変な美文であり、仏教に関心のない人でも、古文を学ぼうと手にされる方は多いようです。もん太も、母校である富山県立大学に在学中、一般教養の中に国文学という授業があり、その課題図書として歎異抄があったのを覚えております。富山県立大学は理系の大学なんですが、教材として取り上げられていたんですね。</p>
<p>そんな歎異抄ですが<span style="color: #0000ff;"><strong>「カミソリ聖教」</strong></span>とも呼ばれます。カミソリは大人が使えば大変便利なものでありますが、子供が使えば大変危険なものとなり、自身も他人も傷つけるものとなってしまいます。そんなカミソリのように、大変読み誤りやすい部分が多くあるために、そのように呼ばれるようです。そんな危険性をはらんでいることを心配されてか、浄土真宗の中興上人である蓮如上人は、歎異抄の奥書にあるように、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #993300;"><strong><span style="font-size: medium;">右この聖教は、当流大事の聖教たるなり。無宿善の機に於ては左右なく之を許すべからざるなり。</span></strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px; text-align: right;"><span style="color: #993300;"><strong><span style="font-size: medium;">釈蓮如</span></strong></span></p>
<p>と、この歎異抄を封印されたのでした。</p>
<p>その歎異抄が明治時代に、ある機縁で多くの人に読まれ始めましたが、蓮如上人が心配されたように歎異抄のカミソリでケガをする人が続出。そういうこともあって、現在の浄土真宗では、正しく親鸞聖人の教えを説く人も知る人もいなくなり、衰退の一途をたどるようになりました。</p>
<p>この現状を嘆かれた<a href="http://www.takamori.info/" target="_blank">高森顕徹</a>先生は<a href="http://親鸞会.com/" target="_blank" class="broken_link">親鸞会</a>を結成され、親鸞聖人のお言葉を示されて、本当の親鸞聖人の教えを明らかにされています。</p>
<p>その高森先生が、多くの人に歎異抄の真意を知ってもらいたいと「封印」された歎異抄を「開かれた」のが、平成20年3月に発刊された<strong>『<a href="http://www.10000nen.com/book/tanni/tanni.htm" target="_blank">歎異抄をひらく</a></strong><span style="font-size: x-small;">（<a href="http://www.10000nen.com/" target="_blank">１万年堂出版</a>刊）</span><strong>』</strong>でした。あくまで親鸞聖人の主著である教行信証などのお言葉を通して、歎異抄を解説された本として、大変多くの方に読まれているのですが、この歎異抄は日本語圏以外でも読まれているわけです。</p>
<p>西洋哲学の父と言われるハイデッガーは、老後の日記に、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #808000;"><strong>今日、英訳を通じて、初めて、東洋の聖者親鸞を知った。若し、十年前に、こんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったなら、私はギリシャ語や、ラテン語の勉強もしなかった。日本語を学び、親鸞聖人の教えを聞いて世界中に弘めることを、生き甲斐にしたであろう。だが、おそかった。</strong></span></p>
<p>と記しています。</p>
<p>３月に東日本を襲った国難とも言える東日本大震災で、工場なども壊滅的な被害を受け「モノづくり日本」が揺らぎ、日本の立場も危うくなっています。そんな中で、世界が賞賛し、注目しているのが日本人の精神です。あんな大惨事の後に、冷静に行動し、暴動も略奪も起きません。そんなこと信じられないと、世界のメディアが大絶賛したのでした。さて、日本人の心の根底には何があるのでしょうか？</p>
<p>日本人の思想の根底には、まさしく歎異抄の精神が流れているといってもいいでしょう。</p>
<p>その世界が知りたがっている歎異抄の真意が明らかにされたのが『歎異抄をひらく』ですが、本日、<a href="http://www.i-ipi.com/" target="_blank">IPI</a>社より英語訳として世界に羽ばたきました！タイトルはズバリ、</p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong><span style="font-size: medium;">『UNLOCKING TANNISHO </span></strong><em><span style="font-size: small;">Shinran&#8217;s Words on the Pure Land Path</span></em><strong><span style="font-size: medium;">』</span></strong></span></p>
<p>です。</p>
<div id="attachment_3611" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-1.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-1.jpg" alt="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" title="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3611" /></a><p class="wp-caption-text">高森顕徹先生の「歎異抄をひらく」の英訳版「UNLOCKING TANNISHO」</p></div>
<p>真っ赤な装幀が目をひきますね。</p>
<p>表紙を開くと高森顕徹先生の「Introduction（はじめに）」があります。</p>
<div id="attachment_3612" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-2.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-2.jpg" alt="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" title="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3612" /></a><p class="wp-caption-text">「UNLOCKING TANNISHO」の「はじめに」は日本語版と異なる</p></div>
<p>実は、このIntroductionは、日本語版と異なっています。まさしく、英語圏の方々にあてられたメッセージと言えるでしょう。</p>
<p>そして、「Part One（１部）」。</p>
<div id="attachment_3613" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-3.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-3.jpg" alt="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" title="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3613" /></a><p class="wp-caption-text">「Part One」の扉</p></div>
<p>次に「Part Two（２部）」。</p>
<div id="attachment_3614" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-4.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-4.jpg" alt="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" title="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3614" /></a><p class="wp-caption-text">「Part Two」の扉</p></div>
<p>それぞれの扉には鮮やかな桜の写真がデザインされています。</p>
<p>本文も、</p>
<div id="attachment_3615" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-5.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-5.jpg" alt="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" title="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3615" /></a><p class="wp-caption-text">「UNLOCKING TANNISHO」の本文</p></div>
<p>ご覧のとおり、２色刷りで非常に読みやすくなっています。</p>
<p>さらに、和のテイスト……といいましょうか、最後には原文が毛筆と活字で、</p>
<div id="attachment_3616" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-6.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/04/230409-6.jpg" alt="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" title="UNLOCKING TANNISHO（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3616" /></a><p class="wp-caption-text">巻末には毛筆と活字による日本語原文が掲載されている</p></div>
<p>ご覧のとおり、掲載されています。</p>
<p>この書を手にされて、多くの方々が日本に親鸞聖人という素晴らしい方がおられたことを知り、また、日本で高森顕徹先生が、その親鸞聖人の教えを正しく説いておられる事を知っていただきたいと念ずるばかりです。</p>
<p>先ほどの、ハイデッガーの日記には、このような事も書かれています。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #808000;"><strong>自分の側には、日本の哲学者や思想家が三十名近くも留学していたが、誰一人、日本にこんな偉大な人がおられたことを聞かせてくれなかった。日本の人達は何をしているのだろう。日本は戦に敗けて、今後、文化国家として世界文化に貢献すると言っているが、私をして言わしむれば、立派な建物も美術品もいらない。何もいらないから、親鸞聖人の教えを世界に宣伝して頂きたい。</strong></span></p>
<p>これを読むたびに、ハイデッガーが平成の今日、生きていたら、どんなに喜んだだろうかと思わずにおれません。</p>
<p>ハイデッガーの日記では、戦争に敗けて……と言っていますが、今ならば、東日本大震災で被災して……となるでしょう。技術大国として世界に貢献してきた日本ですが、これからは、まさしく日本の精神の根底にある仏教。その真髄である親鸞聖人の教えを、この「UNLOCKING TANNISHO Shinran&#8217;s Words on the Pure Land Path」を通して全人類が知り、<span style="color: #ff0000;"><strong>「人生の目的」「なぜ生きる」</strong></span>の解答を知られることを念じて止みません。</p>
<p>この「UNLOCKING TANNISHO Shinran&#8217;s Words on the Pure Land Path」はamazonでも求められるようです。→→→　<span style="font-size: medium;"><strong><a href="http://www.amazon.co.jp/UNLOCKING-TANNISHO-Shinrans-Words-Pure/dp/4925253484" target="_blank">こちら</a></strong></span></p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/04/unlocking-tannisho/">UNLOCKING TANNISHO 世界へ！</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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		<title>親鸞会で知る「本当の救助」</title>
		<link>http://www.keyrose.net/2011/03/kyujo/</link>
		<comments>http://www.keyrose.net/2011/03/kyujo/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Mar 2011 14:55:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>monta</dc:creator>
				<category><![CDATA[親鸞会もん太のどこまで脱線するの？]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ生きる]]></category>
		<category><![CDATA[テレビ座談会]]></category>
		<category><![CDATA[健康]]></category>
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		<category><![CDATA[親鸞会]]></category>
		<category><![CDATA[高森顕徹]]></category>

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		<description><![CDATA[もん太＠射水市民です。 ３月２０日に親鸞会で勤められた二千畳座談会から、わずか３日しか経っていない中、３月２３日の午後には高森顕徹先生のテレビ座談会が行われました。 テレビ座談会は、親鸞会の本部会館をホスト局とし、そこからインターネット回線を利用したテレビ会議システムで、日本全国のみならず世界へ発信し、パソコンとインターネット回線さえあれば、どこでも座談会を聞かせていただけるというご縁です。衛生中継という手段もありますが、そうなると、かなり大掛かりになりますし、一般の家庭での開催も難しいですからね。このテレビ座談会でしたら、世界のどこからでもリアルタイムで質問もさせていただけるので、大変喜ばれています。 リアルタイムで質問できるため、お答えいただいた後に、更に分かりにくいところがあったら、分かるまで質問させていただけます。いい加減な理解ではいけませんから、本当に有難いご縁ですね。 今回は、親鸞聖人が教えられた「人生の目的」を聖人のお言葉を通し、現代人の私たちにも分かりやすく書かれた『なぜ生きる（１万年堂出版刊）』の２部３章についての座談会でした。 その中でも、次の部分についての質問が名古屋と滋賀の法友からありました。 ◎オレは前から、ヤシの木の下で昼寝をしているさ 人生苦海の波間から、しきりに、こんな嘆きが聞こえてくる。 「金さえあれば」「物さえあれば」「有名になれたら」「地位が得られれば」「家を持てたら」「恋人が欲しい」などなど。 どうやら苦しみの原因をそこらに見定めて、近くに浮遊する、それらの丸太や板切れに向かって、懸命に泳いでいるようだが、はたして苦海がわたれるのだろうか。 考えさせられる小話をひとつ、紹介しておこう。 所はある南の国。登場人物はアメリカ人と現地人。 ヤシの木の下で、いつも昼寝をしている男をつかまえてアメリカ人が説教している。 「怠けていずに、働いて金を儲けたらどうだ」 ジロリと見あげて、男が言う。 「金を儲けて、どうするのだ」 「銀行にあずけておけば、大きな金になる」 「大きな金ができたら、どうする」 「りっぱな家を建て、もっと金ができれば、暖かい所に別荘でも持つか」 「別荘を持って、どうするのだ」 「別荘の庭のヤシの下で、昼寝でもするよ」 「オレはもう前から、ヤシの下で昼寝をしているさ」 こんな幸福論の破綻は、周囲に満ちている。 私たちの人生を仏教で「苦海（苦しみの海）」と言われます。難度海とも言われますが、苦しみの波が次から次へとやってくる海に溺れているようなもので、陸地も見えません。すべての人が懸命に生きているということは、この海をジッとせずに泳ぎ続けているということに例えられるでしょう。しかし、絶え間なく苦しみの波が押し寄せてきますから、近くに浮いている丸太や板切れにすがれば楽になると思っています。それは、まさしく金や財産や地位や名誉や恋人や家でしょう。 そういった物に向かって泳いでいて、すがればホッとします。しかし、いつまでもすがっていることはできずに、裏切られてしまいます。 そして、次はもっと大きな丸太や板切れがあれば楽になるだろうと、更に大きなものを求めますが、すがったとしても、更に大きな波が来て再び苦海に放り出されてしまいます。 このお話を聞かせていただき、今回の東日本大震災を思い出さずにおれませんでした。 もともと、津波の被害で苦しめられていた三陸地方には、「万里の長城」と呼ばれる程の巨大な防潮堤がありました。高さが10mほどもあり、鉄壁とも思われました。しかし、今回の大津波はその世界最大とも言われる防潮堤をも乗り越え、破壊し、海岸の町を荒野にしてしまいました。 この大震災で、世間中が助け合いの精神で「何かできることはないだろうか？」と義援金を送ったり支援物資を送ったりしています。これは日本国内のみならず、世界各国でも動きがあり、被災地へ救援の手が延べられています。様々な形で救援がなされています。最近は近所付き合いもなく「隣は何をする人ぞ？」などと言われたものですが、国難とも言える大惨事にこのような美しい精神があったのかと感動しています。 しかし、それだけでは本当の救援にならないことを仏教は教えています。 例え、大震災で家や家族を失った方々が、仮設住宅に入られ、徐々に元の生活に戻ったとしても、更に大きな防潮堤が築かれたとしても、それは、更に大きな丸太や板切れを掴んだようなもので本当の安心や満足にはなりません。あの阪神大震災で、奇跡的に助かり仮設住宅に入居した人が多く自殺したとも聞きます。 築いては壊され、築いては壊され……どこまで行っても賽の河原の石積みのような人生で、何を求めたら安心できるのか。 その解答を示してこそ、本当の救助と言えるのではないでしょうか？ その解答を親鸞聖人は教行信証に、 「慶ばしきかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。これによりて、真宗の詮を鈔し、浄土の要をひろう。唯仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず。若しこの書を見聞せん者は、信順を因と為し、疑謗を縁と為し、信楽を願力に彰し、妙果を安養に顕さん」 ……と仰っています。 例え臨終になっても裏切ることのないものを知ってこそ、本当の救助です。そのことを「心を弘誓の仏地に樹てよ」と明言されています。 親鸞会でも、義援金や物資の支援も行いましたが、それは本当の救助にあっていただくまで頑張って生き抜いていただく為です。早く立ち直られ、弘誓の仏地に樹つまで進ませていただきたいと思います。 ではでは。 親鸞会で知る「本当の救助」 is a post from: ビジュアルで親鸞会を発信<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/03/kyujo/">親鸞会で知る「本当の救助」</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>もん太＠射水市民です。</p>
<p>３月２０日に<strong><a href="http://www.shinrankai.net/" target="_blank">親鸞会</a></strong>で勤められた二千畳座談会から、わずか３日しか経っていない中、３月２３日の午後には<a href="http://www.takamori.info/" target="_blank">高森顕徹</a>先生のテレビ座談会が行われました。</p>
<p>テレビ座談会は、<strong><a href="http://親鸞会.com/" target="_blank" class="broken_link">親鸞会</a></strong>の本部会館をホスト局とし、そこからインターネット回線を利用した<a href="http://www.web-kaigi.com/case/shinrankai/" target="_blank">テレビ会議システム</a>で、日本全国のみならず世界へ発信し、パソコンとインターネット回線さえあれば、どこでも座談会を聞かせていただけるというご縁です。衛生中継という手段もありますが、そうなると、かなり大掛かりになりますし、一般の家庭での開催も難しいですからね。このテレビ座談会でしたら、世界のどこからでもリアルタイムで質問もさせていただけるので、大変喜ばれています。</p>
<p>リアルタイムで質問できるため、お答えいただいた後に、更に分かりにくいところがあったら、分かるまで質問させていただけます。いい加減な理解ではいけませんから、本当に有難いご縁ですね。</p>
<div id="attachment_3407" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/03/230323-1.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/03/230323-1.jpg" alt="親鸞会の正本堂（Photo by 親鸞会）" title="親鸞会の正本堂（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3407" /></a><p class="wp-caption-text">親鸞会では少し冷たい風が吹く中でテレビ座談会が勤められました</p></div>
<p>今回は、親鸞聖人が教えられた「<a href="http://www.shinrankai.or.jp/jinsei/jin01.htm" target="_blank">人生の目的</a>」を聖人のお言葉を通し、現代人の私たちにも分かりやすく書かれた<strong>『<a href="http://www.10000nen.com/book/naze/naze.htm" target="_blank">なぜ生きる</a></strong>（<a href="http://www.10000nen.com/" target="_blank">１万年堂出版</a>刊）<strong>』</strong>の２部３章についての座談会でした。</p>
<p>その中でも、次の部分についての質問が<a href="http://www.nagoya-hoyu.net/" target="_blank">名古屋</a>と<a href="http://sigamiyako.nsf.tc/" target="_blank">滋賀</a>の法友からありました。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="font-size: medium; color: #800000;"><strong>◎オレは前から、ヤシの木の下で昼寝をしているさ</strong></span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">人生苦海の波間から、しきりに、こんな嘆きが聞こえてくる。</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「金さえあれば」「物さえあれば」「有名になれたら」「地位が得られれば」「家を持てたら」「恋人が欲しい」などなど。</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">どうやら苦しみの原因をそこらに見定めて、近くに浮遊する、それらの丸太や板切れに向かって、懸命に泳いでいるようだが、はたして苦海がわたれるのだろうか。</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">考えさせられる小話をひとつ、紹介しておこう。</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">所はある南の国。登場人物はアメリカ人と現地人。</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">ヤシの木の下で、いつも昼寝をしている男をつかまえてアメリカ人が説教している。</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「怠けていずに、働いて金を儲けたらどうだ」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">ジロリと見あげて、男が言う。</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「金を儲けて、どうするのだ」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「銀行にあずけておけば、大きな金になる」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「大きな金ができたら、どうする」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「りっぱな家を建て、もっと金ができれば、暖かい所に別荘でも持つか」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「別荘を持って、どうするのだ」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「別荘の庭のヤシの下で、昼寝でもするよ」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">「オレはもう前から、ヤシの下で昼寝をしているさ」</span></p>
<p style="padding-left: 60px;"><span style="color: #800000;">こんな幸福論の破綻は、周囲に満ちている。</span></p>
<div id="attachment_3408" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/03/230323-2.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/03/230323-2.jpg" alt="親鸞会の紅梅（Photo by 親鸞会）" title="親鸞会の紅梅（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3408" /></a><p class="wp-caption-text">親鸞会の乗降ターミナルの紅梅も咲き始めました</p></div>
<p>私たちの人生を仏教で<span style="color: #ff0000;"><strong>「苦海（苦しみの海）」</strong></span>と言われます。難度海とも言われますが、苦しみの波が次から次へとやってくる海に溺れているようなもので、陸地も見えません。すべての人が懸命に生きているということは、この海をジッとせずに泳ぎ続けているということに例えられるでしょう。しかし、絶え間なく苦しみの波が押し寄せてきますから、近くに浮いている丸太や板切れにすがれば楽になると思っています。それは、まさしく金や財産や地位や名誉や恋人や家でしょう。</p>
<p>そういった物に向かって泳いでいて、すがればホッとします。しかし、いつまでもすがっていることはできずに、裏切られてしまいます。</p>
<p>そして、次はもっと大きな丸太や板切れがあれば楽になるだろうと、更に大きなものを求めますが、すがったとしても、更に大きな波が来て再び苦海に放り出されてしまいます。</p>
<p>このお話を聞かせていただき、今回の東日本大震災を思い出さずにおれませんでした。</p>
<p>もともと、津波の被害で苦しめられていた三陸地方には、「万里の長城」と呼ばれる程の巨大な防潮堤がありました。高さが10mほどもあり、鉄壁とも思われました。しかし、今回の大津波はその世界最大とも言われる防潮堤をも乗り越え、破壊し、海岸の町を荒野にしてしまいました。</p>
<p>この大震災で、世間中が助け合いの精神で「何かできることはないだろうか？」と義援金を送ったり支援物資を送ったりしています。これは日本国内のみならず、世界各国でも動きがあり、被災地へ救援の手が延べられています。様々な形で救援がなされています。最近は近所付き合いもなく「隣は何をする人ぞ？」などと言われたものですが、国難とも言える大惨事にこのような美しい精神があったのかと感動しています。</p>
<p>しかし、それだけでは本当の救援にならないことを仏教は教えています。</p>
<p>例え、大震災で家や家族を失った方々が、仮設住宅に入られ、徐々に元の生活に戻ったとしても、更に大きな防潮堤が築かれたとしても、それは、更に大きな丸太や板切れを掴んだようなもので本当の安心や満足にはなりません。あの阪神大震災で、奇跡的に助かり仮設住宅に入居した人が多く自殺したとも聞きます。</p>
<p>築いては壊され、築いては壊され……どこまで行っても賽の河原の石積みのような人生で、何を求めたら安心できるのか。</p>
<p>その解答を示してこそ、本当の救助と言えるのではないでしょうか？</p>
<div id="attachment_3409" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><a href="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/03/230323-3.jpg"><img src="http://www.keyrose.net/wp-content/uploads/2011/03/230323-3.jpg" alt="親鸞会の白梅（Photo by 親鸞会）" title="親鸞会の白梅（Photo by 親鸞会）" width="400" height="266" class="size-full wp-image-3409" /></a><p class="wp-caption-text">少し目立ちませんが白い梅も咲き始めていましたよ</p></div>
<p>その解答を親鸞聖人は教行信証に、</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="color: #800000; font-size: medium;"><strong>「慶ばしきかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。これによりて、真宗の詮を鈔し、浄土の要をひろう。唯仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず。若しこの書を見聞せん者は、信順を因と為し、疑謗を縁と為し、信楽を願力に彰し、妙果を安養に顕さん」</strong></span></p>
<p>……と仰っています。</p>
<p>例え臨終になっても裏切ることのないものを知ってこそ、本当の救助です。そのことを「心を弘誓の仏地に樹てよ」と明言されています。</p>
<p><a href="http://kazoku.sub.jp/" target="_blank">親鸞会</a>でも、義援金や物資の支援も行いましたが、それは本当の救助にあっていただくまで頑張って生き抜いていただく為です。早く立ち直られ、弘誓の仏地に樹つまで進ませていただきたいと思います。</p>
<p>ではでは。</p>
<p><a href="http://www.keyrose.net/2011/03/kyujo/">親鸞会で知る「本当の救助」</a> is a post from: <a href="http://www.keyrose.net">ビジュアルで親鸞会を発信</a></p>
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